七羽目
屋上でポンコツが昼食を食べているからと、俺は泰樹に連れられ屋上へ向かっている。普通の学校なら屋上が解放されていることはまずないのだが、如何せんこの学校は化物どもがいる学校であり、普通とはいささか言いづらい。屋上が解放されている理由としては、校長が高い所が好きだからという単純明快なようであり、ただの自己満足によるものだ。だがしかし、解放されているからと言って多くの生徒が足を運ぶのかと言えばそうではない。寧ろほとんど来ない。学食やクラスで賑やかに食べる生徒が大半であり、屋上のようないかにもお一人様が行っていそうな場所には誰も近づかないのだ。泰樹や他の生徒会の面子に聞けば、大概の生徒が告白するスポット程度の認識なのだそうだ。実際にそこで恋が実った人間たちもいるらしく、割と有名な場所であったりもする。告白場所ということだけだが。
屋上に人が来ないのは認識だけでなく、もう一つ理由があるだろう。道のりが長いのだ。屋上に行くためにはどの階からでもいいが、音楽室や家庭科室のある特別棟に移り、尚且つそこから四階まで上がらなければならないので、行こうという気も失せるというものだ。俺やポンコツ、他の化物たちも皆それぞれ飛行能力はなにかしら持っているのだが、生憎校内での飛行はたとえ認識阻害をかけていたとしても厳禁であるため、他の生徒同様に俺たちも屋上に行くことはまずない。
そんな秘境の地とも取れそうな屋上に、どうしてあいつは行ったのだろうか。人付き合いが苦手なようには見えない。考えてもよく分からず、面倒くさくなって考える事を放棄した。どうせもうすぐ目的地なのだし、本人に直接聞いた方がはやいだろう。
ようやく階段を上りきれば、見るからに重そうな鉄の扉が開けっ放しになっていた。開けたら閉めるということをあいつは習わなかったのか?辺りを見渡すと、グランド側の鉄格子に小さく寄り掛かって、弁当を食べているポンコツ天使を見つけた。
「……何してんだこんな所で」
「なんだ、飯ケ谷さんですか」
「僕もいるよ?」
「なんだと聞きたいのは俺の方だ。どうしてお前がこんな場所で、一人で、寂しく、昼食なんて食べてるんだ?」
「飯ケ谷さん本当に良い性格してますよね」
事実である単語を少し強調して言っただけなのだが、半目で睨まれてしまった。
「いいから答えろ」
「……笑いませんか?」
「善処はする」
笑うかどうかなんて聞いてから起こる行動なのだ。聞く前から笑わないようにするのは正直難しい。
座りこんでいたポンコツは疑わし気な表情でじっと俺を見返し、ため息交じりに話し出した。
「……その、クラスの皆さんといるのが恥ずかしい? と言いますか、えと、怖いんです」
「……」
「反応してくださいよ!」
そう言って思いっきり左手で地面を叩いた。思いの外衝撃が来たのか、若干涙目になっている。やはりこいつはポンコツだ。冷却と治癒魔法を同時に発動させているあたり割りと魔法は得意なのだろうが、ここまでポンコツだとそれも意味なしとなりそうだ。
「まぁ、お前もまだこっちに来て日が経ってないからな」
「でもこの学校の生徒って皆穏やかだよ?」
泰樹が俺の後に続けて言う。そうなのだ。この学校は化物達が集まっているということ意外は、他の学校と何も変わらない至って普通の学校なのだ。だからあまり人間を怖がる必要はないと思うのだが。
「まぁそうなんですけどね。昔ちょっと色々ありまして……」
「言いにくいなら言わなくていい。それより、取り敢えず飯食べようぜ?」
「そうだね。あんまり話し込むと昼休みも終わったちゃうし」
「え? あぁ、そうですね。食べましょうか」
一瞬だけ驚いたような、それでいて安心したような表情を浮かべ、再びポンコツは弁当を食べだした。化物にはそれぞれ違った過去がある。歴史に関わるようなものから、そうではなくとも本人にとって大事なものだったりもするのだ。それをずけずけと聞き出すというのはいかに悪魔であってもしてはならない。相手が異性ならばなおさらだ。
