十六羽目
翌朝、泰樹が調査確認に校長の命で来た。特に何も無かったので、それをそのまま伝えた。
「でもこの微かな魔力は何だろうね?」
「さぁな。細かすぎて辿るのが大変そうだからやってない」
「一応ちゃんとやってね……」
「まぁまだ、今日を含めて六日もある。大丈夫だろう」
本当かなぁ、と疑う泰樹を横目に俺は朝食を作る。今朝からはパンではなく、おにぎりを作るようにした。普段トーストしか食べていないかったので、久し振りな気がする。別に嫌いという訳ではないのだが、トーストの方が美味しく食べられると思うので、食べていないのだ。
「そう言えば、お前は学校に行かなくて良いのか。もうそろそろ良い時間だろ?」
「まぁ僕の場合は、行っても行かなくても特段影響も無いしね。それに今日は僕もやることあるし」
「また魔女関連か?」
「いや、今日はまた別の事。大神に会う予定なんだ」
「あいつと会うのか……」
どうもこの生徒会長様は多忙のようだ。学校やら天界やらで、多くの仕事を頼まれている印象だ。実際にそうなのだが。流石は〝信仰の白鯨〟とでも言ったところか。伊達に長く生きてないな。
「ふぅ。じゃ僕はそろそろ行くよ」
「俺もそろそろ動き出すか」
「あぁそうだ雫。校長が今日は塔の中にでも入ってみろって」
「塔の中?」
訝し気にその言葉を反復する俺に対して、泰樹は説明を続ける。
「うん。昨日何も無かったって言ってたでしょ? そしたら塔の中に入れって」
「嘘でも何かある事にしておけば良かった……」
今になって馬鹿正直に報告したことを後悔した。
「まぁ、そういうわけだから。僕はまた三日後に来るからその時に報告お願いね」
「はぁ。了解……」
翼も羽も無く、魔法で空を飛んで行く泰樹の背中を見ながら俺は思い切り肩を落とした。
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もう一度辺りをザックリと散策したが、案の定目ぼしい事は見つからなかった。どうもこれは、塔の中に入るしかないようだな。
羽を広げて空へ舞い、真っ暗な塔の穴の中へと入る。すとんと下に着地すると、ふわりと淡い輝が一斉に奥の方へと照り輝いた。どうも塔の中は、ただの空洞ではなかったらしい。明りに沿って奥へと進む。するとそこには見慣れた重く佇む扉があった。
「あそこにある扉と同じじゃないか」
思わずそうこぼしてしまうほどに瓜二つだった。再び一歩前に出ると、今度は何か蒼い輝が弾けた。弾けて、中から何かが現れた。
「ようこそ、六十六の迷宮へ。ここは第十六番目の迷宮です。貴方は一体何を求めているのですか?」
それは弾けた輝と同じ、蒼色のドレスを身に纏い優雅に微笑む。翠色の瞳と色合いが丁度良く、来れこそ正にというような絵にかいたような精霊のようだ。
「精霊か?」
「いかにも私はこの迷宮の案内役。名はキュニアスと申します。恐れ多いのですが貴方の名はなんと申されるのですか?」
「飯ケ谷雫」
「いいえ違います。真名、もしくは異名の方を」
「……静寂の悪魔」
キュニアスと言ったその精霊は、先ほどの優雅さから一転し冷めた表情を浮かべ、何かを考えこむようだにして言う。
「なるほど。負の遺産の一つか」
「どういう意味だ?」
そう聞いた俺の質問を遮るようにして、キュニアスは紅く染まった瞳を輝かせた。
「貴方に教える必要はありません。知りたければ、貴方自身で求めてください」
ゾクリと背筋に寒気が走った。なんだこの異様な感じは。化物とも普通の精霊とも違う何か異質なモノ。汗が踵まで流れて地に落ちた。その様子を見て、意外に思ったのかキュニアスは口元に手を当て、翠色の瞳に戻って優雅に微笑んだ。
「なるほど、貴方はまだ知らないのですね。それならば仕方がありませんか」
「ちょっと待て、お前は一体なんだ。ここは何処だ」
「質問が多いですね」
はぁ、と面倒くさそうに息を吐き、腰に手を当ててキュニアスは語りだす。
「先ほども言いましたが、私はこの迷宮の案内役の精霊です。そしてここは、全六十六の迷宮の第十六番目。人間の住む世界とも、天界とも地界とも違う場所。それがここです。これ以上の質問は受け付けません。理解してください」
「……」
「理解しなさい」
「……はい」
言っていることを要約すれば、どうもここは大図書と同じような場所にあるようだ。塔の疑問も解決していないのに、また新しい疑問が生まれたわけか。
「さて、では行きましょうか」
