五羽目
午前五時起床。なぜこんな時間に起きるのかと言えば、やることがあるからだ。まず起きてすることは子供の頃から日課としている10kmランニングだ。実家にいるときは父と一緒に走っていたが、一人暮らしをしてからというもの当たり前だが一人で走っている。
今の世の中体力なんざ人間と同じ程度にあれば良く、俺たち化物は既に人間以上の体力を持ち合わせている。では何故ランニングを続けているのかと問われれば、朝の静かな時間に一人で走るというのが割と気に入ってしまっている自分がいるからだ。何も考えずにただひたすらに静寂を感じながら足を進めるのは、とても気持ちがいい。
帰って来たからはシャワーを浴び、サッパリしたら弁当を作る。母を除く人間が作った食べ物なんて信用できないので、毎朝自分で作っている。泰樹はよく学食に行くし、校長もカップ麵ばかり食べているので何も問題はないと思うのだが、やはり自分で作った物の方が信用できる。弁当と並行して朝食も作る。とは言っても朝はパン派なので、トーストを焼いて弁当の残りを付け合せるだけだ。そうこうしていれば、六時半ぐらいにはなっていて朝食を食べれば七時過ぎ。そこから着替えて登校する。学校は八時着席厳守なので、そこから逆算し今の時間に起きる事が最善だと学んだ。
今日もいつものように目を覚ましランニングに行き、シャワーを浴びた後で俺はまたまた面倒くさいことに気が付いてしまった。何かと言えば昨日からはポンコツ天使が俺を監視するために洋室で寝ていることだ。別に寝ていることは構わない。これはもう決定事項で何も変えられない。だからまぁ構わないのだが、それはそれとして、あれの分の弁当も作った方が良いのだろうか。でも時間的に二つ作るのは大変だし、何よりゆっくり朝食を食べる時間がなくなってしまう。自分の分を作りながら思考していると悩みの原因であるポンコツ天使が重い足取りで、のそのそと起きてきた。
「……おはようございます」
「テンション低いな」
今にも消えてしまいそうなほどに小さな声だった。よく見れば長い金色の髪は、ボサボサと至る所に毛先を向け、澄んだ蒼の瞳は心なしか淀んで見える。昨日の教室を騒がせた美しさは何処に行ったんだ。
「天使なのに朝弱いんだな」
「朝なんて来てほしくないです。働きたくないです」
「なに無職みたいなこと言ってんだ。今日も学校なんだから、今すぐ髪を梳かして顔を洗ってこい」
「ふぁ~い」
欠伸交じりにふらふらとした足取りで洗面台に向かう姿は、本当に天使なのかどうか眼を疑うほどだ。天使って朝からラッパ吹いて元気そうなイメージがあったが一概にそうとも言えないのだろうな。後ろ姿を見送り、再び俺は自分の弁当と朝食を作り始める。お寝ぼけ天使が悪魔の作った弁当なんて食べられません。みたいなことを言ってくれたら俺は二人分つからなくてもいいのだがな。
「改めておはようございます飯ケ谷さん」
「おう」
顔を洗って眼が覚めたのか蒼い瞳は澄み昨日と同じように背筋が伸び、金色の髪もそれ相応の玲瓏さを取り戻していた。しかし未だ覚醒しきっていないのかときどき瞼が落ちそうになっている。
「寝起きで悪いんだが、今日の昼食ってどうするんだ?」
「昼食?……そういえば何もないですね。どうすればいいんですか!」
「俺に聞くなポンコツ天使」
「あ、そうだ。飯ケ谷さん作ってくださいよ。昨日の夕食美味しかったですし」
正直作りたくない。手間も時間も倍かかると考えると流石にしんどい。それに今の時間から作ってもあまりいい物は作れないだろう。よし、この理由を言って諦めてもらおう。
「今から作ってもあまり良いのは作れないし、なにより面倒くさい」
「いやいや、別に出来とか気にしないですよ?」
「だとしても面倒くさい」
「飯ケ谷さんはこんなにか弱い少女を飢え死にさせる気ですか?」
自分でか弱いとか言っちゃ駄目だろう。というか別に昼食ぐらい食べなくても死にはしないと思う。だが隣で、お昼食べたいなぁ、食べないと私死んでしまうかもしれないなぁ、などとこちらの様子を伺いながら言われてしまえば当然作らなければならないわけで。
「あぁ、もう分かったから。作るから。けどそんなに作れないからな」
「えぇそこは重々承知していますよ。なので今日は我慢します」
「今日は?」
「えぇ今日は。だから明日からもっと早く起きてくださいね飯ケ谷さん?」
「ふざけんな」
にっこりと微笑みながら言っているが、こいつの為だけにさらに朝早く起きるとか意味が分からない。作ってもらえるだけ感謝して欲しいものだ。というかこいつ昨日から図々しすぎない?
