十四羽目
最早休日とも呼べない週末が終わり、今日は再び月曜日だ。いつも通りにランニングを済ませ、シャワーを浴びる。それからポンコツを叩き起こして、朝食と弁当を作り始める。なんだかまぁ、手慣れた来たものだ。
「おはようございます……」
「はいおはよう。ハニートースト焼けてあるから、弁当作るの手伝え」
「うい」
ボケーっとしながらも、料理をしている内にポンコツはシャキッとする。こいつにとって料理とは、眼を覚ますために必要不可欠なのものかもしれない。弁当とは言っても、毎度ながら凝った物は作れない。子供の間で流行っているキャラ弁なんかは、食材にベタベタ触らなければならないし、女子高生が持ってきているような可愛らしい物も作れない。俺に作れないのならポンコツに作らせれば良い、とも思ったことが確かにある。だが、こいつもこいつで料理は本格的な物しか作れない。可愛らしい弁当なんて以ての外だ。
「飯ケ谷さーん。こっち終わりましたー」
「こっちも終わったし、飯食うか」
「朝ごはーん!!」
ドタドタと足早にリビングに向かうポンコツ。後片付けをしろと言いたかったが、使った後は完璧に戻されており、有無を言わせないようだ。感心したようにポンコツに視線を向ければ、これ以上ないドヤ顔がかえって来た。
いやこれ当たり前。
「頂きます」
「いっただきまーす」
相変わらずムシャムシャと美味しそうに食べる。それを眺めながら俺はポンコツとは対照的にゆっくりと食べる。ニュースでは今日の天気を報じていた。
「うわっ、飯ケ谷さん今日午後から大雨みたいですよ」
「どうせ今日は特売日でも無いし、さっさと帰って来るか」
「校長や白鯨さんに捕まらなければ良いですけどね」
「止めろ。フラグを建てていくな」
「冗談ですよ」
今の所、外は快晴だ。だがもう六月に入った。梅雨だ。じめじめと鬱陶しい梅雨。天候が急に崩れることも、朝から崩れていることもある。傘は常備した方が良いのだろう。いやでも、こんな時ぐらいは魔法を使っても良いのだろう。いつも使っているが。
「さてと。ではそろそろ学校行きましょうか」
「そうだな」
今日だってあの一本道は変わらない。延々と続く。いつも通りの場所で泰樹が合流し、開口一番こんな事を言ってきた。
「やぁ、雫。楽しい週末だったかい?」
「おおよそ休日ではなかった」
この顔は、こいつ絶対に分かってるな。
「でも飯ケ谷さん。大神様にも会えてよかったじゃないですか? 」
「なに言ってんだか…」
寧ろそのせいで休日にならなかったと言うのに。白々しく大きく肩を落とせば、泰樹は何とも楽しそうに笑っている。このやろう、他人事だと思って。
「まぁ、先週末は僕たちも色々進展したよ」
「進展って、魔女絡みのことか?」
「そうだよ。で、ちょっと二人に忠告」
「忠告、ですか」
泰樹はらしくもない雰囲気を漂わせ、忠告とやらを告げる。
「多分これから、色々と事が動き始める。いや正確にはずっと前から動いてはいたんだけど。それはそれとして二人も分かってるかもしれないけど、十分に注意してね」
「色々って、結構アバウトだな」
「いやもう、これに関しては僕でもどうなるか分からないんだよ」
肩を落としながらため息をつく白鯨。こいつがここまで消極的になるのは珍しい。それぐらいの事が起ころうとしているのだろうか。とは言え、魔女の話に俺が首を突っ込む余地もなく、あまり気にしなくても良いような気もするが。
「兎も角、頭の隅にでも良いから注意するだけしておいてね」
「ラグイル分かりました!」
「右に同じく」
「本当に分かったのかな……?」
####
つつがなく、午前中の授業も終わり今は昼休みである。授業で寝てしまった記憶はないのだが、どうも疲れが取れて眼がスッキリしている。
「眼が覚めた……?」
「それはそうですよ。飯ケ谷さんずっと寝てましたからね」
「記憶にないんだが」
「マジですか。ずーっと寝てましたよ。ねぇ、白鯨さん」
「そうだね。後ろから規則正しい寝息が聞こえてたよ」
「嘘だろ。気付かない内に眠ってたのか……」
