クズ野郎との遭遇!
車内でおやじが俺に向かって話しかけてくる。どうやら引きこもりの一人息子がいるらしい。四十半ば。それに耐えかねて、妻は離婚を申し出たと。
俺、結構複雑な家庭に拾われてしまったのかもしれないなぁ。人間の時は明るい爺さんだと思っていたが、動物相手になると本音を呟くものなのか。
エンジンの音が止まる。どうやら家に着いたようだ。視線が低いが、匂いで木造の古い一軒家であることは理解できた。大きさもおそらく普通だろう。
おやじが俺を抱えて引き戸を開けると、少々埃っぽい臭いが鼻を刺激する。なんだかムズムズして、くしゃみをしてしまった。
「すまねぇな。アイツときたら汚すのだけが仕事で」
しばらくの間、掃除らしいことはされていないようだ。夏樹だって、受験を控えていても自分で食べた皿ぐらいは洗うのに。ここの息子はどうなっているんだ。
「今からスーパーでドッグフード買ってきてやるから、待ってな。五郎」
床へとおろされる俺。下を向いてみると、おぞましいほどの髪の毛がびっしりと落ちていた。おかしいな。おやじの話を聴くところ、この家に女性はいないはず。抜け落ちている毛はほとんどが長い。
そしてとんでもなく臭う。考えたくないがこれは……、
「クソ親父。また犬なんて連れてきやがって。それより俺の飯ねぇんだけど」
(なんだ!? この巨体で油ギッシュな生き物は‼)
とても、この世の者とは思えない臭いに吐きそうだ。自然と垂れ下がる耳。
しかもそいつは俺を邪魔者のように足で払ってきた。
(このクソ野郎!)
噛みつい……、たら臭いが移るから止めてこう。冷静に、冷静に。
「こんの馬鹿息子! おまんまぐれぇ自分で稼いで食えってんだ!」
「うるせぇ、全部世間が悪ぃんだよ! 高卒の親父にはわかんねぇよな」
「お前は自分をエリートだと勘違いしてんのか? なら総理大臣にでもなっちまえ」
「この世の中は嘘だらけだ。つまり、働いたら負けなんだよ」
とんだクズ野郎だな。何があったかは知らないが、ここの息子はろくでなしの引きこもりニートのようだ。せめて清潔感さえあれば、俺には関係のないことだが。
それよりこの際何でもいいから飯を買ってきてくれないか……。
「ふん、お前よりも五郎の方がよっぽど役に立つ」
「じゃあ、高級な餌でもやったらどうだよ。買えねぇだろ? 貧乏だからな」
「てめぇ、誰のせいだと思ってやがる‼」
……、とにかく喧嘩をやめてもらおう。じゃないと、本当に餓死する。この臭いの中でだったら、何を食っても同じだ。
おやじの足元に寄って、ぴょんぴょん跳ねた。まだ人間だった頃の感覚が残っているからか、不器用なジャンプだったが、俺に気付いたらしい。
おやじは俺とクズ野郎を残して、ドッグフードを買いに行った。
「チッ、どうせ俺は社会のゴミだよ……」
一応、自分の置かれている立場は理解しているんだな。そういえば、美香子と出会ったのは、転職の時だったな。その時俺は介護職なんて底辺の仕事だと構えていた。
それが態度として滲み出ていたのか、孤立したことがある。そこで出会ったのが新しく入社してきた美香子だった。
彼女が必死に働く姿や、星のようにキラキラした笑顔を見ているうちに、仕事が楽しくなっていった。そして恋をしたんだ……。
人生って何があるかわからないよなぁ。
「犬は良いよな。愛想を振りまいてれば、人が寄ってきて」
もしかしたら、俺もこいつのような人生を送っていたかもしれない。まぁ、今犬になっている時点で何組かわからないが。
「俺だって、やれば出来るんだ。でも社会がそれを許さなかった。何度も面接を受けたさ。でも企業側はどうだ、やれ即戦力だやれ自己分析だとか……。そこそこの大学に出て、成績優秀だった俺を雇うところが一つもないなんておかしいだろ……」
俺に言われても。どうせ大手ばかり受けて落ちたんじゃないのか。まぁ、若けりゃ通用する文句だわな。でも四十過ぎて言うとちょっと格好悪いぞ。俺より年上なんだから。
俺がひと鳴きすると、クズ野郎はため息をついて井草のむき出しになった和室へと籠った。しばらくするとピコピコという賑やかな音がする。
引きこもりニートに加えてゲームは典型的すぎるだろ。おやじは何のために毎日イカ焼きを作っているんだろうな。俺が親だったら出ていけと言って見放すが……。
(そもそも夏樹はそんな子ではない!)
慣れない臭いのなか、俺はおやじが帰ってくるのを待っていた。はぁ、風呂に入りてぇ~。