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天使様はポンコツです  作者: trombone
25/42

二十二羽目


「勝負しましょう!」

「却下」


 このポンコツは平日の朝っぱらから何を言っているだろうか。正装で天使の象徴である天輪と白翼まで出して、悪魔に勝負を売るな。


「いやだって、暇じゃないですか」

「生憎だが俺は暇じゃない」

「天気予報見ながらお茶を飲んでいるその姿を、暇と言わずして何と言いますか?」

「……」

「やっぱり暇なんじゃないですか!」


 無言で逸らした視界の隅に蒼く透明な光の塊が映る。昨日の対抗戦の説明からポンコツはテンションが結構高い。俺を含めた時ヶ峰の化物は今日から対抗戦の準備期間に入る。一般生徒はもちろん普通に学校なのだが、その辺の細かい所は校長が捻じ曲げてくれるので問題ない。


「他の皆さんは何か準備しているのに、飯ヶ谷さんはくつろいでていいんですか?」

「どうせあいつらも準備してな……いや、してるわ。バリッバリ準備してるわ」

「でしょう!?」


 特に泰樹が準備してたような気がする。他にも九重や双子あたりが相当にえげつない事をしていたな。面白い魔力の使い方をするやつらだから、今回も少し期待しているのは確かだ。


「飯ヶ谷さんの実力を測れるいい機会だと思ったんですがねぇ」

「試合う前に手の内を晒すわけにはいかないだろ」

「確かに」

「だから左手の魔力を消せ」


 今にも襲い掛かってきそうな魔力を熾すんじゃない。


「……湧き上がるこの闘志をどうしろと」

「マジな顔で聞くな。天界にでも行ってこい」

「監視対象を二週間も放置するのは如何なものかと思うのです」

「左様で」


 そもそも二週間も時間を置こうとしてた事に驚きを隠せないが。


「と言うわけで、勝負───」

「却下」


 言い終わる前に切り落としてやった。効果音でも付きそうなぐらいに落胆しているポンコツ。気がつけばお茶が無くなっていた。


「はぁ、分かった分かった」

「外行きますか!?」

「誰も戦うとは言ってない」

「ちぇー」


 子供かお前は。


「戦うことはしないが、代わりに魔力制御の講座でもしてやろう。あぁ、もちろん受けたくなければ結構だ」


 やらないに越した事はない。それにポンコツに何かを教えるという事は敵に塩を送ると言うことだ。本人には絶対に言わないが、今回の対抗戦で俺が一番危険視しているのは姫路・ラグイル・エミリーなのだ。魔女である佐伯椿も厄介そうではあるのだが、ポイントを集めると言う趣旨に関しては機動力もあり魔力の量が多い奴が強い。

 佐伯椿の魔力は世界を終わらせる程である。

 彼女を知る者はそう評す。だが実際のところ、それは貯蓄されているだけであって全てを使えるかどうかは別である。前回は参加していなかったから確かではないが、遠巻きに見た感覚と校長たちの話し方からして、恐らく彼女は半分も使うことは出来ないのであろう。そうなってくると有力候補としてはポンコツが群を抜いている。量はスタミナであり、質は力なのだ。


「受けないと言う選択肢は無いのでさっさと始めてくださいお願いします」

「はいはい」


 一体どの瞬間に正装から私服へとチェンジしたのか謎だが、気にせず講座を開こう。


「取り合えずだがポンコツの技量を見るために、簡単な基礎魔法をしてくれ」

「基礎魔法ですか。じゃぁこれで」


 そう言ってポンコツは拳大の水の塊を出現させた。

 魔力を物質に変換することは一番の基礎である。原理としては錬金術から派生した置換魔術で、自らの魔力を特定の物質へと置き換えているのだ。ここで一つ重要なのは、置換し続ける度に最初にあった物とはかけ離れていくということだ。

 AをBに置き換えた物をCとして、CをAないしBに置き換えた物をDとする。さらにDをA,B,Cのどれかに置き換えた物をEとすると、ここで置き換えたEと言う物質は本来のAとBからは離れた物となる。とは言えこれを使うやつはほぼいない。使いどころがない。大規模なものになれば時間さえも置き換える事が出来るようだが、それが出来るのなら時間移動なんてもう出来ていると言う話だ。


「その水の塊を小さくすることは出来るか?」

「小さく、ですか」

「小さく」


 眉間にしわを寄せ訝しげな表情を浮かべながら小さくしようとポンコツは試みるが、徐々に小さくなっていった塊は形を保つことなく消えてしまった。


「ありゃ、消えちゃいました」

「じゃ、次は逆に大きくしてみろ」

「了解です」


 すると今度は特に問題もなくスムーズに大きくすることが出来た。


「いいかポンコツ。今のお前に必要なのは魔力制御だ。桁違いの魔力を馬鹿みたいに放出しても大丈夫なんだろうが、それもいつ切れるかは分からないだろう?」

「まぁ確かに、模擬戦も天使長は本気では無かったですしね」

「あいつらが本気を出せば確実に負けるぞ」

「常識的に考えてそれはそうですよね?」

「ところがだ。ポンコツのポンコツ過ぎる魔力制御を鍛えることで一気に勝算は上がる」

「マジですか」

「マジです」


 さっきの基礎魔法で確信したがやはりポンコツは細かい制御が壊滅的に苦手なのだ。水の塊にせよ置換魔法で置き換えた物質は、魔力の量に比例してサイズを決めることが出来る。個人差はあるのだが泰樹や他の化物に同じ事をさせれば、平均して同じくらいの大きさに調整をすることが出来るだろう。


