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天使様はポンコツです  作者: trombone
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十七翼目


 飯ヶ谷さんと反対に進みながら、私は朝日を拝んでいました。今日は普段よりも恐ろしいほどに早い時間帯から行動しているので、そこまで眩しくありませんね。普段なら今頃、たたき起こされているでしょうか。あぁ、なんてことを考えていたら飯ヶ谷さんのご飯が恋しくなります。飯ヶ谷さんは自分の料理も他の料理も変わらないと言い張りますが、全然分かってませんね。飯ヶ谷さんが作るから良いんですよ。全く。


 そうこうしている内に着きました。私の調査場所は、学校から見てすぐ西に広がる森林です。未だによく分かっていない事が多いそうですね。大樹だったり聖樹だったり呼ばれる樹には、何故だか魔力が溢れていて校長先生や他の魔女も休息しにくるようです。

 はてさて、今回の調査は一体何だったでしょうか。校長先生からいただいたメモをポケットから取り出します。そこに書かれているのは、大樹の調査をしてこい、という簡単な一文だけです。それだけ書かれても調査する側からしたら意味が分からないんですよね。そもそも調査ってある程度知っている者がいくべきなのではないでしょうか。まぁ、飯ヶ谷さんのいない学校はつまらないですし、それなら訳が分からなくても調査をした方が良いですがね。

 そんな事を考えながら、ぼちぼちと私は大樹の元に向かうのでした。


####


「はぁー、初めて見ますが、これは凄いですね……」


 初めて見る大樹は想像以上に大きく、神聖な感じがしました。周囲は確かに安らかな魔力で溢れていて、魔女たちが一休みしにくる理由も頷けます。特に異常もないような気もしますが、調査をしろと言われてしまったので適当にしますかね。大樹の太すぎる幹に手をあて、そこに流れる魔力を読み取ります。面白い事に魔力というのは中々に色々な事が分かってしまうもので、魔力を読むのは化物の必須スキルとでも言うところでしょうか。

 私が魔力から読み取れる事は、恐らくこのような化物なのだろうという不確かな要素しか分かりません。しかも今回は大樹という化物ですらない無機物ですからね。一体どこまで読み取れるのか見当もつきません。


「……」


 眼をゆっくりと閉じ、指先に神経を集中させます。真っ暗の視界の中、徐々に淡く桜色に輝る無数の糸のような細い線が現れます。それを一本も逃す事のないように、慎重に一つに束ねあげます。


「ちょーっと、数が多くないですかね……」


 額に汗を掻き、眉間にしわをきつく寄せ、少々呼吸が乱れてきました。それでも束ねる事は止めません。もう何本束ねたでしょうか。ゆうに百本は越えていると思われますが、まだまだ散らばっている細い線をとめどなく掻き集めます。


「いったぁ!」


 神経の擦り減りが、容赦ない頭痛となって押し寄せます。しかしここで諦めるわけにはいきません。もう少し。もう少しで全てを束ね終わるのですから。頑張るのですラグイル。


「……完璧、です」


 時間にして一時間ぐらいでしょうか。一本も逃す事のなく、完全な綺麗な一本の線に仕上げました。


「あぁー、もうちょっと休憩です!」


 私はドサリと仰向けに倒れこみました。ふかふかの緑が私を包み込んでくれたので痛みはほとんどありませんでした。空を見れば雲ひとつない快晴で、なんだか疲れが増した気がします。もう少しこのままでいても良いでしょう。期限は一週間もありますし、今は休憩です。


 頑張った自分を最大限に労わってから、再び大樹と向き合います。では、束ねた魔力を読み取っていきましょうかね。


「………ってあれ?」


 おかしいですね。折角束ねたと言うのに一向に読み取れる気配がありません。


 深く深く。それはもう地面を突き抜けるように深呼吸をしてから、もう一度大樹に手を添えます。真っ暗な視界の先に束ねた桜色。意識とそれを同化するように、頭の中を空白にしていきます。ふわりと身体が宙に浮きあがるような脱力感。ここまでは順調です。そして次に眼を開いたら、私は束ねた記憶の中にいるはずです。


