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天使様はポンコツです  作者: trombone
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三十九羽目

 眩い光の先には白い砂と青い海が広がっていた。そこは時ヶ峰郊外にある海よりもずっと青く綺麗だった。


「始まりの魔女さんって結構良い場所に住んでたんですね。空気中の魔力は濃いですけど」

「普通に郊外の海にも見えるけど、姫路の言う通り魔力が濃いわね。向こうを基準に考えると異常だわ」


 佐伯とポンコツの言うように確かにここは普段過ごしている場所に比べて息が詰まる。要するに酸素と魔力の比率が現代と違うのだ。現在の比率は酸素が八に対して、おおよそ魔力が二ぐらいだと泰樹は言っていた。その感覚を基準にするのなら、ここは酸素が三で魔力が七ぐらいだろうか。多少の息苦しさは感じるものの、この三人なら時間の経過とともにこの環境にも慣れていけるだろう。


「それで俺らは一体何をすれば良いんだ?」

「確か忘れ物を持ち帰れば良いんですよね。あれ、でも何を持ち帰れとまでは言われてないような……」


 そうなのだ。あの校長は単に始まりの魔女の忘れ物を取ってこいと命じただけで、忘れ物自体が何なのかは口にしてない。気付かなかった俺もいけないが、使いっ走りをさせるならちゃんと伝えてほしい。


「というか佐伯も魔女なんだから何か知ってるんじゃないか?」

「さぁね。私も知らないわ」


 俺の垂らした細い糸はいとも容易く切られましたとさ。いやいやそんな事を言っている場合ではない。頼みの綱でもあった佐伯が何も知らないとなると完全にお手上げだ。見渡す限りの白い砂の上を歩き続けるか、水平線の向こうまで跳んで行くのも一つだろうか。幸いにして足場となる魔力はいくらでもあるのだから何とかなるかもしれない。


「手分けしてこの辺の探索でもするしかないな。俺は上を見てくるから二人は左右に分かれてくれ。広さはどうあれ、お前らなら島のどこかで合流できるだろ」

「ラグイル了解でーすっ!」

「面倒だけれどそれしかないわね。姫路、五分で一周してきなさい。そしてどうなっているか私に報告しなさい。そうすれば全て解決するわ」

「かしこま……って、それ私だけ働いてますよねぇ!? しかも五分って何ですか無理ですよ鬼ですか!」

「天使の空間魔法ならどうとでもなるでしょう? そうね、軽く二回程度死ぬ魔力を熾せば余裕よ」

「飯ヶ谷さーん! この人ヤバイです限界という言葉を知りません!」

「何を言っているの姫路。限界とは超える為にある言葉よ」

「めちゃくちゃ良いこと言ってますみたいな顔してますけど、こんな状況で言われても響きませんよ!」


 流石は悪役令嬢。物の頼みに限度と遠慮という考えがない。これに毎回付き合ってる皐月くんメンタル強者過ぎる。


「あまりイジメないでやってくれ佐伯。お前のタチの悪い冗談に付き合えるのは皐月くんだけだからな」

「当然よ。誰が皐月を仕込んだと思っているの」

「え、冗談なんですか」

「いつものことなんだ。適当に流せ」

「えぇ……」

 

 困惑した表情のポンコツをよそに当の本人はさっさと歩き出しているようだった。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花というが、佐伯の場合この言葉は黙っていれば綺麗なのにという皮肉にしか思えない。まぁこういうのが好きだという輩も一定数いるのだからあまり笑えないのだけれども。

 