午前中の時間を眠って過ごしたのなら、この眼の冴え方も分かる。
「まぁ、そんなことより。お弁当食べましょうよ」
「そだな」
昼下がりの屋上に化物が三人。梅雨時にしては珍しく今日は快晴である。今の所、今朝の天気予報はハズレている。それでも普段よりは空気が湿っているような気もするし、体感温度も高い。夏に近づいている証拠だな。だが生憎な事に、俺はあまり夏が好きではない。夏の焼けつくような日差しが、どうも苦手なのだ。それを言ってしまえば、夏に限らず日差しは好きではなく、寧ろ月明かりの方が好きである。
「そろそろ、夏ですね~」
ポンコツは炭酸水を飲みながら、緩くそうこぼした。
「夏になればもっとそれが美味しくなると思うよ」
泰樹はポンコツの手にある炭酸水を指さして言うと、ポンコツは眼を輝かせて、本当ですかと身を乗り出した。季節によって飲み物の感じ方も変わってくる。それを作った人間はやはり凄いのだろう。
「あぁ、そうだ雫」
「なんだ?」
「今日の放課後は、校長室に来いって」
「断る」
「即答だね……」
当たり前だ。あんなやつと関わってしまったら俺の身が持たない。どうせまたロクでもない要件だろう。
「なぁ、それ聞いてないって体で無視できないか?」
「極大魔法を撃たれてもいいのなら、どうぞ」
苦笑気味に泰樹はそう言った。それがあるからあの魔女は卑怯なんだよな。
「じゃあ私は先に帰ってますね」
「いや待て。お前も道連れだ」
そそくさと屋上をあとにしようとするポンコツの首根っこを摑まえる。俺一人だけが面倒事に巻き込まれてたまるか。ポンコツも監視役という体で連れて行こう。
「あぁ、ごめん雫。今日は雫だけらしいよ」
どうやらポンコツを巻き込むことは出来なかったようだ。
「やっぱり、私の言葉はフラグだった!?」
「うるさい喋るな……」
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極大魔法。これについては色々と言われていることがある。やれ世界の一部を壊変させるだとか、やれ明日に終わりを持ってくるだとか、さんざんな言われようだ。実際に俺自身がその魔法を見た記憶はないのだが、何故だか不思議と、その凄さというか恐ろしさを理解できているような気がする。本当に不思議な事なのだが。
兎も角、呼び出されてしまった以上は行かねばなるまい。流石に俺もまだ命が惜しいからな。有無を言わさぬような扉の前に立つ。面倒くさいので、ノックはせずに普通に入った。
「飯ケ谷、来ました」
「ノックをするか、もう少しましな入り方は無かったのか……」
校長室には、優雅にとは言い難い様子で紅茶を飲む校長がいた。相変わらず机が汚いが、これでも現段階での最強の魔女。他人の心が読める魔女様だ。他人の心を読む魔法はあるが、精神的疲労が大きく、更には使えるやつも限られている。しかし、この魔女はそんな常識を簡単に押し潰す。始まりの魔女の心さえも読む事ができ、あの場所へ行かなくとも会話が成立する。有効範囲に際限はない。
「さっさと、終わらせて帰りたい」
「まぁ、待て。コーヒー飲むか?」
「……いい、自分で淹れる」
校長の淹れたコーヒーも飲んでみたいが、なんとなく任せてはいけないと思ったので、自分で淹れる事にした。コーヒーメーカーが置いてある校長室って普通なのだろうか。
「で、今日の要件は何だ」
コーヒーを淹れながら、俺は聞く。
「そうだな。〝十六番目の塔の話〟は聞いたことがあるか?」
「詳しくは知らないが、鍵の少女と記憶喪失のやつだろ?」
「そうそう。で、今回はそれ絡みの要件だ」
〝十六番目の塔〟に関する要件。全くもって想像がつかない。
「端的に言えば、お前には調査に行ってもらいたい」
「調査?」
「ああ。とは言うものの、塔があったのはかなり前で今はもうない。塔があった場所に行ってほしい」
「そんな所で何を調べるんだ?」
「実は三日ほど前に、そこで膨大な魔力が熾きたんだ」
「つまり、その原因を調べろと?」
