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変質者襲来!

 アラームの音で朝が始まる。

 今日のあゆみちゃんは、俺と同じくらいの大きさの手提げかばんにキャンデーやクッキーなどを詰めている。

 そうか。今日は公園でのライブだから、こどもに聴いてもらおうとしているんだな。紙芝居屋みたいだな。なんて思いつつ。


 ――ピンポーン


 またチャイムの音がした。あゆみちゃんは、手に持っていた個包装のクッキーを床に荒々しく放り投げると、すくっと立ち上がってドアホンのボタンを押す。

 低い俺の視界では、それが誰かは見えなかったが、彼女のリアクションで隣人の藤田ふじたという男性だということがわかった。


「いい加減諦めたら?」


 藤田ふじた君の声だ。そういえば昨日も、壁ドン音楽祭やってたなぁ……。

 というよりこの子たちはいったいどういう関係なんだ。あゆみちゃんは、彼が商店街ライブに来て投げ銭してくれたことを知っているんだろうか。

 あの決してうまいとは言えない歌をわざわざ聴きに来るぐらいだ。何かわけがあるのだろう。

 けど……、二人の言い合いを聞いていたら、どうやらあゆみちゃんは気付いていないようにも思える。というか、何を考えているのかがわからない。


(!?)


 突然あゆみちゃんは俺をガシッと持ち上げて、


「ごらんソラ。わたしたちの邪魔をする悪魔の顔だ」


 と言いながら、ドアホンのモニターに近づけた。あんまり昨日と代わり映えしない服装。全体的に黒い。手には持て余した、緑の耳かけイヤホンがあった。

 

「……、今日はどこで公害活動をするの」


 またまたー。そうやって聞き出して、ライブに訪れる気だろう。ふふん、俺はお前の正体を知っている。そう、あゆみちゃんのファンだろう。

 素直に言えばいいのにな。あ、もしかしてこいつ。彼女のことが気になってるのか。だとしたら、俺邪魔じゃないか。と思いつつ……。


(もしかして、昨日後ろをつけてきたのも藤田ふじた君か?)


 いや、でもあそこは不審者が出るっていうし……、うーん。


「今日は公園で音楽の花を咲かせるんだ」


「こんな寒い日にご苦労なことで」


 皮肉を言って立ち去るのが、あいつの朝のルーティーンなのだろうか。すこし呼吸の荒くなったあゆみちゃんは、ライブの用意に戻るために俺を床におろした。

 偶然足元に何かが落ちていた。


「あ、ソラ。それ踏んじゃだめ」


 そうか。チワワである俺が物を触ろうとする行為は、人間から見て踏むという行為に見えるんだな。覚えておこう。

 彼女は、俺の鼻もとにそれを近づけた。たぶん、今の俺は寄り目になっていると思う。じわじわ焦点があってくる。


(キーホルダー?)


 あ。これ夏樹なつきが昔、よく作ってたプラバンだ。これまた懐かしい。


(ん?)


 本来なら沢山の色や模様が描かれてるもののはずなんだが、これは黒いマジックで、


 “がんばれ! あゆみ”


 としか書かれていない。自分を鼓舞するために作ったのか?


「嘘も信じれば叶うもの。わたしは今日も諦めなーい」


 突然大声で歌いだすのはやめなさい。ほらほら、また壁ドンされてるよ。藤田ふじた君怒ってるよ。彼はどんな気落ちで壁を叩いてるのかは知らないけれども。

 それにしても、謎の多い子だ。毎日こんな感じで、家賃などはどうやって支払っているのだろうか。貯金か、それとも仕送り。どちらにせよ、


(俺だったら反対だな)


 金だけ渡して大事な娘を野放しにするなんて。たとえ喧嘩をしているとしても、自立はしてもらわなければ……。と思うのはお節介だろうか。


「ほら、行くよソラ」


 考えているうちに準備が終わっていた。今日は公園でのライブ。近くに幼稚園もあって昨日の商店街への道よりかは断然安全だ。俺が吠える必要はないだろう。

 それでも何か、ついてくる違和感があった。


藤田ふじた君か? いや……、それにしては、足音が大きい気が……)

 

 ちょっとした路地裏に出る。え、こんなところ知らないぞ。もしかして近道か。錆の目立つ工場が並ぶ。シャッターは閉まっていて閑散としていた。

 やばいやばいやばい。なんだか寒気がする。冬だからか。いや、ただならないヒヤッとした感覚。


(わからないのかあゆみちゃん。ここは危険だ!)


 俺がキャンと警戒しながら吠えると、微かだが誰かの足音がした。


(いる。何かが!)


「こういう場所も趣があっていいよね、ソラ――」


(‼)


 あゆみちゃんの口が後ろから何者かによって封じられるのを見た。藤田ふじた君ではない。これは……、


(正真正銘の変質者だ!)

 

 ギターケースを無理やりはがされ、羽交い絞めにされるあゆみちゃん。

 蹴とばされた俺は全力で吠えたが、周囲に人がいない。


(大ピンチだ‼ どうする俺。何ができる俺!)


「へへっ、可愛いでちゅねー。これからイイことしてあげよーね」


 舐めまわすように彼女のことを見回す変質者。抵抗する彼女の唇にそいつの舌が触れようとしたその時――


「いい歳してなにやってんの、おじさん。きもいよ」


 昨日のフードを被った男性。きっと藤田ふじた君が現れた。


「お客さん! 救急車を呼んで‼」


「……、警察になら連絡しといたよ」


「あ、ありがとう」


 もちろんそれだけでは変質者は帰らない。今度は恐ろしいスピードで小柄な藤田ふじた君の方へと殴りかかってきた。

 

(逃げろ、藤田ふじた君!)


 俺が全速力で変質者の足元に噛みつく。だが、今の俺は世界最小のチワワ。まるで虫でも払うかのように蹴っ飛ばされてしまった。

 そして、持ち上げられる俺。やばい、死ぬかも。でも……、誰かを守って死ねたなら……。


(んん!?)


 気が付けば俺は藤田ふじた君の手元にいた。


「てめぇ、いつの間に!」


 それは俺のセリフだ。いや、変質者の気持ちもわかるが。俺が何かを考えようとした瞬間に、藤田ふじた君は、俺を降ろして、フードを乱すことなく変質者に間合いを詰めて背負い投げを決めた。

 

(こいつ……何者?)


「ありがとうございます!」


 荷物やギターケースを持ち直して、あゆみちゃんは頭を下げる。


「世の中変な奴が多いよね。君も含めて」


「え?」


「だってそうでしょ。たった一人でも夢を追い続けるなんてさ。正気の沙汰じゃないよ」


「……」


 パトカーのサイレンの音がする。これで変質者は捕まるだろう。二人が一連の説明をすると、近くの交番まで行くことになって、大変だった。

 

 時計を見ると正午を回っている。

 

 そして、あゆみちゃんと藤田ふじた君は、俺を挟んで、少し近い距離で一緒にお昼過ぎの公園へと向かっていった。

 

(さぁ、邪魔が入ったが今度のライブはどうかな?)


 チワワはかわいいぞ~。さぞかしこどもにウケるだろうな。楽しみだ。

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