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変な人白書  作者: 紅頭マムシ
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第六十五話 唇を読む

 山中の今日のピッチングは決して悪くない。だが相手軍のバッティングの調子もこれまた悪くない。どちらも悪くなくむしろ好調だから双方共に戦況を押し切れず焦れているのだ。


 ここでマウンドに皆集合。つかの間の作戦タイムだ。

 汗臭い球児たちが山中を囲う。


「山中、きついか?」

 キャッチャーの谷口が問う。


「ああ、そうだな。そろそろきついなぁ。これ以上引き伸ばすと夕方のドラマの再放送に遅れちまうぜ」

 山中は早く敵を片付けてドラマを見るという趣味の活動を片付けにかかりたかった。


 集中力についてはよく分からないが、早く勝ってしまいたいという闘志はまだある。それだけでチームメイトはとりあえず安心だった。


「ところでさ、このド本番に来て聞きたいのだが、なぜグローブで口を隠してコソコソ話すことがある?」

 

 山中はグローブを鼻に近づけての会話が臭さを伴うものだと理解している。このスタイルでの会話が好きではなかった。だから何で臭い物で口を覆って話すのか気になった。


「バカだなお前。敵軍に口が見えたらダメだろ」

 遊撃手の松下が言う。


「え?何でだよ。向こうから誰が喋っているか分かってもこの距離だぞ。内容は聞こえないって」

 山中の言うことも最もだ。向こうのベンチまで声が届くはずがない。


「重ねてバカ」と重ねてバカの言葉を贈るのはキャッチャーの谷口だった。


「問題なのは唇の動きだ」谷口は自分の唇を指さして言う。


「だからそれが見えてなんだっての?」

「読唇術だよ。声なんて後から聞こえる飾りだ。人は人の唇の動きを見れば何を発したのか読めてしまう。だから口を隠すんだ」

「え?球界の人間は皆そんなこと出来るの?」

 山中には驚きの情報だった。


「お前そんな事も知らずにその臭いグローブで口を塞いでいたのかよ。じゃあ試しに今お前が感じる熱い想いを口をパクパクして言ってみろ」


 言ってみろと言われたので、山中は谷口に向かって口をパクパクさせた。パクパクの動きには熱い想いがこめられている。


「ゆうこちゃんのおっぱい揉みたい」

「なんでだぁ!なんで分かった!」

 

 山中の暑い想いは谷口に全てバレた。ちなみにゆうこちゃんとは、自軍ベンチに座ってこちらを見つめいてるマネージャーである。それはもう良い物を胸部に蓄えているのだ。


「それお前だけの技だろ。皆唇の動きでおっぱいのことなんて分かんないって」

「いや、おっぱいの口は読みやすい。が、普通の球児ならやはり普通にちょっとした会話でも理解できる。まぁ見てろよ」

 谷口は口を隠さず敵軍ベンチに向かって口をパクパクさせた。


 すると向こうのベンチからやんのやんのとブーイングが返ってきた。


「なんだと!」

「なにくそ!」

「調子のんなよガキが!」


 相手選手達がベンチの中で怒っている。


「おい、お前何言ったんだ?」

「こっから先、てめぇらのバットはボールをかすることもしない。全部三振で仕留める。この山中がな!って言ったのさ。口パクでな」


 谷口は敵軍をめちゃ煽っていた。


「おい、やりづらいじゃないか……」

 

 山中にプレッシャーがかかる。


「よし!じゃあ今後全三振作戦発動しちゃったから。皆もそのつもりでな。予定では誰の所にも球が来ないから。でも油断すんなよ!じゃあ解散」

 

 谷口の一声でマウンドに集まった皆は解散し、各員の守備位置に戻った。


「頼むぜエース。もう切り札もなんもかも使ってくれて良いからな」

 山中の肩をポンと叩くと谷口もキャッチャーの位置に帰って行った。


「これは……やるっきゃないなぁ」


 ここから覚悟を決めたピッチャー山中の真の戦いが始まるのだ。

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