「あれ、雫と姫路ちゃんの弁当って同じなんだね?」
「今朝自分の作ってたら、急に作れと言われたのでな」
「私も手伝ったじゃないですか」
「へー。割と仲良く過ごせてるようだね」
「……それなりにな」
正直なところ、やることが増えて大変なのだがポンコツなりに手伝ってくれると言ってくれるので、今後に期待しよう。今朝の料理自体は本当に役に立ったから褒めてやっても良いのだが、こいつは褒められると調子に乗りそうなタイプなので言うわないでおこう。
ふんわりとした柔らかな春風が心地よい。この学校自体が高い所にあるので、屋上からは街が一望できる。東側に広がる森林には聖樹だったり神木だったりと呼ばれる木が合ったり、学校の中庭には邪魔な時計台があったり、改めて見てみるとやはり普通じゃない。俺が知っているのはこの二つ程度なので、まだまだ他にも意味不明な場所があるのだろう。今後とも関わらずに過ごせたら幸いである。
「おっと、予冷が鳴り出したね」
「もうそんな時間か、ほら立て」
「……あと、五分」
「ふざけんな起きろ」
「あだっ! 何するんですか!」
御寝ぼけ天使に軽く拳骨を落とせば、ゆっくりと眼を覚ましてきた。今朝と言いこいつはどうも寝起きが悪いらしい。これは明日から起こすのも、長期戦を覚悟しないといけないのだろうか。いやまぁ、最初から起きないようであれば実力行使で叩き起こすのだけれども。
「ふわぁ。眠いです」
「もうすぐ午後の授業始まるから急げ」
「そうだ雫。僕は今から用事あるから授業出ないからね」
「あぁ、校長にこき使われるのか。大変だな生徒会も」
「まぁね」
泰樹が会長を務める生徒会は、化物たちで構成されている。別に化物だけしかなれないという訳ではないのだが、今回のようになにかと校長の使い走りにされたりするので、校長が化物だけで固めたのだ。なんという職権乱用なのだろうか。まぁ校長自身も調査には出るので、怠けたりしている訳ではないのだが。
「今回も魔女関連か?」
「うん。前にも言ったけどもう少しで、この案件も片付きそうなんだよね」
「もう少しと言うことは、早くても今年中か」
「多分ね。おっと、集合かかったから先に行くよ。じゃね」
「おう。頑張って来い」
足早に泰樹は階段を駆けていった。これから生徒会室に戻り、必要な物をそろえ次第〝無限の杖〟あたりと一緒に校長の調査について行かされるのだろう。俺も最初は生徒会に誘われたのだが、あのとき懇切丁寧に断っておいて良かった。あの時の俺グッジョブ。泰樹の後姿を見送りふと横を見ると、再びポンコツが寝に入っていたので、今度は少し強めに拳を振り下ろした。
「ふみゃ!」
変な声が屋上に響き渡る。今日も一日平和である。
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午後の授業もそれなりに過ごし、帰り支度を整えさっさと帰ろうと席を立った。廊下はまだ終礼からたいして時間も経っておらず、あまり人は少ない。欠伸を一つ噛み殺し靴箱へと向かう。丁度靴を履き替えていると、ドタドタとなにやら騒がしい音が近づいてきた。何事かと後ろを振り向けば、そこには肩で息を切るポンコツ天使がいた。
「……そんなに急いでどしたの」
「はぁ、なんで、さきにはぁ、行くんですか、けほっ」
「あぁ、監視か」
「そうですよ。一緒に帰ろうとしたら既に教室にはいませんし、走ってきたんですからね」
「ご苦労様」
余程焦ったのだろうか、まだ息は整っていない。少しだけ待っていると、ようやく落ち着いてきたのかさも平然とした様子で、帰りましょうかといてきた。俺は最初からそのつもりだったんだよ。
人が少ない一本道をポンコツと並んで歩く。時間帯的には人が多く行き交っていてもおかしくはないのだが、今日は有名な楽団のコンサートがあるらしく大半がそっちに行ったのだろう。音楽に興味がないわけではないのだが、なんとなく本当になんとなく直感で嫌な予感がしたのでチケットは買わなかった。そんな話をこいつにすれば、何を言っているんだと呆れられた。いや実際、俺の勘は意外と当たるんだぞ。
