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天使様はポンコツです  作者: trombone
26/42

二十三羽目


 梅雨も明け、気がつけば例の対抗戦まで残り五日となっていた。ここ最近ポンコツは朝早くに部屋を出て夕飯時に帰ってくるという行動を繰り返している。行き先の見当は付いている。恐らく天界にでも行って稽古をつけてもらっているのだろう。他のやつらも同様にあちこちでドンパチしている様子が伺える。だが、当然のように人間たちがそれに気付く様子はない。

 それもこれも、あの魔女が原因である。


『どうせお前ら好き勝手に荒らすだろう? 仕方ないから対抗戦まで、ここら全域に結界を張っといてやるよ』


 時ヶ峰も決して小さい都市ではない。むしろ大きい部類に入る。それをとても簡単に、子供の面倒を見るように全域に結界を張れるのは並大抵の魔力と技術では不可能だ。何だかんだ言っても、〝現段階での最強の魔女〟と称されるだけあって、敬服に値する魔女なのだ。


「……結構、好きなようにやってんなあいつら」


 窓から見渡せばちらほらと、煙が上がっている場所がある。それでも周囲の人間が気付かないのは校長のお陰なのだが、それにしても好き勝手し過ぎじゃないか?


「好き勝手やってるのは気に食わない?」

「うわっ」

「その反応は酷いなー、雫」

「……いや、仕方ないだろうが」


 窓を開けてベランダに出た瞬間を見計らったかのように、いきなり眼前に現れたら誰でも驚く。これだから気配を絶つのが上手い泰樹は困る。


「それで、雫は本当に何も準備しないのかい?」

「どうだか」

「おっとそれ何か有ると警戒しても良い感じかな」

「お好きなように」


 と、適当にあしらっているが実際は本当に何も準備していない。別に自分の力に驕りや怠慢があるわけでもないが、なんと言うかどうも気分が乗らない。胸の中に火が点かない。やる気スイッチなんてものがあれば、この何ともいえない感情もすぐさまやる気へと切り替えることが出来ると言うのに。


「やる気が出ない」

「だったら久し振りに一戦―」

「しないからな」


 なんでこう俺の周りのやつらは戦いたがるんだ。戦闘狂か何かなのか。


「いやでもほら、ちょっと体を動かしてみればやる気は出るんじゃないかな?」

「それも一理ある」

「だったら軽-くでいいから」

「本当に軽く、な」


 もう抵抗する気も起きなかった。


####


「……で、外に出てきたは良いが何故ここなんだ」

「いやぁ、だって他の場所は鈴音ちゃんたちが使ってるし」

「だからと言って学校は流石に駄目じゃないか?」

「あぁ、細かいことは大丈夫だよ。校長も許可済みだし、もし被害が出ても僕が何とかするし」

「便利だな、お前の固有魔法は」


 なんとも使い勝手の良い魔法である。


「あんまり使いたくはないんだけどね……」


 そう言って一瞬だけ瞳を曇らせた泰樹が気になったが、俺が尋ねる間も無く普段の表情になっていた。


「さて、それじゃ久し振りに死合おうか」

「おいコラちょっと待て。軽くって言ったよな。死合うとか聞いてないんだが!?」

「冗談だよ。冗談」

 

 噓付け。何度俺がその笑顔に騙されてきたと思っているんだこの野朗。


「ほらほら、来ないなら僕から仕掛けるよ~?」

「……」


 もはや白とも認識できないほどの色彩で泰樹は全身を覆っている。こうなったらとことん付き合ってやるか。

 重く深く長い息を吐いて緊張感を高める。小指から順に指を中に握りこむ。周囲の風を感じて、溶け合って一つになる。俺は今、風だ。


「やっとやる気になったね」

「諦めたって感じだけどな」

「まぁ、兎も角。行くよっ!」


 眼を閉じたわけではない。視線を外したわけでもない。にも関わらず、泰樹はその言葉と共に俺の視界から消えた。咄嗟に後ろを振り返る。


「残念。こっちだよ」

 

 ()()()()()()()()()()を感じた。


「意地が悪いなぁ」


 無数の光の矢が再び振り返ったときには放たれていた。圧倒的な質量が世界を白へと染め上げる。唯一の逃げ口としては空しかない。だが追撃で上空からも同じようなのが放たれてくるかもしれないと考えると、飛ぶことは出来ない。だから前方へと跳んだ。矢が当たるギリギリを跳び超えた。


「うーん。相変わらず、その身体能力の高さには参るな」

「かなりギリギリだったんだが!?」


 ちょっとだけ服が破けてるし。


「その割には簡単に避けてた気もしたけど」

「そう見えただけだろうなぁ」


 初手に放って良い一撃ではない。終盤の勝負所での決め技みたいなもんだ。


「まぁ、軽く準備運動的なのもすんだ事だし―」


 泰樹が右手で煽る。殺気が瞳に、高密度の魔力が空間に宿る。 


「来なよ、雫」


 その瞬間、俺は全体重を前にかけて地を蹴った。弾丸のような速度で泰樹の懐に侵入を試みる。硬く握った右拳を泰樹の顎を目掛けて放った。が、当然のごとく両手で上から押さえ込まれる。ならばと、すかさず押さえこまれた右拳を軸に裏拳を続ける。


「流石に読めてたよ」

「だよな」


 狙った頬の辺りには透明な硬い膜があった。魔力の盾とでも言えばいいだろうか。広範囲をカバーするとその分、消費する魔力も大きいが、狭い範囲なら簡単に使うことが出来る便利な技だ。バックステップで距離を取り体勢を立て直す。まだまだ泰樹の表情には余裕が見える。この表情を歪ませるのに一体どれほどの労力を割かなければならないのだろうか。


