第三十五話 ちょっと待って!その校則、本当にブラックですか?
今朝のことだ。ポニテを注意された。
長き時を経て蓄えた自慢の美髪。それを束ねることで、なんともゴージャスな馬の尾に似た芸術が出来る。後頭部に生んだ芸術品をフリフリと揺らし、私はご機嫌に登校した。すると、厳つい体育教師の長田からポニテを止めろと注意された。私は、今朝の貴重な時間をかけて作った後頭部の芸術品を自ら壊すことになった。
「先生、これの理由は?なんでポニテが禁止なのですか?これって今流行りのブラック校則なのでは?」
放課後、私は学内一弁えた人物と定評を取る武田先生に、ポニテ禁止について相談を持ちかけた。ちょっと変わった先生だが、面白くて頼りになる私のクラスの担任教師である。
放課後の教室で、私達は一対一で話す。気づけば他に生徒の姿は無かった。
「ここには山程の人間が日々出入りする。それだけ多くの集団が一つ所に集まり、一日を穏やかに過ごすためには、やはりそれなりの決まりを作っておかなければならない。そんな理由で存在するのが校則だ。ブラックもレッドもイエローもないさ。ただ、風紀を守るためのクリアなものとしてそれはある」
「はい、それはそうですが、たかが髪型のことですよ?染めてきたとかでもないのに、あまりに生徒の自由を奪って押さえつけるような強引な規則ではないですか?」
「校則ってのは、学内風紀を守るためにある。いいかい?学内全部をだよ。君は見落としている。君は自分に枷をはめられたように思っているのかもしれないが、校則ってのは、何も生徒だけを守るためのものじゃない。学校全体の平和のためにそれは機能している」
「え、どういうことですか?」
「君が髪型でおしゃれしたいという想いを押し込める形になったのは申し訳ない。だが、それをすることで他に守られている部分もあるんだよ」
「なんですかソレ!教えてください」
「学校には子供達だけでなく、我々教師という立場の大人だっている。生徒の君には大いなる不服があったかもしれない。でもコレは、我々教師こそを守るために機能している。校則の中では珍しい部類のものかもしれない」
「え?どうして教師を守るための規則が、私のポニテ禁止に繋がるのですか?」
「うん、分からないをしっかり尋ねるその態度はよろしい。確かに理由が分からないのに、頭ごなしに禁止され注意されでは君も躊躇するだろう。では、しっかり教えてあげよう」
弁えた先生は、しっかり説明してくれることを約束してくれた。
「まずだね、これは仮に、本当に仮にそうだったらというおかしな例なのだが」
「なんです?」
「例えば、君がそのスカートを自ら捲し上げ、その下に潜む乙女を覆う絹を丸出しにして校門をくぐったとしよう。すると先生達は、待った無しに君に厳しい指導を行うことになる。それは極めて破廉恥な行為だからだ。分かるね?」
「はい。確かにそんなことをしていれば叱られて当然です」
「ここで、徐々にポニテの話題にシフトしていこう」
「はぁ?シフト出来るのですか?」
「上手くやってみよう」
先生の会話時のセリフ回しはちょっと変わっているのだ。
「さっきの話のまずいところは、つまりその、パンティという見えてはいけないところが丸見えになるからだ。いいかい、見えてはいけない所が見えてはいけない理由ってのは、それを目にした刺激で、平静ではいられない他者が出てくるってことにもある」
「それはつまり、いやらしいものを見たということで、見た人にも悪影響というか、よくない刺激が走ると?」
「そう、まさにそうなのだ!」
え?パンツは確かにスカートめくりというエロ行為の目的にされるもので、やはり男子的にはエロ要素ありのアイテムなのだろう。だが、それとポニテに何の関係があるのだろう?
「え?パンツとコレが関係あるのですか?」
私は両手で後ろ髪をかき集めて馬の尾のように束ねる。そして首をひねり、先生にそれを見せた。
「なっ!」
先生はガタっと大きな音を立てて椅子から立ち上がった。その勢いで後に下がり過ぎた椅子は倒れてしまう。
おかしい。あれだけ落ち着いて話していた先生が、急にビクッと驚いたかのような態度に出た。
「先生、どうしたのですか?」
「君!やめたまえ!」
え、何を?
「先生は、学校教師という椅子に座り給与を得られるまで、それなりに厳しい道を辿っている。この立場は大事だ。そして君は君を大事にするべきだ。いいかい、まずは先生の立場、そして次に自身を大事にしてくれ」
「え?まずは先生なのですか?」
「あっ、そこは入れ換えても良いけど……」
「で?何をそんなに焦っているのです?どうしたのです?」
「こら!そんなものを見せるでない!」
怒られた。
私は両手を膝の上に置いて座り直した。
「いいか。言っておくよ。女性が男性にパンツを見せた場合、普通ならそれは男性には興奮材料となり、相手は大いに興奮してみせるだろう。君のそれ、それだ。つまり、後ろ髪を上げることでうなじを丸出しにする行為、それも見る人によっては、パンツや裸を見せるようなものなのだよ」
「え?……ちょっと待って、それってつまり、先生はうなじに興奮を覚えるってことで、それを封じる規則……つまりコレって先生を守るための」
「だから言ってるだろう。校則は君達生徒を守るだけのものではない。学校全体を平和に保つための掟なのだ」
「え……でも、こんな首の後部分、ですよ?」
私はもう一度両手でポニテを作って先生に見せた。
「うぁあ!」
先生はまた立ち上がり、後に下がる。
私も追撃して先生に一歩迫る。すると先生も合わせて一歩下がる。
先生の顔は赤くなり、呼吸が乱れている。
やばい……なんかこれ、ちょっと面白い。
よし、もう一歩近づいて、うなじを見せてやろう。
「わわ!この、この破廉恥むすめぇぇぇ~」
情けなく叫んで先生は教室を飛び出した。
「ははっ、先生ってば面白くてちょっと可愛い!」