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変な人白書  作者: 紅頭マムシ
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第三十六話 投稿せよ!尾張部長

 妹にとある男を紹介された。と言ってもそれはパソコンの中の男。

 彼は「都筑専務つづきせんむ」という。名字と階級は分かったが、下の名前が何なのかは一生分からない。


 彼が何をしている人物かというと、動画投稿サイトで日々何かしらの動画を投稿しているというのである。そんなことを日々やっている人物など周りにいない。この手の人物の紹介を受けたのは初めてのことだった。


 妹は言う。


「この人面白いからお兄ちゃんも見なよ。それでお兄ちゃんも少しは面白くなればいいじゃん」


 おいおい、都筑専務が面白いことを紹介したいのは分かったが、お兄ちゃんのことをつまらない人物だと言うのか。そりゃお笑い芸人のようにバンバン笑いを生む人間ではないが、それでも自分がユーモアに欠ける人間だと思ったことなどこれまで一度もない。


 とまあそんなこんなあって、私の人生でお初のこの男、都筑専務の作った動画を見ていくことにする。


 ふむ、そもそもこのような動画投稿サイトというものを普段から見ることがない。動画を見る前にサービスを利用するだけでも新鮮な想いになる。


 都筑専務はたくさんの動画を上げているぞ。気に入った配信者を登録して新作が上がったら通知が来るという動画を見る側への良き配慮が出来ているようだ。


 で、都筑専務の動画チャンネル登録者数を見ると……え、うん?おかしいなぁ……いや確かにあってる。嘘だろ、1億人も登録している。え、ただのおっさんだぞコレ。それを1億もの人間が、こいつの人生を見たいと注目する?すごくないかコレ。妹の紹介を受けるまで1ミリも知らなかったのに、とんだ有名人じゃないか。一億人に知られるおっさん、そう思うとなんだかやけに変なおっさんに見えるなぁ。というか1億人が知っているのに、今日まで俺は知らなかったんだ。そう思うと、メディアの情報伝達力もちょっと甘くないか。まぁ俺がこの手の情報に興味がなく、疎いだけなのだが。


 よし見よう。

 一億人もの人間が見たいと注目するおっさんなのだ。だったらさぞ面白い人間なのだろう。どれ、お手並み拝見だ。

 たくさんアップされている都筑専務の投稿動画を順に見ていく。7個、8個……20個ほど見た。

 

 ……あれ?おかしいな……なんでだコレ、面白くないぞ。

 うん、間違いない。コレ、面白くない!


 面白くないのに、なんでこんなことになっているんだ。おい、どうなっているんだ都筑専務、お前つまらないじゃないか。こいつの社長、きっちり教えてやれよ。専務面白くないよって。


 困った。どうしよう。面白いと信じて見たのに、どうなっている。おい、都筑、聞いているのか……聞こえるわけないよな。


 分からん。こんな見た目はただのおっさんが、ただ同然で作ったようなただで見れる動画。で、面白くない。


 人気者って簡単になれるのか。このレベルで一億人のファンが出来る。都筑よりもハイセンスなユーモアをこの胸に宿す俺なら、簡単に越せるんじゃね?

 

 よし、やってみよう。都筑を打ち破ろう。


 俺は都筑に対抗して動画配信者になることにした。まさかこうも唐突に進路が決まるとは、人生ってのは、何がきかっけでどうなるのか分からないものだ。


 ヤツよりもユーモアセンスで勝る俺だが、ここでは新人なので、そこはちょっと弁えていこう。てなわけで、対抗はするがもう少し落ち着いた身分の「尾張部長おわりぶちょう」という活動名義でこの業界に殴り込みをかけることにした。


 約2週間。まずはあれこれ企画して、撮影して、編集して、動画作品を完成させていった。

 そしてそれからは、10日間ほど連続で動画投稿した。


 よし、ではユーザー諸君の反応を見てみよう。


「ゴミ」

「クソ」

「う○こ」

「都筑のパシリ」

「都筑の靴舐めてろ、ゴミムシが!」 

「パクリ部長」

「お前なんか平に降格しろ」

「パチもん、左遷、求む」

「つまらん」

「社長~ここに不良債権ありますよ~首にしてくださ~い(by 都筑の優秀な部下)」

「まさにこの世の終わりを想起するつまらん部長」


 おい!無茶苦茶だなこいつら!

 酷すぎない?それぞれ良心が死んでるのか?

 

 ものすごく不評だった。悪口はこれだけに留まらず、その他にも色々なものが上げらた。最終的には、まるでこの世の罵詈雑言の全てを集約した辞典が完成するごとく多種多様なものが出尽くした。

 

 この世のユーモアはたった数年の内に崩壊したのか?都筑がウケを取って、この俺が罵詈雑言の洪水の中に沈められるなどおかしい。そうとしか思えない。


 分からんものだ。しかし視聴者の質に合わせてユーモアの質も落とすというのは、配信者の魂として廃れたものだと俺は考える。だからこのやり方を変えるわけにはいかないだろう。

 やって欲しい事に答えるのもエンターテイナーとして重要なことだが、それよりも重要なのは、やりたい事を貫くことだ。


 バッシングの嵐をもろに受ける俺だが、それでもこの世の全てを敵に回すことなど、よっぽどの悪のカリスマでもなければ叶わないことだ。俺はそうではない。よく見れば僅かばかりの救いの光もあった。


「こういうスマートに己のユーモアセンスを貫くやり口、私は嫌いじゃない」

「応援します。いつか社長にだってのし上がろうぜ。なっ部長」

「都筑よりも俺は尾張の下につく社員でありたい」


 僅かだが俺をヨイショする嬉しきメッセージもあった。見ているヤツらの内、一掴みだけ分かっているヤツらがいる。それが分かったのがせめてもの救いだ。


 へへっ、世の中には捨てるも拾うもそれぞれを行う神がいる。

 頑張ろうか。なんか俺、コレ嫌いじゃない。割と肌に合った進路かもしれない。



「あ~はっっはは!お兄ちゃんってば部長になったの~?てかマジつまんない。都筑専務と比べたらゴミじゃん~」


 妹よ。兄の決心を折りにかかる茶々を入れるのは止せ!

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