第三十四話 新進気鋭のクリエイター キヨマサ・D・トクナガ
彗星のごとくエンタメ業界に現れた天才クリエイター、それが「キヨマサ・D・トクナガ」。
令和時代に入ってまだ日が浅いが、それでも業界では既に令和最初にして最後の天才クリエイターと呼ばれている。それくらいに彼は物が違う。
彼が主に何をやっているのか、簡単に紹介しよう。彼の戦うコンテンツは多岐に渡る。
テレビドラマや舞台劇の脚本を担当し、ライトノベルも数作品書き上げる。書いたライトノベルは全てアニメ化されている。アニメが放送された時には主題歌の歌詞も自身で担当し、これもヒットさせている。振れば全部ホームランの怪物バッターのようなもので、未だ空振りを知らない猛者、それがキヨマサのすごいところだ。
この度私は、そんな天才にインタビュー出来る栄誉に預かった。裏方として活躍し、表に出て言葉を発しない彼から、一体どんな有益な情報が得られるのだろうか。取材が楽しみだ。
「えーそれではキヨマサ・D・トクナガさん」
「キヨマサでいいよ」
「ではキヨマサさん。お尋ねします」
「何でもどうぞ」
「ズバリ、キヨマサさんがこのような作家業に打ち込むようになった理由はなんでしょうか」
「それは語るには長いが、内容としては簡単なものですよ。やや長い語りになるでしょうが、そこは適当にカットしてそちらでまとめて下さい」
「はい。それが我々取材記者の仕事ってやつですから」
「ははっ、頼もしい。ではお話しましょう」
キヨマサは長き物語を語り始める。
「現在私はこんなビッグシティにビッグな館を構えて暮らしています。まぁ成功者ってことです。失敗の実感はまるでない。そんな私ですが、生まれは頭に『ド』がつく田舎でした。家だって風が吹けば倒壊するようなオンボロでしたよ。そんな土地だもの。世界の中心で生まれるエンタメが届くのが遅い、いや、いつまで待ってもそこまで届かない時代の波だってありました。私はね、ガキの頃から今この瞬間まで、いつだって面白い事が大好きなんです。人間の行動原理には様々なものがあります。どっちが強いか、気持ち良いか、美味しいか、珍しいか、まぁそんな感じで色々だ。で、私が行動原理としてファーストプライオリティに上げるのが、先程も言った『面白い』なんですよ。何をすれば一番面白くなるのか、ガキの頃からずっと頭にあるのはそれです。クラスでも、会社でも、意見が対立すること、派閥が分かれることがある。私もどちらにつくか選択を迫られる時がある。その時にはどちらにつけば面白いか、それで判断します。他になにか不利益があっても、より面白くなればそれで採算が取れるのです。狂気にも似た快楽主義を持っているようなのです」
「狂気にも似た……ですか……」
「ええ、狂気ですよ。でも、それが作家活動にはプラスに働く。それは間違いない。筆に狂気が宿る時、紙の上に傑作が生まれるのです。私の体験ですよ」
「はは~これはこれは、文豪らしい胸打つ文学的表現ですね。格好良いですよ」
「ははっ、少し格好つけが過ぎましたかな。すみませんね。こんなフレーズだったら格好良いだろう、胸に刺さるだろうってのを常に探してしまうがの、この仕事においての職業病ってやつでしょうね」
「ふぅ、ではもう少し話を続けましょう。まだまだオチには遠い」
「はい。しっかり取材させてもらいますよ」
「現実世界の面白さだって当然あるわけですが、それでもより面白いの深みに浸かるなら、現実世界にある退屈を削ぎ落とした創作の世界に身を任せるのが良い。そうでしょう?」
「ああ、分かりますとも。ドラマや漫画のような非日常的な世界だったら刺激的で面白そうって思いますもの」
「そうそう、その刺激が面白いに繋がります。私は幼い頃から数多のテレビ番組、劇場映画、文学を楽しみました。当時の私が知らない、思いつかない世界、そしてこの先いくら生きても知れない見れないまったくのファンタジー世界のことだって楽しめた。創作には幅がない。アイデアは無限だ。私のようなちっぽけな人間が、いつくのも世界を見て、幾通りもの生き方を疑似体験して楽しめる。いいですよね。かつてどこぞの作家が、作家が物語を生むのは、命と人生が一つというケチな了見への反逆のためだと言ったことがあったとかなかったとか聞きます。こいつは納得ですよ。退屈な人生一つを体験して終わっても面白いの逆、つまりは私の最も嫌いな概念『つまらない』ってことになります。私は一人の体、一つの命で、いくつのも世界を旅し、幾人もの人生観に触れて己の世界観を広げました」
