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変な人白書  作者: 紅頭マムシ
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第三十七話 その年を忘れない

 年末が近づいた。

 人間達の中には、一年ごとにリセット機能を使うことで、その年のことを忘れたがる者がある。でも僕はそんなことはない。忘れる必要もなく、丸々リセット状態で来年を迎える必要もない。人生とは常に連続する長編作品であり、一話完結もとい一年完結のショートエピソードの寄せ集めではないのだ。


「大山くん大山くん、今年の忘年会どうする?」

「行きません」


 課長のお誘いをスパッとお断りする。


「そうは言うけどさ君、一年のあれこれをすっきり忘れてリフレッシュしようじゃないか」

「いいえ、僕はこの一年を忘れない」

「……」 


 課長は無言になる。


「でもさ、一度も出てくれたことないじゃない?ちょっとくらい顔を出しても……」

「いいえ、謹んでお断りさせて頂きます」


 おばあちゃんが言っていた。この手のことは一貫すること、それが大事。

 たまに出て、たまに出ない。そんなあやふやな態度は、後々問題に繋がるかもしれない。だから忘年会に対しては出るなら全部出る、出ないなら一生出ないのどちらかで決めるべき。で、僕は全部出ないに決めた。決めたからには極力それで通せ、これもまたおばあちゃんの教えだ。おばあちゃんはとても間違いの少ない人間なので、言っていることの大体が正しい。だから大体のことは信じて実行して問題ない。


「まぁまぁ、これもチームワーク形成のための儀式めいたものでさ、飲み会も仕事だ!なんてパワハラめいたことは言わないけど、ちょっとくらい来てもいいんじゃない?」

 

 良くない。良くないから行かないのだ。

 そもそもだが、おばあちゃんの教えなどなくともこの企画には興味がなく、なにより気に食わない。

 我々は日々の時間を自由に過ごすため、自由を奪われる会社員をしているのだ。まず僕には金がない。金は稼がなければならない。稼ぎがあれば、会社以外の時間は自由に楽しく、安全に過ごすことが出来る。問題なく自由時間を過ごす、そのために会社に来ているのに、会社が終わった後も会社の付き合いをするなんて本末転倒だ。

 そして、課長の言うことは理想としてはよろしい。だが、実は間違っている。訂正せねば。


「課長、それは心外ですよ」

「え?」

「今、チームワークのことを言いましたよね。居酒屋に行って一緒に飯を食う、酒を飲み交わす。そんなことをせずとも、僕はチームワーク維持のために尽力します。逆にそんなことをしないと一緒に働けないならそれは待った無しで会社員として三流です。だいたいチームワークとは、タイムカードの示す業務時間内に社の中で養うものです。実地でこそ勝ち取って価値があり、それが職業人の真価です。僕は課長と飲み食いせずとも、しっかり働いてみせます」


 この考えはちょっと突っ込んだ偏見なのかもしれない。それでも僕は、チームワーク形成を目的に飲み会を開くのなら、そこに非常に補習めいたマイナス要素を感じてしまうのだ。

 補習というのは、本来の授業時間の中で満足な成績を勝ち取れなかった失敗者が、別個に教師の労力を絞り出してもらって特訓する本来なら無くて良い時間だ。僕は補習が大嫌いだ。それは失敗者の認定を受けたこととイコールするからだ。誰が失敗を良しとするだろうか。僕は学生時代に一度も補習を受けたことがない。本来の授業時間だけで十分に間に合う人間だったからだ。


 僕は本来あるべき時間で間に合う人間だ。だから会社員としても補習は受けない。それよりも家に帰ってドラマが見たい。あと酒は好きじゃないし、タバコを吸う社員がいるからタバコ嫌いとしても飲み会は好ましい場ではない。おまけに課長が指定した場末の飲み屋は、場末だけにやはり三流の店だった。僕はグルメ思考なのでそんな店の暖簾はくぐりたくない。


「ははっそうかい?」

「そうですとも」


 こうして僕は、その一年を忘れることなくしっかり記憶して年越しを迎えた。

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