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天使様はポンコツです  作者: trombone
30/42

二十七羽目


 色の濃い緑に隠れるのは魔力で見つかりにくいから。遠距離から撃ち合う際に分かりにくいから。とは言うものの、周辺を爆破されてしまえばそんな思考も関係なくなる。


「くっそ泰樹だな。ここまでぶっ放してくるのは!」

「あ、飯ヶ谷さん!」

「ポンコツ!?」


 立ち込める煙を手で払いながら視線を上に向けると、例にもよってにこやかに手を振る泰樹がいた。そしてそのすぐ傍にポンコツがいた。ポンコツは俺を視界にいれるやいなや、瞳をキラキラと子供のように輝かせ、ふよふよと降りて来た。

 最悪だ。こいつと鉢合わないように今までひっそりしてきたのに、さっきの一撃で全てが無駄になった。恨むぞ泰樹。


「遂に見つけましたよ……!」

「おい待て。落ち着け。目が本気だぞ?」

「最初から本気でいくつもりですが?」

「そんな小首を傾げられてもなぁ…………いいか、俺はお前と戦うつもりは一切ない。点が欲しけりゃやる。だから関わるな」

「ノンノン。甘いですねぇ飯ヶ谷さん」


 人差し指を横に振りながら呆れるようにポンコツは言う。


「どういうことだ?」

「良いですか。飯ヶ谷さんの考えなんて関係ないんですよ。私が戦いたから戦うんです。拒否権はありません。以上!」


 絶句。なんだその自己中心的な思考回路。前々から戦闘狂かそれに準ずる類の馬鹿だとは思っていたが、まさかここまで酷いとは思ってもみなかった。


「まぁつまり、飯ヶ谷さんがその気でないのなら、意地でもその気にさせようって事ですね!」

「全くもって意味が分からない」

「と、言うわけで」


 ポンコツは高々と右手を掲げる。そこから行われるのは天使の宣言であり、悪人が目にすれば光に裁かれ、善人が目にすれば光の加護を得られると言われた残酷なまでの審判。あぁ、どうしてこんなに大仰な宣言をここで聞かなくてはならないのか。


「神から人への御使いが一人。我が主との契約に従い、今ここに門を開く。我が名はラグイル。世界と光に復讐せし者──」


 空に大きな陣が架かる。唸るようにうねりながら魔力を解き放っている。それはミルクのように濃密で、蜂蜜のように甘く、泡のように弾けて降り注ぐ。ただしそれは他の誰の物でもなく、ポンコツの、天使ラグイルだけの魔力。


「……準備は整ったとでも言いたそうだな」

「えぇ、そうですよ。私は今から戦うんです。世界で一番戦いたい悪魔と、貴方と戦うんです」

「俺としてはお引き取り願いたい」

「天使が宣言までしたと言う事は、もう後には引けないんですよ。そこら辺は飯ヶ谷さんの方が詳しかったりするんじゃないですか?」

「だからこそって話だろうが」

「えっへへ。でももう駄目です。宣言しました。決めました。ですので飯ヶ谷さん」


 ここ数ヶ月をこいつと二人で過ごしてきた。その中で色んな事に目を輝かせ感情を昂らせていた。そして今、初めて見るような瞳の輝きで、さながら恋する乙女の表情で、掲げた右手を勢いよく振り下ろしてこう言うのだ。


「心置きなく試合ましょう!」


 あぁ、試合が死合いに聞こえて恨めしい。こうなってしまっては、逃げに徹したところで早々に捕まるのがオチだ。宣言とは天使にとって絶対的な言葉であり、それを覆すのは容易なことではない。だからもう、仕方がない。そう思い魔力を循環させ先制の一発を放つ。



















 ────はずだった。



















 だが実際には俺が放つよりも先に、何かがポンコツを穿った。


「────!?」

「ポンコツ!」


 叫ぶ俺の視界の隅に紅と黒の異形が姿を為す。いつかの迷宮で見たのと類似する姿。そして説明のつかないデタラメな魔力。俺はこれを知っている。楔を冠す精霊からその名を聞いた。


