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天使様はポンコツです  作者: trombone
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三羽目

 春の麗らかな、やたらぽかぽかした空気を浴びながら、天使と悪魔は肩を並べて長い長い一本道を歩く。今俺たちが歩いている一本道は正門から真っ直ぐに延びている。この道の他に、正門から右側には恐ろしく高低差のある坂道があり、左側にはこれまた恐ろしい坂道がある。時ヶ峰に来る道は大きく分けてこの三つだ。本当どうして大神様はこんな高い場所に建てたんだろうか。バス停があるのは坂道の左右だけだし、空が飛べれば楽なのだが、生憎この学校では魔法も、空も飛ぶことも、つまり一般常識外の行動は厳禁とされている。したがって俺たち化物もこの長い長い道を歩かなければならないのだ。


「転校初日ですがこの道を歩くのは流石に疲れますね」

「この学校建てたのお前の所の大神だからな? 文句あるならあいつに言え」

「それはまぁ、分かってるんですが……」


 どうやら天使様もこの道を歩くのは思いの外大変らしく、不満をこぼしていた。この程度で不満を唱えていては、夏の暑さと雨のイライラには勝てないぞ。初夏の無風とか本当に地獄と同じような苦痛だ。いやまぁ、実際は暑さがどうこうということではなく、何もないことへの退屈が苦痛なのだ。眼前に延々と続いている一本道には、桜の木なんて全くなく、途中に小さな公園があるのだけが救いだ。


「あの、どうして私こんな道を悪魔と歩いているんでしょうか?」

「五月蠅い黙れ。それは俺の台詞だ馬鹿天使」

「馬鹿天使、馬鹿天使と黙って聞いていればこの私に対して随分な態度じゃないですか!?」

「いや監視対象に初日でバレるのってのは馬鹿としか評しようがないだろ」

「そうですけど! ぐぅの音も出ないほどに正論ですけども!!」

「分かったならもうあと数百メートルだから黙って歩け。愚痴るだけ体力無駄消費するだけだぞ?」

「むぅ、それもそうですね」


 そう言って馬鹿天使はおとなしく、ぶつくさと俺の後ろをついてくるのだった。数百メートルというのは思いの外長い距離でもないようで、実は意外と長かったりもする。これはもう気持ちの持ちようとでも言ったところか。まぁそんなことをぼやいていても、歩いていれば必ず目的地には着くもので、ようやく俺たちは俺の部屋にたどり着いたのだった。


「ほれ、ついたぞ馬鹿。ここが俺の部屋だ」

「遂に天使まで付けなくなりましたか。ふむ、一人暮らしの悪魔にしては綺麗に片付いてるじゃないですか」

「そりゃまぁ、散らかることなんて基本無いからな」


 そうなのだ。どうせ帰って来ても宿題を適当に済ませ、晩御飯と風呂に入るだけなので、散らかることなんてないのだ。ちなみに悪魔だからと言って、全員が堕落した生活をしているわけではない。父なんかは、よく母の家事手伝いを自らしていた。それにつられて俺も徐々に家事を手伝うようになり、今では自炊も難なく熟せるようになった。レパートリーも割とある方だと思う。全く家事が一つの生きがいだなんて何処の専業主夫だよと、自分でも思う。この話を白鯨、泰樹にすれば悪魔らしくはないが、俺らしいと言われた。……俺らしいのか。


「で、私の部屋はどうするんですか?」

「いきなり図々しいぞ居候。……そうだな」


 この部屋の構造を簡単に言うなら、洋室1、和室1の2LDKだ。一応バルコニーもついていて、夜中に飛びたくなったらそこから飛ぶことが出来る。家賃もそこそこらしいのだが、父が全部払ってくれているので気にする事は何もない。有難う父よ。こういう所だけは素直に感謝する。


