三十二羽目
「飯ヶ谷さん……」
「なんだ」
「もう、無理です……」
「あ、こらそっちの手を離すな!」
真上に昇る太陽がジリジリと体力を奪う。おかしい。今日は休日だったはずだ。それなのにどうして肉体労働をする羽目になっているんだ。
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寝て起きてを繰り返していると何度目かの夏が来た。正直に言おう。俺は夏が好きではない。理由は至って明快で、ただ純粋に暑いからだ。暑さは思考を乱すし、何もしていなくとも体力がごりごりと音を立てて削られていく。そんな中でも変わらず働く人間様方、恐るべし。
『さて、今年は珍しく梅雨が短く今日から夏日となります。みなさん水分補給忘れないでくださいね。それでは今日も元気に行ってらっしゃい!』
「……はぁ」
いつものお天気キャスターの一言を聞くだけで溜息が溢れてしまう。額に汗をかきながらも、普段通りの笑顔で語りかける姿勢は見習わねばなるまい。届くはずのない拍手を心の中で送る。
「朝っぱらから憂鬱そうですねぇ」
「そりゃこんだけ暑ければ誰だって憂鬱だろ」
「そうですか? 私は気になりませんけど」
そういうポンコツは確かに汗ひとつかいていない。冷房はついさっき点けたばかりで、この室内は動かなくとも汗が吹き出る暑さだ。俺だってアイスコーヒを啜りながらも汗は止まってない。だというのに目の前の天使様はこの暑さを意に介していらっしゃらないようで、朝から洗濯をしたり朝食を作ったりと動き回っている。
「ほらほら、朝ごはん出来ましたからソファで溶けてないで食べましょうよ」
「なんでお前は平気なんだ……」
「飯ヶ谷さんが弱過ぎるだけじゃないですか?」
「その言葉、逆にして返すぞ」
グラスに残る黒い液体を一気に飲み干す。洗練された深みが冷気となって身体の熱を中和していく。けれども今日の暑さは天下無敵のアイスコーヒーでさえ敵わず、立ち上がった瞬間に再び暑さが俺の身体を支配した。
「うへぇ」
「もー、だらしないですよ。せっかく今日は私が作ったんですから、味わってもらわないと困ります」
腰に手を当てポンコツはやれやれと首を振る。しっかりしろ俺。天使に呆れらるほど落ちぶれてはいないはずだ。そんな姿を親父にでも見られたら殺される。暑さぐらい根性で乗り切れとか絶対言われる。それはそれで苦い思いをしそうなので、足腰に今一度力を込める。今日の朝食はポンコツのセレクト。はてさて一体何が出てくるのやら。
「朝がパンじゃないのは久し振りだな」
「昨日の残りを食べ切らないといけませんからね。ただでさえ気温が高いですし」
「なるほど」
目の前に広がる朝食は平日よりも手が込んでいる。平日の朝は特に時間がない。ポンコツは朝に強い方でもないし、俺は俺で日課がある。そうなると仕方なくというか、必然的にというかどうしても簡単な物になってしまう。その結果がトーストだったりするわけだが、休日ともなると話は別だ。時間に追われなくて済むのだから少々寝坊しても問題はないし、今日みたいに早く起きてしまったならやれることが増える。だから今日は焼き魚に味噌汁、卵焼きにご飯としっかりと食べられるのだ。
「ご飯が昨日残ったのもありますが、たまには和食もと思ったんですが……変ですかね?」
「そんなことはないぞ。美味しそうだし、作ってもらってる側が文句なんて言えん」
「へへっ、なら良かったです」
はにかみながらポンコツは手を合わせる。五日間の平日に対して二日間の休日というのはいささか割に合っていないような気がする。それに文句を垂れ流しながらも人間は働いているのだから、凄まじいんだか諦めがいいんだか分からん。
程よい塩加減の焼き魚が白米と良くあう。味わえば米はかなり甘味を含んでいる。それが塩っけと合わさると何も考えなくとも箸が進む。自分で作った時も美味しく感じるが、誰かに作ってもらうと自分の味とはちょっと違ったりして新たな発見がある。俺は卵焼きを塩多めにするが、ポンコツは砂糖多めらしい。これもこれで悪くないな。
「ふぃー、美味しかったー!」
「また料理が上手くなったんじゃないか?」
「飯ヶ谷さんに言われてもなぁ。まだまだ飯ヶ谷さんには敵いませんよ」
