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天使様はポンコツです  作者: trombone
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羽休め No.001

 少しだけ昔の話をしよう。とは言っても、最早何年経ったのか数えるのが馬鹿らしく思えるほどに昔の話だ。知って所で何かを得するわけでもないし、知らなくても損はしない。ただし、これは人間のように世界の歴史について何も思う事が無い場合。貴方がもしこちら側に足を踏み入れたいのならば、この話は知っておくべきだろう。風化し忘れ去らた、悲しき物語を。


####


 深緑が綺麗な森の中に世界一と称される技術者がいた。研究と発明が日課の変人。研究に研究を重ね、のめり込み過ぎた彼は、自分の身体さえも改造してしまった。世界一の技術は誰が見ても普通の人間と変わらない姿のまま、彼を不死にした。不死ということに彼は喜びを覚え、再び研究と開発を再開した。


 だがそれも束の間、世界は終末へと向かっていく。


 時計台の精霊は他の生物以上に寿命が長いだけであって、完全無欠の不死ではなかった。

 精霊の寿命が尽き、保たれていた均衡はあっけなく崩壊した。天使と悪魔と、それから人間の世界は瞬く間に混沌へと進んでいった。悪魔たちは人間の世界を制圧しようとし、それを阻むべく天使たちは立ち上がった。人間はそんな化物達を呆然と眺め、怯え、逃げ惑い、隠れ場所を探した。しかし、既に戦場となってしまった世界に逃げ場などない。戦いに巻き込まれ、多くの人間が命を落とした。誰かが死の間際にポツリとこぼした。これは〝世界の終末〟だと。血の涙を流しながら、そう言った人間は粉となり風に舞って消えた。人間たちは皆、死を悟った。

 一方、大地は夥しい量の血で彩られている。かつては大海が雄大に広がっていた場所の面影もない。そんな場所で背中に黒羽を生やした悪魔と、白翼を生やした天使が争っている。互いに魔法を撃ち合い、多種多様な武器で殺していく。


 雄叫び、悲鳴、詠唱、血飛沫、燃え盛る紅い炎、全てを飲み込む黒、白く輝く星々の歌。あらゆる感情が、魔法が、一か所で渦巻いている。どれだけ敵の戦力を減らしただろう。あとどれだけこの戦は続くのだろう。そんな甘い考えは、一人も抱いていない。ただ眼前の敵を殲滅することのみを考えている。それが故に、この戦は一向に終わらない。

 そんなとき、一人の少年と精霊が現れた。腰には一本の刀を携え、その表情は唐突に終末を告げる世界とは裏腹に嬉々としたものだった。先の物語が待ちきれなような子供の表情だ。

 当然二人は天使側についた。そして襲い来る悪魔の大軍を、とても簡単に圧倒していった。悪魔たちは察した。このままでは人間ごときに負けてしまうと。既に数え切れない悪魔を叩き潰している人間が、はたして人間と言えるかどうかは別なのだが、悪魔たちは敗北を思い描いてしまったのだ。だから悪魔たちは、更なる力を得るために手段を問わなかった。

 さてここで、世界一の技術者のことを思い出して欲しい。彼は人里離れた森の中でひっそりと研究をしていた。当然ながら彼は、世界が崩壊していることなど知らない。ただただ黙々と、日課とする研究と開発を続けていたのだ。


 休憩がてら紅茶を飲んでいたときだった。身に余るような衝撃が彼を襲った。床に盛大に打ち付けられ、痛みで眼を強く瞑った。痛みでぼやける眼を開くと、そこにはやけに見通しがよくなった玄関があった。そしてその奥からゆっくりと歩いてくる、()()()()()()()()()()()()()()()()。状況が呑み込めない。これは何だと様々な疑問が彼の頭を埋め尽くしたが、眼の前に来た存在の一言で全て空になった。


