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快適な部屋の中で

 いろいろあって疲れていた俺は、健斗けんと君の母親に抱えられながら寝てしまった。事故に遭ってからというもの、夢の中にはいつも夏樹なつき美香子みかこが現れる。

 今までは家族円満に過ごしているという内容だったが、実際の美香子みかこの様子を少しだけだが知ったからか、今日の夢は、二人が痩せこけて黙りながら質素なご飯を食べているという暗い内容だった。


(あぁ、俺は無力だ)


 夢だと分かっているが、悔しかった。俺のせいだ、俺が死ななければこんなことには……、


「パパチワ、起きてー」


 健斗けんと君の高い声で目が覚めた。これまたでけぇ家だこと。玄関前に松が植えられている。ちょっと横を向くと小さな池のようなものがあった。外壁は白くて城のようだ。

 俺も二人にこんな立派な家を築いてあげられたらなぁ。宝くじにでも当たらない限り無理だとは思うが。犬の俺には買えもしない。はぁ……。


 俺をポイっと降ろして、静かに玄関の扉をスライドさせる健斗けんと君の母親。やっと爪の痛さから解放された。毛並みを整えるために体を揺さぶる。


「あなた、話があるの」


 上質なラベンダーの香りがする。足元にはつやつやのブラウンの革靴が一足。おそらくこの家の大黒柱の物だろう。

 どんな間取りか気になるが、そこはちゃんとした元人間。良識はある。健斗けんと君の父親が出てくるまで俺は待った。

 

 しばらくして、誰かが階段を降りてくるような音がした。まぁ、見当はついているが。


「どうしたんだい。佳奈かな


 健斗けんと君の母親の名前は佳奈かなというのか。というか、この声聞き覚えがあるぞ。確か俺が風邪にかかった時、診てくれた田中たなか真治しんじ先生だ。

 インフルエンザの時もお世話になっていた。そんな家に飼われるなんて、奇跡だ!


「この犬、倉田くらたさんのパパなんだよー」


「ほぅ……」


 てっきり馬鹿にされるかと思いきや、真治しんじ先生は興味深そうに健斗けんと君の話を聞いていた。

 佳奈かなさんの深いため息が聴こえた。荒々しく閉じられる玄関の扉。その行為には少しの苛立ちを感じる。


「気持ちの悪い冗談よ。聞きたくないわ」


「まぁまぁ。健斗けんとが久しぶりに楽しそうなんだ。いいじゃないか」


「よくありません!」


 なんだか正反対の夫婦だな……。

 俺はまず先生と健斗けんと君に風呂場に案内された。母親は疲れたのか、「寝てくるわ」とだけ言って、その場から離脱した。

 

(すげぇ! ヒノキの浴槽だ!)


 これまた良い匂いだ。人工的でない、自然の……、なんかこう落ち着く気持ちのする風呂場。悪くない。いや、むしろ大歓迎だ。

 この中で日本酒でもちびちびやりたいものだ。


「パパ。この犬、日本酒飲みたいってー」


「ははは。なかなかなの通だなぁ」


 先生、優しいなぁ。健斗けんと君に合わせてあげているなんて。きっと本人には俺の考えは伝わっていないだろう。

 それなら、お湯がかかった瞬間に漏らしたこともバレてないはず。


「パパチワのおもらしマン~」


「ん? この黄色く濁った水が尿か」


(あー!)


 先生、観察しないでください……。尿検査の時に散々見てもらってますので結構です。というか俺、やっぱり犬なんだな。

 ちゃんとトイレで用を足したい。飼われている動物は人間より楽だと思っていたが、そうでもないらしい。プライドズタボロだ。

 

 洗い終わったらタオルドライをして、広いリビングでドライヤーをしてもらった。少々荒かったが、心地いい。何よりシャンプーの残り香が上質で高貴な感じがしてよかった。

 きっといい値段するんだろうなぁ。さすがは医者がいる家庭。

 佳奈かなさんはリビングのソファーの上で横になって寝ていた。暖房の効いている部屋。風呂上がり。俺はまた眠たくなってきた。


「パパチワ眠いんだって!」


「そうかぁ。そっとしておきなさい」


「はーい」


 健斗けんと君はそう言うと、スマートフォンで動画を見始めた。あははと大きな声で笑う声が聴こえてくる。今時の子はオモチャが豪華で羨ましい。

 さて、作戦会議の前に俺はひと眠りさせてもらうとしよう。


(少年、約束は覚えているな?)


「早く眠れよパパチワー」


(こんのクソガキ……!)


 いやいや、相手は幼稚園児だ。怒ってはいけない。大人げないぞ。落ち着け落ち着け。俺は良識のある大人だ。ここはお前の言う通り寝ていてやろう。

 

 俺は夕方になるまで快適なリビングの床で丸まって眠ることにした。段々この体にも慣れてきたぞ。体が柔軟なんだなぁ犬って。

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