「そうか? かなり俺の味に似てきたと思うぞ」
「そりゃ毎日同じ台所に立ってますし、嫌でも覚えますよ」
朝食の片付けも済み、二人してお茶を啜る化物達。かつての、それこそ終末を生きていた化物達はこの光景を想像すらしていなかっただろう。殺さなければ自分が殺されてしまうのだから、安寧を興ずる暇なんてあるはずがない。そんな世界をここまで平和にしてくれた大神には少し感謝しないとな。
「あれ、飯ヶ谷さん携帯鳴ってません?」
「本当だ」
テーブルの隅に置いてあった端末を引き寄せると、画面には今は見たくない文字列が表示されていた。とは言え着信拒否をしたところで電話主はにこやかな顔でここまで来るだろう。つまりこの着信を取るか取らないかは、天秤に掛けるまでもなく答えが出ているのだ。
「……お前から連絡が来ると嫌な予感しかしないが、急用か?」
『そんなに警戒しないでよー。今から学校に出てこられる? あ、もちろん姫路ちゃんも一緒に』
「別に構わないが、一体なんの用だ? このクソ暑い中で労働なんてさせられた日にゃどうなるか分からんぞ」
『いやいやそんなに大変なことじゃないさ。それこそこの暑さを皆で和らげようってだけさ』
胡散臭く声の主である泰樹は言う。こいつのそんなにという言葉に何度騙されてきただろうか。思い出すのもごめんだ。
「で、何をするんだ。それが分からなきゃ行くにも行けん」
『流しそうめんだよ!』
####
泰樹に言われた通りにポンコツと学校へ向かう。制服で来いと言われたので、もう普通に登校しているようで憂鬱さが頂点を突破してしまった。全く、休日に呼び出されても得られる物はありませんでした。なんてオチになったら三角絞めでも決めてやる。
「いやぁ、にしても流しそうめんですか。懐かしいです!」
「懐かしいって、ポンコツどっかでやったことがあるのか?」
「はい。実は天界の方で何度か」
「ほぉ」
「大神様も暑いのが苦手らしく、お仕事でこっちに来た後なんかは皆で集まってやってましたね」
目の前の天使は暑さに強く、それを統べる大神様は暑さに弱い。しかも解消法が流しそうめんだとは、なんとも人間らしいことをする神様だ。まぁポンコツだけが特殊で、他の天使は普通に暑さに弱いのかもしれない。なにせ上にも下にも地上のように四季は存在していないのだから。他の天使と言えば、前に会った愛想のない天使は元気だろうか。名前は確かアリエルとかだったか。花言葉を学べと言われた気がするが、正直学ぶ意欲は全く湧いてないんだよな。
「あ、来た来た。おーい雫、こっちこっちー」
「言われた通りに来てやったぞ。わざわざ、休日に、この暑い中な」
「そんなハッキリと言わなくても……」
「なんやぁ、飯ヶ谷はんと天使さんも来はったん? 材料足りひんかもなぁ」
「私が買い足してきましょう。費用は校長に付けておくので」
「おいおい塁さん?」
正門をくぐり時計台のある中庭まで来てみれば、思いの外賑わっていた。制服に身を包んだ一般生徒に混ざってよく見る顔ぶれもちらほらと見受けれらる。もしかしてこのイベントって実は周知の事実で、知らなかったのは俺とポンコツだけだったのだろうか。いやそんなお知らせは無かったはずだ。プリントも貰っていない。貰ってない、よな。
「わぁ、みんな楽しそうですね! でもあれ? これって事前に知らされてましたっけ?」
「あー、お知らせは一般生徒にしかしてないよ」
「ならどうして俺らを呼んだんだ。薬師院や九重なんかもいるじゃないか」
「それはもちろん君たち化物に手伝ってもらうためだよ!」
「は、手伝い?」
「おい泰樹。お前アタシに仕事投げてお喋りとは随分な立場だな? え?」
「まぁまぁ校長。ちょうど今、戦力を追加したんですから。それでチャラにしてくださいよ」
珍しく校長が汗を流しながら泰樹に詰め寄っている。時ヶ峰の魔女を知る化物であればこれがどれほど異質なことか瞬時にわかるだろう。もちろん泰樹に詰め寄っていることではなく、あの魔女が汗を流していることだ。しかも疲弊している。この状況を見た奴は明日にでも世界が滅びるのではないかと錯覚するだろう。今の俺がそうだ。
「校長、なんか疲れてませんか?」
「おぉ、飯ヶ谷に姫路よく来たな! 助かる!」
