物理の先生に教わった『美味しい焼きそばの作り方』
さて皆さん。
美味しいもの、好きですか?
嫌いな方はおそらくいらっしゃいませんよね?
私かわかみれいは少女の頃から美味しいものが好きで、美味しいものを作るのも好きであります。
おかげで三十路を過ぎた頃から、じりじりとたい……おっほん、げふげふ。
えー、かといって別に、魯山人のごとき見識やこだわりはございません。
塩や醤油、味噌や油なんかに対し、うんちゃら産のかんちゃら以外認めないとか何とか、そういうのもありません。
スーパーのストアブランドの油や調味料なんかも、結構使います。
あ、いえ。別に『うんちゃら産のかんちゃら』に敵意はないです。
とっても美味しい『うんちゃら産のかんちゃら』、おすそ分けして下さるのなら喜んでいただきますよ。
興味なくもないですし、美味しいもの大好きですから。
要するに、家で普通に作って食べられる、普通の料理を出来るだけ美味しくいただきたい。
出来ればその辺で普通に売っている食材で、家に常備しているような一般的な調味料を使って。
志が高いんだか低いんだかよくわかりませんが、私が情熱を傾ける料理は昔からそういう、日々のお惣菜といいますかおかずといいいますか、そういう分野のものです。
十代の頃の愛読書が、故小林カツ代先生の各種料理本。
本のタイトルにあった『あっという間においしい』にグっと来た、渋い趣味の少女であります。
考えてみれば当時から、キラキラ系のオサレな料理本に目がいきませんでしたねえ、わたくしは。
当然、料理だって見た目が美しいに越したことはございませんが、私は個人的にソチラへ情熱を傾ける気がない、と申しましょうか?
『えすえぬえすばえ?』
『ふぉとじぇにっく?』
は?なにそれ?という感じで生きております。
じゃあ、そういうオサレな料理を作ってupして、いいね!とかgood!とかもらいたい系の下心は皆無なのかと問われると、そうでもない、のですが。
承認欲求がなきゃ、そもそもこちらで地味小説や地味駄文を書きはしませんもの。でも、そういう風に料理するのは面倒だと思う気持ちの方が、どうしても勝ってしまうのですよね。
あんなこんなキラキラ料理を丹精込めて美しく作って、器にもこだわって細部まで気を抜かずに盛り付けて、光の当て具合も考慮して撮って、洒落たコメントと一緒にupして……。
……はあ、大変そう。やる前から疲れてしまいます。
もちろん、こういうのが好きな方は、ご本人が楽しんでやってらっしゃるのですから、外野がとやかく言うのは僭越でむしろ失礼でしょう。
でもそのう……写真撮ってる間に肝心のお料理、冷めませんかね?
出来立ての美味しい時に、わっと食べてしまいませんか?
ああいえ、大きなお世話ですよね(笑)。すみません。
さて。
前述の通り実用一本槍の主婦的料理人・かわかみれい。
少女の頃から小林カツ代先生を心の師と仰ぎ、時短重視でコスパのいい、それでいて美味しい料理を作るのに、興味と情熱を持っております。
そういうメンタルで日々暮らしておりますと、料理の小ネタ、裏技などを聞きかじると、仮に半分寝ていてもくわっと刮目して覚え込む努力?をするようになるのです。
たとえそれが、高校の物理の授業中であったとしても。
私が高校生の頃の、とある物理の時間でした。
坂道を転がるボールの運動エネルギーについてだか、物体にかかる重力についてだか、当時三十歳くらいだったK先生が授業をなさっていました。
彼は、某家電量販店の社員だったのを辞めて教師になった、というちょっと変わった経歴の方で、そのせいか他の先生方に比べて洒脱というかいい感じに教師らしくない、生徒に人気の先生でありました。
その日は何故か、授業の合間の雑談でお祭りの屋台の焼きそばの話になり、そこから派生して『美味しい焼きそばの作り方』の話へ移行しました。
(なに、美味しい焼きそばの作り方?)
雑談を聞き流し、いかにも真面目にノートを取るふりでぼんやり明後日のことを考えていた私の頭が、唐突に覚醒しました。
それまで眠そうにしていた赤点すれすれちゃんが、いきなり目をらんらんと輝かせて話を聞き始めたことを、果たしてK先生は気付かれたのでしょうか?
私と目は合わなかったので、多分気付いてらっしゃらないと思いますが。
もしかすると、異様に食いついてくる視界の端の劣等生がキモチワルくて、あえて目をそらせていらっしゃったのかもしれませんね、今思うと。
それはともかく、彼の話す『美味しい焼きそばの作り方』は、箇条書きにするとこういう感じです。
① 鉄板はカンカンに熱くすべし。
② 具材は少な目。強火でざっと炒めて水気を飛ばす。
③ ほぐした中華麺を入れ、軽くなじませる。
④ ソース投入。甘めのソースと辛めのソースの二種使いがベター。K先生のおススメは、とんかつソースとウスターソースの一対一。
⑤ ぐじゅぐじゅとかき混ぜるのではなく、ソースを絡めながら出来るだけ麺を鉄板から持ち上げて空気に触れさせるようにし、からっとした感じに炒める。
「ここでポイント。最後の仕上げにコツがあるんや」
ドヤ顔で彼は言います。
「火から下ろす直前、みりんをちょろっとかける。これで屋台の焼きそばの味になるで」
(みりん?焼きそばに?)
意外な調味料の名前に驚き、ようやく長年の疑問が解消されて納得する私。
小学校低学年の祭りの日のこと。
でっかい鉄板の前で山のような焼きそばを作っていたおじさんが、最後に透明な液体をちょろっとかけていたのを見かけました。アレは何だろうと思っていましたが、どうやらみりんだったようです。
(ほうほう、なるほどなるほど。今度作ってみようっと)
ニマニマしながら思いました。
こうして、物理の公式が刻まれる予定だった私のアホ脳に、しっかりと焼きそばのレシピが刻まれました。
その後、試行錯誤をくり返し、みりんを隠し味に使ったソース焼きそばが自分の中で確立しました。
みりん抜きでも十分美味しいですが、みりんを入れた方が麺に美味しそうな照りが付き、後味にほのかな甘みが残ってどこかしら垢抜けた印象のソース焼きそばになります。
B級グルメの焼きそばに垢抜けたもへったくれもないかもしれませんが、B級は低級ではない、という意味のことを、小林カツ代先生も著作の中でおっしゃっています。
美味しい焼きそばが手軽に作れる技術と知識を持っているのは、持っていない人生に比べてはるかに幸せです。
……大袈裟な。
ただそのう……K先生。
あなたに教わった物理の公式を、私がまったく覚えていないのは。
あなたの職務上、大変失礼だなという自覚はあります。
ですが、あなたが何の気なしに教えて下さった『美味しい焼きそばの作り方』は、私は忘れませんし今でも感謝しております。
それでこの罪、相殺していただけませんかねえ?
ね?