「何で、ここに……?」


 存在してはならない。いるはずがない。暴力の塊。そんな翼のもがれた不確定な姿と目が合う。静かに、そして深く澄んだ黒の瞳。一切の表情の読み取れない口元。それは楔を冠した精霊が叫んだ者。


「古代種──!」


 その昔、人の隣には愛すべき隣人がいた。今となっては忘れ去られてしまった獣の姿をした隣人がいた。だが彼らは、人間に全てを裏切られ姿を消した。そんな昔話を今を生きる人間が知っているはずはない。なにせ、俺を含めた大半の化物でさえ詳しいことは分からないのだから。


「今すぐそこを離れろ雫!」

「───っ!」


 ボンッと低い音がした。鈍い音がした。考えるのが馬鹿らしくなるくらいに高密度な魔力の塊が、声に従って右に踏み込んだ俺の真横を通り抜ける。地面が抉り削られている数秒前の場所に戦慄する。泰樹の声が無かったら、俺は跡形もなく塵となっていただろう。


「助かった泰樹」

「大丈夫そうだね。それにしてもどうしてアレが……」

「何か知っているのか?」

「まぁ、少しね」


 上空に逃げた先にいる泰樹は険しい目つきでそう言った。


「キュニアスも言ってたが古代種って何だ? あれは化物なんて箱で括えるやつじゃないだろ?」

「化物でもなんでもないさ。アレは人間の欲にあてられた隣人の末路。天使と悪魔の成れの果てだよ」

「天使と悪魔の、成れの果て……?」


 片翼しかない化物とは別の生き物。うねうねと形を成さない不安定な基盤と再び目が合う。


 それはゆらりと左右に揺れ、読み取ることの出来ない口元をゆっくりと動かした。


『見つけた』


 ゾクリと背中から刺された気がした。後ろから殴られた気がした。それでも俺は元凶の紅い瞳から逃れることが出来ない。金縛りにでもあったかのように指一つ動かせやしない。全身から嫌な汗が噴き出して止まらない。少女のように可憐な声とも、少年のように無邪気な声とも、憎悪を宿した殺人鬼のようにもとれる声。それが俺を内側から喰らい尽くしていく。


「気を付けて雫。あれは恐らく校長も把握していないから」

「知っていたら一層タチが悪いだろうが」


 あの魔女は確かに性格が悪いが、時ヶ峰に悪影響が出ることを極端に嫌う。だから校内での魔法の使用も禁止しているのだ。一般生徒にその存在を認識されることはもっともだが、それ以上に普段魔力を扱わない生徒が密度の濃い魔力に当てられると、どんな影響が及ぼされるか分からない。運が良ければ何もないで済むことだが、そうでなければ死んでしまうだろう。あの魔女はそれを時ヶ峰の管理者として見過ごせないのだ。


「──さて」


 意識をアレから途絶えさせないようにしながら、大きく息を吸って吐く。

 一度状況を整理しよう。俺はポンコツに見つかって、不承不承、戦闘を強いられることになった。だが反撃の一発を放とうとしたところで、俺ではない何者かの衝撃がポンコツを攻撃した。弾き飛ばされたポンコツは向こうの樹の下で気を失っている。俺は泰樹の一声で何とか回避し、上空で背筋の凍る歪な魔力を睨みつけている最中だ。

 あぁ、分からないことだらけだ。それに加え、アレは確かに俺を見つけたと言った。正直、理解は出来ない。とは言え仕掛けてきたのは向こうだ。


「それならこっちもやり返さないとな」

「……雫って割と喧嘩っ早い所もあるよね。あ、それとも何か別の理由?」

「いや、やられたままじゃ終われんだろ」

「まぁ、それもそうだね」

「何を難しい顔をしているのか分からんが、泰樹は準備してくれ」

「了解。でも具体的にどうするの? アレに対して左右から挟み撃ちしても意味なさそうだけど?」

「挟み撃ちなんてするかよ。ただ純粋に真正面からお帰り願うだけさ」


 どうせ俺の力じゃ何をやってもアレには勝てない。迷宮で初めて出会った時のような力が使えれば、有効打ぐらいは与えられそうだが、不確定要素が多すぎる。ともすれば現状、泰樹に期待するしかない。