そう言って、扉の前に立ち何か言葉を発したキュニアス。それに呼応するようにゆっくりと扉は開く。奥はまだ何も見えておらず、両脇にただただ淡い街灯が並んでいるだけだ。この様子も〝始まりの魔女〟の場所と同じような感じだ。
「この先を進めばいいんだな」
「そうです。この奥に進めば良いのです。そうすれば自ずと疑問は解けるでしょう。とは言え、貴方の疑問の答えがここにあるとは限りませんがね」
そうして俺はキュニアスの後を続くように、迷宮へと足を踏み入れた。
####
迷宮の中は思っていたよりは街灯の明りがきいている。それでも暗い事には変わらず俺は魔術を使って辺りを照らしながら歩いている。
「その術式、自分で考えたの?」
「あぁ、魔力を光エネルギーに変換するだけだがな。無駄のないようにするのに時間がかかった」
「何というか、流石ね……」
何故だかキュニアスは項垂れていたがそれには構わず俺は足を進めた。
迷宮とは言ってもただただ長い道を進むだけだ。とは言え、流石に曲がったりするので学校に行く一本道に比べれば暇じゃない。その話をしたときのキュニアスは頭を押さえていたが、俺にとっては目的地の分かっている真っ直ぐよりも、目的地がわからない道の方が十二分に退屈しないのだ。
というかこいつ最初にここの説明したときと明らかに態度が違うだろ。丁寧語であることは変わりないが、言葉の端々に棘があるような言い方だ。ポンコツといいこいつといい、俺の周りには丁寧に棘を吐く奴しかいないのか。あぁ、そう言えば天界にいたアリエルとかいう天使も似たような感じだったな。
「何か物凄く、失礼なことを考えてませんか?」
だから、どうしてこいつも考えてる事が分かるんだよ。
「というか本当にここを進めば良いんだな?」
「それは一体どういうことでしょうか?」
「いやだから、本当に俺の疑問は解けるのかと」
「くどいですね。何かの疑問は必ず解けます。しかしまぁ、その疑問が貴方の物かは分からないですしね。それにもっと言えば……」
「もっと言えば?」
「そう簡単に行かないのがこの世界ですよ?」
そう不敵に翠の瞳を輝かせ前方を指さしたキュニアス。
「……?」
暗くてよく見えないが、何となく何かが固まっているのは分かる。光度を上げてもう一度照らした。そして俺は認識した。形を持ったり持たなかったり。牙があるようでないような。黒く黒く揺らめくそれは、何故だか猛烈に敵意を放っている。
「……おい、キュニアス」
「なんですか〝静寂の悪魔〟」
「俺が視覚で捉えているのは幻術か?」
「そんな訳ないじゃないですか。あれは正真正銘の」
━━━━魔物ですよ?
にっこりと笑うキュニアスのその言葉と同時に、それは飛び掛かって来た。
「くっそあの校長、全部分かっててワザと嵌めたな!?」
「……校長。もしかて時ヶ峰の魔女ですか?」
「あぁそうだよ。あの馬鹿みたいな魔女だよ」
迫りくる魔物を倒しながら答える。当然キュニアスは手伝ってはくれない。数はさほど多くなく、逃げながら戦うよりも。突っ込んで行った方が効率が良いような気がする。
迷宮の中には風が吹いていない。そのおかげで俺の大好きな魔法は使えず、仕方なく魔力の弾丸を放っている。魔力の消費が激しいので使いたくはないのだが、生憎な事に今使えそうな魔法がこれしかない。火で燃やそうと、水で圧迫しようとも魔物は死ない。魔物がどういう経緯で出来たのかは知らないが、一番簡単に倒す方法は魔力をぶつけること。そう父に教わったし、実際に本にも書いてあった。
「なるほど。貴方も随分と苦労してますね」
「ホントだよっ!」
本当に同情しているのかは分からないが溜息をつくキュニアスを横目に、最後の一体に怒りを込めて魔法を放てば、ようやく静かになった。
「はぁ、終わった。全くここは一体なんだ」
「だから迷宮ですって。今みたいな魔物がうじゃうじゃしてる」
「そういうのは先に……」
刹那、地を裂くような呻き声が背後から聞こえた。恐る恐る振り返るとそこには。
「なんだ、あれ」
休憩なんて甘い考えを吹き飛ばすように、間髪を入れずに馬鹿みたいなモノがそこにいる。直感が逃げろと叫んでいる。けれども四肢は硬直して動かない。思考だけが冷静に目の前のそれを分析する。
形が不安定な魔物とは違い人間の姿に近いモノ。頭から縦に長い耳が生えていて、魔力なのか何なのかよく分からない力が蠢いている。特徴としてもう一つ上げるのなら、背中から生えている不格好な羽のような翼。これが何を意味するのかは当然、俺は知らない。
「ウソ。有り得ない。古代種が現れる場所では無いのに……」
