羅刹の街 ~序章 蛇の如し〜
有害指定都市ツチューラ市 完全風営法廃止区域サクランボ町 七代目菱山組 五代目銀龍会本部事務所内。午後18時08分。
まだ明るい初夏の夕暮れの風俗街に佇む古いヤクザの事務所。この辺りのヤクザの事務所ではかなりの規模を誇る『五代目銀龍会』本部である。大手のフランチャイズではあるが、この地に根を張り、古くからこの看板を掲げ、血で血を洗う抗争を繰り広げて来た。そしてヤクザならではの多岐に渡るシノギ。初代から地域住民から愛され頼りにされるヤクザ組織であった。やがて暴対法や暴排条例により、締め付けが当局より厳しくなり、地域住民の足は遠のいた。組員は減少の一途をたどる。もはや往年の面影はない。
しかし世の中からヤクザがなくなる訳がない。
法律により厳しく規制された事務所内に一人の若きヤクザの親分がいる。
オールバッグの髪型にラインストーンがちりばめられた眼帯。赤シャツにグレーのテカテカスーツ。この全力昭和ヤクザスタイルは。
五代目銀龍会 組長『龍二』である。
閑散とした事務所内で龍二は考える。最近、このツチューラ市内では、正体不明のならず者達が暴れ回っていた。勿論あの『罵多悪怒愚』ではない。ヤツらならこれ見よがしに挑発して来る。ヤクザなどおちょくってナンボと考える連中だ。そんな事に龍二は頭を巡らせてると、若頭の『シンジ』がコーヒーを運んで来ながら、
「オヤジ、そんな深く考えなくても、『蛇の道は蛇』って言いますぜ。ヤツらに聞いたほうが早いかと。」
もっともな提案をするシンジ。しかしこの提案は龍二にとっても頭が痛い案件だ。ため息まじりに龍二は、
「梅豚にか?」
と、シンジに問う。黙って頷くシンジ。
気は進まないがこの街の為である。明日あの『罵多悪怒愚』の総会長『梅豚』を訪ねる。ヤツがすんなり情報を渡すとは思えないが、行ってみる価値はある。朝なら梅豚は『罵多悪怒愚』メンバーを集め、『悪巧みミーティング』してる筈だ。若干心が引き締まる龍二であった。
有害指定都市ツチューラ市 絶対安全農村区域 クサレガ丘一丁目 梅豚邸 午前08時41分。
いつ来ても緊張感が漂う家である。停車されている無数の族車はさておき、おびただしい数の監視カメラや電流が流れる有刺鉄線が不気味な装いを呈しており、以前はなかった筈の動物園にあるような『檻』が設置されている。噂では最近梅豚はライオン、もしくは虎のような生き物を飼育し始めたとの事。これも噂だが、この敷地には、無数のトラップが仕掛けられていて、からかい半分に足を踏み入れたバカが何人も再起不能にされている。そして梅豚は暇潰しの遊びで、通行して来るDQNな車やバイクを停め、半殺しにして、乗り物を押収し、不当な利益を挙げているとの事。
龍二自体も仕事柄様々なヤクザの事務所やアジトに行く事が多いが、外観だけで嫌悪を抱かせる建物は梅豚邸だけである。
運転手の若い衆も心配そうに
「オヤジ。この家大丈夫ですか?本部電話して何人か集めますか?一体何者です?ここの家主」
龍二は苦笑いしてしまう。運転手の若者は知らないのだ。この家の家主はツチューラで、嫌、日本で一番危険な『罵多悪怒愚』総会長 梅豚である事を。
助手席の若い衆が、龍二が座るベンツの後部座席を開ける。
梅豚達は既に、とっくに龍二が来た事に気がついてる。一キロ手前か、下手すれば龍二が事務所を出た時点で・・・・。
そういった情報網も『罵多悪怒愚』は異常に発達していて、その力はアメリカのNASA航空宇宙局並みとも囁かれている。
しっかり若い衆に念を押す龍二。
「いいか?お前ら二人はとにかく車の中にいろ。辺りは地雷だらけだ。絶対にうろつくんじゃねぇぞ」
数少ない若い衆をこれ以上減らす訳にはいかない。
不安そうな若い衆二人に見送られ、玄関に向う龍二。
すると、
!?
玄関に佇む一人の若者。
筋肉質で、格闘家のようなガタイである!
コイツは!
『罵多悪怒愚』特攻隊長・・・・
ユキヤである!