「俺が和室使ってるから、お前は向こうの洋室で良いか?」

「ふむ、まぁしょうがないですね。私が色々とやかくいうのもお門違いでしょうし」

「なら決まりだな。定期的に掃除もしてあるから、衛生面は安心していいぞ」

「……貴方ほんとうに悪魔なんですか?」

「お前が悪魔に対してどんな見方をしているかは知らんが、今の時代割と俺みたいな悪魔も多いぞ。まぁ、四六時中訳分からんことやってる奴も少なからずいるが……」

「私は貴方が異質なだけに思えますけどね」


 異質とか言われても何も言い返せないのが悔しい。何とか言い返せないものかと顔を上げれば、あいつは既に何処から出したのか分からない大きな荷物を部屋に移していた。空間転移か。悪魔だろうと天使だろうと使える魔法は大差ないはずなのだが、どうも俺たち悪魔というのは細かな調整が出来ないらしく、空間操作系統は上手く扱えないらしい。使えたとしても何かしらの違和感を感じるようで、それが原因で一気に空間が崩壊してしまうらしい。まぁでも、悪魔にも得意な魔法系統はあるらしいが、当然それは今の時代に役立つような魔法ではない。というかむしろ必要ない。そういう訳で俺は夜な夜な、新しい魔法の開発をしている。何故そんなことをするのかは言うまでも無いだろう。暇だからだ。


「あの、この部屋ベッドとか勝手に置いて良いんですか?」

「そんな物まで転移できんのか。あぁ、もう好きなように使え」

「オッケーです。じゃ私はこの部屋改造するので、ご飯になったら呼んでください」

「はいはい。改造しても戻せるようにしといてくれよ」


 天使の魔法は確か、再生とか創造とかが主だった気がする。まぁたとえ元に戻せなくなったとしてもその時は、俺の魔法で何とかなるだろう。さて、現在時刻は既に五時。おかしいな、始業式一時過ぎには終わったのになぁ。屋上で昼寝もしていないのになぁ。はぁ、仕方がない。ちょっといつもより早い時間だが、夕食の準備にでも取り掛かることにした。


####


 一人暮らしも三年目に突入し、母から容赦なく鍛えられた家事の技術は天井知らずに成長中である。流石に効率の権化である母の回転率を超えるのは並大抵のことではなかったが、今日からはそれも意識しないといけないのだろう。何故ならあの馬鹿天使の分まで作らなければならないからだ。二人分の食事を作るのがここまで面倒だなんて俺は知らなかったよ。


 さて今日の晩御飯は新学期ということもあって、赤飯を炊いてみた。おかずはなんとなくから揚げが食べたくなったので、それと野菜サラダで何とかなるだろう。あいつがどの程度食べるのか、というか何が嫌いで何が好きなのかも分からないので、から揚げが駄目な場合も考慮しもう一品作ることにした。天使が好きそうな食べ物ねぇ。全く分からん。うむむ、一体何がいいのだろうと考えて俺はふと思う。


「……別に天使の好みとか関係ないよな?あれ、なんで俺こんなに悩んでるんだ?」


 から揚げを作ってやっているだけ有難いと思ってもらわないと困る。そうだよ何で俺夕飯でこんな悩んでんの。適当に作ればいいじゃないか。よしじゃ、もう簡単なやつにしよう。あ、なんかうどん食べたい。よし、うどんにしよう。確かまだあったはず。


####


「よっし、今日の夕飯完成」


 我ながら天使のためによく作ったと思う。味は間違いなく美味しいだろうし、しっかりと盛り付けもしてある。これにケチをつけようものなら速攻で部屋から追い出してやろう。そう心で唱えながら、夕飯の支度が整ったことを告げに洋室へ行く。


「おい、馬鹿天使。夕飯出来たから出てこい」

「分かりました。今行きます」


 そう言って程なくしてから、扉の向こうから現れたのは。


「……なんで正装なの、お前?」

「え?いやぁほら、別に貴方も悪魔なわけだし問題ないかなぁって。それに楽ですし」


 大きな翼を生やした迷惑天使、姫路・ラグイル・エミリーだった。いや確かにその考えは間違ってないよ。俺は別に一般人じゃないし、天使の姿もまぁ見慣れている。だがしかし、だからと言って今日初めて会った悪魔に正装で姿を見せるなんて馬鹿なのか。戦争でも始める気かこいつ。