「行くぞ泰樹。どうやら向こうも殺気立っているようだ」

「なるべく被害は抑えめにしてね」

「それはお前次第だ!」


 魔力の足場を思い切り蹴りだす。目指す先は当然、理解不能な化物。ただ突っ立ているだけの隙だらけなその腹部に向けて、推進力を加算した右拳を叩き込む。おいおいなんて硬さだよ。鉄板を殴ってるようだ。どんな様子で俺の拳を受けているのか見てやろうと顔を上げれば、ニコリとソレが微笑んだような気がして、とっさに後退する。嫌な汗が酷い。その一瞬で恐ろしいほどの死に方が見えた。アレはまだ何もしていない。ただ微笑んだだけだ。

 ゆらりゆらりとこちらを向く。不安定が靄は次第に形を固定化していく。それは切れ込みの入った獣のような耳をひと撫でし、ボロ切れのような翼を鬱陶しと言わんばかりに手で払い霧散させる。


「久しいな同胞。我らと同じ創り者よ」

「迷宮で会った奴とは違って話せるんだな。てかお前らみたいなのと一緒にするなよ」

「……覚えていないのか?」

「んな不思議そうな顔で聞かれてもな」

「ならば思い出せ」

「思い出す事なんて何もないって」


 黒い右腕が伸びる。それを左手で払い、同じように伸びた左腕を右手で払う。右を払えば左が伸び、左を払えば右が伸びる。一度捕まったが最後、俺は負ける。恐ろしいほどの死に方を見た。それはほんの数秒前のこと。それから執拗に死が迫ってくる。目の前から背後を舐め回すように俺を取り囲む。

 ただ腕を払っているだけ。親父と何度も繰り返した動作をなぞっているだけ。反撃の機会を待っているだけ。それだけだ。なのに。ただそれだけの事だというのに、嫌な汗が止まらない。耐えろ。落ち着け。目を閉じるな。息を切らすな。波を立てるな。落ち着け。落ち着け。落ち着け。

 度重なる攻防の末に俺は一つの決断をする。次だ。次で行こう。

 世界がゆっくりと回りだす。何十回目の右腕を払ったあと、これまた何十回目の左腕が来る。だが今度は飛んでくる左腕を自分の左側にいなした。受け流した力をそのまま自分の力に変換して、右足を下顎へ叩き込む。勢いはそのまま、振り下ろした右足を軸に逆方向の踵を同じ場所に叩き込む。全身に魔力を走らせた足技は当たれば脳が揺れ、立っていることが出来なくなる。そう思い描いた。


「いや硬すぎるだろ……」


 見た目は少し人間よりも大きいぐらいで老人だと言われればその通りだと認めてしまう。屈強かと聞かれればそうでもない。これよりも剛に偏った肉体を、俺は知っている。だがそれよりも硬い。とてもじゃないが硬すぎる。生物の肉はここまで硬化することが出来るのかと認識を改めなければならないのだろうか。いやそれ以前に、これを生物と見なしていいのかだけれども。


