第二話 先生と僕
とある小学校の昼休みのことである。ここにはちょっと変わった生徒が幾人かいる。
「先生!」僕は職員室の先生の席へ駆け寄った。
「なに?今昼ご飯中でしょうが、後に出来ない?」先生は弁当を食べながら気だるく答える。
「だめですよ。先生が昼から仕事なように、僕にも昼からは授業という一銭にもならない学生の仕事があります」
「その一銭にもならない授業ってのが、私達が食べていくための尊い仕事なんだけど?」
僕は基本的に学校組織を舐め腐っていた。
「先生、あの話は本当なんですか?」
「え、何の話?」と言って先生は卵焼きを箸で掴む。
「何の話ってそりゃ…‥先生、その卵焼き美味しそうですね」
「欲しいの?」
「とっても!」
「じゃあ分けてあげるから食べたら帰んなよ」
「ありがとうございます」
僕は卵焼きを頬ばった。程よい甘さ。家庭の味として幾年後には懐かしの美味しい味として振り返れそうだ。
「そうだよ。こうして家庭の味を作れる良い家庭婦人になるんだよな先生はさぁ!」僕は舌鼓を打って感動した後に忙しく感情を切り替え、今度は怒りをこめて机を叩くのだった。
「なによ、あんた情緒はどうしたのよ?」
「聞いてくださいよ。冷静沈着を売りにここまで生きてきたこの僕の情緒だってどうかしちゃうってものですよ」
「卵焼き食べたら帰れって言ったわよね?」
「言われたけど、その条件に了解はしていません」
僕は先生の遮る間なく言いたいことを言い始めた。
「先生!先生はやっぱり結婚してここを離れるんですね?」
「まぁ、すぐじゃないけど、産院に入ったりするからその内には働こうにも働けなくるわよ」
「なんでだ!僕を置いて行ってしまうのか!」
「だってあんたを連れて出る謂れがないでしょうが」
明かしておくと、僕は先生が大好きなのだ。そしてそんな先生は近い内に結婚してここを去るらしい。
「先生がいるから、綺麗なお姉さんを日々眺めて目の保養になるからってことで日々忙しくここに通って来たのに、その先生がいなくなって後はガキとジジイとババアしかいないなら、どうしてこんな所に毎日通わなければいけないんだよ」
「おいおい、学び舎で生活を共にする仲間達をガキ呼ばわりし、自分達を教え導いてくれる師にして人生の先輩である先生方をこともあろうにジジイ、ババア呼ばわりするなんて失礼極まりないヤツだな」
「おっと、クールな僕が失意の底から失言をもらしてしまった。まぁこんな痴態を見せるくらいに先生不在がショックなんだ」
通う理由、目的は人それぞれ独自なものがあるのだろうが、この僕に限っては義務教育過程における小学校に通う理由は、綺麗な先生を目当てにしているだけのことだった。
「ここを出たら、とりあえず一年は帰ってこないでしょう?」
「まぁね。復帰までそれ以上はかかると想うよ」
「ああ、その間に僕は卒業してしまうじゃないか。先生がいない残りの一年、何しにこんなところに通えっていうんだ!」
「あのね、私がいようがいまいが、あんたがここに来る理由は義務教育を受けることにあるの。ここでしっかり学んで、及第点を得たら次は中学に行って勉強するの。それから学校中の教師が集まるこの部屋でよくもヌケヌケとそんな舐めた口が聞けたものね?」
ここは職員室であるからして、この話を耳にしてこちらを向く他の教員はたくさんいた。
「やめてくれよ先生。そんなどこのアホでも分かっている理屈などこの僕だって知っている。今の僕にはそんな正論は毒でしかない」
「情緒不安定なのかしら?次々と妙なテンションで妙な言葉を喋るわね」
こんな感じで先生は騒ぐ生徒を前にして手を焼く。
「もう、仕方ない子ね。まぁ、せめてもの情報かな?」
「へ?何が?」
「私が抜けたら、次に来るのは私の後輩の女性教師だから」
「何!先生の後輩だって!ということは先生よりも一つか二つか三つか年下ってことですよね!」
「まぁそうなるわね」
「ということは〇歳以下は確実じゃないか!」
「こら!大きな声で年齢を言うな!」
沈んだ僕の心にも希望の光が見えてきた。
「それで先生。お写真は?後輩なんだから一枚くらい……」
「まぁあるけども」
「見せて見せて!」
先生は面倒そうにスマホを取り出して写真ファイルを開いた。
「これが前の忘年会の写真で、ほら私の隣のこの子」
「へぇ~!これはこれはへぇ~。この方が次の僕の先生か」
「別にあんたの担任になるとは決まってないけれども」
先生はスマホをしまった。
「これで気が済んだ?もう次の授業始まるでしょ?」
「ふむふむ、まぁ来年も希望が持てる、かもしれない。先生が学校を去った次の日に僕もどこかいい所に転校しようと考えたが、まあしばらく通って見ようかな。未来は簡単に諦めるものじゃない、これは僕のおじいちゃんの言葉だ」
僕は自分の都合で勝手に転校のタイミングを計っているような困ったさんだった。先生が弁当を食べている前で僕は一人納得してぶつくさ言っている。
「では先生御機嫌よう。また来ますよ」言うと僕は退室の挨拶もなく職員室を去っていった。
「いや~変……ゴホン、面白い生徒ですな」言葉を選びながら教頭が喋りかけてきた。
「あぁ、教頭先生すみません。うちの生徒が騒がしくて、出ていく時に挨拶もないんですから、後で厳しく言っときます」
「いえいえ、それにしても随分おモテになるんですね」
「ははっ、まぁ変わった趣味の子でして、同級生をもっと見なさいとは言ってるのですが……」
「いいや諸々の感覚が早熟なんでしょう。彼のアレは障害となる要素ではありませんよ」
教頭はニコニコしている。変人に寛容なのだ。
「私はここで30年も働いていますが、それだけいてもまだこうして変、じゃなくて新しい面白い子に会えるのだからこの現場は刺激的で良いですよ」
「確かにそうですよね」
この学校ではこうして型破りな者でも頭ごなしに否定せず、それも個性として肯定して行く方針が取られている。だからここでは良き生徒が育つのだ。とは言ってもさっきの僕が変人なのは誰の目から見ても明らかである。