「……」


 ゆっくりと眼を開くとそこは。


「駄目ですか……」


 先ほどと何ら変わらず悠々としている大樹が眼の前にあるだけでした。


「もー、全く持って意味不明です。お手上げです!」


 誰がいるわけでもありませんが、大袈裟に両手を上げて降参のポーズをしてみました。一人で何をやっているんでしょうかね。


「ここにはさ、少し前まで精霊がいたんだ」

「━━━━っ!?」


 突然、背後から声がしました。ここに誰かが入ってくる気配は全くなかったです。水面に一滴が落ちる静けさよりも、もっと暗くて禍々しい違和感を今まで気付かないなんて。

 慌てて振り返るとそこには。黒いフードを深く被った、奇妙な化物がいました。


「初めましてって所かな。ワタシの事はそうだな、魔術師とでも呼んでくれたらいい」


 魔術師と名乗った化物は頭を軽く下げました。


「……姫路・ラグイル・エミリーです」

「ラグイル?」


 何かおかしなことを私は言ったでしょうか。魔術師は腕を組んで何やらぶつぶつと唸っています。しかし途端に顔を上げ、パンっと両手をならしました。


「あぁ天使長の秘蔵っ子か」

「貴方、何をどこまで知っているんですか?」

「何をってそれは当然、全部だよ」

「……っ!」


 先ほどまで十歩以上遠くにいたはずの魔術師が、気付けばニコリと目の前まで来ていました。瞬きはしていませんし、魔法を使った感じもしません。これは、いえそもそもこの化物は一体?


「んーそうだな。一個あげれば羽売り事件、とかね?」


 後退。次いで爆破。


「あぁ、もういきなり酷いなぁ」

「それを知っている天使はもういないはずですが?」

「いやいやキミが一番知ってるでしょう。キミが被害者なんだから」

「……」


 二重詠唱。魔力を熾す。十七本の水の矢を魔術師に向かって撃つ。けたたましい鋭い音が当たり一面に砂煙を巻き起こす。次いで、半径一キロを問答無用で凍らせる。この程度で倒せる相手でもないとは思いますがごちゃごちゃ考えないで兎に角です。


「はっはは。良いねいいねぇ。それこそがキミがキミる所以だろう?」


 ピシリと氷結に亀裂が入り、そこから宙に剣を浮かべた魔術師がなんとも楽しそうにしています。宙にあるそれは、瞬きをするよりも先に一つが二つに、二つが四つに分裂していきます。 


「もう一度聞きますよ。貴方は一体何なんですか?」

「だから、全部知ってる魔術師だよ!」


 そう言って魔術師は私と同程度、あるいはそれ以上の魔力を剣に乗せ、数えるのも馬鹿らしくなってくような量で一斉に投擲。不安手でデタラメなその魔力は、誰よりも安定していて強固な魔力とも思えます。

 そんな事よりも、障壁を展開。完全に防ぎきる為の障壁ではなく、反撃を作る時間稼ぎです。向こうが狂ったような魔法を使うのならこちらも狂ったような魔法を使わなければいけませんからね。


「降り注ぐ千天の慈雨・蒼く染めよ荒原を・悪しき者に天罰を」

「おぉ、詠唱術?」

矢雨(やざめ)


 他の誰にも真似される事が、いえ真似する事が出来ない私だけの詠唱魔術。無数の雨雫を矢のように空から撃つ魔法。地面は抉れ散々な事になるので使うなと言われてますが、今回ばかりは許してください大神様。どうしても私はこの化物を野放しにしたくないのです。

 

 地面に突き刺さった蒼色の矢からゆらりとした影が見えます。 


「いやー、ははっ。凄いね。これキミが新しく錬っただろう? 詠唱の長さは短いし、それに使用魔力もデタラメ過ぎる。これで成立しているのが甚だ疑問だね」

「喋ってる余裕なんてありませんよ?」

「……ん?」


 完全に気を抜いていた魔術師の背後から一本の水の矢が心臓に深々と突き刺さりました。


「ふむ、遅延詠唱か。流石は天界きっての天才というか、それすらも作られたものというか」

「いいから黙ってくれませんか?」

「天使あるまじき声と視線だね。よっと」


 ぐしゃりと胸に刺さった矢を引っこ抜いた魔術師。それに関して驚かなかったわけではありませんが、そもそもこの程度で倒せる相手だとも思ってはいなかったので、なんとなく納得しました。

 羽売り事件、天使の秘蔵っ子。この二つの単語で私は理解しました。この化物は全てを知っているのだと。下手をすればこの世界にいるどの化物も知らない事でさえ、淡々と語ってしまうほどに。全てを知っている魔術師、と言うのは残念ながら信用するしかないようですね。

