友人に投げる用のその辺の草擬人化百合
題:私を見つけて
学校からの帰り道、今日も私は河道を降りて橋の下へと向かう。いつもそこで座り込んでいる彼女に会うためだ。
「ねぇ、そろそろ学校来なよ」
「うるさい……私なんかほっとけばいいのに」
彼女の名前はマリ、不良仲間がそう呼んでいるのを聞いただけで、本名は未だに教えてもらえない。
マリはクラスで一番の不良で、全く学校に来ない。でも見た目は全然不良っぽくなくて、むしろ地味だ。
私が委員長としてしっかり更生させてやらないと、まだ中学生なのにこんなに道を踏み外してちゃ親も心配するだろう。
「先生も心配してたよ?」
「どうせ形だけでしょう」
マリは不機嫌そうに言葉を返し、ぶちぶちと雑草を抜いていく。ストレス解消だろうか?
チャラチャラと二つも付けたピアスが左耳で音を立てている。
「中学生なのにピアスなんか開けて! そんなんじゃ学校に帰って来た時に校則検査に引っかかるよ!」
「本当にうるさいなぁ……私、静かな人の方が好き」
「髪も長すぎ! 服もスカート短すぎ! 今校則検査したら引っかからないのは爪の長さだけだよ!」
「爪まで見られるの……」
うんざりといった様子で、マリはずっと花をちぎっていた。
草むしりの時間だけでも来ればいいのに。学校の草を毟ったほうが人の役に立って有意義だ。もちろん、そんなことを言えばまた呆れられる気がするので口にはしないけれど。
次の日も、マリはあの河道に居た。
今日は曇り空で日差しが強くないせいだろうか、橋の下ではなくて太陽の下で花をちぎっている。少し健康的だ。安心した。
「ねぇ、今日も一日中ここに居たの?」
「そうだけど……何か?」
つっけんどんに返される言葉。マリはこちらを見ようともせず花を根元からちぎっていく。
よく見たら黄色い花だけをちぎっているようだ。そして、ちぎった花をポケットに入れる。
――ああ、きっとこの花が好きなのだ! なんだ、可愛い所があるじゃないか。
「ねぇ、手伝ってあげようか?」
「……へ?」
マリがまなこを見開いて私を見る。ようやくこっちを見てくれたね。
嬉しくて微笑み返すと、ぷいとそっぽを向いてしまった。なんだか猫みたいだ。構いすぎると嫌われる。
仕方がないので私も彼女に倣って根元から黄色い花をちぎる、ちぎる。二人で並んで同じことをすると少し仲良くなれた気がする。多分錯覚だけど。
「はい、結構集めたよ。この花、好きなの?」
集めた花束を手渡すとひったくるように取られた。心なしか顔が赤い。
「……売るとお金になるの」
「はぁ!? バイトはしちゃだめって校則で決まってるでしょ!? 返して!」
「ダメ、もうこれは私のもの。というか、校則とか今更でしょ」
それは、まあ、確かに。彼女のひねくれた返しに言葉に詰まる。やり込められた私を見て、マリはニタリと陰湿に、しかしとても嬉しそうに笑った。
こんなに嬉しそうにしたマリは初めて見る。なんだかムカついた。
それにしても可愛いなぁ。長い前髪で隠れてるけど、マリは目元がキュートだ。学校に来たらきっと人気者になれるのに。
さらにその次の日も、やっぱりマリはそこに居た。
相も変わらずあの花をちぎっている。
「その花、クサノオウって言うんだね」
「へー、そうなんだ……知らなかった」
「学校の図書館で植物図鑑を借りて調べたの!」
クサノオウ、ケシ目ケシ科の植物。
植物体を傷つけると多種にわたる有毒アルカロイド成分を含む黄色い乳液を流す。
あんなに地味で可愛い見た目をして、毒草なのだから驚きだ。地味で可愛いのに不良のマリみたいだな、なんて思ったら、私はこの花を気に入ってしまった。
「ふーん……なんて書いてあった?」
「ケシ科の毒草だって、でもなんでお金になるのかは書いてなかった。それが知りたかったのに。ねえ、なんで?」
「委員長には一生かかってもわからないと思う」
「えー、なにそれ」
ひどいなぁ。私の可愛いクサノオウは全然私に興味を向けてくれない。
ここは植物と違うところだ。
だってクサノオウの花言葉は、「私を見つけて」。
次の日、私は河道へ行く必要がなかった。マリが学校に来たからだ。びっくりした。
誰もマリに話しかけなかったから、私もなんとなく話しかけられなかった。クラスで浮くのが怖かった。
マリも私に興味なさそうだったし、いいか。後ろから見える小さな背中が震えてきたような気もしたけれど……
そして、結局マリと話せないまま帰りの会になってしまった。いつもどうりの流れが暇でぼーっとしていると、先生が普段と違うことを言い出した。
「よーし今日は検査の日だ、みんな廊下に一列に並べ」
ああ、そうだった。なんとも運の悪いことに、今日は校則検査だった。
マリの恰好じゃ沢山引っかかって怒られるだろう。そう思いながら列の後ろのマリを見つめる。
先生が学生の列の横を通り過ぎる。
「よーし」「よーし」「ん、おまえちょっと髪が長いぞ」「よーし」
先生は工場の商品を検品するように手際よく校則検査を進めていく。手慣れたものだ。
「よーし」「よーし」
ああ、もうすぐマリの番だ。どうしよう、怒られたら学校に来なくなるかも。
「よーし」「よーし」
あと4人、3人――
「よーし」「よーし」
2人、1人――
「あ、うーん……よーし」
やった! 先生がマリに合格をくれた。どう考えてもおかしいけれど、学校に来ただけで偉いので許してくれたのだろう。話の分かる優しい先生で良かったなぁ。
そう、思っていたのだけど。
「……っう、ひっく……っく……うぅ、う、うわああああああああああああん」
マリが泣き出した。先生も、生徒も、私も、みんな驚いている。
せっかく校則検査をパスしてもらったのに、彼女は何が気に入らなかったのだろう?
