それでも俺は……
まただ。
この夢を見るのは三回目だな。シャボンの夢。幻想的できれいだが、どこか居心地の悪い空間。そこには例のチワワが居た。今の俺にそっくりな奴。
「やぁ、久しぶりだね♪」
今度ははっきり見えた。子犬らしく、ぴょんぴょん跳ねている。だが、その動作が不快に感じるのはどうしてだろう。
「そんな顔しないでよー。大事なことを伝えに来たんだから」
「天国からか?」
冗談交じりに言ったが、首を縦に振られてしまった。困惑によってではないが、少しだけ毛が逆立った。威嚇、とでもいうべきか。
「君の思い出はホントに素敵だネ!」
(?)
虹色の球がぶわっと、シャボン玉を吹いたかのように湧き上がる。そこには今までの俺が経験してきたこと。記憶が映し出されていた。
(まるで走馬灯みたいだ)
「そうだヨ。あとひとつだけ願いを叶えたら、この記憶は、ぼくのモノになるんだ♪」
なんだと。
それは聞き捨てならない。俺の記憶は俺のモノだ。俺が繋いできたモノたちを、消させやするものか。すぐさま夢の中から出て行け。この厄病犬。
「やーだヨー」
くそっ、やっぱり心を読まれている。
こんな名前もないチワワに、俺の人生を、横取りされてたまるか。
「でも、君は忘れてるじゃない。大事な言葉を」
(大事な言葉?)
そうだ。夏樹と美香子。俺の大事な……、なんだ。何だった。思い出せ、俺。この心の奥にある、体を暖かくする言葉。
(言葉?)
違う。そんなものでは形容しきれないもっと大きな存在。
(くそぅ、ここまで、出かかているのに!)
「はははは。ぼくにはわかるよ。家族でしょ?」
(!)
その瞬間、記憶がフラッシュバックした。その情報量の多さに頭がパンクしそうだった。
「いいよネ、家族。ぼくのために動いてくれて、ぼくのお世話もしてくれる」
「違う……」
「違わない。ぼくは幸せ。だって、みんなぼくを中心に回っているんだもの」
「ふざけるなぁあ‼」
俺は、ギャンと大きく吠えた。
虹色の球が、暴風に吹かれたかのように舞う。
「家族っていうのは、そんな安いもんじゃない! どんな奴でも、気が付いたら心の中に住まっているモノ。それが“家族”だ!」
「はは、よくわかんないや」
「だろうな。だからお前にはもったいない」
少しだけ眉間にしわが寄るチワワ。俺も相当尻尾に怒りがこもっていると思う。家族をかけて戦うか。どうする。
「……、人間はずるいよ」
(?)
ここからは、チワワの話になる。
この子チワワには、もともと家族がいたそうだ。だが、飼い主を噛んだことから、捨てられることになった。ペットショップで売られたこいつには、名前があった。
ラッキー。
当然両親とは顔を合わせておらず、本当の家族というものが分からないまま、露頭をさまよい、俺と一緒に車に轢かれたという訳だ。
(全然ラッキーじゃないな)
「ははは、所詮犬なんてそんなものなんだヨ。だから、ちょうだい。君の大切な家族を」
「それはできない」
「どうして」
こうなればもう、意地と意地の対決だ。
こどもじみていると思うが、俺の記憶をかけた大事な戦いだ。
「ムダだヨ。目覚めたら、君は沢山の記憶を忘れる」
「忘れるものか‼」
――パ……パパ……、
何かに呼ばれるような気がした。目の前のチワワが走って俺の小さな足を噛む。痛みで夢の中から抜け出せない。だが、この声に続かなければ、俺は俺じゃなくなる気がした。
「俺は……、俺は!」
(大事な“家族”を守りたい!)
「そんな。ぼくの気持ちはどこに行っちゃうの! 行かないで!」
この勝負、俺の勝ちだ。安らかに眠れ。ラッキー。そして生まれ変わって、本当の“家族”というものに出逢うんだ――
夢から覚めると、夏樹と美香子が俺のことを見ていた。俺の記憶は、消えていなかった。




