宿敵ミスボーン!
「ただいま!」
突然の騒がしい足音にピクッと耳が動いた。夏樹だ。学校から帰ってきたのか。元気で何よりだ。
だけど、足音はもう一人分聴こえた。美香子……、は仕事で居ないはず。友達でも連れてきたのか。
「――ゲッ!」
(‼)
この女子高生。娘と同じ制服を着ているが、そのガリガリな体系。しっかりとこの目で覚えているぞ。俺を美香子のカバンごと盗んで、放り投げて逃げたひったくり女だ。
(やい、今度は娘の所に何をしに来た!)
俺は怒りのあまり、キャキャンと強く吠えた。
「もう。ミスボーンが困ってるでしょ~。それにどうしてテレビなんてついてるのー」
(ミスボーン……。あだ名か?)
夏樹は俺のことを咎めはしたが、なかなか目を合わせてはくれない。もしかして、いたずらをしたと思っているのか。
必死に苦手なゴキと戦ったんだぞ。俺は。
「あぁうん。別にいいよ。そんなことより勉強教えてよ」
「オッケー。じゃあ、お菓子用意するね。待ってて!」
笑顔で二階へ駆けあがっていく夏樹。
ミスボーンが鋭い視線を向けてジロジロと、こっちを見ている。俺の顔は今、怒りで眉間にしわが寄っていると思う。
ぐるぐると唸って見せる。
「あんま調子こいてると焼肉にするよ?」
(コイツ……!)
俺を何だと思っているんだ。俺は倉田家のパパだぞ。くそぅ。よりにもよって、こんな奴と娘が友達だなんて。
パパは……、パパは認めんぞ。
「ワンコロ。教えてやろっか」
(?)
ミスボーンは夏樹の学生カバンから、消しゴムをひょいっと盗んだ。一瞬のことだった。訳が分からない。俺に何を教えたいって言うんだ。それよりも、
(盗んだものを返しなさい!)
という思いを込めてキャキャンと吠えた。
「私、この家に巣食ってまーす♪」
(‼)
そんなこと、堂々とよく俺の前で言えたものだ。ゴキの次は、骨カラスか。今の言葉は宣戦布告とみなすぞ。ミスボーン。
そんなことなど知らない夏樹は、百円そこらの袋菓子を二~三袋持って降りてきた。
「よく吠えるでしょ。そのチワワ」
「うん、ちょっとびっくりしちゃったー」
コロコロと表情変えやがって。わざとらしいんだ。今すぐやめろ。
「じゃあ、今日は古文やろっか」
「うん。あ、私のり塩味がいいー」
「オッケー」
ミスボーンは、俺がやっつけたゴキの張り付いたテーブルの脚の方の椅子を引きずってドカッと座る。足元の違和感に気づいたのか、視線を“そこ”へ向けると、奴は「ぎゃぁああ!」と叫んだ。
(ざまあみろ!)
俺は尻尾を、チアダンスのポンポンのようにシャカシャカと振りに振りまくり、跳びはねた。悪いやつの不幸ほど気味のいいものは無い。
「こら、……、ってちょっと顔。カピカピじゃんっ!」
夏樹は俺の顔を見ながら、「まさか……」と言って、テーブルの脚を見る。無残な姿のゴキ。俺がやったんだぞ。褒めてくれ娘よ。
「うっわぁありえないんだけどー‼」
夏樹がバタバタし始めた。周囲を見回して、ゴキの残党が居ないかなどを確認したり、近づこうとする俺を避けたり。
ちょうどその頃、お笑い番組がやっていて、コミカルな音楽が流れていた。
ミスボーンは、
「ちょっと用事思い出した。帰るわ」
と言って逃げた。あの小娘め。本来なら噛みついてやるものを。これくらいで済んだのだから良い方だと思えよ。
俺は、もう二度と来るなという気持ちを込めてキャキャンと鳴いた。
そんな俺をジロリと睨みつける夏樹。
「友達。帰っちゃったんだけど……」
怖い。怖いぞ夏樹。でも、でも……、
(あんなの、友達じゃない!)
早く気付くんだ。お前はいいように扱われているだけだ。
「私のこと理解してくれる唯一の友達なのに」
怒った夏樹は二階に上がり、自室に入って出てこなくなってしまった。大変だ。秀一みたいになったらどうしよう。
それもそうだが、
(パパはお前の理解者になれないっていうのか……)
うう……。
(そんなの……、あんまりだ)
俺はカピカピになった体毛に不快感を覚えながら、ふて寝した。たった一匹のゴキでこんなことになるとは。
許すまじ。
ゴキの死骸の処理や俺の体をきれいにしてくれたのは、仕事から帰ってきた美香子だった。仕事柄、ゴキの対応には慣れているらしい。
食べ物を扱うところだから、よく出るのだそうだ。もしかしたら、職場から連れ帰ってきてしまったのかもしれない。
今は何事もなかったかのように晩御飯を食べている。
そして偶然、あのにっくきミスボーンの話が食卓に上がった。
「その子。母子家庭なのよね」
「そう。今時珍しくないけどね」
「どんな子なのかしら。会ってみたいわ」
「そういえば、会ったことなかったっけ」
会えばわかるぞ美香子。お前のカバンを盗もうとしたひったくり女がミスボーンだ。そして今日、夏樹の消しゴムを盗んだ犯人でもある。
(俺はこの目で見た。アイツは悪いやつだ!)
目の前のきゅうりを、ミスボーンだと思いながらパリポリ噛んだ。
「あの子の家ね。お金ないみたい」
「あら、そうなの」
どうせ嘘に決まってる。都合のいいことを言って、夏樹のことをだましているんだ。何の疑いもせずに、娘のお小遣いを増やす妻。
これで、一緒にご飯や遊びに行けってことだろうけど……、倉田家だって、俺が死んでお金がないはずだ。
美香子が働いて得た大事なお金が、ミスボーンに集られると思うと、やるせない。
(明日、決着をつけてやる!)
俺の尻尾に決意が宿った。
(このままでいいはずがない。何とかしなければ……)
俺はきゅうりをバリバリ食べながら作戦を練った。思いつくまでに時間がかかったが、なかなかいい案ができた。
(ふふふ、明日奴が来たら試してみよう)
覚悟してろよ。ミスボーン!