「さて、どうしたものか」


 泰樹の戦闘スタイルとしては、主に魔法を使った長距離型。対して俺の戦い方は魔法も使うが基本的には近接戦だ。泰樹とは相性の良い様な組み合わせで実はそうでもない。距離を詰めれば勝ちだと言われがちだが、実際はそう簡単に詰められたものじゃない。さっきの矢にしろ何にしろ、泰樹が使う魔法はどれも一級品の凄まじい魔法であるからそもそも迂闊に近づけない。そして仮に近づけたとしても経験と判断力、更には魔力を熾す速さでいとも簡単に防がれてしまうのだ。

 つまり泰樹に勝つ方法としては、虚を突いた上で全力の拳を打ち込むしかない。でもそれが出来たら苦労しないんだよな。基本的にあいつの虚を突くには最低でも三度のフェイクが必要になるだろうから、それだけでかなりの精神を削られる。

 すっと冷たい汗が頬を流れる。眼の前を木の葉が舞う。


「━━━━ッ!」


 落ちた瞬間に、もう一度地を蹴った。見た目はさっき突撃したときと何ら変わりないが、今度は右手に圧縮した空気を持っている。これを泰樹の眼の前で爆発させてやるのだ。


「これでも食らえ」


 さきほどよりも一歩後ろで攻撃モーションを取る。そして突き出した拳を握り直し爆発させた。


「うわっ」


 爆発の衝撃のおかげで一瞬だけ泰樹の視線が俺から外れる。その一瞬で背後へ回り、無数の風の弾丸を撃ち込む。当然だが、これが通用するとは思っていない。目眩ましその二だ。


「いやいや凄いねぇ。でもまぁ、この後の行動は」

「読めてんだろ?」


 上に向けて矢を放ちながら、泰樹は振り返った。だが矢の行く先に俺はいない。


「さっきの仕返しだ」

「うそ~……」


 今にも血が出そうなほどに力を握り締めた拳を、顎めがけてぶっ放した。拳頭に伝わる硬い骨と骨がぶつかり合うの感覚。手ごたえはある。防御された感じもしない。何よりあいつが吹っ飛んで、宙を舞って仰向けているのだからダメージは与えられたはずだ。多分。

 乱れた息を整えながら、遠巻きに泰樹を眺める。もちろん警戒は維持したままだ。


「今のは結構、効いたなぁ。いやさっきのを真似てくるとはなぁ」


 徐に泰樹が上体を起こし立ち上がった。首を左右に傾け正常かどうかを確認し、更にはその場で飛び跳ねていた。その姿が、まるで俺の拳は入っていなかったんじゃないかと思わせるほどに軽やかなもので、ポタリと額から嫌な汗が落ちた。口内が乾く。口元が緩む。


「あんだけやっても全然効かないか?」

「いや実は本当に効いてるよ。まだ頭揺れてるからね。座標指定できない」

「魔法は感覚だったんじゃなかったか?」

「確かにそうだけど、頭の中で銅鑼が鳴ってる状態じゃ出来る魔法も出来ないって」

「信用できねぇ」

「人の技術パクっておきながら信用できないは酷いんじゃないかな!?」


 自分を相手の視界から外すためには、当たり前だか死角に入ればいい。泰樹がやったのは前に体重をかけ、あたかも直進し背後に回ると思わせて、実際はその場で体勢を下に下げるというだけだ。灯台もと暗し。案外、眼下のことは気にしない。これを俺も使ったのだ。パクったわけではない。それにしても、痛い痛いとぼやきながら、その表情は全く歪まないのだから恐れ入る。


「まぁ今日は軽くだからね。血を流したりはしないさ」

「本当か?」

「姫路ちゃんに怒られちゃうからねぇ」

「洗濯するのは俺なんだが……?」

「……」


 泰樹の口角が一瞬にして下がる。眼から光が消えて行く。


「ねぇ、雫?」

「な、なんだよ」


 じっとりとした視線を向けられて一瞬たじろぐ。さっきとはまた違った、これもある意味で嫌な沈黙が訪れる。俺が責められているような感じだ。


「……まぁ、仕方ないかぁ」

「いやなんだよ」


 そんだけ溜めておいて結局言わないのかよ。


「まだまだだねぇ」

「だから何が!?」

「色んな事だよ」


 そう言われると思い当たる節もあって、仕方なく口をつぐんでしまう。色々。色々ねぇ。


「……あっ」


 急に泰樹が声をあげた。


「……どうした?」

「あぁー」


 訝しげな表情を浮かべる俺に対して、泰樹は何とも気まずそうに行った。


「ごめん雫。招集かかった」

「……生徒会も大変だな」

「んー、今回は僕と塁だけみたい。魔女の件だと思うね」

「あぁ、そろそろ目処が付きそうなんだよな?」

「うん。そろそろ一個大きな仕事かな」

「お疲れ様です」

「ありがと。と、言うわけだから今回はこの辺で」

「了解」


 泰樹は手を振って空に消えた。それと同時にたまらず俺は座り込んだ。流石に普段使わない攻撃的な魔法をいきなり、しかも殺意も込めて使うのは疲れた。これからしばらくは、殺意と魔法を使わないといけないから困る。


「と言うかあいつ魔法使えてんじゃねぇか」


 泰樹のいない澄んだ蒼を見上げた。

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