俺の従兄弟の娘(16才)が某大手劇場型アイドルの研究生に合格したので開かれたパーティーに悪魔が降臨して色々やらかした……
それは、1本の電話から始まる……。
「あ~もしもし、もふもふもん?久し振り」
今までに聞いた記憶が無いぐらいの、ハイテンションヴォイスで、電話先の相手は切り出してきた。
「お~哲っちゃん?去年の正月以来だな、どしたん?えらくテンション高いけど」
電話を掛けてきたのは、俺の親父の兄貴の息子つまり俺の従兄弟に当たる《哲夫(仮)》だった。この哲夫、俺とは少し年が離れているのだが、哲夫自身が年齢を感じさせないぐらい若く、俺と馬が合うので親類関係の仲では、仲が良く俺が地元に住んでいた頃は、家族ぐるみで付き合いをしていた。今では、俺が地元を離れ(それでも同県内だが)少し疎遠気味になり、会うのは毎年の盆と正月ぐらいになっていた。
「もふもふもんって、○○○48ってアイドルグループ知っとる?」
「あ~うん、△△△市を拠点にしたアイドルグループの事ね、地元県の事だし一応は知ってるけど?」
「うちの娘の玖音(仮)が、そのグループの研究生ってやつ?に合格したんだよ、うちの娘がアイドルになるの」
俺は、その言葉を聞いた瞬間、固まってしまいすぐに返事をする事が出来なかった。
(あの玖音がアイドル?しかも、○○○48?)
「…………でさ、…………だから、…………いいかな?お~い!聞いてるか~?」
「あ……あぁごめん……良く聞こえなかった……」
「だから、来週の土曜日に家族で合格祝いの、ちょっとしたパーティー開くから、もふもふもん都合付くなら、うちに来てくれよ、玖音も会いたがってるし」
玖音が赤ちゃんの頃にオムツを変えてやったり、小さい頃に一緒に風呂に入ってやったり、休みの日には、遊園地や動物園等に連れて行ってやったりしていたからなのか、俺は玖音に、とても好かれている。玖音が幼稚園児だった頃は、会う度に。
「くおんはね、おおきくなったら、もふもふにぃちゃんのおよめさんになるの」
そんな事を言って、会う度に俺にしがみついて離れなかった玖音がアイドル。俺が帰る時には、決まってギャン泣きして、帰るなとダダをこねてた玖音が、○○○48の研究生。
「あぁ……分かった、来週の土曜日ね……必ず伺うよ」
何とかそれだけを伝える事は出来たと思う。かなり上の空だったが……。
~土曜日~
身内だけの細やかなお祝いという事で、テーブル上には、ホットプレート。ざく切りされた野菜達。そして……きっと初めて購入したのであろう、見事なサシの入った和牛肉。和牛肉は、皿には盛られずパックに入りラップに包まれたままだったが、ラップの角には、キラリと光る《松坂牛》と書かれた黄金のシール。
肉の焼ける芳しい香り。父と母と娘による、娘に待つ輝かしい未来。普段あまり呑まない日本酒をチビチビと煽り、つまみの松坂牛のロースとカルビを堪能して、幸せそうな家族の姿を微笑ましく眺めていた。
どうやら俺は、家族の幸せに当てられ、ついつい深酒をしてしまったようだ……。アイドルと言う物の実態も知らず、ただこれから訪れる幸せだけを、笑顔で繰り返し話す、夢見がちな家族の姿を見た俺は、事もあろうか、現実と言う物の一部でも、教えなければならない。と言う、意味不明な使命感に囚われて行った。そう、俺は完全に酒に酔っていたのだ。コップに残る日本酒を一気に呑み干すと。
「なぁ、哲っちゃん、奥さん、玖音、玖音がアイドルのオーディションに合格したのは、すごい事だし、俺も心から祝福を贈りたいが、現実もちゃんと見据えてるんだよな?」
幸せな家族の焼き肉パーティー(松坂牛)に投じられた、破壊の足音……。
「玖音って確か、ジャ○ーズ好きだったよな?」
俺の質問に、笑顔で首肯して答える玖音。俺は自分の着ていたパーカーのポケットに入れていたスマホを取り出し、検索を掛け出てきた画像を、玖音の眼前に突き付ける。
「よく見てみろ玖音、お前がアイドルになると、こう言う奴等がお前のファンになるんだ」
俺が玖音に突き付けたスマホに写し出された画像には、年齢=童貞歴=彼女いない歴と誰もが簡単に推測出来るであろう男の顔が写し出されていた。
「イケメン好きの玖音が、こいつらから『超絶可愛い玖音~』なんてエールを掛けられ、玖音はそいつらの顔を見つめ、笑顔で応えてやれるか?」
「テレビの音楽番組やバラエティに出演してるのは、一部のエリート共だけだぞ、人気の無い奴や研究生達は、こんな感じのドルヲタに笑顔で愛想を振り撒かないといけないんだぞ」