「まぁ私も手伝いますけどね」
「じゃあ別に早く起きなくていいじゃないか」
「いえその、さっきので分かったと思いますが私、朝だけは苦手なんです」
「まぁさっきの落ち度は凄まじかったからな」
「えぇ。なので朝早く起きて私を起こしに来てください。でないと手伝えませんので」
わざわざ起こしに行かないと手伝ってくれないのなら、別に手伝ってもらわなくてもいいのだが。そもそもこのポンコツはどの程度、というか料理自体できるのだろうか。
「そんなこと言うが、ポンコツな天使様は料理できるのか?」
「愚問ですね。貴方には劣るでしょうがこれでも出来る方です」
「そこまで言うなら、さっさと朝食つくるの手伝え」
「はーい」
そう言って俺とポンコツは料理を進める。……こいつ自分で言うだけあって割と出来る。全く使えないとたかを括っていたがむしろしっかり動いてくれて俺の作業も捗る。そのおかげか二人分の食事だ、俺一人の時よりも早く済んでしまった。
「意外と使えるなんて……」
「ふふん。これでも天使ですからね」
ドヤ顔で言ってくるのが腹立つが、役に立ったことは事実だし許してやろう。それにしても一人の時よりも早く済んだのは驚きだ。効率というか場の回転がスムーズになる。腕が四本あればここまで効率よくなることを学び、具現化した腕を自在に操れるようになろうと俺は小さく決心した。
「じゃ、いただきます」
「いただきます」
相変わらず向かい合って互いに腰を下ろす。朝から俺はコーヒーで駄目天使の方はお茶である。今日のトーストはハニートーストにしてみた。甘さは控えめではなく、コーヒーもあるし丁度いいだろうとかなり甘くしてみた。蜂蜜の甘さが口に広がり、コーヒーの深みを強調してくれる。ハニートースト良いな。簡単に作れるのにもかかわらず、ここまで美味しくなるなんて。一方向かいの天使様はというと、スタンダードにバターを塗り、小さく切り分けてちょこちょこと食べている。お茶と一緒にトーストを食べるのが合うのかは知らないが、満足そうな顔で食べているところを見ると案外合うのかもしれない。
「そういえば飯ケ谷さん。学校に行くには何時にここを出れば良いんです?」
「そうだな。遅くとも七時半には出てないと遅刻確定」
「それならまだ少し余裕がありますね」
「とか言ってゆっくりしてると遅刻するから気をつけろよ」
これは俺の体験談で、週明けの月曜日なんかは特に遅刻しそうになる。その度に泰樹から連絡が来て、なんとか遅刻せずにいられたのだ。泰樹は学校と住処が近いのにも関わらず、生徒会の仕事だと言ってかなり早めに登校している。生徒会の仕事があるのに俺に連絡をするのは、単純に俺が心配なだけでなく暇だからだろう。
「ごちそうさま。さてでは俺は先に行くからな」
「え、洗い物は?というか先に行くんですか」
「皿ならさっき洗った。え、先に行くけど何か問題が?」
「問題ありますよ。道分からないですし。それに私監視役なので」
「いやいや、学校まで一直線だし。登校中ぐらい監視しなくても良いと思うのだが」
「それもそうですが……分かりました。三分だけ待ってください」
そういってダッシュで皿を洗い、洋室に戻り着替えを済ませてきた。忘れやすい制服のリボンもしっかりと結んである。本当に三分で済ませてきたよ凄い。
「では行きましょうか」
「やっぱり俺は監視されるの?登下校も監視されるの?」
「当たり前です。私が監視役な以上中途半端にはしません。それに同じ学校なんですから、わざわざ別に登校する意味が分かりません。非効率的です」
「確かにそうなんだが……」
あぁこれはいよいよ大変になってきそうだと、登校する前から俺は思うのだった。