さっそく、
「テメェ龍二。何しに来やがった?死ぬぞ、コラ」
猛烈な敵意を飛ばしてくるユキヤ!龍二はヤクザの組長である。このような口を利くのは『罵多悪怒愚』のメンバー位だ。
穏やかに対応する龍二。
「いきなり悪ぃなユキヤ。梅豚居っかい?」
すると、玄関からもう一人。
ド派手な金髪の日本女が出て来る!
梅豚の愛妻!
マナである!
剣呑をぶちまけたような顔で龍二を睨むマナ。しかし稀に見る美人である。そして奥をアゴで指すマナ。
・・・・・・・・。
龍二は若い頃からこの女を知っている。当時は不良の憧れであった。きらびやかで妖艶な華があるマナは、誰にも落とせず『不沈空母』と呼ばれたが、あっという間に梅豚がモノにしてしまう。それからだ。皆、憧れから恐怖に変わった。
あのヤンキー娘も、今や立派な姐御である。
邸内に入ると、バブル期のヤクザの親分の自宅を連想させる調度品の数々。龍二は不思議に思う。これではどっちがヤクザか分かりゃしない。先導するユキヤがリビングの扉を開けると!
!?
巨大なリビングの中央に、一人掛けの虎柄リクライニングチェアに座る金髪リーゼント。かなり小柄だがみなぎる戦闘性。その爬虫類を連想させる顔は残忍さを秘め、油断や隙を与えない。
この男が・・・・
『罵多悪怒愚』総代会長!
梅豚である!
アディダスの黒金ジャージに身を包み、葉巻を吹かしている。テーブルにはブランデーとグラスがあり、梅豚は氷をカラカラさせながら飲んでいる。まるで日本製カポネである!勿論龍二にはお茶一杯出てこない。ここでお茶を出してしまったら、『我々罵多悪怒愚はアナタを歓迎してます』の意に間違われてしまう。この辺も、ヤクザ相手の駆け引きには手馴れている。梅豚達が長年培って来たのだろう。龍二は梅豚と対面のL字ソファーに腰を降ろす。
そして梅豚が口を開く。
「最近よぅ、あんまビール飲めなくてな。胃がもたれるっつうか苦しくなんだ。焼酎じゃ悪酔いして監禁してたヤツ殺しちまうし、俺も年とったな」
梅豚の会話で、ましてや天敵の龍二の前でこのような事を梅豚が言うのは珍しい。かつてないであろう。まるで泣き言である。龍二は驚愕したが、すぐ持ち直し、
「ガキの頃から散々無茶してんだ。臓器が悲鳴上げて当然だな。特に俺達みてぇな稼業は。酒 煙草 ヤクに刺青。カラダが拒否るモンたらふくブチこんでんだ。みんな一緒だ」
当たり障りのないように返す龍二。
「そんでも旨ぇモンは旨ぇよな」
と、グラスを煽り、ブランデーを流しこんで葉巻を思いっきり吸い込み、豪快に煙を吐き出す梅豚。
明らかにおかしい。今までの梅豚ならとっくにテーブルがひっくり返り、大乱闘である!
どういった意図なのだろう?しかし長居は出来ないので本題に入る龍二。
「最近、おかしなヤカラが県外から大多数入り込んで来てる。どうも『大陸系』のヤツらと踏んでんだが・・・・知らねぇか?」
角が立たないように龍二が問う。
すると梅豚は、
「そこまで調べて俺に泣きついてんのか?テメェ。天下御免のヤクザも地に落ちたなぁ、情けねぇからテメェら銀龍会の看板たたんじめぇよ。クソダセェからよ」
急に豹変し、龍二を罵倒し始める梅豚!困惑した龍二の隙を突いて来た!コイツは一体何なのだ?複数の人格を使い分けているのだろうか?しかし極道として負けるわけにはいかない。殺伐と龍二が返す!
「あ?テメェんトコもヤツらにいいようにイカれてんだろ?ゴタクはいいからとっとと情報流せや!あ?」
龍二本来のヤクザの血が爆発する!暴力には暴力を!暴言には暴言を!である!
しかし、次の梅豚の言葉で龍二は絶句する事になった。
ゆっくり梅豚が話す。
「この情弱野郎。アイツらは大陸系マフィア組織『義怒羅』だ。クソヤクザ」
!?
なっ、何と!
あの大陸系二世、三世で編成されたマフィア組織『義怒羅』か!
『義怒羅』とは?
