表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/53

テーマ:運動会

 結果を言うと、美香子みかこからの返信はあったようだ。

 だが、少し神経が過敏になっていて、会話を誰かから盗み聞きされるのではないかと不安がっているそう。


(あぁ、俺のせいだ)


 フサフサの耳が自然とうつむきがちになる。目がにじんできた。そんなになるまで、追い詰められたのか。夏樹なつきだって学校生活がある。期末テスト、大丈夫かなぁ……。

 俺と美香子みかこ二人で支えてきた愛する娘の情報が、全くないのが不安だ。

 もしかしたら、美香子みかこが一人で夏樹なつきのことを守っているのかもしれない。俺の家庭は核家族だからな。

 だとしたら、精神的な負担は大きいだろう。


「お父さん。俊介しゅんすけすごく心配してるよ」


倉田くらたさんの気持ち、よくわかりますよ」


 真治しんじ先生が、届いたメールの内容を読み上げる。



件名:お手紙ありがとうございます

倉田美香子くらたみかこ

宛先:田中真治たなかしんじ

____________________

学のない私ですから、立派な返事を書くこと

ができないと思います。お許しください。


夫のことで家族は一変しました。

笑顔の絶えなかった私たちは、事故の日を境

に、常に被害者でいなくてはいけなくなって

しまったのです。


家族から笑顔が消えました。


そんな中、信頼のおける先生からのお便りで

まさかチワワが夫にり変わったというよう

な冗談がなされるとは思いもしませんでした


もしそれが本当であっても、そのことをどう

受け止めたらよいのでしょう?

私にはわかりません。


マスコミや周囲の目も痛く感じます。

本当は、相談の出来る人が欲しい所ですが、

家の周囲に粘り強く張り込みを続ける男性が

いるために、家の中であっても会話が筒抜け

になってしまうのが怖いです。


私はどうすればいいですか。先生。

____________________



 より責任感が増した。どうしてあの時俺はまっすぐ家に帰らず、カフェに寄ろうとしたんだ。その結果がこれじゃあ、本物の“嫌われ者”だ。

 いや、厄介者か。


「まだ諦めんじゃねぇ、チすけ


 名無しだったパグ、もとい、マーガレットは、落ち込んでいた俺の額に頭突きをしてきた。痛かった。だが、ぬくもりを感じる。

 全てを理解しているわけではないだろうが、気持ちってものを人間と同様にくみ取れるものなんだなぁ……。

 最初は犬なんてと馬鹿にしていたが、こういった感情が無い人間もいる世の中で、マーガレットのような犬がいることを知れた。

 こいつとは、仲良くやりたいものだ。

  

俊介しゅんすけ。マーガレットとお友達になれたね♪」


 健斗けんと君が少しずれた眼鏡を、もとの位置に直しながら、笑って言った。じゃあ、少年。お前は相棒だ。大事な相棒だ。


「うん。わかったー、相棒!」


「相棒……。健斗けんと俊介しゅんすけさんのこと?」


 佳奈かなさんが俺と健斗けんと君を交互に見て、「渋いわね」と笑った。

 それを見ていた先生は、あることを思いつく。


健斗けんと俊介しゅんすけさん。それからマーガレットを一組にして、写真を送ろう」


 テーマはなぜか、“運動会”。


 真っ赤な裁縫用の布切れを加工して、速攻でハチマキを作る佳奈かなさん。俺たちはそれをぐるぐると額に巻かれ、寄り集まるように指示された。


俊介しゅんすけさんが中央で、健斗けんとが左。マーガレットは右。あぁ、ちょっとずれたかな」


 スマホを握る先生が、すごく楽しそうなんだが。

 佳奈かなさんも混ざりたがったが、“構図的によろしくない”という先生の理屈で、今回は一緒に写真を撮ることはできなかった。

 

 ――パシャッ


 シャッターの音だ。あんなにこだわった割には、一枚しか撮らないんだな。先生の意外な一面を見てしまった。

 

(けど……、これで美香子みかこが笑顔を取り戻してくれるだろうか……)


「まーたシケた面してやがる。くらえ!」


 マーガレットの頭突きが横腹に当たる。痛い。

 

(そうだ、今は信じよう。人と、そして犬のぬくもりを)


 先生が、なにやらスマホで文字を打っている。本当にメールで送信するのか、今の。


俊介しゅんすけさん。美香子みかこさんに言いたいことはありますか?」


健斗けんと。聴きとってあげて」


 佳奈かなさんが、健斗けんと君に催促する。


(俺の伝えたい言葉……)


 そのとき、ふっと思った。


美香子みかこの作ったカレイの煮つけが食べたいなぁ……)


「カレイの煮つけが食べたいだって」


 待て待て、咄嗟に思ったことだから。俺は愛してると伝えたいんだ。言いなおしてくれ。俺は……、


「カレイの煮つけを愛してるって」


 横にいたマーガレットがくしゃみをするかのようにバフバフ声を出して笑う。今度は俺が頭突きをかましてやった。

 ……、が、効いていないみたいだ。そりゃそうか。体格差あるもんな。


「面白いこと言うのね、俊介しゅんすけさん」


 佳奈かなさんが笑いをこらえながら、健斗けんと君を二階の寝室まで連れていく。そっか、先生が帰ってくるのが十時前後なら、いろいろやってて、もう夜中だ。

 明日は、健斗けんと君の初めての女の子の友達が尋ねてくる。目の下にクマができていては、印象が悪いもんなぁ。

 

「今日はもう遅いからお開きにしよう」


 俺もマーガレットも、健斗けんと君の部屋に連れていかれる。部屋の隅っこには、先生が買ってきた、ペット用の簡易トイレが置いてあった。

 

 マーガレットは、ベッドの下の涼しさが気に入ったのか、ずっとそこから動かない。


「風邪ひきますよ」


「うるせぇ。ノラだった頃を思い出してんだ。邪魔すんな、意気地なしのチすけ


「はいはい」


 俺が放っておくと、物の一分ほどで、すごく大きないびきをかいて寝るマーガレット。品がない親友だことで。

 

「ねぇ相棒」


 今まで狸寝入りをしていたのか、健斗けんと君が声をかけてきた。

 そうだ、なにか忘れているような……。


「作戦。考えよー」


 園児には夜更かしをしてほしくないが、初めての友達が来るんだもんなぁ。よし、おじさん相談でも何でものっちゃうよ。


「じゃあねぇ……」


 その作戦は意外と早くに練ることができた。掛詞を使うようで悪いが、俺は寝る。


「なんかナレーションみたいー」


(何をいまさら……)


 俺も健斗けんと君もマーガレットも、夜中に寝たというのにもかかわらず、スッキリした表情で朝を迎えた。快晴だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