「そういうことだ。話が早くて助かるぞ」
そう言って、なにやらカビ臭い地図を俺に投げた。それはもう随分とボロボロで、少しでも力を加えれば崩れ落ちてしまいそうだ。
「これが、塔までの地図なのか?」
「その通り。保護はしておいたからこれ以上崩れることはない」
なんとも便利な魔力である。
「明日からしばらく頼みたいんだが……」
「ポンコツを叩き起こさないといけないから無理だな」
これで行かなくても良いだろうか。
「あぁ、その点に関しては心配しなくていい」
その理由は読めていたとでも言うように、校長は得意げに続ける。
「本来なら監視役の姫路も同行させるべきだが、あいつの方にも一つ頼みがあってな。長く見積もって、お前ら二人は一週間公欠ってことにしてある」
「マジかよ…」
流石は現段階の最強の魔女。俺の逃げる口実をことごとく潰していく。これはもう、諦めるしかないな。
「じゃ、よろしく頼む」
そう言って右手を上げる校長に対し、俺は項垂れることしか出来なかった。
####
「ただいま」
「フラグ回収お疲れ様です、飯ケ谷さん」
「シバかれたいの?」
いつも以上にテンションの低い俺に対し、ポンコツはいつも通りだ。
「……なんだそれ?」
ポンコツの周りにある荷物を指さして言う。
「校長と大神様から調査を頼まれまして。飯ケ谷さんも聞いているんじゃないですか?」
「あぁ、俺の方は十六番目の塔だったかな」
「私は森の方でしたね。まぁ、そういうわけで今は荷造りしている最中ですっ!」
ビシッと敬礼するポンコツの横には驚くほどの荷物が散乱していた。そう言えばこいつの調査も俺と同じく一週間程度だったな。それにしては荷物が多すぎる。まさか荷造りも出来ないほどのポンコツなのか。
「失礼ですね。荷造りぐらいできます!」
「あれ、心の声漏れてた?」
「ダダ漏れでしたよ……」
苦笑まじりにポンコツは言うが、実際にこの量の荷物はありえない。持ち運びが困難を極める。
「一応聞くけど、何持っていくつもりだ?」
「えっとですね。この辺全部です」
両手を目一杯広げ、端から端までの物を示した。その中にはシャンプーやリンスなどの日用品から、謎の食料があった。というか食料品の量が凄まじい。これだけで全体の三分の二を占めている。化物にとってみれば睡眠などの休養は必要ないが、確かに食料は必要である。魔力を補う際に必要名のエネルギーとなるからだ。化物が死ぬのは、ずっと先に訪れる寿命と、魔力が尽きた場合の二つに分かれる。寿命に関しては誰も心配していないのだが、魔力は際限なく使うとすぐになくなってしまう。大気中にも魔力は漂っているのだが、やはり食事をする方が簡単に補える。それにしてもだ。この量は多すぎる。
「なぁ、ポンコツ。まさかとは思うが、これ全部持っていくつもりか?」
「そうですよ?」
小首を傾げられてしまった。
「この量をどうやって運ぶ気だよ…」
「え、普通に空間転移ですけど?」
「……なるほど」
そう言えばそうだった。天使には得意の空間転移があるんだった。思えば今ポンコツが使っているベッドも、それで運んできたんだっけな。俺たち悪魔にはどうも馴染みのない術式だからか存在を忘れてしまっていた。ポンコツを見ていると、案外俺にも空間操作系統の魔術は使えそうな気がしてくるんだがな。
「飯ケ谷さんのご飯が食べれられない分、大目に持っていかないといけないのです」
「左様ですか。というか飯以前の問題で、朝は起きられるのか?」
「その点に関しては問題なしです。学校の時間帯よりも早くないので」
「そうか。なら安心だな」
「ですてす」
ポンコツの荷造りと言う名の物を詰め込めるだけの作業も終わり、晩御飯を食べることにした。ポンコツが俺に何を持っていくのか聞いてきたが、実は何も考えてなかった。包丁とある程度の食料ぐらいは持っていくか。後は恐らくだが何とかなる。校長も様子見に来るだろうし、なんなら泰樹が面白がって来そうだ。
気が進まない調査を明日に控えながら、俺はため息をついて夜を明かすのだった。