「何してるの二人とも。さっさと動きなさい。早く終わらせて帰るわよ」

「あ、はい」


 佐伯に一喝されるや否や即座に翼を広げポンコツは逆方向に飛んで行った。あぁ、これで悪役令嬢様の従順な家臣がまた増えてしまったのか。かわいそうに。

 そんな二人の背を見送りながら軽く足元を整えてから上に跳躍。最高点に達した所で足元に魔力の足場を形成する。再び跳躍して最高点に到達したらまた足場を組んで。この流れを繰り返していくと十数回目でようやく島の全体像が見える位置まできた。学園東側にある森と同じような木々が中心から鬱蒼と茂っていて、それを気持ち程度に囲うように白い砂が広がり、更にその外側にはポンコツの瞳よりも濃い青い海が果てまで続いている。原始的という表現が一番適していると思う。魔力は濃いがここの風はとても気持ちがいい。重力に逆らわず落ちていく最中、視界の左右では同じような速さで島を半周する二人が見えた。ポンコツは理解できるとして佐伯の速度はなんだ。盛れるだけバフ盛り増した的な勢いぞ。


「さて、何か発見はあったかしら?」

「特に何もありませんでした!」

「上から見ても木しか見えなかったな。佐伯は?」

「私も似たようなところよ。探ってみたけれど何もなかったわ」


 三者三様、それぞれ大した成果も得られず探索を終えてしまった。同じ魔女の境界ということで佐伯の探索は十全に行われただろう。それでも何も発見できないとなるとお手上げである。よほど精密に隠されているのか、そもそも何もないのか。


「念の為に聞いておくが手は抜いてないよな佐伯?」

「こんな時まで手は抜かないわよ。全力でやったわ」

「むぅ、私も特に感じな━━━━」

「おやおや〜? 見慣れないのがえぇっと、ひー、ふー、みーも? こんな辺境に飛ばされてくるなんて可哀想な子達だねぇ」


 背後から声がする。少年のように幼くも頭上から押さえつけられるような音。誰一人として警戒を怠っていたわけではない。ポンコツも佐伯もかなりの場数をこなしてきた部類だ。俺だって風の流れには気を配っていた。だというのに今の今まで気がつけなかった。まるで声を放つと同時に現れたみたいに。

 敵がいるかもしれないという可能性を考えなかった自分を呪う。校長が取ってこいと言うのだ。目的はどうあれ、メルムのような奴らが同じ物を狙っていることだってあるかもしれない。


「あぁ〜、大丈夫だいじょうぶ。僕は君たちに危害を加えるつもりはない。だからまぁ、背中越しに殺気を放ってないで振り返ってくれないかな?」


 その言葉に従うように俺は右足を引く。左足に力を込め、いつでも反撃に出られるように神経を研ぎ澄ませ、重圧に争いながら振り返った。


「……ん?」


 その間抜けな声は誰から出たものだろうか。三人共々、同じような顔をしていただろう。だってそこには、頭上から猫の耳を生やしたよく分からない生物が立っていたのだから。


####


「自己紹介が遅れたね。僕の名前はレグルス。かつて栄えた獣の国の王様だ」


 優雅に、そして華麗に一礼する様は幼い声とは不釣り合いに馴染んでいた。しかしながら纏う服装は歴史の教科書に出てくるような絢爛で豪華な物ではなく、天使の正装よりも布数の少ない物だ。それこそ一枚の布を頭からかぶっているような。

 

「王様……?」

「あ、今こんなちっちゃい奴が王様なわけないみたいなこと思ったでしょ! 君だって僕と背丈は変わらないじゃないか!」

「いやいやいや、誤解ですって!」


 残念だがポンコツ、それはどんぐりの背比べって言うんだぞ。


「……ふぅ、まぁ良いや。取り敢えず君たちの名前を聞いておこう。どれほどここにいるかは分からないけど、名称は知っておくに越さないからね」

「飯ヶ谷雫だ。で、お前と同じ背丈で翼を畳んでいるのがラグイル。向こうの切り株に座り、我関せずに文庫本を読み漁っているのが佐伯椿だ」

「雫にラグイル。それから椿だね。うんうんいい名前だ。覚えておくよ」


 レグルスと名乗った自称王様は、にこやかに俺たちの名前と顔を照らし合わせていく。意識的なのか無意識的なのかわからないが、何か動作をする度に猫耳がぴょこぴょこと動き、何なら尻尾もふよふよしている。なるほど。恐らく目の前にいる存在こそがかつての愛すべき隣人という種族の原型なのだろう。メルムや迷宮で遭遇したような成れの果てに至る前の、その原型。