「いや待て。勝手に肩の荷を降ろすな。その前に説明しろ? なんだ。明日から世界は白紙に戻るのか?」
「何言ってんだお前? 馬鹿なこと言ってる暇があんなら手伝え」
「だから手伝うって何を……」
「あ? 見てわからんのか? あれだよ」
疲れているからか普段以上に口が悪い校長が指差した先には、大量の竹が積まれていた。この竹、裏山から持ってきたんだろうな。ナトゥーラ、対抗戦の補修もまだ終わってなさそうなのにコキ使われて可哀想に。
「あいつを可哀想と思っている暇はないぞ。お前らも今から可哀想な目に合うんだから」
「え、私たち今から可哀想になるんですか!?」
「ははっ、まぁ校長の言葉は脅し文句みたいなものだから気にしなくていいよ」
「おい泰樹、あとは任せていいか? 私は少し休む」
「了解しました。頃合いを見て呼びに行きます」
助かると一言残し校長は消えた。その背中が妙に年老いて見えたのは心の奥に閉まっておこう。
「じゃ、そろそろ始めようか」
「待て待て、まだ何も理解してないんだが? 始めるって何をだ?」
「何ってそれはもちろん━━━━」
快晴の下、その化物は死刑宣告を笑顔で告げる。
「流しそうめんだよ!」
と言うわけで話は冒頭に戻るのだ。泰樹の話をまとめるとこうだ。元々一般生徒には今日は流しそうめんをすることを告知してあったらしい。それを記したプリントを配布したのは対抗戦の日だったようで、俺やポンコツが知らないのは当然である。じゃどうして事前告知されていない行事に呼び出されたかというと、流しそうめんをするにあたって必要な竹を割ったり材料を調達したりと生徒会の手伝いをさせるためだ。要するに雑用である。あの電話で泰樹は大変なことではないと言っただけで、労働ではないと言ったわけではない。落ち度はこちらに付けられてしまうのである。
「飯ヶ谷さん……」
「なんだ」
「もう、無理です……」
「あ、こらそっちの手を離すな!」
直射日光が皮膚を焼く中、俺とポンコツは竹を割り組み上げている最中だ。この量の竹で流しそうめんしようとか言い出したやつ馬鹿だろ。無駄に高低差があるから下の方はしゃがまなければ結べないし、上の方は上の方で少し高いから届かないし、かと言って一般生徒のいる前で羽は出せないから脚立を使わないといけないし、本当どうしてこうなった。
「おぉ〜、結構いい感じになってんじゃん」
「……九重、手が空いてるなら手伝ってくれ」
「えぇ、やだよ。疲れるし。ほら頑張れ頑張れ。あ、そっち解けて来てるじゃん」
「お前、本当にいい性格してるよな」
「そりゃどうも」
ふつふつと込み上げる怒りを固結びすることに向ける。この竹、魔力で固定した方が早いんじゃないか。
「で、なんだ。冷やかしに来ただけか?」
「んあ? 違う違う。東から伝言持ってきたんだよ」
「伝言?」
「そう。今やってる場所が終わったら休憩していいってさ」
「あの野郎、強制的に働かせておいて労る言葉すらないのか」
「それに関しては同意するわ。てかアンタ、最近妙に落ち着いてない? 前はもっと気怠げにしてながらすっごい殺気だして孤立してたじゃん」
「そうか? 全く自覚ないんだが……」
「あぁー、自覚ないんだ。そんな状態のやつに刀折られるとかアタシの腕が鈍ってんのかねぇ」
「飯ヶ谷さーん、ちょっとはこっちも手伝ってくださいよー!」
「ほらほらアンタの天使様がお呼びだよ。さっさと行ってやんな」
「はぁ、仕方ない」
情けない声を上げるポンコツを手伝うべく適当に残りの紐を結び、腰を上げる。長く座り込んでいたからか、ポキポキと骨が鳴る。
「ま、アンタも色々と大変だろうけど頑張りなよ」
「今が一番大変だよ」
そう言残しポンコツの方へと足を向ける。最後に九重が何かを言っていた気がするが、周囲の喧騒で聞き取れなかった。
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「アンタを変えたのは良くも悪くも天使様かねぇ」
九重忍は駆けていく背中を眺めながら呟いた。彼女の目に写るのは平和ボケした日常。かつて憧れた一日そのものだ。
「まぁー、アタシには関係のない話だよなぁ。てかアタシもアタシでしなきゃいけないこと山積みじゃん」
「そんなに気構えなくても良いと思うけどなー?」
