十一羽目
「時間移動って出来ると思います?」
「は?」
土曜の昼下り、いつもの炭酸水を飲みながらポンコツは唐突に聞いてきた。急すぎて一瞬何を聞かれているのか分からなかった。手元のレモンティーで喉を潤し、ついでに糖分も摂取しておく。万全の状態でなければポンコツとの会話は成り立たない。
「だから、時間移動が出来るかどうかです」
「……時間移動ねぇ」
時間移動。つまり過去や未来に任意で移動することが出来るのか。こいつはそういう事を聞きたいのだろう。童話や創作にはよく主人公が過去に行って、未来を変えるために努力するような話がある。だが大図書に保管されている文献には、誰かが時間移動を可能にしたという記録はない。さらに言えば、時間移動をしようと考える化物自体いない。長い時間を生きてきた化物にとって、過去に戻り再び同じ時間を繰り返すのは酷な事なのだ。未来に関しても化物たちは興味がない。どちらかと言うと生きている今を大事にするような者達なのだ。だから時間移動については研究も開発も進むことなく、というか多分始まってすらいない。
「私としては出来ると思うのですが、どうでしょう?」
「……紙の上の理論で言えば可能だろうな。ただまぁ、俺が考えてものだから信用性があるかは分からんが」
「ほうほう、飯ケ谷さんの理論ですか。聞かせてください」
「長くなるし面倒くさい」
「いやいや、聞かせてくださいよ。ちゃんとお菓子と飲み物も用意してますし」
ほらっ、と言って空間転移で台所にあったお菓子と冷蔵庫の飲み物を出現させる。さも自分の物ように扱っているが、それ一応俺のだからな。
「ささっ、飯ケ谷さん。話してくださいよ」
「分かったよ……」
期待に眼を輝かせているポンコツに再び面倒くさいとも言えず、一から俺の理論を説明することになった。
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今から言う事を理解するためには、世界の構造を考える必要がある。というかそれに沿って理論を立てているから、そこが分からなければ始まらない。一から十を知ると言うが、零を知らなければ一すら知りえないということだ。
「多元宇宙論って知っているか?」
「た、たげんなんですか?」
あぁ、やはりそこから説明しないといけないのか。
「多元宇宙論っていうのは、簡単に言えば今住んでる世界と少しずつ違った世界が無数にあるっていう考え方だ」
「……例えば、朝食がパンじゃなくてご飯だったり、私が飯ケ谷さんの監視役でなかったり、みたいなことですか?」
理解がはやくて助かる。だがあまりピンっと来ているわけではないようで、こめかみに人差し指を刺して唸っている。それなら少し分かり易いように補足をしよう。
「もっと平たく言えば並行世界って所か。そうだな、水槽をイメージしてくれると分かりやすいか」
「水槽ですか?」
「水槽と言うか、泡かな」
俺の考えでは、世界は泡のように無数に存在している。だが水中の泡が不規則に浮いているのに対し、世界は同じ時間軸が横一列で規則的に並んでいる。同じ時間軸と言っても先ほど言ってように、少しずつ違う世界だ。距離が遠ければ遠いほど自分いる世界との違いは大きくなり、逆に近ければ大差ない。
「でもこれって時間移動ではないですよね?」
「まぁ聞け。説明はまだ終わってない」
世界は横に並んでいるだけではない。泡が下から上に上昇するように、世界だって上昇する。
要するに、〝時間が進むことは泡が上昇することと同意である〟というのが俺の考えだ。
つまり時間移動をしたいのであれば上か下にすればいい。だが水中の泡がユラユラと不規則に浮上するように、時間だって規則的には移動できない。というのも、世界の時間は自分の取った行動が大きく影響するからだ。人間が決まって言う〝あの時こうしておけば良かった〟という言葉が分かりやすい。Ifの可能性論のように、一つの逃げのように人間は言っているが実際は違う。彼らが言っていることは大いに正しい。その時の行動が、その時に選んだ選択肢で未来は大きく変わる。だからこそ、選択肢の数だけ未来があるのだ。そしてこれは、時間が進めば進むほど分岐は増え並行世界の数が増えるということでもある。
「ふむふむ。それでは任意の時間に戻ることは不可能というわけですか?」