「俺は悪魔のシルベラ。貴様が世界一と称される技術者か?」


 刹那の恐怖。しかしそれも、悪魔と言う存在を始めて認識した彼の前では無に等しい。


「……ははっ、凄いな。悪魔なんて本当にいたのか。てっきり空想上の存在だと思っていた」


 普通の人間なら悪魔から溢れる魔力で命を落としかねないのだが、彼は自身の身体を改造し不死を手に入れている。魔力ごときでは残念ながら死ぬことは出来ない。


「質問に答えろ。貴様は世界一の技術者なのか?」

「言語は人間と一緒なのか。にしても背中の翼が異様だな」

「いいから答えろ。あまり時間がない」

「え?あぁ、時間がないんだね。うん、そうだよ。如何にもボクが世界一の技術者だ」


 トンっと胸を叩く彼をシルベラは無表情で見つめる。


「……そうか。なら話は早い。貴様に一つ頼みごとがある」

「へぇ、偉大なる悪魔様がこんな人間に頼み事ですか」


 悪魔だからと言って簡単に頼みを聞くような彼ではない。煽るように、はたまた試すように彼は言う。


「そうだ。自律人形(オートマタ)を作って欲しい」

「自律人形ねぇ」


 彼は考える。自分にそんな物を作らせる理由は一体何だろうか。それを作った所で自分にどんなメリットがあるのか。腕を組み、静かに考える。思考が纏まる間を待ってくれているシルベラは悪魔の中でも珍しい部類だろう。悪魔なら普通待つことを嫌う。シルベラでなければ下手をすれば彼を力づくで連れて行ったであろう。


「三つだけ質問しても良い? その答えによっては考えるよ」

「分かった。俺の答えられる範囲で答えてやろう」

「なら一つ目。君は今この瞬間に実在しているのかい?」

「あぁ、俺は今ここにいる。正真正銘の悪魔だ」

「そうかい。じゃ二つ目。仮にボクが自律人形を作ったとして、ボクに何かメリットはあるのかい?」

「望む物はなんでもくれてやろう」

「へぇ、流石は悪魔様だ。太っ腹だね」


 非常に満足したように、かつ何かを思い込むように彼は頷く。


「よし最後だ。世界は今、どうなっている?」


 彼は一段と声を低くし、当然の疑問を問う。不思議な凄みがある雰囲気だ。


「……お前が知る必要はない」

「これだけは答えられないと」


 もう一度彼は考える。しかし今度は、さほど時間はかからなかった。


「うん。いいよ。作ってあげる。君たちの目的も、世界の現状も分からないけど作ってあげるよ。ただし一つだけ条件がある」

「条件だと?」

「あぁ。ボクは自律人形を作る。その代わりに、君たち悪魔は私に〝外の世界〟を教えてくれよ。この暮らしもちょっと飽きてきたからね。たまには刺激が欲しいんだ」

「……」

「この条件が飲めないのなら、ボクも君たちの頼みは聞かない」

「……分かった。その程度の望みなら叶えてやろう」

「うん、よろしく頼むよ」


 そうして彼は、後に化物と呼ばれる者達の世界に足を踏み入れたのだ。


####


 悪魔側は天使たちに対抗すべく策を練った。だがそう簡単に練られる物でもなく、悪魔たちは頭を抱えていた。そんな姿に見かねたのか、一人の化物がこう告げる。


「なに禁術を使えば良いさ。まぁ人間風情が使えるかどうかは分かりらないけど」


 冷たく、怪しげに、かつ楽し気に笑うその姿は異様である。悪魔ではない天使の翼が背中から生えていて、しかもその色は黒い。そして天使の特徴である天輪も本来の輝かしさはなく、黒く瘴気に染まっている。それは天使が力に溺れてしまったことを意味する。つまりこの化物は堕天使だ。


「さて、そろそろあの人間を殺しに行くとしよう。今に見ていろ。我らに歯向かうことの恐ろしさを身に刻んでやる」


 狂気にも似た笑みを浮かべ、その化物は空へと舞っていった。


####


 世界一の技術者はシルベラの監視の下で自律人形をせっせと作っていた。製作数に制限はなく、いくらあっても困りはしないと言うのが注文だった。今日まで作ってきた数、約二百体。彼はそれら全てに名前を付けている。


「前から聞こうと思っていたが、どうして一つ一つ名前を付けるんだ?」


 シルベラはそう問うた。


「愛情込めて作ってるからさ、ボクの子供のようなものなんだよ」


 二百一体目を作り終えながら彼はそう言った。二百一体目に名前を付け、休憩をしようと紅茶を淹れ始めた。そこにはシルベラ分のカップも置いてある。 


「ほら、君も座りなよ。監視とは言え立ってるだけなのも疲れただろう?」

「……そうだな」


 彼らのやり取りは常に静かだ。シルベラは当初いくら世界一とはいえ人間程度に作ることが出来るのか、という懸念があった。しかし予想を上回る数を作り上げる彼を見続けるうちに、純粋に彼に対して興味が湧いた。何故この人間は我々の力となるのか。この技術は何なのか。珍しい感情を抱く自身にほんの少し困惑したが、今ではこうして同じ席で紅茶を飲むようになった。


