第四闇 夕焼け、オオワシ、系譜
「時間です。鉛筆を置いてください」
係の男の声に、会議室の張り詰めていた空気が緩む。僕を含めて五十人ばかり、スーツを着込んだ学生が次の指示を待つ。
「本日の試験は、以上で終了となります。結果は一週間後、合格者のみにメールでお知らせいたします」
人事課の男が手元の進行表を読み上げる。その間に、後方で控えていた他の社員たちが解答用紙を回収していく。
「忘れ物のないよう、お気を付けてお帰りください。お疲れさまでした」
ありがとうございました、と周りの知らない学生たちに倣って頭を下げる。机の上に散らばった消しゴムのカスを手でまとめ、筆箱の中にしまった。
企業のビルを出れば、泣きたくなるほどの鮮やかな夕焼け。無性に虚しくなった。
時間を費やしても、結果が出ないこともある。それならば、どうしてやるのか。無駄じゃないのか。馬鹿みたいじゃないか。
それでも、やるしかない。
学生から何者かになろうとして、足掻く。新しい肩書きを手に入れようと会社説明会に参加し、履歴書を送り、採用試験を受ける。受け続ける。不合格のままだったら、就職浪人。合格したら、晴れて社会人になれる。社会人になれたら――その先は?
就活生たちの一団とともに最寄り駅へ向かう。地下鉄の階段を下り、改札を抜ければ、集団は上り電車と下り電車で二分された。
下りのホームの端で電車を待っていたら、スーツを着た女子が三人、別の乗車口に並んだ。三人とも全く同じ髪型だった。誰が、誰だかわからない。問題難しかったね、と感想を言い合っている。同じ大学の仲良しグループかと思っていたら、違った。
「どこで降りるの?」
「三つ目かな」
「あ、私は別の説明会あるから、次で降りちゃう」
「えー、そうなの? 頑張ってね」
ありがとう、とか。お互いにね、とか。二次試験で会えたらいいね、とか。そんな社交辞令をぽんぽん言えるのは、正直すごいと思う。それ以上に、短時間で仲良くなるコミュニケーション能力の高さに、圧倒された。
電車到着のメロディーが流れる。
生ぬるい風と地下の水の匂いとともに、シルバーの車両がホームへ滑り込んでくる。乗客を吐き出し、また飲み込む。
停車時間十八秒で電車は走り出す。
五つ目の乗換駅で、改札を出た。
大型本屋に立ち寄る。
卒論で使う夏目漱石の参考文献を探す、という建前の息抜き。世知辛い世の中で生きているから、たまには自分を甘やかしてもバチは当たらないだろう。
一階の入り口付近にある、雑誌の棚を通り抜けようとして――その名前が目に留まった。
『追悼 写真家・牧島』
心臓が飛び跳ねる。
下の名前は、他の雑誌が重なっていて見えなかった。
雑誌名は大和カメラ。知らない業界だ。でも、牧島という名前は最近知った。たまたまだ、偶然だ。そう頭の片隅で叫ぶ。思わず、その雑誌を手に取る。
――牧島、武司。
マキさんではない。
けれども、その表紙の写真に衝撃を受けた。
今にも飛び立ちそうな、オオワシ。
青い空に突き出した枯れ木の上、鋭い眼差しのオオワシが翼を広げている。羽根が風を掴んだ瞬間、凛とした大気までもが肌で感じられる。
飛び立つ、その一瞬。
静止画のはずなのに、動きが見える。次の場面が想像できる。オオワシの力強さ、美しさが伝わってくる。
この写真を撮ったのが、牧島武司なのか。
追悼ということは亡くなったのか。表紙に踊る文字を読めば、今度こそ心臓が止まるかと思った。
『特別インタビュー 系譜を継ぐ者・牧島雅文』
震える指でページをめくる。
望遠カメラを構えた、マキさんの横顔があった。