大東亜戦争後、日本の東狂都下町に存在していた大陸系残留孤児で結成されたマフィア組織だ。戦後の闇市から暴れ回り、暴行、殺人、窃盗や薬物販売など何でもアリの愚連隊だったが、80年代から暴走族にシフトチェンジ。そして初代からの狂暴で残忍なスタイルを変えず、警視庁から『準暴力団指定』を受けつつ現代に至る。
そう。
『罵多悪怒愚』にそっくりだ。
両組織共に友好関係の筈だが・・・・
信じられないといった感じで龍二は、
「バカな!オメェらと『義怒羅』は友好関係じゃねぇか!先代の『狂犬連合』からの!それに『罵多悪怒愚』とは『関東条約』の取り決めもあった筈だ」
焦った様子でまくし立てる龍二。ボソっと梅豚は、
「ああ。あったな、んなモン」
と、眠そうに呟く。
『関東条約』とは?
実力と狂暴性が拮抗する『罵多悪怒愚』と『義怒羅』で、万一の抗争や有事の際に混乱を避ける為、取り決めた条約の事だ。
その『関東条約』を簡単に説明すると
内容
《大量破壊兵器の使用禁止
NBC兵器の使用および大質量兵器の使用の禁止
核ミサイルの設計図の公開
特定地域および対象への攻撃禁止
千葉県等の中立宣言地域での戦闘禁止
メンバーの家族身内への攻撃禁止
ヘリウム3を運搬するデコトラ船団(全日本デコトラ船団)への攻撃禁止
捕虜の待遇に関する取り決め
役職による区別や食事・尋問方法など捕虜の取り扱いに関する事項》
他にも多々あるのだが、おおざっぱに書くと上記による項目がメインであり、勿論、互いに抗争は厳禁である。
『関東条約』でも分かる通り、『罵多悪怒愚』も『義怒羅』も国家を揺るがすほどの武装をしており、ここまで来ると、もはやアウトローをはるかに凌駕しており、テロリストや軍事国家の様相を呈している。
・・・・
龍二はマナがPCからプリントアウトした詳しい『関東条約』を読み絶句する。
この狭い田舎の小さな街の小さな元暴走族は、これ程までに、いつの間にか巨大化し、国をも転覆させる程に武装し、牙を研ぎ澄ましていた。
甘く見ていたのだ。龍二は・・・・。
幼い頃の梅豚は、拳は無いが頭はキレた。そして独特のキャラクターで、あっという間にツチューラのアウトロー首脳部を虜にし、組織に組み込んだ。そして県外の大陸系マフィアとの癒着。ここで龍二は一つの疑問を梅豚に投げ掛ける。
「じゃあオメェらとの『関東条約』を『義怒羅』は無視してこの街荒らしてんだから、『罵多悪怒愚』も撃って出るんだろうな?」
梅豚から笑顔が浮かぶ。あの爬虫類のような笑顔だ。
そして戦慄の言葉を吐き捨てる。
「バカか?テメェ。『義怒羅』は俺が呼び寄せた。ある計画の為にな」
!?
何とゆう事であろうか!
梅豚自らこの街の災いを手招きしていたのだ!
龍二は気が変になりそうなのを抑え、
「テメェ、何て事しやがる・・・・自らこの街壊そうってか?キチガイ野郎。狙いは何だ?」
極力の平静を保ち、龍二が訪ねる。すると梅豚の口からは空恐ろしい言葉が・・・・
「フン、狙いは国家権力の壊滅、そして無駄に知識を高めた口喧しい一般市民の虐殺だ」
!?
もう龍二は言葉を無くした。
確かに龍二達ヤクザも、国家権力は邪魔だし、このネット社会において無駄にスキルアップした一般市民は目障りな対象でしかない。しかし両者揃って成り立って行くのがアウトローなのではないのか?
とにかく梅豚の思想は危険すぎる。
先日の朝鮮部落壊滅で『罵多悪怒愚』はジャブをだしたのだ。自分たちの戦闘力及び戦略武装の実施。
まざまざとその残虐性を見せつけた。
無言の龍二に突き刺さる狂人の言葉。
「龍二ぃ、テメェは何故かガキん頃からのクサレ縁だ。この計画が成功した暁にはそれなりのシノギくれてやる。ありがたく思えよ」
・・・・・・・・
龍二は間違っていたのだろう。
梅豚・・・・・・
この身長168センチのバケモノが!
この地に根付いて
動き出した時
己れの運命は決まっていたのだ!
きっとその時から修羅のレールは梅豚によって敷かれ、運命の断頭台に架けられていたのだ!
「俺の街に何しやがるっ!」
あらんかぎりの大声で龍二は叫んだが、リビングから含み笑いを浮かべ出ていく梅豚。
振り返りざま梅豚は、
「銀龍会はアブねえぞ?とにかく今は傍観してろ」
後に続き退室するマナ、そしてユキヤも勝ち誇っている。
・・・・・・・・。
これからツチューラ市は修羅の道に突入する。
毛世羅競羅と笑いながら・・・・