「不可能と言うことは無いが色々と面倒くさいだろうな。仮に世界が俺の理論通りにできていたとしても、今まで辿って来た分岐を間違えずに辿り直さなければ過去には戻れない。そもそも今の時間軸から抜け出さないといけないし、そんな魔法があるとは思えない」
「じゃぁ、空間移動で時間を行き来することはできないんですか?」
「空間移動はあくまで空間を移動するだけだ。それだけじゃさっき言った隣の世界に影響は及ぼせない」
「……なるほど」
むむむ、と唸り声を上げるポンコツ。俺も一度は考えてみたが、空間移動では時間を移動することはできないという結論に至った。空間移動は今いる世界の空間しか行き来することが出来ない。決めつけなのかもしれないが、俺はこの考えから発展させることがまだ出来ない。
「まぁ、確かに時間移動の魔法なんてどの文献にも出てきてないですからね。必要性もないですし」
「だがこうやって〝あるはずがない〟と言っている間に、ひょっとしたら誰かが時間移動をしているかもしれないな」
「それを否定することは出来ないですからね~」
聞き疲れたのか考え疲れたのか、両手を投げ出して椅子にもたれかかるポンコツ。この程度でへばっているようじゃ研究には向いてないな。もう少し集中力と忍耐力を鍛えて欲しいものだ。
さっき俺は今の時間軸から抜け出す魔法は無いとポンコツに言った。さらに、空間移動だけでは時間を行き来できないとも言った。もう一度言う。
空間移動だけでは時間の行き来は出来ない。
ポンコツは気付いていないようだが、もう一つ魔法を組み合わせれば時間移動は可能ではないかと俺は考える。
〝空間固定〟という不意打ち専用の魔法がある。簡単に言えば相手がいる座標を固定する魔法だ。これを使って不意打ちを行ったりするのだが、ほぼ使われることは無い。何故なら、対策が簡単な割に魔法そのものが難しすぎるからだ。というか空間操作系統の魔法が全般的に難度が高い。まぁ、今はそんなこと頭の隅にでも投げ捨てておけば良い。
一つの突飛な空論として、〝空間固定と〝空間移動〟を応用すれば過去に戻ることも未来に進むことも可能であると俺は考えるのだ。具体的には、まず空間固定で自分自身の座標を固定する。その状態で空間移動を使用。しかし空間移動は魔法をかけた対象が動けなくては始まらない。つまり座標を固定したままでは使えない。それを何とか無理矢理にでも使うことが出来れば、幽体離脱のような状態になり精神だけが空間を行き来することも可能なのではないだろうか。
まぁ、〝何とか無理矢理に〟という点を解決しなければいけないのだが、今の俺ではそれを解決できない。流石に知識が足りないし、俺の魔力が足りるのかも分からない。いや、時間移動なんて大層な魔法は俺の魔力じゃ全然足りないんだろうけども。
時間移動は他の誰かが解決してくれることを願おう。
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その日の夜、俺は久し振りにこの場所を訪れた。延々と続く一本道。後ろに佇む大きな扉。泰樹が〝始まりの魔女〟と称した、優し気な魔女の世界だ。
『お久し振りですね。休日は楽しく過ごせましたか?』
『ポンコツが可笑しな話題を振って来るから大変だったよ……』
『仲が良いようで安心しました』
『……』
以前の俺ならば強く強く否定していただろうが、何故だか今回は言葉が出てこなかった。
『それはそうと、なにやら面白そうな理論を唱えてましたね』
『聞いていたのかよ……』
『貴方の理論、かなりいい線行ってますよ』
『ということは、時間移動は可能なのか?』
『可能である。ということだけ言っておきましょうか』
なにやら裏のあるような言葉だが、時間移動は出来るらしい。まぁ、俺は別に時間移動に関しては大して興味を持っていないし裏があっても無理に聞き出す気はない。世界の歴史に関することならば別だがな。
『あまり詳しく話せなくてすみません。なにせ色々と事情がありまして……』
『いや別にそこまで興味があるわけではないから大丈夫だ』
『それなら良かったです。その代わりと言っては何ですが、一つ忠告をしておきましょう』
『忠告?』
『えぇ。この世界、今からちょっと色々と厄介ごとが起こりそうなんですよ。あぁもう。こんな時に限って時間がありませんね。詳しい話は割愛しますが、これだけは覚えておいてください』
