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変な人白書  作者: 紅頭マムシ
63/78

第六十三話 受信料、頂けません

 ピンポン。

 104号室のドアホンが鳴った。

 外からお呼ばれがかかったなら、住人は応対のために外に出る。


「はいはい、何でしょうか」

 

 住人は陽気に対応を始める。外で待っていたのはスーツ姿の男だった。


「お忙しいところ失礼します」

「いや、全然忙しくないから、用事があるならゆっくりどうぞ」


 住人は心が広い。


「はぁ、それは助かります。こちらエロエッチケーの者でして」

「え?エロエッチケーだって?はて、エロ、エッチ……エロ……」

 住人はその名を繰り返し、何か思い悩んでいるようだ。


「で、なんでしたっけその会社?」

「はぁ、ご存知ありませんか?テレビやラジオで番組をご覧になったことは?」

「えっと、なんだったっけな?」

「ほら、浅い時間にやっているドラマのシリーズなんかを組んでそれなりにやっている会社なんですけど」

「ああ!それ!浅ドラね!見てたよ見てたよ、その昔に!」

 住人の記憶が呼び覚まされた。


「あれだよね。菓子職人が小麦粉を丸形にこねてぺったんぺったんとまな板に打ちつけている内に、そうだ!バスケをやろうとか思いついてそのままプロ選手になってしまうっていうまるで冗談みたいなドラマだ」

「それですね。ウチの看板作品の一つですよ」


 冗談みたいなドラマを回顧する時間が始まった。

 それからしばらく。


「で、その冗談みたいなドラマを作っている会社がなんだって?」

「はぁ、今回はそんな冗談みたいなドラマ番組を受信している事についてですね。つまりはその受信料金を頂きたいと」

「え?料金だって?なんの?」

「だから受信装置を介して番組を視聴して頂いてるその件についてなんですけどね。受信したからにはその料金を頂きたいというわけでして、ここからは正式に契約してもらって……」

「え!何だって?だってエロエッチケーって無くなったんでしょ?」

 

 住人はびっくりな一言を発した。


「いやいや、まだありますってば」

「うそうそ。だってさっきのは大昔の話だぞ。まだあるわけないだろあんな会社」


 酷く自社をディスられた。相手は会社の消滅を、または存続していないことを本気で信じている。


「いやいや、お客さん困りますよ。まだあるからこうして営業をしているわけで」

「いやいや、それがフェイクじゃないのか?あんたまさかアレか?その手の嘘芝居を打って我々情弱から金をかすめ取ろうって腹の悪者なのでは?」


 不名誉極まりない。こんな常識のない人間から常識的ではない物言いをつけられて詐欺師扱いされた。これを受けてエロエッチケーの回し者の男は怒りも少々覚えたが、それよりも予想外の内容を本気で問われたことに戸惑って言葉が出てこなかった。


 そんな問答を行っている最中、現場に第三者の足音が近づく。二人はそれにしっかりと気づいた。


「ややっ、あちらに見えるはチャイナから我が国に上陸して早幾年のリン・ジンさんではないか。博識で聡明なあの方にちょっと聞いてみよう」


 住人は、また隣人の住人であるリン・ジンさんを捕まえて問う。


「リン・ジンさん、エロエッチケーって会社は、もうとっくに無くなったのですよね?」

「そうね、そんな会社はとっくに解散。皆転職したっての。ウチも何年と番組を見たことないよ」

 リン・ジンは博識を振りまいた。


「やはりそうでしたか。お仕事帰りでお疲れのところに下らない質問をしてどうもすみません。なにせこちらの彼が会社はまだあるとか言うものでして……ホラ、君も頭を下げる!」

 

 住人から命じられ、スーツ男も頭を下げた。何でだとは思ったが逆らえない流れがあった。


「お主、名刺見せる。連絡先に確認取ればそれが1番早い確認の取り方」

 リン・ジンは仕事疲れを残しながらも、住人に助け船を出した。


「おお、そりゃそうだ。おい君、名刺を出しな。これで架空会社だとか詐欺師のアジトだとかがバレた暁には、そこの交番に詰めている老齢のシェリフにご登場してもらうぜ。ヤツも腰を痛めているんだ。仕事をさせないようにして欲しいな」


 それから5分後。確認が取れた。

 会社はちゃんとそこにあり、スーツ男もちゃんとした社員だった。そして老齢のシェリフの出番は無くなったのだ。


「知らなかった。細々とやっていたんだね……君、これは悪いことをしたよ。会社の事を酷く罵られて不快だったろう。手打ちにするためだ、しっぺデコピンしてくれて構わないよ」

 

 住人は罪に対して素直だ。なので早急に謝罪に出た。その時には、さっきまでそこにいたリン・ジンの姿はなく、いつのまにか隣室に閉じこもって仕事疲れを癒やす段に入っていた。


「いえいえ、分かってもらえれば良いのです」

 

 別に暑い日ではない。それなのにスーツ男はハンカチを取り出して額の汗を拭った。


「で、なんですけど、契約の方を」

「それなんだけどね、生憎こちらも持ち合わせにちょっと余裕がなくてさ」

「いえ、それでも契約義務というものがありまして」

「駄目だよ。だって契約したからには、こちらに支払い責任が発生するじゃないか。それを全う出来ないから契約が出来ないんだよ。簡単なロジックさ、分かるだろう?」


 スーツ男はまた汗をかいた。


「放送法で契約しないといけないという決まりがありまして」

「法律を楯にとって思考をさぼっちゃいけないよ。法律でなんだろうが、こちらには契約出来ない理由があるじゃないか。じゃあ君、そんな無茶を言う君の事を僕がこの場で惨殺する。それがもしも合法だったら、君はそれに従い『どうぞ』と言って殺されてくれるのかい?」