「それはそれは、素直に素敵なことですね。ただテレビを見て、漫画を読んで笑って済ますだけではなく、趣味を高尚なものへと変化させている。楽しんだ作品達を通しての気付きを、確実に己の人生に有効なものとなるよう上手くインプットしているというわけですね。作家になるべくしてなる人間は、そもそも作家が作ったものの受け止め方が常人とは異なる。いや~さすがキヨマサ先生だ」
「いやいや、止めて下さいよ。やや気取った言い方になっただけで、純粋にワクワクとドキドキがあって楽しんだのですよ。テレビなら止め時を失い、本ならページを捲る手に待ったをかけられない。そんな純粋に娯楽を楽しみたい衝動のままに生きて来ただけのことです」
キヨマサは遠い目をしてまた話し続けた。
「いくつのも作品を楽しんだ。私が望みもしないのに、この世には私を楽しませる作品がいくらでも溢れている。そして後から後からそれは新しく生まれてくる。作家が産んだものを享受する。それをするだけで数十年が経ちました。良かった。受け止めるだけの快楽、あれは良かった……」
「キヨマサ先生……?」
「ふふっ、ここからが本題だ。美味しい水が汲める湖がいつまでもあってくれたら助かるのだが、いつまでもそうはいかないことだってある。何かがあって枯れることだってあるだろう。私の中に、いや、エンタメ界にそれが起きた。」
「ううん?それは一体どうゆう?」
「湖が枯れる話をしましたが、それと同じように、作家のアイデアが枯渇を迎えることだって必ずしも回避出来るものではないのです。事実、エンタメ界はそれを回避出来なかった。それまでは無限と信じたそれが潰える日が来た時はショックでしたよ。私はずっと作家の作るものを楽しみに待ち、出来たものを楽しんで来た。しかしある時から、ワクワクとドキドキが死んだのです。私の大好きな想い、面白いが世界から無くなったのです。面白いが、私の大嫌いなつまらないに食われてしまった。悲しかったですよ。それまで面白かったシリーズ作品、面白いものばかり書くと信頼していた作家、それらが総崩れになってしまった。分からない、なんでこうなったのか。面白くないのです。面白くないのなら、それは本物ではない。偽物だ。私は面白くなくては、面白いに常に囲まれていなければ、そしてつまらないから遠ざからなければ。全て目には見えないものを相手にした話だ。目には見えないものがあったりなかったりすることを感じ、私は混乱しました」
「……」
取材陣は黙りこくった。作家ならではの深刻な苦悩経験なのだろうと思った。
「でも出口が見えたんです。不安、混乱の中にある暗い暗い人生のトンネルからの出口です。簡単だったんです。何で今まで思いつかなかったのだろう。受け身を取る人生が長すぎてそちらに全く目が向かなかった。ある時、同じ趣味で繋がる仲間に、自分の持つ悲哀の感情をぶつけたところ『だったら自分で面白いものを作ればいいじゃないか』と言われたのです。目から鱗でも尾鰭でも落ちたような気持ちになりましたよ。その通りだ!じゃあすぐに作ろう!」
キヨマサの表情が一気に明るくなった。
「私はとにかく書きました。書くのは簡単だったのです。だって私こそが面白いを一番求めていた。私の中にこそ面白いがある。それが長年溜まっている。あとは筆を手にとって、それを紙に起こす。出来たものは、見た者から面白いと言われ、書物にも映像作品にも変わります。気持ちよかった。私の面白いが、世の中の多くの人間の面白いに変わる。素晴らしい連鎖だ。人間はこんな幸福な連鎖を大昔からやっていたのだ。何かを作って発信する。私はそれまで受信専用機器の役割をしていたのに、今は送信側に立っている。どちらにいても面白いですよ。この世は面白いで満ち溢れている。それをもっと溢れさせるため、私は、我々作家は、狂気のごとく面白いを追求して生んでいくのです」
キヨマサの話は終わった。
「すばらしい。すばらしいぞ!つまらないなら、自分で面白いを作れば良い。短絡的にして、これぞ作家魂の究極とも言えるものをお持ちだ。面白いものが好きだから自分で作るだなんて言動は、快楽追求の究極の形ですよ。キヨマサさんは、子供でも持つ単純化された欲求を一流芸術にまで昇華させた。実にあっぱれだ!」
取材陣はキヨマサに拍手を送った。
「いやいや、照れるなぁ。大したことじゃないさ。作家は皆こんな事を考えているよ。ただ、その欲求の強弱ってのには個人差がある。私は特大級にそれが強いってわけさ」
後日、この取材模様は雑誌になり、ドキュメント番組でも放送された。それらは『面白い』を求める人々から多くの共感を得たという。