「うおっ、東!? 何しに来たんだお前!」
「何って君がちゃんと雫に伝言してくれたか確認しに来ただけだよ?」
「けっ、適当なこと言ってんじゃねぇよ。大方アタシの監視だろ? 仕方ねぇよな。今も昔もアタシらは要注意人物なんだしな。けど安心しろ。何もしねぇよ今日は」
手で追い払う仕草をするも、隣に佇む化物はへらへらと笑っているだけだ。この笑顔が信用ならない。
「一族にせよ個人にせよ、僕らも長く生きすぎたからねぇ。この場面が幻想的に思っちゃうのも当然のことだよ」
「……どういう意味だよ」
「そのままの意味さ。君だってこういうの憧れてたでしょ? 九重も例外なく裏側の住人だったんから」
「それ以上喋んな。せっかく手伝ってやってんだから、アタシの気分を下げるような言動取るんじゃねぇよ道化」
そう言い残し、九重忍は去って行った。複雑そうな表情を浮かべたまま彼女は一般生徒の中に紛れていった。
「僕が道化だというのなら、誰だって道化だと思うんだけどなぁ」
東泰樹は、信仰の白鯨は空を仰ぐ。今はもう出会うことさえ叶わない主を思い空を仰ぐ。過去とは辛く苦しい物だ。思い出した所で悲しんでしまう。それならばと切り捨てて忘れてしまおうと試みたが、どういうわけか一向に忘れらる気配がない。むしろ日が経つにつれ記憶は深く根付いていくようだ。彼の素性はあまり知られていない。断片的に知る者こそ多々いれど、その全容を知る者は限られている。
「平和になったもんだよ。全く」
「あぁー、東さんだ!」
「ん? どしたの姫路ちゃん」
「飯ヶ谷さんが終わったから東さんを呼んで来いって」
「え、もう終わったの? 凄い!」
「頑張りましたからね!」
「いやはや本当に終わって欲しくないなぁ……」
「おりょ、何か言いましたか?」
「なんでもないよー。それよりほら早く雫の所に行こうか。急がないと怒られちゃうし」
白鯨は思いを馳せる。今は亡き主へ向けて。貴方が僕に見せたかった景色は、とても素敵な物でしたと。
####
朝起きた時点では休日出勤ご苦労と言っていた俺が、まさか休日出勤する側になるとは思ってもいなかった。もうやだ。今すぐ帰って冷房の付いた居間で昼寝したい。
「おぉ、これまた予定以上に仕上げてくれたね!」
「お前、この労働に対する対価は支払われるんだろうな? 無賃労働だと訴えるぞ?」
「大丈夫だいじょうぶ。そこら辺はちゃんと考えてるからさ。取り敢えず竹は組み終わったから一旦本部に行こうか」
「本部?」
「行事に本部は必須だからね。ちなみに今回も構成員が全て化物です」
「この学校、大丈夫か?」
なんで一般生徒主体の行事じゃなくて化物主体なんだよ。そう突っ込みながらも本部の方へと連れらると、そこには本当に化物しかいなかった。
「飯ヶ谷一人を連れて来るのにどれだけ時間をかけてるんですか? 舐めてるんですか?」
「どうどう塁。まだ五分も経ってないよねぇ!?」
いつもと変わらず朝比奈に詰め寄られる泰樹。この二人、立場的には泰樹の方が上なのにどうしてこうなっているのだろう。
「対抗戦以来やなぁ、飯ヶ谷はん」
「そりゃまぁクラスも違えばな」
「はぁ、今日も天使さん可愛いわぁ」
「い、言っときますけど薬師院家には入りませんからね!」
「……しゅ〜ん」
「鈴、落ち込んでる」「鈴。へこんだ」
「なんだお前らも来てたのか」
腰元に視線をやれば相変わらず感情表現の乏しい双子が薬師院を指さしていた。アーラとペンナが制服を着ているのは斬新というか新鮮というか、違和感が凄い。自立人形にとって服とは製作者が初めて贈る物だとかで、常に同じ服を着ているからな。
「お兄様の側にいるのは必然的」「お兄様の側にいるのは確定的」
「飯ヶ谷さんよっぽど慕われてますね」
「これでも随分マシにはなってんだけどな……」
最初の頃は帰り着いたら部屋の中に、なんてこともあった。何をもって俺をお兄様と呼ぶのか気になって何度か聞いたが、同じ答えが一語一句違えず返ってくるので諦めたのだ。
「はいはーい、みんなお待たせしましたー。準備出来たんでそろそろ始めようと思いまーす!」