「飯ヶ谷さん飯ヶ谷さん、あの生き物信用して大丈夫なんですか? なんか猫耳とか生えてますし……」

「さぁ俺にもわからん」

「んー? あ、ラグイルもしかして僕みたいな形したのと会うのは初めてかな。そりゃ警戒もするかぁ。だって君たちからしてみれば愛玩用の獣の耳が生えてるわけだしだしねぇ。まぁ、でも大丈夫だよ。僕は君たちに危害を加えることなんて出来ないから」


 両手をひらひらさせたり、耳をぴょこぴょこさせながら少年のような王様は無害を弁ずる。


「あぁ、この服装も訝しい原因かな。よしよし、そういう事なら━━━━」


 瞼を閉じ聞き取れない言葉を紡ぐ。光が集まり王の身を包む。そんな様子を俺とポンコツは興味深く見守る。対して佐伯は動じることなく今朝方から持ち歩いている文庫本に視線を落としたままだ。そろそろ読み終えるんじゃないかそれ。


「うん。久し振りだしこんなもんかな。これならどうだい?」


 やがて集約した光が弾け先程の布切れ一枚とは打って変わり、膝下ほどの丈の黒ズボンと柄シャツの上に白のジップアップパーカーを纏った姿が現れた。一部のお姉様方のハートを粉砕しそうなビジュアルで。


「……ショタっ子?」

「しょた、というのが何を意味するかは分からないけど、お気に召したのなら良かった」

「いや別にお気に召したわけではないですけど」


 どうやらポンコツはショタコンというわけではないらしい。


「というか椿は魔女だから良いとして、雫は僕を見ても特に驚かないんだね。さては一回、誰かと出会っているのかなぁ? でも一体誰だろう。僕らは基本的には絶滅したような弱者だし、生き残りがいるなんて話も聞いたことないしなぁ。むむ、もしかして僕が知らないだけで何人か生きているのかな。ほぉ、この僕に通達もなく生きているとはいい度胸じゃぁないか」

「……俺が出会ったのはメルムと、古代種の成れの果てだ。何か共通していることがあるのか?」

「あぁ残念、成れ果ての方か。うん。あれは元々僕ら獣人だった奴らだ。だから僕と同じような耳と尻尾がある。ただメルムっていう名前は知らないなぁ」


 仲間がいないことが当然だと言わんばかりに王は自嘲する。かつての隣人について俺が知っていることは少ない。どれだけ調べてみても、それに関する目ぼしい情報は見つからないのだ。意図的に隠されているとも感じるし、見つからないことが正しいと言われている気もする。俺に関することを校長たちが頑なに開示しないのと同じように、恐らく目の前に王に聞いた所で教えてはくれないのだろう。


「それで、こんな辺境に何の用があってきたんだい? 流刑にしては酷すぎるというか、ここを選んだやつの腹黒さを疑うというか。いやもうなんか尊敬するよね」

「俺らは時ヶ峰の魔女から命令されて、始まりの魔女の忘れ物を取りに来たんだ」

「時ヶ峰、というと時計台のある所かな。ふぅん、あそこを治めた彼女が今更ドミナの物を必要とするなんて、ちょっと考えられないなぁ。うぅん、かと言って袖から見てるだけの僕じゃ壇上の事はわからないしなぁ」

「あぁ、それなら彼女から封書を預かっているわ。着いた先で一番最初に会うやつに渡せばいいって言われていたんだけれど、完全に忘れていたわ」

「……そういうのは忘れないで欲しいなぁ」


 王様、あっけからんと瞬き三つに苦笑い。分かるぞ。だがこれが佐伯だ。一人だけ時間軸が違うかのように生きている。マイペースここに極まれりだ。


「飯ヶ谷くーん。何かしらぁ?」

「……何でもありません」


 佐伯、お前のそれは世界で一番信用ならない笑みだと思う。口が裂けてもこんなことは言えないが。


「はぁぁ、なるほど。道理で向こうも騒がしくなってるわけだ。それは確かにアレが必要になってくるよねぇ。でもそれならアイツが自分で取りに来るべきじゃ、いやそうか魔女除け張ってあるんだっけここ。あぁー、なるほどねぇ。だからこの三人なのか。ほうほう」


