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人生は発明だ! 【全編】

 またくだらない夢を見た。例のチワワの夢だ。

 シャボンの球に囲まれながら、何かを言われた。だが、そんなこと俺に関係ない。

 夏樹なつき美香子みかこの周りがしあわせであれば、それでいいんだ。今度は吠えまくることはなかった。

 夢の中の出来事だと理解したからな。俺の学習能力をなめてもらっちゃ困る。チワワの亡霊だろうが幻だろうが、知ったこっちゃないってことだ。


 俺には二人を守るっていう誓いがあるんだ。そう簡単に乗っ取られてたまるか。


(ふふん。朝になっても俺の意識は、はっきりしているぞ)


 どんなもんだ。

 

 ――ゴトリ……、


 何かが音を立ててリビングの床に落ちた。それは、夏樹なつきがゲームセンターで獲得した丸い形の黄色い人形だ。材質は柔らかそうで、ふにふにしてそう。

 

(なんだか、ものすごく触りたいぞ……!)


 猛烈に体がうずうずとしてきた俺。夏樹なつきの手が人形を拾うより先に、気が付けば俺はそれをくわえていた。

 

「あ、こらー!」


「あらあら」


 引きはがそうとする娘に、微笑ましそうに笑う美香子みかこ。頭では分かっている。これでは、ただの犬だ。知能指数が親友のマーガレット並みになってしまう。

 それでも、夏樹なつきとのやりとりが、楽しい。


「もう、返してってばー」


「パパは夏樹なつきに意地悪してるのよ」


「もー」


 違う。意地悪じゃない。体が勝手に反応してしまうんだ。

 端から見れば、チワワが人形で遊んでいるようにしか見えない。

 すまない夏樹なつき。楽しくてパパ、延々と続けてしまいそうだ。

 

「しつこいー」


 ここで娘の反撃。

 ひたすら俺の鼻先をツンツンと突いてくる。

 何とも言えない刺激で、自然と口が開いてしまった。ポトリと落ちる人形。俺のだ液まみれだ。夏樹なつきはそれを指先でつまみながら、


「べっちょべっちょー」


 と少し怒りを込めた顔で俺のことをにらんだ。


(違うんだ。体が勝手に……!)


 もしかして本当に犬化しようとしているのか。だとしたら、とんでもないことだ。

 でも、まだ意識は俺のまま。不思議な現象だ。


「準備はできた?」


「うん」


 美香子みかこの声に明るく答える夏樹なつき

 そうだ。すっかり忘れていた。今日は、町一番の変わり者の孫英二そんえいじさんの家を訪問するんだった。



 そこは、我が家からちょっと遠く離れた場所にある。でも、迷うことはない。大きな林のような敷地内に入れば、間違った英語のつづりで、“welkome”と掲げられた大きな看板があるからだ。

 それだけでも十分に怪しさがあるが、変わり者はとことん変わり者。


「キャー!」


「ちょっ、なにこれ!」


 広い雑草だらけの庭には、沢山の薄汚れた西洋人形が飾ってあった。それらが着ている服は、可愛いフリルのドレスではなく、なぜか雨合羽。

 頭には謎の装置が取り付けられていた。例えるなら、よく脳波の実験で使われるアレ。


「うえるかむ、ようこそ。ワシのミュージアム館へ!」


(!)


 突然どこかから声がした。

 夏樹なつき美香子みかこがキョロキョロと身を寄せ合いながら、周囲を見回す。もちろん俺もだ。


(いない……)


 どこにもいない。

 でも、音の感じからして、あれは拡声器を通して発せられたものであることは分かった。


「ルックヒアー!」


 ――パンっ!


 クラッカーの音がした。

 一瞬銃声かと思って本気でビビった。

 しばらくすると、細かい紙切れが俺の頭に降ってきた。今日は風もあまりないから、真下に落ちたとすると、おそらく建物の窓付近からだろう。


 俺たちは、建物を下から順番に見ていった。

 一階・二階・三階……。


 三階の大きな窓から、身を乗り出して、


「うえるかむ、うえるかむ」


 と叫んでいるお爺さんがいた。

 間違いない。そんさんだ。

 俺が見た頃より頭が爆発している。某映画を意識しているのか、ちりちりの白髪頭で、なぜか白衣。今にも死にかけって感じの、青白い肌。

 

 怪しい。

 

「今そっちにゴーするからのー! ウエットじゃぞ!」


 間違った英語を選択するところがまた胡散臭い。

 そんなそんさんは、登場の仕方も変わっていた。


 どうしてか、ロープで忍者のように三階から庭先まで降りてくる。手慣れた感じだった。この人はいったい何になりたいんだろう。

 

「あの……」


「話は聞いておるぞ。インしなさーい!」


「え」


 俺たちを強制的に家へと招待してくるそんさん。その力は、たとえ女性二人でも、軽々と押し込んでしまうほどだった。

 

(やい! 二人に変なことしようと思ってるんじゃないだろうなっ!)


 俺は二人の身の危険を感じて、キャキャンと吠えた。

 そんな俺を見て両目をピカリと輝かせるそんさん。ちょっとだけ恐怖を感じた。


 部屋の中は変なものだらけで、説明が追い付かない。

 大きな赤い風船にミニカーが複数取り付けられていたり、壁中を緑の管が伝っていたり、常にポコポコと音を立てている謎のドラム缶があったり……。

 

「これがそのチワウワじゃな。ミニミニじゃなー♪」


「チワワです」


 ボケているのかわざとなのか天然なのかわからないそんさんの言葉に、ズバッと修正を入れる夏樹なつき。もうこの環境になれたのか、驚いた様子はない。

 娘とは対照的に、あたふたしながら周囲を見まわして、


「帰りましょう。夏樹なつき


 と弱腰な美香子みかこ

 俺はというと……、うずうずしていた。

 勝手に動く物。見たことのない物。全てがオモチャのように見えた。


(やっちゃえ、どうせガラクタばっかりだ!)


 貴重品は無いと判断した俺は、気が付けば室内で大暴れしていた。

 急いで俺を止めに入るそんさん。


「ウエット、ウエットなのじゃぁあ!」


 湿しめってたまるか。おそらく「待て」と言いたいのだろうが、こうなってしまっては遅い。きっと俺は、願いが一つ叶うのと同時に何かを失ったのだろう。

 だが、そんなことどうでもいい。

 何かよくわからないものでも、噛んだり踏んだり、頭突きをしたり、好き放題した。妻子は茫然ぼうぜんとしているな。

 

「もうハングリーだ!」


 どうした、おなかすいたのか。


(!)


 ――スポンッ!


 何かを頭に被せられた。

 目の前が真っ暗だ。

 

「ワシの最新作。ワンダースタンド1号じゃ!」


 ――ピピピピ……


 頭中に機械音が走る。それと同時に激しい頭痛が襲った。

 例えるなら、脳が縮んでいく感覚。

 

(どうなっちゃうんだ……)


 俺は、そのままぱたりと倒れてしまった。

 娘と妻の声がする。

 遠のく意識。


 俺は、二度目の死を覚悟した。

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