「そういえば、白鯨さんは校長の手伝いに行ったんですよね」
「なんでも魔女関連の調査に行ってるらしい」
「魔女関連?」
「あぁ。〝始まりの魔女〟って知ってるか?」
「あぁーえっとあれですよね確か。LostNo.でしたっけ?」
「そう。世界の歴史に関わりすぎたとかであらゆる文献から抹消された奴らな」
「そんな魔女の何を調査してるんですかね?」
「俺も詳しくは知らないが、魔女の血を終わらせる事が最終目的らしいぞ」
「ほう?」
あまり良く分かっていない様子だが、俺もそこまで詳しく知っている訳ではないのでこれ以上は教えられない。こういった事案は普通あまり知られてはいけないのだが、校長は寧ろ拡散希望らしいので、こいつに言っても問題はないだろう。いい加減なのかそれともなにか考えがあるのか、校長の意図は良く分からない。
「魔女と言えば、森林の方には魔女に関連した樹がありますよね?」
「あの大樹か。あれも確か昔は世界に干渉していたらしいんだがな」
「今はそうでもないんですかね?」
「詳しくは知らないが、校長とかから聞いた感じだとそうだな」
「この世界まだまだ謎が多いですよね~」
ぐっと伸びをしながらポンコツは答える。この調子だと天界でも大神は何も言っていないのだろうか。やはり天使長や他の神しか知らないことなのかだろうな。個人的にはかなり興味があるのだが、手掛かりがないと言うのなら仕方がない。まぁ別に焦ることでもないし、気長に探っていくか。
「そうだ飯ケ谷さん。今日のご飯はなんですか?」
「……急に話が飛んだな。まだ決めてない」
基本的に俺は家に帰ってお腹が空いてから何を作るかを考えるのだ。同じ献立が二日続いたり、一週間一度も被ることがなかったりすることもざらにある。日曜日か月曜日に一週間分の食糧を買いに行き、それを上手く使いこなすのだ。当然、タイムセールを狙ったり特売品を買ったりして節約はする。節約して浮いた分は貯金したり、開発の経費にしたりと色々使い道がある。そこら辺の主婦と同じ金銭感覚なのだ。
「まだ決めてないのなら、リクエストしても良いですか?」
「部屋の材料で作れるやつな」
「……昨日のうどんって余ってますか?」
「え、なに、うどん?」
もっとこう、変なとうか豪華なそれこそ俺の知らないような料理を出してくるのかと思ったが、案外素朴な食べ物で聞き返してしまった。いやだってうどんだぜ?あんなのいつでも食べられる。
「えぇ、そうですそうです。昨日の味が忘れられなくてですね。もう一度食べたいです」
「いやまぁ、お前がそれでいいと言うなら構わないが……」
「やったー!」
小さな子供の両手を上げて喜ぶ天使様。うどんだけでここまで上機嫌になれるのか。やはり天使という種族は理解しがたいな。その後、今にも駆け出していきそうなポンコツとやや早足で帰り、そこからうどんを昨日のように適当ではなくしっかりと作り始めた。今朝こいつも料理が出来る事を知ったので手伝ってもらうことにしたが、テンションが高すぎて物凄く不安だった。
ややあって夕飯は完成し、向かい合わせてテーブルに食器を置く。素うどんは昨日食べたし、卵でも落とすか。台所から戻ってくるやいなや眼を輝かせて、それはなんですかと興奮気味に聞かれたので、面倒くさくも卵を落としてやった。するとポンコツは、幸せそうな顔で一滴残らずきれいに平らげた。おかしいな。確か結構な量をついでいたような気がするのだが気のせいか?
「お前昨日グラタンが好きだとか言ってなかったか?」
既に二杯目を食べているポンコツに俺は聞く。
「確かにそう言いましたが、私の中のランキングが入れ替わりましたね」
「……」
視線を一切俺に移すことなくポンコツはそう答えた。どうやら〝うどん〟が〝グラタン〟に勝った瞬間なようだ。多分今後もこのランキングは変動するだろう。