その一声を皮切りに対面側から歓声が上がった。何事かと振り向くと、泰樹が壇上に立ち麺つゆを掲げていた。どうやら流しそうめんが始まるらしい。しれっと校長も混ざってるし。各生徒が定位置に着いていく。この学校こんなに人数がいたのか。そしてこの数を仕切る校長。うん、よく学校として成り立っているなここ。
「じゃ、流すよー!」
泰樹が脚立に登り、そうめんの束を竹に流していく。程よい速さで流れ落ちるそうめんを彼らは楽しそうに箸で掴みにいく。取れたら嬉しそうで、取れなくても楽しそうだ。
「飯ヶ谷さん飯ヶ谷さん! いーいーがーやーさんっ!」
「そんなに何度も呼ばなくても聞こえてるって。あぁ、袖を引っ張るな伸びる!」
「早く私たちも行きましょうよ! じゃないと無くなっちゃいます!」
右手に割り箸、左手に紙コップを持ちぴょこぴょこ飛びながら制服の袖を引っ張るポンコツ。これ尻尾とかあったら勢いよく揺れてるんだろうな。
「大変どすなぁ」
「んな微笑ましく見てるぐらいならお前が面倒見てくれよ……」
「そうは言うても、天使さんがうちから逃げてしまうさかいねぇ。ほら、はよぉ追いかけんと見失いますぇ」
薬師院の指差す方向に視線を向けるとポンコツが一般生徒の中に埋もれていた。ただでさえ小さめな身長なのに、あんなごちゃごちゃした場所に乗り込むのは無謀過ぎる。少しはじっとしてられないのかあいつは。
「あの馬鹿。悪い薬師院、ちょっと行ってくる」
「ほんならこれも持って行き。あんさんの分や」
「いや俺は別にいらないんだが」
「労働の対価としては十分やない?」
「……まぁ、一理あるな。というか妥当だな」
確かに休日に肉体に鞭を打ち設営したのだから、俺もこの行事に参加する資格はあるだろう。丁度良く腹も空いて来たことだし、しっかり食ってやるか。
「飯ヶ谷さーん」
「はいはい分かった。今行く」
周囲に埋もれてもはや腕しか見えない天使様。割り箸を持ったまま腕を大きく振るのは非常に危険なので止めて頂きたい。人混みを掻き分けながら進むとポンコツは、紙コップの中にあるそうめんを睨んでいた。さっきまでの元気さは何処に行った。
「何してんだ。食べないと伸びるぞ?」
「飯ヶ谷さん、これ凄いですよ。美味しいすぎますよ」
何かに驚愕しているようなポンコツを訝しく思いながらも、眼下を流れるそうめん捕まえ食べてみる。
「おぉ本当だ。美味いなこれ」
しっかりコシがあり、喉越しも良い。何よりつゆと良く合う。毎年一人で食べていたそうめんよりも格段に美味い。やるな生徒会。ここまで良い物を用意されているなら休日出勤も許せてしまう。正当な対価としてこれは受け取ってやろう。
「いやぁ、楽しんでくれてるようで良かったよー」
「これに免じて今日のことは見逃してやろう」
「麺だけに?」
「アホか」
よし、やっぱり後でしっかり賃金を請求してやろう。
「どうでも良い質問なんですが東さん。この行事にかかってる費用って何処から出てるんですか?」
「んなの私のポケットマネーに決まってるだろ」
ズルズルと麺を啜りながら校長が横目に言う。そうだこの魔女稼いでいるんだった。あまりに校内での素行がアレだからすっかり忘れていたがこの魔女凄いんだった。現段階での最強の魔女とか大層な二つ名を冠しているんだった。
「飯ヶ谷お前、ちょくちょく私に喧嘩売るよな?」
「気にし過ぎなだけじゃないか?」
ズズー。決して校長の方は向かずにそう言う。いやぁ、働いた後のそうめんは美味いなぁ。
「ありがとうございます校長!」
「お前は良い子だなぁ姫路。ほら飯ヶ谷お前も見習えよ。てか姫路以外の奴らは私に礼の一言もないんだが? どういうことだ? え?」
「まぁ、仕方ないですよ」
「その口を聞けなくなるぐらい仕事増やしてやろうか泰樹?」
「横暴だぁ」
などというやり取りが行われている間、ポンコツは一心不乱にそうめんを食べ続けいた。これだけ食べても夜はまた沢山食べるんだよなこいつ。もしかしたら魔力量は食べられる量に比例するのかもしれない。仮にそうだとするならば、後天的に魔力量を増やすことも可能だろう。ただ食べれば良いだけなのだから。まぁ、こんなアホみたいな仮説、説としても成り立ってないよな。止めた。こんな時にまで考えるぐらいなら、この美味しさをもっと楽しもう。そう思い直し、満足気なポンコツの隣で俺も働いた分をしっかりと食べるのだった。美味い。




