第四十四話 あっくんといっくん
ゆっくりとブレーキがかかり、電車が駅に停車する。
プシューと音を立てて扉が開くと、たくさんのむさいおっさん達が降りて行く。そして入れ替わりに、降りた量の三分の一くらいがまた乗ってくる。そんなむさい中に、一つだけキラリと光る命を見た。それが彼女。
「あっくん、おはよ!今日もいい天気だね」
昨日の天気などもう覚えていない。だが、そんな事などどうでも良くなるくらい、彼女は眩しい笑顔を俺に向けた。彼女のそれには負けるが、俺も最大限顔面から光を放出してみせよう。
「あっくんには珍しく朝からご機嫌だね!」
「ははっ、まあね」
今朝はバッチリ目覚めが良かったのだ。
「昨日の晩は何食べた?」
「え~と、昨日は湯豆腐かな~」
「あっくん、結構渋めな感じで行くんだね」
「まぁね、調理は簡単だけど、豆腐の奥深い味わいが楽しめるってものさ」
俺は豆腐が好きなのだ。
「今日は楽しみだね。どこをどういうルートで回ろうか?」
「う~む。時間の効率化を計算し尽くしての移動は、確かに好ましいもの。でもさ、たまにはそんな物は度外視に、気分のまま順番を回って時間も使えばいいって思うんだよね」
「あっくん……分かるなぁ~、深い事言ってる。う~ん、そうだね。真に何かを楽しもうって時には、そういった意識的無の境地に達するのが良いのかもしれないね」
彼女はなんというか、スポンジのように学びの吸い込みが良い。こちらの言葉をしっかりと噛み砕いてスムーズに理解してくれる。やり取りにストレスの少ない子だな。
「というわけで、そちらのお好きにどこでも回れば良いよ。それで俺は納得」
「あっくん、それってレディファーストの心得ってやつだね。出来る男はやっぱりそうだよね。あっくんもすっかり出来る男になったな~」
「まあね」
彼女はニコニコしている。電車を降りた先に広がる楽しい時間が待ち遠しいようだ。可愛いところがあるなぁ。
「あっくんあっくん。でさ、どうよ」
「え、何が?」
「ああ、そうだね、色々と言葉足らずだったね。例のゲームだよ」
「ああ、あの襲いかかる敵をバンバンとなぎ倒すヤツね」
俺の遊ぶゲームといえば、そんな感じの分かりやすいヤツだけだ。
「そうそう!ランクは上がった?」
「そりゃあもう、上げる以外にやること無しって感じさ」
「そうかそうか、あっくんもすっかり熟練者になっているようだね。また一緒に通信プレイしようよ」
「ああ、いつでもどうぞ。それ用に回線をオープンにしておくよ」
「ははっ、そうしておいてくれたまえ」
ゲーム好きの彼女か。悪くないだろう。昨今ではゲームも国境知らずの一級文化になったからな。
「あっくん。今日はまた結構ラフな格好だね」
「え?ああ、どう?お気に召さない?」
「いやいや、そんなことないよ。今日はアクティブにあちこち回ってくれるっていう意気込みが見えて嬉しいよ。それに、似合ってる……」
うわぉ!すごく褒められた。これが嬉しくない訳がない。
「私のはどうかな?」
そう言って彼女は、胸を張って自分の服を見せつける。
「うんうん、可愛い可愛い。俺は好きだな~」
「……」
あれ、チャラい感じで言い過ぎたかな?彼女が無言だ。
「いや……そうもスマートに褒められると、嬉しくなっちゃうなぁ」
彼女は頬を赤らめる。これはなんともまあ可愛らしい反応。
高速で移り変わる窓の向こうの景色が、いつしかゆったりと見えるようになっていた。
恵みの太陽の光を浴び、自然の緑が更に美しく輝くのが分かる。これは絶好のデート日和ではないか。
プラットホームが見え、電車はゆっくりと停車する。扉が開くと、彼女が先に降りる。
「さぁ行こうよあっくん」
呼ばれるがまま、俺も予てからの目的地だったその駅で電車を降りる。
彼女と二人並んで改札を抜ける。そこでもう一人の男が俺達を待っていた。今朝鏡で見た自分の顔と良く似た顔の男だった。
男はこちらを見るとビックリした顔をした。
「あれ、あっくん?なんでここに?」
「いや、先にこっちの駅で待ってるって言ったじゃ……てかそれ誰?」
彼女と俺に似た男は、会話を始めたと思ったらすぐに無言になった。二人して俺を見る。
「誰!!!」
二人揃って俺に言うのだった。
「ふっふ……おい、あっくん」
「え?ああ、何?」
「片手を上げて」
俺が指示すると、もう一人のあっくんはその通り片手を上げた。
「はい、タッチ!」
あっくんとハイタッチした。
そして俺はその場を去る。残った二人はこれからデートを楽しむのだろう。
えっ?じゃあ一人去るこの俺は誰かって?
惜しいんだな~コレが。
自分があっくんのそっくりさんだと今さっき知ったこの俺は、仲間達からいっくんと呼ばれるしがない時の旅人さ。
本物のあっくんは、状況を整理しようする。
「おいおい、さっきのヤツを俺だと思って一緒にここまで来たわけ?」
「うん、そうだよ」
「で、さっきのヤツは、どこの誰とも知れない俺と勘違いされたと分かった上で、俺の振りをしてここまで来たってこと?」
「う~ん、だよね。別人であることを一切言わなかったし」
「え!え!マジ!怖っ!」