次の日、マリは学校に来なかった。
やっぱりか、なんて思いながらあの河道に足を運ぶ。
居る。
「マリ?」
「あ、いいんちょう……」
目が充血している。涙の跡もくっきりと残っている。痛々しくて、しかしそれがかえって美しく思えた。
クサノオウは傷つけられた部分から毒液を出すんだったっけ? マリの涙を想像して、ふと、植物図鑑の説明文が思い浮かんだ。
「き、昨日はごめんね?」
「ううん、いいよ。今日も来てくれないかと思った。いいんちょうに嫌われたかと思って、私……」
いつになく弱々しく縋りついてくる彼女を見ると、ほの暗い快感が私の背骨を通電した。
この綺麗な泣き顔を知っているのは私だけ、私だけが彼女を見つけたのだ。優越感と、独占欲がないまぜになって自分の中を暴れまわる。ああ、私はなんて運がいいのだろう。
「ねぇ、いいんちょう、わたしの家にこない?」
「いいの?」
酷いことに、私は「しめた」と思った。気付いている、彼女は私に学校で話しかけて欲しかったのだ。
私は彼女の期待を裏切り酷いことをしたのに、そのおかげで彼女を弱らせて家に招かれることができた。そのうえ彼女の様子を悲しむでもなく思いがけぬ僥倖に喜んでいる。
これほど自己中心的な人間がほかに居るだろうか。
「ぜひお邪魔させて!」
一も二もなく彼女の提案に飛びついて、私はマリの家へと連れて行ってもらった。
マリの家はとても散らかっていた。カップ麺やおにぎりの包装紙がリビングに散乱しており、埃っぽくもあった。
「ごめんね、散らかってて。こっちはお母さんの部屋だから入って掃除できないの」
どういうことだろう。マリとお母さんは生活する場所を分けているのだろうか?
家族なのにどうして? 聞きたかったけれど、聞いてはいけないような気がして、代わりに別の質問をした。
「そうなんだ……お母さんは奥に居るの?」
「ううん、あんまり帰ってこないよ」
へぇ、自分でも驚くほど乾いて掠れた声が出た。マリは少し悲しそうな顔をして、私の手を引いて二階へと上がる。また傷つけてしまったかな……
一階と違って、二階にあるマリの部屋は綺麗だった。レイアウトは殺風景で、ベッド、棚、机、マット、そのくらいのものだ。
机の上にはアルミホイルが敷かれていて、その上にはあの黄色い花が置かれている。
「マリちゃん、これ、売るんだよね」
「ううん、これは売らないよ、せっかく委員長から貰ったから。ずっと委員長に使おうと思ってたの」
「……え? どういう意味?」
聞き返してもマリから芳しい反応は得られない。彼女はただ「ごめんね」とだけぼそりと呟いて、私を壁へと突き飛ばした。
「えっ、なに、マリちゃ――ぎぃっ!?」
頭に激痛が走るマリが私の髪をつかんで引っ張っている。
「痛い! 痛いよ! やめて!」
静止の言葉は届かず、私の頭は無理矢理あの花の前へと突き出された。
マリが左手でライターを使い、クサノオウに火をつける。ちぎってから数日経った花束は既に乾燥しており、面白いように火が広がる。当然、煙も大量に上がる。その前に顔を突き出された私は煙を吸ってしまう。
「けほっ、苦しいっ、煙いっ!」
「……」
マリちゃんは何も言わない。でも、何をしているかは見なくてもわかる。クサノオウの煙に燻されて苦しむ私を、黙って見ているのだ。そしてきっと、あの表情をしている。私をやり込めてニタリと笑ったあの時の表情を……
彼女は何を考えているのだろう。分からない。煙による酸欠で判断力が薄れているせいではない、本当にわからないのだ。どうして、マリちゃん、どうして……
その後のことはよく覚えていない。気が付いたら家に帰っていて、いつも通りの日常が再開した。
一つ変わったことと言えば、座っていても立っていてもあの煙のことが忘れられないということだけ。またあの煙を嗅ぎたい。それだけが頭の中をグルグルと蠢いている。
そんなことを考えていたら、いつのまにかマリちゃんの家の前に来ていた。ダメだとわかっているのに――私はインターホンを押した。
「ね、ねえ、マリちゃん、あのさ……」
「あの花でしょ? たくさんあるよ」
彼女がニタニタと笑っている。嫌な笑みと表現されるはずのそれが、私にはどうしようもなく綺麗に見えた。
ああ、やはり私の見立て通り、彼女は毒草だったのだ。
ひめ氏のアドバイスで公園を散歩してたら思いついた雑草擬人化百合でつ。
クサノオウは阿片の代用品として使われたこともある麻薬の一種です。日本中に生えてるけどね。
自分の中では限りなく性癖をマイルドに薄めたつもりなんだけど、一般の方には普通にどぎつい特殊性癖かもしれない……
マリのピアスとか爪の描写は同性愛者であることを表していますが、ちょっと表現が迂遠すぎるかな?
アドバイス貰えたら沢山描写を肉付けして長編にして、R-18なキメセク百合にして、某所に出荷してぇ