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変な人白書  作者: 紅頭マムシ
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第六十六話 浅野先生とのベストな向き合い方

 浅野先生は血気盛んな男子の心を静めさせもすれば、そこからまた一段回燃え上がらせもする。そんな魅力的な若き女性教師だ。

 浅野先生が担任するクラスの生徒の野島は、根の真面目な人間ではないものの、決して悪人でもない憎めないあんちくしょうだった。そんな彼は、いつも先生からの個人指導呼び出しの対象になるバカやドジをしてしまう。

 だから今回もまた放課後になって浅野先生からお呼びがかかるのだった。今日も野島の説教が捗るベストな環境が整った生徒指導室にご招待だ。


「野島くん!」

「はい!ここに!」

「返事はとてもよろしい。だけど何ですかそのお付きの者は?」


 ここには一人で来いと言われたわけではない。それは言うまでもないことで、ここに来るなら一人で来るのが当たり前というのが生徒、教師合わせた皆の理解だった。今日だって呼び出しを食らったのは野島一人だ。しかし、彼の後ろを見れば同じく浅野先生の教え子の村田がいたのだ。先生はなぜ二人で来たのか謎で仕方ない。


「村田くんは何で一緒なの?」

「先生と二人切りだと困るからです」

「何で?」


 村田は入り口の傍に座って何か小難しそうな本を読んで待機している。落ち着いた少年だ。


「先生!実は先週も先々週も、先生と二人でああだこうだと話しても内容が入って来ませんでした」

「なぜ?」

「緊張するからです。人は緊張すると頭が回らない。だから僕の頭も回っていなかった」


 浅野先生は腕組をして腑に落ちない素振りを見せた。まだよく分からない。


「で?どういうことなの?」

「先生は素晴らしい教師だ。でもその前には何をしていたか?それは教師の肩書などないただ素敵な女性をしていたわけだ」

「はぁ?」


 この時先生は困惑していた。野島は悪い子ではないが、頭の都合を言えば良い子ではなかったからだ。頭の良くない状態で何かおかしな事を言い始めたと思った先生は、不安と共に面倒を感じていた。


「先生が女性であって、僕はこの通りナイスガイ。教師と教え子ではあっても、同時に男と女であるというもう一つの基本設定があるでしょ。で、二人切りでしょ。分かりませんか?つまり……ドキドキするんです。だから安心出来るよう村田がここにいるんです。だって今の僕、安心しているでしょ」


 知らない。浅野先生は知らないと思ったが口にしなかった。


「はぁ、まぁそういうことね……言わんとすることが全く分からないわけでもないので、まぁ今日の所は村田くんありで話を進めます」

「はい、そりゃもう喜んで!」

 

 こうして野島は喜々として魅力的教師の説教を受けた。なんかとても楽しそうだった。


 後日、止せばいいのにまた先生のお叱り案件を生んだ野島は、いつもと同じように指導室に呼ばれることになった。


 今回も村田が後ろに控えている。でもそこに加えてまだ変化があったのを浅野女史は見逃さない。


「今日もまた何ですか?増えているじゃない」


 そうなのだ。増えているのだ。

 野島、村田に続いてもう一人入ってきた生徒は、浅野クラスの中でも比較的成績上位の女子生徒 宮内さんだった。


「宮内さんまでどうしたの?」

「聞いて下さい先生。僕から話します。いや僕しか話せない。彼女だって話半分しか分かっていないのです」

 話が全部分かっている男 野島が説明を始める。


「あの後になって気づいたんです。先生と1対1で感じる緊張とときめきは去った。それで集中出来ると思ったのが間違いだったのです。だって村田は男です。僕も男です。そして先生は女性だ。男女比がおかしい。これは、これではいけませんよね!いけない風が吹けば二人いる男子サイドがきっといけない風のままにアレがこうなってそうなるかも、という次なる不安が生まれたまま一生拭えんのです。だから女子の、中でも信頼がおける人物の宮内さんがいれば僕と村田の精神は強固なままでいられる。そう思ってこの結果なのです」

 

 言っていることの半分くらいまではなんとか分かった。浅野先生は理解が速い。とても優秀な教師だった。


「まぁ……言わんとする事は分かりたくないけど、分かってあげなきゃね。今日はそれでいいから」


 村田と宮内は入り口付近に屈んで本を読んで待機していた。全然喋らない。



 後日、またまた呼び出しを食らった。


「ちょっと今日はまたどうしてこうなったの?」


 いつものように野島、村田、宮内と続き、今日は追加で国語の安西先生が一緒だ。安西先生は浅野先生の父親くらい老齢の教師だった。


「聞いて下さい。ちゃんと話しますから」


 そうでなきゃ困る。

 というわけで野島の話が始まる。


「男女比の一致に安心していた。そんな僕がバカだった。むしろそれはもっと集中力を削ぐ要素だった。僕と村田、先生と宮内さん、奇しくも男女の数が合ってしまった」


 奇しくもそんな数字に合わせたのは全部お前だろと浅野先生は思ったが横槍は入れない。


「合ってしまったからにはそれはそれで……その、また吹いてはいけない風があってからですね。そういうこともあるでしょ?」


 何が言いたい?なんだかいかがわしくいやらしいことでも言っている調子で野島は話す。ということは、そういうことなのだろう。


「そこへ来てこの安西先生です!先生は僕のおじいちゃんくらい、浅野先生にならお父さんくらいの年齢の重鎮です。そういう方が5人目として4人を見ているとなると、いけない風に対して壁となって良いでしょう。これで僕は先生の話を真に緊張無く聞ける」

 

 つまり萎えると?

 安西先生くらいの重鎮がいれば己のいけない衝動も萎えると言うのか。そうなのか。

 浅野先生は今日も理解が速かった。


 村田、宮内が本を読む横で、安西先生は新聞を広げて待機した。何故か皆一言も話さない。


「では今日も初めましょう」

 野島はノリノリで説教を聴くモードに入った。


 自分はもしかすると生徒指導役に向いていないのかもしれない。浅野先生は現場入りして初めて己への自信が揺らいだのだった。

 まぁそんな事もあるから教育現場は刺激的で面白い。

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