第四十七話 月と魔法少女+α
街灯もろくにない夜の田舎道を歩く。
暗い世界でもたった一つ信じられる光の友が、頭の真上にいつまでもいてくれる。それだけでひとまず安心だ。丸くてピカピカの友の名を人は月と呼ぶ。
なんて大きく丸い天体なのだ。今日はいつにも増してしっかりと空に五体を晒してくれている。
手を伸ばせば掴める、なんてイカれた錯覚はない。しかし、あまりにもしっかりくっきり見えるので、今にも落ちて来そうな気にならないこともない。
「綺麗だな~」
歩を止めることなく、目線は空の彼方に合わせる。
「うん?」
綺麗な月に黒点が現れた、ような気がする。
目をこする。
いや、確かに黒い。しかも徐々に大きくなり……あれ、近づいている。
月から落ちた黒い影、それは人の形をしていた。
その認識が済んだ頃には、影はすっかり地上に落ちた。
ドカンと音を立て、俺の目の前に人が落ちてきた。大きな穴が空いた。
「え!マジ?」
マジなのだけど、疑う気持ちもどうしてもあるので、それを声にしてみる。
「あ~落ちた落ちた……痛いわぁ……」
穴から声がする。
マジかよ。死んでないのかよ。
地面に手をかけ、中の人が昇ってくる。
「うわぉ!」
思わず声が出たのは、鮮やかな色彩を目にしたから。
華やかにして清純さが際立つ一般離れした衣装。全体的にピンクがかっているかな。そしてひらひらした感じでもある。そして下はミニスカート。
だが、こんな華やかな衣装から伸びる手足にしては艶がない。肌の張りもなく、これは世に言うヨボヨボのお肌。
「ババァかよ!」
目の前にいる魔法少女然とした衣装に身を包むのは、麗しき乙女の時を遥か昔に終えた婆さんだった。
「なんじゃワレ!人の事をいきなりババア呼ばわりしおって。ワシをさすらいの魔法少女ダイナミックまどかと知っての狼藉か」
「知るかぁ!さすらいすぎて魔法少女+α年齢のババアになってるじゃんか」
ビックリだ。
空からヒロインが落ちてきてキャッホーな青春がやって来る。そんなアニメのようなキャッホー展開に一瞬だけ期待したのが一転し、一生のショッキングトラウマの刷り込みが完了してしまった。
しかしショッキング状態にいつまでも浸る暇は無い。次の瞬間、俺の頭上を何かが高速移動して突風を起こした。髪の毛全部が逆立つ。
「なんだ!」
空を見上げる。
飛行する黒き影は、明るい月をバックに照らされてもやっぱり真っ黒なコウモリ男だった。
「なんだ!」
重ねて何だあれは、と驚くしかなかった。
コスプレしたババアの次には、真っ黒の大きなコウモリ男。衝撃のダブルパンチが、この手の耐性無き俺の柔なハートを射抜く。
「小僧、屈んでおれ!必殺のデッドチョップを使う!」
ババアは飛び上がる。そして俺は、何だかヤバいと思って言われたままに屈む。
「死にさらせ!デッドチョ~プ」
そう叫ぶと、ババアはカミソリのごとく切れ味のある飛び蹴りをかました。切れ味は抜群。蹴りがまさに断罪の刃のごとき働きを行い、コウモリ男の上半身はもっと高く空中に舞い上がり、下半身は俺の前に落ちて来た。併せてダラダラと零れ落ちる血液が田舎道を染める。ショックが強くて色の認識が間に合わないが、当たり前の人間の血液の色、つまりは赤色ではない事は確かだった。間違いなく化け物から捻出された命の証が目の前にぶちまけられている。
「うわぁああ!」
グロ過ぎんだろうが。もっとポピュラーでマイルドな魔法攻撃を使えや。
「ふぅ、一仕事終えた。デッドエンドまさお軍団め、またまた厄介な刺客を放ってくれたな」
察しの良い俺は、デッドなんとかというのが、このババアと敵対する化け物軍団であることを理解した。
「これからはこの地球に住み着いて、奴らを退治しないとな。おい、小僧。これから世話になるぞ」
嫌だぁ~。ババアと同棲はきつすぎる。なんでババア?ピチピチでエロ可愛い魔法ギャルじゃないのかよ
「あ~何を甘いこと言ってんのさ?あのレベルの超絶イカれた化け物級の相手を、そんな若造がなんとか出来るわけないじゃん。あんた漫画の読み過ぎだよ。一級の魔法使いの座は、一長一短で勝ち取れるものじゃないよ。こうして実地で戦えるようになるには、私くらいに実践を積んだ者でないと無理無理~」
俺の甘い妄想は、ババアの口にした厳しい現実に打ち砕かれた。
漫画やアニメのように、まだ若くてピチピチしている状態の少女が、現場に出て化け物退治が出来るまでの訓練を完了することは現実ではありえないという。このババアのように、可哀想なくらいヨボヨボのお肌が完成するまで時間をかけてやっと一級の魔法使いが完成するという。
「じゃあよろしく!奴らはだいたい一週間ごとに一度攻めて来て、それを48~52回くらい繰り返すから。だいたいその期間はコンビ継続じゃぞ」
なんだよそのやけに具体的なリズム。4クール一年ものアニメのサイクルであっちもこっちも動くのか。面倒臭ぇ!!
こうして俺は、だいたい一年の間、この困った程に萌えない魔法ババアと人生を御一緒することになったのだ。
かつてこんなに老いぼれたヒロインを、我が青春のど真ん中に迎え入れた者があろうか。いや、いたとしてもそんな前例の情報は聞きたくない。
現実は厳しいぜ、トホホ……。