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天使様はポンコツです  作者: trombone
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一羽目

 四月。それは桜が咲き誇り、若葉のような新入生が心を躍らせる素敵な時期である。だがしかし、俺、飯ケ谷雫(いいがやしずく)たち高校三年生にとっては必ずしも素敵な時期というわけではない。周りを見渡せば、進級してもクラスが同じだったことを嬉しがる女子たちの他に、受験だ受験だと嘆くやつもちらほら見て取れる。そうなのだ、世の中の大人たちが経験してきたように、高校三年生には受験という荊棘の試練が待ち構えているのだ。この時期から嘆きだしても何も変わることは無いような気もするが、高校受験と大学受験が全くの別であるように、一度経験した受験則というのも役に立ちにくいだろう。

 まぁ、そんなこと俺には全く関係ない。俺の通っている時ヶ峰高校が進学校なだけあって、大半の生徒は大学に進学を希望する中、俺や極一部の生徒は進学という単語すら手のひらにない。それにはもちろんちゃんとした理由がある。それは別に、就職とかそんなことではない。


 この学校はもう一つの呼び方がある。〝化物の巣窟〟それがこの学校のもう一つの呼び名だ。化物、即ち一般常識からかけ離れた者、一定の枠をはみ出した愚か者たちがこの学校には幾人かいる。何故そんなやつらがいるのかと問われれば、簡潔に説明することは難しいのだが、敢えて原因を述べるのなら〝この学校の創設者が神様だった〟ということだ。春先の変人と誤解されてしまいそうな原因だが、正しくこれが原因なのである。俺は別に歴史に詳しいわけでもないが、父の話を要約すれば、この世界が慌ただしく生活も何もかもが今とは全く違った、数千年前の時代に戦争の記憶を後世にも伝えていこうと、ある神様の提案が今もなお残っているらしいのだ。全くもって意味不明なことだ。俺もあまり理解できてはいないが、事実としてこの学校の生徒会は化物たちで構成されているし、校長と校内一と称される美少女は魔女だったりする。当然、普通の生徒は分かっていない。ただの大きな時計台がある進学校だという認識しかないだろう。


 さて、ここまで言っていればうすうす気が付くだろうが、かくいう俺も化物だ。父が先ほどの原因に出てきた戦争の頃から生きている悪魔で、その血を引いている俺も必然的に化物という事になる。


 父のように化物たちは、普通の人間と比べて違い寿命が遥かに長いらしい。だからなのかは知らないが、俺はあまり周りの事に興味を持つことが出来ない。何もかもが灰色のようだと言うのはいささか言い過ぎなのかもしれないが、何をやっても達成感は感じられず、他人と話しても特に思う所もない。だが、景色を眺める事と家事だけは嫌いじゃない。


 さてさて、こんな和やかな雰囲気の中で一人立ち尽くしているのもあれだろうし、さっさと新しい教室に行くとしよう。外に貼りだされているクラス表は見えないだろうから、教室に貼ってあるのを見よう。靴を履き替え、階段を上る。三階まで上がらなければならないのが難点だが、今は人も少なく静かで歩きやすい。カツカツとした固い音が反響する。三階まで上がれば、見知ったやつが一人いた。


「やぁ、雫。今年もよろしく頼むよ」

「えぇ、なに白鯨。今年もお前と同じクラスなの?」

「学校でその名前はやめてくれない?」


 すらっとした長い手足に整った顔立ち、世で言う所の美男子な東泰樹(あずまたいき)がこちらに手を上げていた。美男子で成績優秀で尚且つ生徒会長までしている完璧超人なこいつとは、どうやら運の悪いことに、三年間ずっと同じクラスらしい。しかも苗字が東と飯ケ谷なので、必ず俺の前の席だ。もっと言うなら、入学式から卒業式までこいつの隣に座ることになる。何故俺が〝白鯨〟と呼んだのかは言わずとも知れたことだ。つまりこいつも化物の一人なのだ。まぁこいつが一体どういった化物なのかを説明するのは、今でなくていいだろう。生徒会長が化物、というか生徒会自体が化物の集まりという学校は他にないだろうが、普通に考えれば異様だ。


「そういえば聞いた?今日は転入生が来るらしいんだよ」

「俺がそんな情報聞くと思うか?」

「うん、まず聞かないよね。知ってた」

「だろう?で、その転入生がどうしたんだよ?」

「なんと、なんとその転入生が僕達のクラスにきます!」

「それで?」


 正直、本当にどうでも良い。転入生とかたとえ美少女であろうと、全く興味がわかないんだけど。まぁ当然、こいつが話題に出すだけあってもう少し深い理由があるとは思うのだが……


「そんな顔するなよ雫。その子を話題に出したのは校長が気にしていたからなんだ」

「あの変な心読む魔女が?」

「だから校内でそれはやめよう?あぁ、少し心配していたような感じだった」

「あの魔女が心配する事なんてなにもないだろ……」

「いやいや、心配してたのは雫についてだよ?なんでも転入生が色々と厄介になりそうだとか」

「俺についてだ?」


 父親が悪魔で俺もその血を引いているってだけで、かなりの厄介事だし、これ以上増えては欲しくない。まぁそもそも、俺と転入生には関りなんて一切ないだろうし、厄介になりそうとか言われても何もないだろうがな。


