第三十九話 交渉人僕 盗撮オヤジと取引の巻
とある雨の日のこと。僕はバス停で、学校に向かうバスを待っていた。
僕に遅れること3分。曲がり角を曲がってこちらに向かう人影が見えた。誰かと思って目を向ける。
そこには、曇天を吹っ飛ばして晴れを呼ぶかのような可憐な乙女の姿が確認出来た。それは同じクラスの向井さんだった。
彼女の事を簡単に紹介しておこう。彼女は学園のマドンナにして僕の人生のヒロインでもある。これにて紹介終わり。
「おはよう。今日は雨だね~」
雨は鬱陶しい。それは僕も彼女も思うこと。だが不満を口にしても彼女にそのような表情は見えない。
不思議なものだ。マイナスの感情を言葉で発しても、光るヒロイン性があれば、そんな都合が何も見えない。どこまでも透明な存在に見えるのが彼女の強みである。
僕の隣には彼女、その隣に禿頭のスーツオヤジが並んだ。彼もまた疲れた頭皮と面を下げて向かうべき場所を持つバスの乗客なのだろう。
と思ったら、数分経つと彼は音も無くバス停を去った。バスはまだ来ていない。乗る前に帰ってしまうとは、変わったアクションではないか。向井さんと楽しき雑談を交わしながら僕は彼のことが気になった。
バスが来る時間が近づく。でも僕は、ちょっと忘れ物をしたので家に帰ってくると向井さんに言い残してオヤジを追った。
オヤジが人気の無い路地裏に差し掛かった所で僕は声をかけ、真実を告げた。
「おじさん、ちょっと」
「何かね?」
「良い靴……いや、変わった靴ですねそれ」
靴を褒めたことでオヤジの顔色が変わった。
「君……一体何を?」
「おじさんこそ何を?そんな所にそんな物を仕込んで何をしてたっていうんです?」
僕は気づいていた。靴には一見しただけでは気づかない小型カメラがセットされていた。こんな所に仕込むとは、悪さの臭いがする。
「これは……」
「盗撮、ですね。しかも撮影対象は……大きな声では言えないもの。男が見たくて仕方ない乙女の隠された部分」
「何を言うんだ。何を証拠に」
オヤジの構えが変わった。この場を何とか去ろうとするアクションに出るつもりだ。
「おっと、逃げようとか、僕を倒そうとは考えない方が良い。それら二つのアクションを封じ込めるだけの力を持っている自信がある」
オヤジの顔はみるみる青くなった。
「おじさん。そう悲観することはない。ここからは取引だ」
「なんだって?」
オヤジが先程バス停で見せたアクションはどう見ても不自然だった。不自然に動く足の向かう先は、向井さんの足元。スカートの下あたりだった。
「そこには向井さん、先程バス停で隣り合った少女の、その……スカートの中身が撮れているはずだ」
「え?」
「正直に!もうここまで詰められて嘘をついても仕方ないでしょ」
「ええまあ」
「本当に?」
「そりゃもう、こちとら経歴も長いもので、アングルのミスは無い。バッチリ撮れている自信がある」
悪しき道も極めると一つの矜持となり得るのか。行った仕事の出来について自信を持っている。こいつは頼もしい。
「よし、じゃあそのデータを僕にも分けてくれ。それでこの場は手打ちだ」
「え?いいの君それで?」
「いいのいいの。僕だって男子だもの。見たい世界がある」
「いや、後……」
オヤジは僕の後に何かいると教えてくれる。
「良いわけないでしょ!」
カバンでちょっときつめに頭をポカンとやられた。
向井さんだった。
「もう警察呼んだから。すぐに来るよ」
本当に間もなく警察は来た。公務員の仕事はスムーズ過ぎて困る。
今度は僕の顔が青ざめる。鏡はない。だが分かる。
オヤジは盗撮の罪でしょっ引かれた。
「あの……僕は……どうなるのでしょうか?」
ビビってしまう。
「はいコレ」
向井さんは僕の家の鍵を渡してくれた。バス停に落としてしまったらしい。
「これが無いと困ると思って後を追っかけたら、悪人の犯行を暴いたと同時に逃がす相談に出ているあなたを目撃しちゃってね。思わずツッコんでしまったわ」
「ごめんなさい」
「あなたの悪巧みは黙っていてあげる。一応こっちのプライバシーを守ってくれたとも思えるから」
「すみません。それから助かります」
さすがに居たたまれない。僕は決して軽くはない頭を下げて上げるを繰り返すばかりだった。
「ふふっ、でもとんでもないことを吹っかけるスケベ野郎だったんだね」
「へへっ、まぁ、男子なんてそんなもの」
地球にいる他の同志全部を引き合いに出すことで、自分の罪を軽くすべく働きかけた。すまぬ同志よ。
「まぁいいよ。そういうのを見たいならマナーを守ってね」
それを見るマナーとは何なのか。深い世界だ。
この交渉の失敗をきっかけに、その後僕たちはお付き合いすることになったのだが、それはまた別のお話。
見たいけど見てはいけない世界もある。世の紳士諸君よ、節度を守ってクリアに生きよう。