俺が玖音に突き付けたスマホを、横から奪い取り写し出されてる画像を見た、哲っちゃんや奥さんは、笑顔から一転、何とも言えないような顔つきに変わった。
「○○○48の全てのグループは、こんな奴等の応援をベースにして、今の人気を勝ち取っているんだ、一般人や同性が、名前も顔も知られてない研究生を応援すると思うか?」
突然、突き付けられた現実に呆然とする、少し前まで幸せ絶頂だった家族。そして、酔って自省の効かなくなった止まらない俺。
「選抜に入るまで、こんな連中を相手に、心の中で気持ち悪いと思いながらも、一切顔に出さず愛想を振り撒けるのか?こんな奴等と、その前に何を握ったのかも知れない手を握り笑顔で握手が出来るのか?『明日は玖音ちゃんと握手が出来る、ぐへへへっこの手のひらに俺のカルピスを塗り込んで握手してやれ』なんて考える奴が居るかも知れないんだぞ」
「そんな奴等に1枚でも多くCDを買わせ、1票でも自分に投票させる努力を、玖音は本当にやる覚悟はあるのか?」
幸せな家族に突然降り掛かる悪魔の囁き……。悪魔の仕打ちは止まらない……。下を向き考え込み始めた玖音から、標的を、父親と母親へと移行させてロックオン。
「哲夫!(酔っているのでアダ名で呼ぶのも忘れてます)奥さん!何をノンキに娘と一緒になって喜んでんだよ」
「自分の娘が、ネットの海に画像やプロフィールなんかを全て晒されるんだぞ、コイツらが、そんな玖音の画像に向けて、画面越しとは言え、ヨダレまみれの舌でベロベロと『玖音たん、ぐふふふっ』と舐めまくるんだぞ、コイツらが、玖音の画像に、チ○ポを擦り付け『はぁはぁ……玖音たん気持ち良いよ』なんてやるんだぞ、理解してるのか」
もう、止まらない悪魔。自分で言ってる言葉に、大切な玖音を汚される事が耐えられず、どんどんと勝手にヒートアップしていく悪魔……。
「それに、トップアイドルになれたとしても、その後どうする?グループを卒業してその後も芸能界で活躍出来るとでも?」
突然の悪魔の降臨に、口をあんぐりと開け、何も言えなくなっている父親と母親の眼前に、指を突き付ける。突き付けた指をそのまま右へと動かし、下を向いたままの玖音の前でピタリと止まる指。
「玖音、玖音なら分かるよな?あのグループを卒業して、今でも活躍している子は何人だ?」
悪魔の質問に、顔を上げ目を閉じ、思い浮かべているのだろう。指を1本ずつ折っていく玖音。しかし……その指も2~3本から先に進まずにいる。
「そうだよな、俺も思い浮かべると、バラエティに良く出てる九州出身の○○と、最近ドラマに出だした埼玉出身の△△ゆしか思い浮かばないわ」
「人気が出た出ないに関係なく、1度、アイドルとしてデビューをしたら、ネットの海には画像や経歴は、残り続けるんだ、普通に学校に通えると思うか?普通にそこらの会社に就職出来ると思うか?普通にそこら辺のコンビニやファミレスでバイト出来るか?」
「否だ、断じて否だ」
「玖音!哲夫!奥さん!」
悪魔はそれぞれの家族の眼前に指を突き付けていく。
「自分が、娘が、アイドルじゃ無くなった後も、ずっと『元○○○48の◇期研究生の玖音』と呼ばれ続ける覚悟はあるのか?」
その言葉を最後に、頭に血を昇らせ過ぎた悪魔は、静かに眠りの海へと沈んでいく……。
残された家族は、それぞれに真剣な顔で、自分の最愛の娘の将来の姿を想像していた……。
焼きすぎて真っ黒になった松坂牛のカルビと、部屋中に響く悪魔の高らかなイビキを残して……。
次の日、ソファーに寝かされ、毛布を掛けられ、いつの間にか寝ていた俺は、目覚めと共に飛び込んできた、玖音の笑顔と。
「もふもふ兄ちゃん、昨日はありがとう、私も真剣にアイドルになるか考えてみるね」
頭の上に、大量のハテナマークを浮かべる俺を残し、自分の部屋へと帰って行く玖音。
「もふもふもん、ちょっとこっち来て座れ」
何故か怒ってる従兄弟と奥さん。
(俺……昨日、何かしたかな?記憶に無いんだが……)
昨晩やらかした事の一部始終を聞き終えた俺は、真っ青な顔で、ひたすら哲っちゃんと奥さんに向け、土下座を繰り返していた。
廊下からリビングへと通じるドアを少し開けて、コッソリ覗いてる玖音の笑顔が見えた。
その後、玖音が○○○48の研究生になったのか、ならなかったのかは、読者の御想像にお任せします。
お陰様で、今でも、哲夫家族とは仲良くさせてもらってます。
最初に頭をよぎったのは、矢○久美・松○玲奈・カツオのサイン貰えるかな?と言う、とっても下世話な事を考えてしまった事を、この作品の発表と共に懺悔しますw