一拍置き、彼女は重く響く声で俺に言った。
『貴方たちも物語の主人公です』
そして俺の意識は途絶え始めた。前回のように、普段のように前置きがあってから途切れるのではなく、何の前触れもなくブラックアウトし始めた。それこそ正に、コンセントを抜かれたテレビのように。
『今回はあまり話せなかったので、ちょっとおまけ付きです』
落ちる寸前の意識の中で、その言葉が聞こえたような気がした。あまり自信はないけれど。
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眼が覚めると既に太陽が昇っていたようで、カーテンの隙間から柔らかな光が入って来た。
「……」
やはり分からない。彼女が言っていた意味と、急に意識が途絶えた意味。それから〝貴方たちも物語も主人公です〟この言葉。貴方たちというと俺とポンコツの事なのだろうか。分からない。今この世界で、いや正確には今からか。一体何が起こると言うのだろうか。幸い今日は日曜日だし、泰樹も校長も暇だろう。知っていることがない問い詰めてやる。
「ふみゃぁ~。飯ケ谷ひゃんおはようございましゅ……」
「顔洗ってこい。呂律が回ってなくて何言ってるか分からん」
毎朝見慣れた光景とは言え、なんだか安心するというか妙に落ち着けると言うか。いかんな。どうも俺はこの生活が気に入ってしまっているようだ。今後ポンコツと仲が良いと言われても反論できなくなってしまう。
休日の朝食も普段と変わらず、ハニートーストだ。弁当を作る必要が無いので、ポンコツが顔を洗っている間に作り終わる。ポンコツが眼を覚ましてリビングに戻ってくると、もう既に準備が出来ている状態だ。ごちゃごちゃ考える前に、取り敢えず朝食でも食べよう。俺も頭が回らない。
「改めておはようございます」
「あぁ、おはよう。ほらさっさと食べようぜ」
「そですね。いただきます」
「いただきます」
アナウンサーが今日のニュースを伝える。それを聞きながらポンコツは、美味しそうにハニートーストをパクつく。こうやって見ると、こいつもかなり可愛いんだよな。
「……っ!」
「うわぁ!どうしたんですかどうしたんですか!?いきなりテーブル叩かないでくださいよ!!」
「悪い、なんでもない。なんでもないんだ」
「本当に大丈夫ですか?」
おかしい。なんだ今日の思考回路は。まるで俺ではない全くの別人のようだ。一体俺の思考回路に何があった。
そこまで考えて、俺はある言葉を思い出す。
〝今回はあまり話せなかったので、ちょっとおまけ付きです〟
有り得ない。そう思いたいがこんなこと出来るのは魔女しかいない。おいおい、おまけってこれの事かよ。なんて面倒くさいおまけなんだ。というかおまけって本来貰って嬉しい物だろうが。こんな思考回路がわけわからなくなるおまけなんて貰っても嬉しくない。
「どうかしました?」
「いやなんでもない。そうだ、俺は今日用事があるから夜まで帰れないからな」
「ええー。じゃぁ、私のご飯はどうなるんですか!」
「だから晩御飯までには帰る。というかお前料理できるだろ。昼食は自分で作れ。部屋にある物は何使っても良いから」
「はーい。して飯ケ谷さん」
「なんだ?」
「どうして先ほどから視線を逸らすんです?」
こういう時に限ってこいつは痛い所を突いてくるな。上手い事はぐらかしても無駄だろうから、早い所この場所から退散するのが最善だろう。
「よしっ、俺は外に出てくるからな。あとはよろしく」
「え、あぁちょっと!飯ケ谷さんー!」
「聞こえない聞こえない」
「……帰ってきたら問い詰めましょう」
なにやら怖い言葉が聞こえてくるがこの際は無視だ。帰って来る頃にはどうせ忘れている。だってポンコツだもの。さて、泰樹に連絡を入れるとしよう。どうせ今日も生徒会室いるのは分かっているのだが、一応連絡するのが礼儀だ。これは人間だろうと化物だろうと変わらない。人間の言葉で〝親しき中にも礼儀あり〟というのがあるようだが、実に良く考えられた言葉だ。場所に関しても一応は学校に行くことになるので、今日の服装は制服である。
はぁ、休日とは言えあの長い道を歩かねばならないのが辛い。校長にバレるのを覚悟で認識阻害かけて飛んで行くか。よし、そうしよう。
俺は黒羽を出現させ、大きく羽ばたかせて空を飛ぶ。なんだかこれから更に面倒くさくなりそうだ。