隣でキュニアスが白い顔をして眼を見開いているが今はそんなことに突っ込んでいる場合ではない。目の前の敵を何とかしなければ。いや無力化することは出来ないだろう。ほんの少し逃げ切れるだけの時間を稼ぐのが手一杯だ。
「これでどうよ」
取り敢えず先ほどの魔物を倒した時と同じ弾を最大限の威力で放った。しかしそれは、古代種の中にじわりと消えていった。
「おいおい、そりゃ反則だろうよ……」
「あ、あの古代種は魔力を吸収するんです。そんなの撃たなくて良いから早く逃げて!」
余裕をなくしたキュニアスは逃げる事を最優先で示してくる。だがしかし、固まったままの足はまだ動かない。
ふと内側から何かが告げる。意識が宙へ浮く。さっきまで近くに合った声が、もう随分と遠くに聞こえる。音が消える。静寂が訪れる。低い声だけが何かを言う。
壊せ。
紅黒い魔力がそう言って止まない。
奇遇だな。俺もあれ破壊したいんだよ。だから━━━━
力をよこせ。
そう思った途端、視界が紅く染まり俺は気を失った。
####
「……無に帰せ」
そう言って、〝静寂の悪魔〟は紅い瞳をして、強大な魔力を古代種に放った。その瞬間、古代種は悲鳴を上げる事もなく、分解されるように上から綺麗に消えていった。
「あの魔女、負の遺産を使って何がやりたいのかしら」
眼下に気を失って倒れ込む飯ケ谷雫を睨みながら、キュニアスはそう言った。
「それにしても、どうしてここに古代種が現れたのかしら。何か良からぬことが起こる前触れかしらね」
キュニアスは神妙な顔で一人頷き、飯ケ谷雫ごと最初の場所へと転移した。
「ねぇ、時ヶ峰の魔女。聞いてるんでしょ。返事をしなさい」
『おぉ、その声と場所からしてキュニアスか?』
「えぇ、そうよ」
『それにしても珍しいな。どうしたんだ?』
神妙な顔つきのキュニアスとは違い、何処か間抜けた声の魔女。それに対して、少しばかり苛立ちを込めてキュニアスは言う。
「貴女、どうして〝負の遺産〟をここに送り込んだの?」
『おいおい、一体何の話だ?』
「とぼけないで。〝静寂の悪魔〟を送り込んだのは貴方でしょう?」
『まぁ確かに飯ヶ谷はそっちに行かせたな。最近大きな魔力が弾けただろう。その調査に行かせてる』
なんとも愉快な解答にキュニアスは溜息をこぼした。ついでに頭痛がした。
「……そのついでに、迷宮に行かせたのね」
『あぁ、そうだぞ。いつか役に立つだろうと思ってな。でもそれが一体』
未だに状況が読めていない魔女の言葉を遮って、キュニアスは冷徹に言い放った。
「古代種が表れたのよ」
『……』
表情は見えずとも、ハッキリと魔女の顔が青ざめているのが分かる。
「それは彼が倒したから影響は無いわ。禁術を使ってね」
『本当か?』
声を震わせて魔女は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
『有り得ない。何より古代種が、成れ果てがそこに現れるなんておかしいだろう。それにあいつは禁術が使えないはずなんだ。私と大神とシルベラで完全に制限したはずなんだ』
「追い込まれた際の暴走っていう所かしら」
『……いや待てよ。まさか』
「何か思い当たる節でもあるのかしら?」
『少し前に〝始まりの魔女〟に雫の制限を少し解かれたんだ。だがそれは感情の方だけでそれ以外は解かれていなかった』
「まぁ、私も詳しい事は知らないわよ」
『……使った禁術は何だった?』
「そうね。発声音から恐らくだけれど、あれは一番目よ」
『まぁ順番的にそうなるよな。あいつは大丈夫なのか?』
「彼なら気絶してるわ。普段使わない量の魔力を一気に爆発させたからでしょうね」
『そうか。なぁキュニアス。もう少し、雫の面倒見てくれないか』
その問いに渋い表情を浮かべながらもキュニアスは承諾した。
「まぁ、このまま放っておいても面倒なことになりそうだしね。良いわよ。その代わり、迷宮はもう一度行かせるわ。彼はもう少し知っておくべきだし、貴方もそのつもりで行かせたのでしょう?」
『あぁ、そうだ。だが古代種がいるんだろう?』
「いいえ、もういないわ。私の迷宮だもの。瞬間的に何かが現れでもしない限り中の状態は私が一番分かるわ」
『分かった。恩に着る』
「良いから少しでも早く、仕事を終わらせなさい」
何度目かの重い溜息を吐き、キュニアスは時ヶ峰の魔女との会話を終えた。それから眼下に横たわる悪魔を見て、もう一度溜息をついた。
「全くどうして、私がこんな目に合わないといけないのかしら?」
誰に対してぼやいたのかは分からないその言葉は、深く静かな森の中に消えていった。