 なんとなく腹がたったのと、純粋にまだ遅延詠唱で錬った水の矢が一本余っているので適当に放ちます。


「えいっ」

「キミ本当に容赦ないね」


 瞬き一つせず、簡単に掴み取られてしまいました。むぅ、今のは完璧に死角と不意をついたはずなんですがね。


「容赦なんてするわけないじゃないですか。先ほどの攻防で理解しました。私にそんな余裕なんて生まれません」


 仮にも余裕なんて出来たのなら、それは慢心ですね。慢心ほど戦いの場で怖いものはありません。知らず知らずのうちに、魔力をセーブし、倒せる相手でさえ倒せなくなる。そう大神様は仰っていました。そういえばもう一つ言っていましたね。怒りは自分を忘れて暴走する危険性があり、これまた倒せる相手でさえ倒せなくなる。かといって必ずしもその感情が不必要なわけではない。ではどうするか。


 思考ではなく行動への薪としてくべろ。


 大神様の解答。私のちょっとした教訓の一つです。

 

「はぁ、まぁ良い。別にキミを殺すつもりはない」


 魔術師は深く縦に首を振りながらそんな事を言いました。


「ぬけしゃぁしゃぁと何を言いますか」

「キミも舞台の上にいる役者だからね。まだ降りる時じゃない」


 舞台やら役者やら、その言葉の意味が一体どんなものなのかは分かりませんが、魔術師はその言葉通りに熾していた魔力を霧散させました。それでも私は信用できないので、魔力を熾したままです。ついでに言えば、魔法陣の発動もいつでも出来る状態です。


「よし、キミにはこれをあげよう」


 そして再び私が瞬きしたわけでも、魔力を熾した感じも無く私のすぐ横にいました。驚く要素が多すぎていいかげんに慣れてきましたね。

 ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべながら、右手に持っている物を私の眼の前に突き出しました。


「大アルカナ十八番。月のカードだ」

「月……?」


 訝しげに受け取る私を見て、魔術師は得意げに説明を始めます。


「そう、月だ。正位置の意味は、不安や迷い。それから現実逃避や過去のトラウマ。逆位置だと好転し始める現実、過去からの脱却。どちらもキミにピッタリだろう?」

「……」

「キミはこれを持っているだけでいい。これは役者に配る台本のようなものだ。失くさないでくれよ」

「他に誰が持っているんですか……」

「それを聞いてキミに何か出来るのかい?」


 当然、何も出来ることはないでしょう。先ほどの攻防で感じましたが、魔術師は化物であって、私たちのような化物ではないです。根本的に何かが違っているようなそんな気がしました。


「まぁ、〝静寂の悪魔〟に渡すやつと、持っている、或いはこれから持つであろう人数の合計ぐらいは教えても良いかな」


 その言葉に緊張が高まります。


「彼に渡すタロットは大アルカナ十三番。死神だ」


 右手と左手で十三を表した事には何も言いません。

 

「その意味は?」

「正位置だとゲームオーバー、逆位置だと新たなスタート。でもこれがどうなるかは教えない。というより私でさえも分からない。ワタシはあくまで台本を渡すだけであって、まだ舞台の監督ではない」

「なるほど。それで、その大アルカナを持つ人数は?」

「現在持っている化物、過去に持っていた化物、これから持つであろう化物。それらの合計は大アルカナの合計に等しい」


 一呼吸おいて魔術師は言います。


「つまり二十二だ」


 二十二。この数が多いのか少ないのかは分かりませんが、これから持っている化物を探してみないといけないかもしれませんね。


「愚者から始まる物語。結末は世界。そんな物語がワタシは見たいのさ」


 そう言い残して、魔術師は気配を完全に消しました。まるで今まで何もなかったかのように。

 後に残ったのは、渺渺たる森の中に眇眇たる天使が一つ。我ながら落ち着いているのだが、それとも焦り過ぎて思考が疎くなっているのか分かりませんね。取り敢えず一休みしましょう。昼食を食べてから、魔術師の事を頭に入れつつ調査を再開させましょうか。


「あぁ、飯ヶ谷さんのご飯が食べたいですよー……」


 その言葉は届くこともなく、ただただ静かに木霊して消えました。

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