「調整について説明するぞ。そもそも魔法を使うということはどういうことか理解しているか?」

「魔力を熾すってことではないんですか?」

「まぁ、そうだな。魔力を熾すって言うのは言い換えれば、タンクから水をどれくらい出すかっていうことなんだよ。言ってること分かるか?」

「ニュアンスしか分からないです」

「水道を思い浮かべてくれ。蛇口を捻れば水が出るだろう?」

「はい」

「それと同じように、魔力はどれくらい熾すかを調整できるんだよ。それが一番分かるのがさっきの基礎魔法だ」

「つまり大きくするときは蛇口を思いっきり緩めて、逆に小さくするときは閉めるってことですね?」

「そう言うことだ。そしてポンコツの場合は幸か不幸か、放出できる量に制限がない。だから魔力が切れるまで他の化物たちには考えられないようなサイズの水の塊が出せる」

「えぇ、私ってそんな凄いんですか。てかなんで分かるんですか?」

「あー、それはまぁ秘密だ」

「はぐらかした!」


 うるせぇ。悪魔にも天使にも化物なら一つや二つ、誰にもいえないような秘密はあるだろうが。


「兎も角、凄いとかの次元じゃないよな。異常だ。だがこれは利点でもあるからな。それを最大限に生かせるようにさっきも言ったが魔力制御は重要なんだよ」

「なるほど……」


 追い詰められて制御が利かずに暴走した、なんて例もある。化物の暴走は冗談抜きでこの世界に何らかの影響を及ぼしかねない。


「それで、制御の訓練と言っても具体的には何をすればいいんですか?」

「そうだな。基本的には適当に出した水の塊を小さくするってのを反復する感じだろうな。もしくは同サイズの塊を出来る限り多く出す、とかな」

「いずれにせよ神経すり減らしそうですね……」


 普段から計算尽くしの俺からすれば何とも容易いことなんだがな。そう思ったが口には出さないでおいた。多分言ったらこいつ泣く。


「ま、取り敢えずはそんな所だな。あとは自分で頑張れ」

「え、っちょそれだけですか!?」

「それだけも何も全部教えてやっただろうが。後はもう何度もやって自分でコツを掴むしかないからな」

「それはそうかもしれませんが……」

「なんだ不服か?」


 指を遊ばせながらポンコツは小声でえー、とか何かを言っている。俺がそれを不思議そうに眺めていると、途端に大きな溜息をついた。


「はぁ、もういいです。分かりました有難うございました」


 ペコりと大きく頭を下げられた。ちょっと不機嫌な様が気になるが特に言及はしなかった。


####


「へぇ。雫の講座か。ぜひ一度受けてみたいね」

「お前に教えることは何も無いだろ」


 特に意味もなく気晴らしがてら外に出た瞬間に泰樹に捕まった。当然ながら逃走を図ったのだが〝信仰の白鯨〟と畏れられる泰樹を振り切れるはずもなく、いともあっけなく捕まってしまった。流石はLostNo.(ロストナンバー)


「それで、姫路ちゃんには何を教えたんだい?」

「魔力制御」

「ふむふむ。何でまた基本的なことを?」

「下手だからに決まってるだろ」

「そっかぁ」

「……なんだよ」


 意味ありげに目を細めて俺を見つめるな。気持ち悪い。


「いやー、出会った当初は心臓を氷の矢で貫かんばかりだった悪魔が、ここまで丸くなるとはねぇ」

「頼むからその話を掘り返さないでくれ……」

「雫が過去だと思っていることは、僕らからしたら一週間前のことだったりするんだけどね」

「……そりゃまぁ、そうだろ?」


 なにせ泰樹は随分と長い時間をこの世界で過ごしてきている。そんな長寿の化物からしたら大概の事象は最近のように感じてしまうのかもしれない。


「まぁ、そうだねぇ」


 何処か遠くを過去を懐かしむように眼を流す泰樹の姿は、普段の印象とはかけ離れていた。


「少し湿った感じになったけど、今回の秘策は何か用意してるのかい雫?」

「え、あぁ。考えているようで実は全く考えてない」

「とか言いつつ前回のように酷いの準備してるんじゃないの?」

「酷いて。そんなに酷いようなものじゃなかっただろう?」

「いやいやとんでもない。あんな初見殺しは僕も初めて見たよ。勝ちを確信させてからの、まさかそれすらも折込済みの罠だったなんて……」


 そう聞くと中々に酷いな。だがそれも仕方ない。なにせ泰樹が相手だったのだ。どんな手段を使おうとも簡単に対処されてしまうのだから本当に大変だった。一瞬でも気を緩めたらその時点で殺されてしまう恐怖が隣にいるような試合は、出来るならもうしたくない。


「俺の事もだが、今回はポンコツにも気を配っておけよ」

「あぁー、確かに」

「あれでも実力はあるからな。二週間でどこまで上手くなるかは分からないが、それでもある程度は仕上げてくるだろう」

「そうなると僕らも危うい?」

「負ける気は毛頭ないけどな」


 残りの二週間を誰がどんな風に過ごしているかは分からない。だからまぁ、俺もポンコツに悟られないように上手くやろうと思う。

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