第五十話 人質の方が強盗より危ないケースもある
「おい、その車を降りやがれ!」
「ひぃい!」
藤原は公道を行く無辜なる運転手に拳銃を突きつける。突きつけられたからには、臆して言うことに従うのが普通。というわけで、運転手は悲鳴を上げながらすぐに車を飛び出す。
「おい、お前も乗るんだよ」
藤原の腕の中には人質の男がいた。
藤原と男は、二人してどこの誰とも知らない男の車に乗り込む。
藤原は助手席に、人質男は運転席に座る。
「げっ、こんな時代にマニュアルかよ!」
藤原は、乗り込んだ車が今どき珍しいMT車であることに気づいた。
「おい、出せっ……って、お前発車できるのか?」
藤原は運転席に銃を向けたまま問う。
「ええ、ミッションスティックなんて握らない日が珍しいくらいですよ」
人質は得意げだ。
「なら良かった」
「強盗さん、シートベルトを」
「あ?ああ、そうだな」
藤原の現在のジョブはザ・強盗だ。それでもなるたけ交通マナーは守ろう。だって命に関わるから。これが藤原の心得だった。
「え~と、こいつがこうで……よしよしOKだな」
人質はゴニョゴニョ言いながら諸々のチェックをしている。
あれ、何だか手付きが素人臭い。藤原は何だか心配になってきた。
「おい、早く出せよ。追手が来るだろうが」
「はいオッケーす」
人質男はアクセルを踏む。AT車のように即発車とは行かず、少々溜めの時間がかかるのがMT車の特性だ。
「おっ、上手く行った。じゃあ出ますぜ!」
人質は車を加速させた。
「ふぅ……」
藤原はとりあえずの一呼吸を置くことが出来た。
街を抜けて車は進む。
「ところで強盗さん」
「なんだ?」
「う~ん、この後何かあったら証言して欲しいんですよ」
「あ?何をだ?」
藤原はまだ安心しきってはいない。銃口を運転席から逸らすことはしなかった。
「俺、無免なんすよね~」
「ああ、なんだ」
この人質男は、銀行から金を奪って逃げる時、偶然そこに居合わせた客だったから連れて来た。銀行に自転車か徒歩で来ていれば、免許証を携帯していないこともあるだろう。
強盗がこれから華麗に逃げ去るって時に何を小さいことを気にしているのだこの男は。藤原は呆れながら溜め息を一つもらした。
「なんだよ。免許証忘れても運転できりゃそれでいいっての」
「いえいえ、忘れてなんて無いっすよ。だから無免」
「はぁ?」
「だから無免なんすよ」
藤原は少し考える。
「お前、免許センターは出たんだよな?」
「いやいや、入ったこと無いっすもん。だったらどうやって出るっていうんすか。こいつはトンチだな~」
「え、ちょっ、まっ……待て、待てよ。お前さっきミッションスティックなんて日頃から握り慣れているって……」
「ああ、そいつは本当ですよ。ゲーセンで」
「アウチ!」
藤原は何だかやばいオチを察してしまった。
「お前、じゃあその運転、もしかして……初?」
「そうっす!そうっす!いや~マジで免許は欲しくて、それもミッションの方で。でも金が無くって、それでゲーセンでレーシングですよ。おかげでほら、もうちょっとしたもんでしょ?」
「いや待て待てぃ!お前ガチの無免かよ!危ないだろうが!止まれって、代われって!」
「ええ!ちょっと、そういう強盗さんはコレの免許持ってんすか?」
「いや、実は俺も車の運転出来ないんだよ。免許を取ったことがない」
「じゃあダメっすよ。だいたい強盗が運転したら、人質の監視はどうするんすか?銃があるって言っても、あっちもこっちもに注意を向けて安全な逃避行が出来るとお想いっすか?」
バカっぽいのに、言うことはマジっぽい。藤原は仕方ないので男に運転させる。
「いや~強盗の人質になるとかレア体験過ぎるし、そのおかげであれだけぶっ飛ばしたかったミッション車にもこの通り!」
男はどんどんスピードをあげる。
「だからさ、俺、無免運転だけど、強盗に銃向けられてるから。じゃあ無免でも運転しても仕方ないでしょ。ていう証明を、もしも捕まった時には警察にして下さいよ。こんな目にあってんだから、せめて夢のドライブくらい楽しめなきゃ割に合わんでしょうが」
「いや、まぁそうではあるけど……やっぱり言ってる事めちゃくちゃだなお前!」
隣に座る男の奇行と取れて仕方ない意外な動向に、さしもの藤原も引いてしまう。
「きゃっほ~い!たまんねぇな!このスティックをガチャガチャしてギアチェンジする快感!今度は本当に免許取ってから飛ばすぜ!」
ブイーンと音を上げてどんどん加速する。これは法定速度を余裕で突破している。
「わああ!!ちょっと待て!落とせ、速度を落とせ!」
「落としたらサツに追いつかれますよ!いいんですか?」
「よかないけど、お前めちゃくちゃだな!」
ジグザグ道に突入だ。男のハンドルテクニックは荒い。でも相当やり込んだゲームの腕が、何とか事故を避ける手助けになっている。
「強盗さん、知らなかった。マジモンのハンドルとスティックを握るまで知らんかった。俺、生まれながらのスピード狂だったらしいっす!」
「知らんわ!マジで、マジで止めろ!」
「風になるぜぇ!」
やばい。このままだと本当に風になる。つまり、死ぬ。
「警察!早く来てくれ~~~!!」
藤原は恐怖から情けない叫びを上げた。
ここでドライブレコーダーの映像が停止された。
「はい、ということです」
藤原にお縄をかけた刑事が上司に報告した。
「うむ、一緒だったこの人質男、コイツもアウトだ」
こんなおかしな事件はこれまでに例がない。そこで警察のお偉いさんの判断では、藤原はもちろん、人質男の法律の外を行く奇行もまた処罰対象となったのだ。
「ちょっと!なんで俺まで捕まるんすか!俺、人質っすよ!」
牢屋から間抜けな声が響く日々がしばらく続くのだった。