「はぁ、いやそれは、そうはいかないと思いますけど……」

「そうだろうさ。法律でGOが出ても、それは他社に犯されてはいけない権限であり、道徳的に絶対に正しくない。法律がどうのこうの前に、道徳とか常識とか主義とか主張とか己の価値観とか、あとは単純に物の道理として自分のやっている仕事の是非を問うべきだよ。君は会社の操り人形かい?それともダッチワイフかい?否、重ねて否!君はそうあるべきじゃあない。考えて行動しなよ」

 

 ここで一呼吸置くと、住人はまだ言葉を続ける。


「契約には合意が必須だ。サービスに対して相当額を支払えるだけの価値があるのかどうか。それは我々ユーザーが決める。法律だからで言い訳をするんじゃない。こちらが惜しみなく課金できるだけの真の価値を示してくれ。そうすれば法律を楯や矛や蓑にせずとも、きっちりと顧客を獲得することができるはずだ。いいか、人が真に動くのは価値観に基づいてなんだ。いつだってそうだ。僕は自分の価値観と正義に背くこと内容であれば、例え相手が法律であっても決して屈せず弾き飛ばす」


 めっちゃ説教された。しかもすごく冷静に淡々と語られた。

 なんだか理不尽とも思う一方、妙に共感出来る内容でもあった。なのでスーツ男は静かに聞いていた。


「先程まで消滅を信じていたくらいだから、悪いけど僕は何年とお宅の番組を楽しんでいない。それなのにサービス使用量を払えってのは乱暴じゃないか?例えばだけどね、僕がガラクタ同然の発明をしたとしよう。それはやはりガラクタ同然だからどこの会社も製品としては買い取ってくれない。せっかく作ったけど、必要とされないからお金を払ってもらえないんだよ。でも君達の場合はとりあえず作ればお金が入る。そのからくりは、いらないと言う人にも押し売りすることで利益を得るっていうものだろ。しかも法律に手伝ってもらってだ。こう言っちゃなんだけどさ、いくら合法と言っても、真に求められてもいないのにお情けや惰性で買い取ってもらって得た金に大きな価値があると思うかい?向こうが欲しくてたまらないと言って買い取ってくれること、それこそが真にクリエイター冥利に尽きる本当の利益獲得の形ではないか?毎月入るサラリー、それは良いことをしようが悪いことをしようが、入ったなら同じ金の価値だ。でもね、本当に満足かい?良い商売、悪い商売、それぞれの方法で儲けた同額でも、一体どっちで得た金で食った飯の方が美味く思う?」


 すごい事を言ってくる。

 住人の鋭い指摘は、思考をサボって言われたままに動く会社員の全身を深く刺した。貫通した言葉の槍のダメージを受け、スーツ男は膝を折った。


「確かに、確かに。胡座をかいていたのかもしれない。何を作っても一定の層からの支払いは約束されている。そんな状態だと、ハングリー精神による作品の磨き上げが損なわれていたかもしれない。実際の話、さっきあなたと話したあのドラマ以降、大したヒット作品が生まれていない。そうか、契約者が減るロジックはこれだったのか……」

 

 スーツ男は相手の言葉を激しく肯定した。

 都合の良い「当たり前」を前提に温い仕事をしていた自分達が恥ずかしいとさえ思えた。客が金を払ってくれないのは、サービス品質に対して支払い価値がないからだ。あれば文句なく払ってくれる。

 もしも自分がゴミのように下手くそな絵画を押し売りされたらどれくらい不快だろうか。そうイメージすると、より住人の言い分がまともだと思えてきた。


「そうだろう。前もって潤沢な資金があるからこそ、高い精度の作品作りにスムーズに打って出ることも可能。がしかし、一方でどうせお金がもらえるならってことでハングリー精神が枯渇することも確かな話だ。これはいくらなんでも極論だが、仮に君らがマジでゴミみたいな番組を作ったとしてもガチの名作を作った時と同じだけサラリーが入るんだよね。だったら諸々サボってしまう状態が出来るから良くないよ。本当に良いものを作るからお金を下さいっていうなら、それはネットで行うクラウドファンディングっていうヤツを使った方が良い。今回のことは、顧客からこういう意見も上がったということで、会社に持って帰りなよ」


 二人は深く分かりあったのである。


「とは言ってもお客様。やはりテレビを設置していると、とりあえずこちらも業務としてお声かけしないわけにはいかなのですよ」

「ああ、テレビかい?それならホラ」

 ここで住人は部屋の扉を全開にして部屋の中を大公開した。


「え?」

 スーツ男は呆然状態だった。


 部屋の中は空っぽ。テレビどころか何も置かれていない。


「そりゃそうだ。テレビもラジオも視聴出来る状態じゃなかったんだ。昨今の番組なんて知らないはずさ」そう呟いて住人は玄関に腰を下ろした。


「まぁ、色々あってね。差し押さえってやつさ。元々少なかった家財道具も持っていかれたよ。なんとか拘束されずに自由になったのはこの体と心だけってね」

 

 一気に哀愁が漂い始めた。スーツ男はそれをしっかり感じていた。


「君、一つアドバイスしておこう。営業をかけるなら人はもちろんだけど、家も見た方が良い。ここはボロアパートだぞ。光熱費や家賃を払うのでいっぱいいっぱいな人間しか住んでいないよ。そこへ来て有料放送を契約するだなんて、そんな余裕がある人間なんかいやしないよ」

 

 ためになるアドバイスだった。

 それを受け、スーツ男はボロアパートを後にした。

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