「百歩譲って翼は良いが、頭の輪っかだけは外せ。光が鬱陶しいから」

「あぁ、貴方も一応悪魔なんでしたよね。すみません気が利かなくて」

「眩しすぎるのは眼に毒なんだよ。……まぁいいから飯食べようぜ?」

「そですね」


 翼を生やした美少女がトテトテと自分の部屋を歩くとか、これはどこのギャルゲーだ。これで翼が生えていなくて、俺も普通の人間なら色々と大変なことになっていそうだが、残念ながら俺は悪魔だし、あいつは天使だ。ギャルゲでいうイベントなんて早々起きることは無い。いや別に俺も詳しいわけじゃないから知らないけども。友人に埋め込まれた程度の浅い知識だけれども。それでも起こり得るとすれば、喧嘩ぐらいだろう。


「おぉ、貴方ここまで料理できるなんて……」

「一応聞いておくがこの中で食べられない物は?」

「基本的に好き嫌いとかしないので大丈夫です。好きなのはグラタンですグラタン」

「何故二回も言った」

「グラタンです」

「もう分かったよ。ほら冷めないうちに食べるぞ」


 グラタン、グラタン、グラタンと三回も言われてしまったので頭の中がグラタンで埋まってきそうだ。取り敢えず今日は赤飯を食え。この赤飯、我ながら凄く美味しいから。

 いただきますと手を合わせて食べ始める。眼の前に天使が座って自分の飯を食べているなんて、敵対してきた父はなんというだろうか。きっと笑って信じてはくれないだろう。


「何故でしょうか。料理は美味しいのですが貴方が作ったということを考えると……」

「不思議な気がするのは俺もだよ。どうして自分が作った飯を天使にも与えてるんだろうな?」

「文句を言うのは大神様に言って下さい」

「ホントそれな」


 初めて意見が合致した瞬間だった。 


####


「ご馳走さまでした」

「お粗末様」


 ポンコツ天使もなんだかんだ言って、夕飯は綺麗に平らげてくれた。母が昔、俺と父が美味しそうに食べた皿を満足げな表情で片付けていたのが今は少しだけ分かるような気がする。誰かに自分の飯を綺麗に食べてもらうのは気分がいい。作ったかいがあるというものだ。……これで相手がこの馬鹿天使でなければもっと気分良く慣れたんだろうけど。


「さて、悪魔さん」

「悪魔さんはやめろ」

「では、飯ケ谷さん。私はお風呂に入りていです」

「お前本当に図々しいな。もういっそ清いくらいだよ」


 飯食った挙句風呂に入りたいと自分から言うか普通?はぁ、まぁどうせ俺も入らないといけないわけだから入らせてやるけどさ。


「もう少ししたらお湯が沸くから、それまで大人しくしてろ」

「はいはい。……覗いたら滅しますからね?」

「安心しろ。興味ないから」

「それはそれでひどい!」


 そうこうしていれば風呂も沸き、意気揚々と天使様は支度をする。何処から出したか分からない入浴セットを右手に持ち、鼻歌を軽やかに奏でながら脱衣所に向かっていった。鼻歌を歌うほどにお風呂が好きなのは天使だからかなのか、それとも女の子だからか。どっちも有り得そうな気がする。

 これでようやく一段落したわけだが、今日はもう魔法の開発は出来ないだろう。流石に俺も疲れた。さっさと寝たい。あの馬鹿は一体どのくらいの入浴時間だろうか。女の子の入浴時間は長いのだと、確か泰樹が言っていた。長いというのがどのくらいなのかは、人それぞれだと言っていたから下手をすれば俺が思っている以上に待たなければいけない可能性もあるだろう。できれば十五分ぐらいで済ませて欲しい。


『あぁ、私一時間ぐらい上がらないのでそのつもりでお願いします』


 伝達魔法を使って風呂場から届いた伝言は、俺の肩を落とすには十分すぎる内容だった。

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