 この王様、独り言が物凄く多いぞ。振る舞いといいやけにコミカルな口調といい、良い意味で王様らしくないのだ。それに敵意が一切感じられない。天使と悪魔と魔女の警戒を掻い潜り、突如として背後から心臓を抉るように登場した彼は見間違いだったのかもしれない。


「よしっ! 大まかな事情は把握したよ。いやはや君たちも大変だねぇ」

「話が早くて助かる。それで、始まりの魔女の忘れ物っていうのは何処にあるんだ? 探ってみたがここには何もななかったんだが……」

「そりゃぁ見つからないよ。というか見つかったら困っちゃう。それがたとえ魔女の探知だとしても、ここにいる限りは何も見つからないさ」

「つまり、ここの結界は魔女のものではないのね」

「そうだよぉ。ここの魔女除けは大昔に張られた物だからね。ま、兎に角着いてきなよ。ここは僕じゃなきゃ案内出来ないからね」

 

 小さな背の後を追っていく。鬱蒼とした森の中を王は軽やかに進んでいく。特に目印になるものもなければ、木々に傷をつけているわけでもない。ポンコツだったら絶対に迷うような場所だなここ。


「さ、こっちだよ」


 手招きされるがままに五分ほど歩いただろうか。俺たちの目の前からは鬱蒼とした草木が消え、陽の光に照らされた空洞が鎮座している。よく見るとそれは階段のようだ。下に降りるための階段を中心にしてここだけ草木がなくなっている。上から見た時にはこんな空間はなかったはずだ。

 王は朗らかに微笑み階段を降りていく。それに続くようにして俺たちも階段を降りた。数にして数十段程度だろうか。長くもなく短くもない距離を下に降りると不思議な空間が広がっていた。石畳の壁には所々に何かが描いてある。文字ともとれるし絵ともとれる。そうだ。この感じは最近よく身にているものだ。


「迷宮なのか……?」

「お、正解だ。そう言えばさっき言ってたね。何番だい?」

「十六番目に何度か足を運んだんだ」

「十六、というとキュニアスか。ふむふむ。それならまぁ、龍殺しは既に入手済みかな」

「一応、貰ってはいるが……」


 脈絡のない問答に思考がエラーを吐き出しているものの、王は構うことなく矢継ぎ早に続ける。


「早めに出しておいた方がいいよー。何せここは()()()()()()()()()()()()


 その言葉と共に空気が重く唸り出す。石の壁が軋み、落ちる砂礫の数が目に見えて増していく。


「うぉっと! ちょ、これヤバいんじゃないですか! いや聞かなくても相当ヤバいですよねこれぇ!」

「落ち着きなさい。天使ともあろう者がいの一番に慌てふためくなんて品がないわよ」

「いやいやいやいや、てんじょ、天井落ちてきてますって! そんな文庫本に視線落としてないで上を見ましょうって!」


 あわあわと佐伯の身体を揺さぶるポンコツを風下にして、黒く重い風が吹く。風上にいるのは小さな王。爛々と輝く瞳に悪魔の姿が映る。王が言う。重圧を振り撒き、見違えるように獰猛な笑みを浮かべながら。


「さてさて生者よ。突然だが試練の時だ。いやぁ、ここに着いてから長く時間は経っていないだろうけど、試練なんて物は誰に対しても平等にして唐突に訪れる物だ。運がなかったと捉えるかその逆と捉えるかは任せるけれど、大人しく覚悟を決めて欲しいかなぁ」


 未だ状況を飲み込めない俺たちを諭すようにして王が告げる。

 その瞳は紅く、紅く獰猛に輝き三つの種族を見下ろす。審判を下す裁定者のように。


「降り注ぐ厄災を祓い、汝らの強さをここに示し給え」


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