「気は済んだか」

「そうだな。悔しいが今の俺じゃアンタの遊び相手にさえなれやしないようだ」

「力量の差を推し量れる事は素晴らしいことだ。して、思い出したか?」

「生憎だが、何も」

「では連れて行こう」

「おいおい誤解すんなよ? 確かに俺はアンタに敵わないが、潔く負けを認めるほど馬鹿でもないぞ?」

「──左に避けろ雫!」


 二度目の声に従い左側に飛ぶ。刹那、おびただしい程の光が轟音と共に地を裂いて辺りを埋めつくした。

 静寂。煙の中に満ちる静けさ。泰樹が放ったのは、以前模擬戦だと言って俺に放った弾幕の強化版。これを受けて耐えていられのは化物でもそう多くはないだずだ。


「けどまぁ、そうは問屋が卸さないよな」


 ゆらりと影が再び揺れる。紅い目が輝きを増す。


「ははっ、この魔法。杖にも勝る質量。そうか。そうか。貴殿もここにいるのか白鯨!」

「……君みたいなのがどうして僕を知っているのかな?」

「貴殿の方こそ、我らを知っているのだろう?」

「……」


 泰樹は答えない。


「遺産を復元するのが当初の目的であったが、中々どうして運がいい。ここで白鯨に出会えるとはな」

「俺としちゃただの、それもとてつもない不運なんだが」

「力が戻っていないだけど聞いていたが、よもや記憶まで無くなっているとは思わなかったぞ同胞?」

「だから俺はお前みたいなのは知らないんだって」

「そうであろうな。だが我らは知っている。身を持って知っている、嫌というほど知っている。白鯨も同胞も」

「いい加減にそのお喋りな口を閉じてくれないかな?」


 心臓を握り潰されるような異様な殺気を右隣から感じる。


「ふん。貴殿がそうも取り乱すのは久し振りではないか。大戦以来か?」

「あの戦いで僕は君と戦った覚えはないけど?」

「そうだな。我ではない。だが我が兵が貴殿と相まみえた。一瞬で腕を切り飛ばされ首を刎ねられた」


 二人の話が見えない。こいつらはさっきから何を語っているのだ。大戦なんて単語で思いつくのは〝終末〟ぐらいだ。だがそれは天使と悪魔の衝突。そこに他の化物が介入していたなんて聞いたことがない。あの大神も、親父も。ましてや泰樹からも。


「なぁ、お前ら一体何の話をしているんだ? さっきから話が見えないんだが?」

「滑稽だな同胞よ。あの大戦の立役者でもある者がその功績さえ忘れ、こうして旧敵と手を組んでいるのだからな」

「───黙れ」


 光が集う。泰樹の体に白が集う。


「それ以上を僕の前で話すことは許さない」

「ふむ、貴殿らも大変だなぁ。そう必至になって躍起している姿は哀れを通り越して、最早愛いぞ。そういえば、先ほど吹き飛ばした天使。あれは何だ? 大戦の頃には見受けなかったぞ。また分けの分からぬ者でも創り上げたか? だがそれにしてはおかしい。他の天使と何ら変わらない匂いだ。新しく創った者とは到底思えんな。問おう白鯨。あれは一体───」


 何だ。そう問おうとしたのだろう。しかしその問いが完全に言語化される前に、俺を同胞と呼ぶ古代種は後ろに倒れた。目にも止まらぬ閃光。恐らくそれが走った。


「いいから黙れと言っている」


 普段は温厚な人が怒ると怖いとよく聞く。それを体現しているように泰樹は今までに見たことのない感情を静かに溢れさせている。


「……そうだ。その瞳だ。敵意と憎悪に満ち溢れ、純粋な殺意が染め上げるその瞳! 静けさの中に怒気を含んだその声。懐かしい。あぁ、久しいぞ白鯨ッ!!」

「だから知らないって言ってるだろ」


 立ち込める煙の中で、新しい玩具でも与えられた子供のように無邪気に喜び吠える古代種。意味が分からない。


「遺産の復元は後回しだ。殺し合いをしよう、白鯨よ」

「ごめん雫。沢山聞きたいことがあるだろうけれど、僕の口からは許可なしに話せない。だから取り敢えず姫路ちゃんを頼みたい」

「お前は、どうするんだよ?」

「そんなに心配そうな顔をしないでよ。僕を誰だと思っているんだい? 死なない程度に痛めつけるだけさ」


 普段通りに何事もなく泰樹は微笑む。信用していないわけではない。むしろその強さは身を持って知っている。だがそれでも必ず勝てるとは言い切れない。人間から考えれば化物は枠を大きくはみ出しているように、化物から考えてもアレは枠を踏み外しすぎている。


「さて殺し合う前に整地でもしようか。ここはどうも見通しが悪い」

「待て。何をするつもりだ」

「言っただろう整地をすると。白鯨よ、貴殿は荒野は好きではないか?」

「────今すぐ姫路ちゃんを連れて逃げろ雫!」

「これで終わってくれるなよ」


 三度目の声を聴く前に、体は既に駆けだしていた。白鯨も古代種も視線に入れず、ただ一人の小さな天使を目指して。


始まりの戦火(インフラマラエ)


 手を伸ばした。その瞬間、耳を奥からつんざくような爆撃音が辺りに響いた。

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