「転入生との、というか僕たち以外に基本的関り持たない雫だから、あまり僕も心配はしてないんだけどさ。でもあの校長があそこまで神妙な空気を醸し出すのは珍しいからね、一応気を付けて」

「まぁ、善処はする」


 そういって俺は教室に入り、泰樹は入学式の準備の為体育館に歩いて行った。お仕事お疲れ様です生徒会長。軽く労い、俺はすることもないので寝ることにした。


####


 何処か遠くで誰かが俺を呼んでいる気がする。俺の名前ではなくて、異名の方を呼んでいる。見渡してもこの空間には取り立てて何かがあるわけではない。ここにあるのは延々と続く一本道と、その傍らに不気味なくらいに規則的に並ぶ街灯があるだけだ。声は一本道の向こう側から聞こえてくる。足を進めるべきか、それとも留まるべきか。引き返すという選択もあるのだろうが、残念なことに俺の背後には大きな門が佇んでいるので、引き返そうにもそうできない。だから俺は仕方なく、足を進める事を選んだ。意を決して、小さく一歩を踏み出そうとしたその瞬間、頭部に激痛が走って、俺は眼を覚ました。


「……痛い」

「あ、やっと起きた雫」


 寝ぼけて未だ覚醒しきっていない目に映ったのは、右手を刀のように尖らせている泰樹の姿があった。さっきの激痛はこいつの手刀のせいか。それなら目が覚めるくらいの痛さも理解できる。なにせこいつも化物だからな、手刀とか本気出せば、岩の一つや二つ簡単に一刀両断できるだろう。あれ、そんな危ないので俺起こされたの?自分で思っていて恐ろしい。


「危ないからその起こし方は今後しないで欲しいんだが……」

「いつまでも眠りこけている雫が悪いんだよ。ほら、もうロング始まるよ」

「……おぉ」


 新学期のLHR(ロング)というのは、とても暇である。自己紹介や掃除決めなどめんどくさい事がてんこ盛りだ。まぁ当然、いつも俺は息を殺して無難にやり過ごし、泰樹が円滑に進行するのだが、今日だけは違う。泰樹が朝言ったように、転入生それも美少女が来る。それだけで、教室の雰囲気は浮足立ち、泰樹の華麗な進行すら意に介さないほどに時間だけが過ぎていくのだろう。俺としてはもうひと眠りできるので嬉しい限りなのだが、今日決まらなかった分は後日に回されてしまい、再び暇な時間が訪れる事を考えるとなんとも言えない。

 担任の簡単な自己紹介から始まり、いよいよ次は転入生の紹介だ。担任が手招きをすれば、サッと扉が開き、転入生が入って来る。金色の長い髪が風になびき、綺麗な姿勢を保ったまま足を進めるその姿は、正に美少女と呼ぶに相応しい。それは先程までざわめいていた生徒たちの思考を、言葉を一瞬にして止めた。


「初めまして皆さん。私は姫路(ひめじ)・ラグイル・エミリー。気軽にエミリーとお呼びくださいね」


 そういって軽く微笑み、深々と礼をすれば、静まり返っていた教室が更に活気に溢れかえった。物凄くうるさい。前方を見れば泰樹が困ったような表情で俺の方へ体を向けていた。いやそんな顔されても困るんだけど。


「彼女が雫の厄介事になるなんて考えられないね」

「……そうか?俺は少し、考え過ぎでなければ不穏な空気を感じる」


 姫路・ラグイル・エミリー。何とも綺麗な名前だとは思う。だがしかし、ラグイルという単語に引っかかる所がある。ラグイル。俺の記憶が確かなら、〝光の世界の監視者〟と呼ばれていた天使の名前だ。何故わざわざこの天使の名前なのか不思議と思い、少しだけ恐怖を覚える。父親が悪魔だと言ったが、あれには少し訂正が必要だ。父親の名前は〝バラキエル〟と言い、人間に占術を教えたらしい。そして誇り高き堕天使でもあった。人間の女性、つまりは俺の母親と交わることを誓い、更にはヘルモン山に集まった二百の天使の頭の一人なのだと父親は言っている。

 もしも俺の〝この転入生が堕天使の実の息子である俺を監視に来た〟という考えが合っているのなら、校長が心配していたのも頷ける。そんなことは俺の考え過ぎだろう。そう思いたい。


「あとの進行は頼んだ泰樹。俺は寝る」

「……あれだけ寝ておいてまだ寝るのかい。掃除は勝手に決めとくよ?」

「あぁ、頼む」


 そう言い残して俺は再び眠りにつく。先ほど見ていた夢の事などとうに忘れていた。意識が落ちる寸前で、転入生が俺の方を見ていたのは錯覚だろう。


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