第五十六話 戦わないのが僕の戦いだ
静かなお昼。そんな愛しき静寂を遮るチャイムが鳴る。
表で人が呼んでいる。僕は重い腰を上げて外の世界を目指す。
「はい、どちらさん?」
どちらさんだろうとドアを開けると、外には群衆があった。年寄りのジイさん、バアさん、あとは犬もいる。合わせて命20個分くらいの固まりだ。
「何用で?」
問いかけると一人のジイさんがぐいっと一歩前に踏み出す。僕の記憶が正しければコイツは村長。
「なぜお前は家にいて戦いに行かない?」
「戦いに行かないための戦いを始めた結果がコレさ」
外の世界では、広範囲に渡り皆が互いを憎み合って元気にドンパチやっていた。人類史開始初期から今日までの流行り事、所謂戦争ってヤツだ。
「若い連中は皆兵隊として戦地に赴いた。国のためにお前の同級生だって皆旅立ったのだぞ」
「へぇ、物好きな旅人だな。僕には人様の子の命を刈り取る趣味はないし、もちろんその逆をされて気持ち良く受け入れる趣味もない」
僕の言葉を受けて群衆はざわめく。一度に幾つかの声が飛んでくる。一度に言うから聞き取れないが、声色や表情を見るに、皆がこちらに向けて飛ばしてるのはバッシングだと予想出来た。
「国のために奮起出来ぬなんて恥ずかしくないのか?この変人め」
村長から変人扱いされた。他と差別化して見てくれた事には好感が持てるな。
「自分の信じる『恥ずかしい』を回避して正しく生きるのは、僕が生きる上で放り出すが事が出来ない信念だ。人生に恥はない」
村長は返答を受けて憤慨した。
「何を怒ることがある?信じたお国に全てを捧げて戦うってなら自由にすれば良い。でもね、僕にはたった1つ、いいか、たった1つしかない命だぞ。それをくれてやるだけの価値がある国が存在するとは思えないね。命を賭けるだけの価値なき危険なギャンブルってなら、慎重な僕は降りさせてもらうよ」
賭け事も楽しむ分には悪くない。だが引き際を弁えて臨め。それが死んだジイさんから授けられた娯楽と向き合うコツだ。
群衆が何か言うボリュームが上がった。
僕の家の外門から連中は叫んでいる。血の気の多いジイさんは門を掴んでガンガン揺らしている。まるで動物園の折の向こうの獣だな。
「呆れたヤツだ。その国を守らないとそうして呑気にそこに家を構えて過ごすことも出来ないんだぞ。侵略されれば家どころじゃない。土地ごとひっくり返される」
村長のつぶやきを聞いて群衆の勢いもやや弱まる。侵略の言葉に皆が怯えたようだ。
「フッフ、そうだろう。だから言ったじゃないか。戦いに出てみすみす命をくれてやる事にならないための戦いを僕はしてきたと」
皆が僕に注目する。
「あんた達が押しかけてくるしかなかったように、ここ数ヶ月僕は外に出ていない。でもなぜそれで生活出来たと思う?普通ならひとり暮らしでそんな期間引きこもっていられない。食材調達がいるだろ?」
皆が首を傾げる。
「ドンパチやる武力があるってならそりゃいいさ。でもね、こちらにはそれをしなくても良い道を確立するだけの知力がある」
ここからは僕のトークショータイムだ。
「土地ごと駄目になっても大丈夫なように、ここには地下深く潜れるシェルターがある。大地震が来ても核を打ち込まれても被害が届かない広き地下世界さ。そこには湧き水を確保しているし、野菜、肉が取れるプラントも用意している。つまり、何があっても僕一人ならこの下に引きこもってやり過ごせるのさ。電気も確保しているから快適に映画や音楽も楽しめるぜ。国のお世話になることはもうないんだよ。個人の国家っていうか世界だな。それを手にした僕には、他人様の侵略事に関わる必要性がないんだよ。じゃあ僕は安全な地下に潜るさ。こいつは内側からしか開かない。閉じればもうずっとさよならだぜ」
僕の超発明を聞いた群衆は門をぶち破って入って来た。
「待ってくれ!ワシもそこへ連れてってくれ」村長は情けなく叫ぶ。
僕はおやつに食べようと思っていたミカンをポケットから取り出すと、村長に向かって投げた。
ミカンは村長にヒットするよりも前に横から飛び出たレーザーに撃ち抜かれて消滅した。
ミカンの消滅に驚きと恐怖を覚えた群衆はその場で足を止めた。
「危ないなぁ。今のを見ただろ。村長が今いる場所より2、3歩でもこっちに近づいたら警備システムの餌食だ。死体は残らないよ。エコな殺人が可能だ」
皆がゆっくりと後ずさる。このシステムも僕が頭を悩ませて組んだ優れ物だ。
安い命とはいえど、一応は知人だ。そこにある死の危険を教えないのも気の毒。とりあえず危ないとだけは教えておこう。
「俺達も入れてくれよ。地上は恐ろしい」
知らないジイさんは震え声で言う。
だろうな、地上は怖い。いつ銃弾や爆弾の雨が降るのか分からない。こればかりは、空の都合を読むプロの気象庁でも読む事が出来ないだろう。
「駄目だ。ここより先は僕だけの世界だ。自分達は国が大事で、それに命を賭けるって言ったじゃないか。じゃあ最後まで地上で戦うんだな。この僕が地上を捨てるための戦いに出たように」
シェルターの扉がゆっくりと締まる。締まりきった時にはあれほどうるさかった群衆の声は全く聞こえなくなった。
次の瞬間、最大限振動をカットするこの施設にも少しだけ外部からの揺れが伝わった。
「来たな、地上の誰にも読めない最悪の雨だ」
見えはしない。だが、扉の向こうで多くの命が一瞬にして無に帰したのだと僕には分かっていた。