「ずっと前から聞きたかったんだけどさ、背中から生えてる翼って他の悪魔とは違うよね?」

「話していなかったか? 俺は元々は天使なんだ」

「え、なにそれ初耳なんだけど」


 かれこれ三年ぐらい同じ場所に閉じこもっていたのにも関わらず、未だに知らなかったことに彼は少し不満を抱いた。


「どうして言ってくれなかったのさ。ボクの事はとやかく聞いてきたくせに」

「貴様が聞いてこなかっただろう?」

「うぐっ。確かにそれは事実だけれども……」

「聞かれたら答えてやらんこともないぞ。こうして自律人形を作ってもらってるわけだしな」

「じゃ、紅茶でも飲みながら話してよ。少しぐらいは休憩しないとね」

「貴様はもっと休んだ方が良いと思うがな」


 紅茶を啜りながらシルベラはしみじみと言った。その言葉が意外だったのか嬉しかったのか、彼は一瞬動きを止め、はにかんだ。我ながら何故こんな事を言ってしまったのだろうかとシルベラは思ったが、その恥ずかしさを紛らわすように紅茶を飲み続けた。

 この空間だけを切り取れば化物と人間が仲睦まじく談笑しているだけの、駘蕩(たいとう)たる素敵で歪な空間に見えるだろう。だが、彼らがいるのは隔離された空間。一歩外に踏み出せば、そこは終末と言われた戦場。敵味方問わず魔法が飛び交う終わる世界。ある者は無力さを嘆き、またある者は力に溺れた。

 恐らく彼は気付いているのだろう。世界の現状と、自分が作り続けている物の重みを。それでも彼は、知らないふりをして、必死に眼を逸らして作り続ける。それが彼に依頼された仕事だから。


「……でもどうして天使から堕天したのさ。天使の方が色々と有利というか過ごしやすいんじゃないかい?」

「まぁ色々あってな」

「聞けば答えるって言ったよね?」

「……」


 先ほどの失言を思い出したシルベラは頭を抱えた。その様子を彼は得意げに眺めている。


「……はぁ。いいだろう、話してやる。だがあまり詳しくは話せないぞ」


 やれやれと言った様子で元天使はは話し始める。


「世界の現状については貴様どこまで知っている?」

「どこまでって言われてもね。何も知らないに等しいかな。あぁでも、終末って単語は知ってるよ。ちらほら聞こえてくるからね」

「そうか。ならこの世界の現状から話そう」

「世界に関しての話じゃなくて君の話が聞きたいんだけど」

「いいから聞け。俺が堕ちたことにも関係がある」


 紅茶で喉を潤しシルベラは続ける。


「名前も何もない大神様がいたんだ。おおよそ大神とは思えないような変な奴だったが、そいつの統制の下で天使が暮らしていたんだ。楽園とも呼ばれるような場所で、実際に楽園だった。だがある日、一人の天使が大神を殺したことで、楽園は地獄と化した」


 重々しい雰囲気で語るの灰色の瞳を彼はじっと見つめて聞いている。


「その天使の名はフィエルク。今現在、天使と戦っている悪魔の王だ」

「元天使が悪魔たちの王?」

「大神を殺したあとフィエルクは天界から姿を消した。それを調査するべく天使長達が動いたが、中々尻尾がつかめなくてな。しかもようやく手掛かりが見つかったと思えば、なんと地界にいやがった」


 訝し気にシルベラは話す。つらつらと言葉を紡ぐように。


「本来、地界っていうのは天使にとっては摩訶不思議な場所だ。足を踏み入れる者はなく、その場所について知ろうとする者さえいなかった」

「そんな場所にフィエルクがいたことで天界にはさらに動揺が走ったと」

「そういう事だ。だが地界にいようともそいつは捕まえなくてはならない」


 やれやれと言った様子で溜息をこぼす。


「だがどうやって捕まえるか。相手は大神をも凌ぐ化物。そこで天使長はあることを思いついた」

「あること?」

「天使を堕天させ、地界に行かせることだ」


 ゆっくりと、まるで自傷でもするように、嘲ながら堕天使は言った。

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