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ナインスさん家の事情

すぐ殴るわこの人

 料理番として今日の仕事を終え、後片づけをしていると厨房にナインスがやってきた。


「よう、真面目に仕事してるか」

「見ろこの綺麗な厨房を、いかに俺が真面目かわかるだろう」


 何をしにきたのかよくわからんが晩飯ならもうない。

ナインスはとっくに食べてるから違うとは思うが。


「そうかそうか…ん、女のガキはどこ行った?」

「アイラは池で体を洗ってるよ」


 厨房の勝手口を出たところにある小さな池で俺たちはいつも体を洗ってから寝る。

湧き水なので少々冷たい、夏っぽい気候だからその冷たさもちょうどいい。


「ヴォルガーはもう洗ったのか?」

「いや俺はいつも最後に…それより何しに来たの?背中でも流してくれんのか?」

「いいや?お前にちょっと話がある、アタシと一緒に来い」


 場所を変えるのは俺だけに、ということだろうか。

俺はシンタロウにアイラが戻ってきたら先に部屋で休んでてくれと伝えた。

シンタロウは黙って頷いた、ナインスのことが苦手なんだろう、シンタロウはナインスがいる前ではほとんど喋らない。


 ナインスと共に厨房を出て、言われるまま彼女の後をついて歩く。

あれ、館の玄関を出て…外に来ちゃったんだけど、どこまで行くのか。

もう夜だからあまり遠出したくないのに。


 館から漏れる明かりがわずかに届くような、そんな距離まで歩く、もう少しで森に入るといった手前でナインスは歩みを止めて俺のほうに振り返った。


「この辺なら誰もいないからいいだろ」

「それでこんなところで何の話だ?」


 人気のない場所で男女二人きりだがたぶん色気がある話ではない。

なぜならそんな話をするのに剣を腰から二つもぶらさげて来る女はあまりいないと思うので。


「お前が館に生やした木があるだろ、あれは他にも何本か別の場所に生やせるのか?」

「<ヒーリング・ツリー>か、あれはもう一度魔法を使うと前に出した木は恐らく…」


 ああそうか、あの木消す方法わかったわ。

もう一度魔法使えばいいんだ別の場所で。

ほわオンの仕様上では設置型スキルには同時使用可能数の制限があるんだった。

<ヒーリング・ツリー>は一つが限度だからこれ以上増えないはず。

なぜこんな単純なことを忘れていたのか。


「消える、それでもいいなら別の場所に生やすことはできるが」

「館に生えてる物が消えるのか、消えたら当然後に残るのは穴の開いた部屋だけだな」

「まあ…たぶん…今あの木が支えてる部分もあるから消えたら崩れるかも…」

「チッ、じゃああれ以外の別の魔法で同じようなものはないのか」


 同じような?半永久的に続くような設置型の回復魔法はあれだけだ。

俺が覚えてるものは後はどれも使った瞬間に効果があるものばかり。


「無いけど…」

「無いのか、まああんな便利なもんがそうそういくつもあるわけもないか」


 どうやらナインスは<ヒーリング・ツリー>を結構役に立てているらしい。

聞くところによると木が貫通している二階と三階の部屋でも効果があるようで、怪我をした者がいたらその部屋で休むと大体一晩で完治するとのこと。

俺の知らないところで活用されていたことを今知った。


「あの木が何本も生やせるなら街に帰してやってもよかったんだがな」

「え、マジで」

「無理なんだろ…ならもうひとつの話をしよう」

「もうひとつ?」

「ヴォルガー、ここでアタシらの仲間になってずっと一緒に暮らしていく気はねえか?」


 仲間って…前も嫌だって断ったはずだけど、今日は何か前より口調が真剣だ。


「男どもがうるせえんだよ、もうヴォルガーを正式に仲間に引き込もうってな」


 知らぬ間に意外な信頼を得ていたようだ。

料理効果なのか、なんて単純なやつらなんだ。


「信頼して仲間に誘ってくれるのはまあ悪い気はしないんだが…やっぱりそれは無理だ、子供たちのこともあるし、俺も街にいろいろ未練がある」

「…はぁ、そうだよな、そういうやつなんだろうなお前は」


 ナインスは髪をかき上げながら、呆れたような口調で俺に言った。

ガッカリされてもな…だって俺ここに来たくて来たわけじゃないし。


「あーめんどくせえ、色仕掛けでなんとかしてとかあいつら無茶苦茶いいやがって…」

「何の話だ?」

「なんでもねえよ!それより仕事だ!確か明かりの魔法が使えるんだろ、それ使ってついてこい」


 急に不機嫌になられた。

またどこか行くのかよ、俺は<ライトボール>を出して辺りを照らすと再びナインスの後について歩き始めた。


 森の中を少し行くと草木で入り口が見えないように隠された洞窟があった、え、まさかここに今から入るの?


「ここはすぐに抜ける、ただの通り道だ、びびってないで来い」


 洞窟、というよりはトンネルと言ったほうがいいだろうか。

数分歩くとすぐに洞窟の出口が見えて来た。


「なんだここ…村…?」


 俺が見たのは、洞窟を抜けた先にあるいくつかの民家。

暗くてハッキリはわからないがここは山に囲まれて盆地になっている場所のようだ。

明かりの漏れる家が何軒か見えたので村みたいに見えた。

なんだろ…忍者の隠れ里ですとでも言われそうな感じ…


 俺の疑問に答える気はないのかナインスは一軒の民家に向かってずんずん歩いてく。

待ってくれよ、説明プリーズ!


「この中に病人がいる、なんとかしろ」

「なんとかしろときたか、まあ治せということか」


 木造の民家の前でナインスがそう言ったので、どうやら病人の治療のために連れてこられたのはわかった。


「ここは一体どういう場所でこの家にいる人はどういう人なんだ?」

「後で説明してやる、先に治せ」


 ドンドン、と戸を叩いて返事もまたずにナインスは扉を開けた。


「ばあさん、光魔法を使えるやつを連れて来たぞ」

「おやおや…もうこんなばばあのことはいいといったのに…」


 家の中にはおばあさんが一人、布団で寝ていた。

ナインスを見て体を起こそうとしたのだが、体に力がはいってなくて起き上がれないようだ。


「無理するな、すぐなんとかしてやるからな、おいヴォルガー!さっさと来い!」

「あーはいはい」


 人使いの荒いやつだ。

見ず知らずのばあさんの元へ俺も近づいた。

ナインスのばあちゃんですかね?

ごほごほとせき込んでいるあたり肺が弱いみたいだが。


「ずっと咳が止まらんのだ、血を吐くこともある、治せるか?」

「わからんけど<キュア・オール>」


 俺はいつものごとく適当に魔法をかける。


「はい、これでどうですか、おばあさん」


 魔法の光が収まって、寝ているばあさんに話しかける。


「…たまげたねえ、さっきまで息をするのも苦しかったのに…」


 おばあさんは布団から体を起こして驚いた様子で自分の胸に手をおいて、ナインスと俺を交互に見ていた。


「すっかりよくなったよ、ありがとうねえ」

「どうやら治ったようだな、じゃあアタシらは帰るぞ」

「そう急がんでもええ、嬢ちゃんが連れて来たこの人は一体…」

「いいからばあさんはもう寝てろ!治ったばかりだろうが!」


 ナインスは俺の腕をつかむと引きずる勢いで家の外に連れて行く。

俺はおばあさんに「あーお邪魔しましたーお体に気を付けてー」とか言うのが精いっぱいだった。


 民家を出ると「じゃ館に帰るぞ」とナインスがまた洞窟の方へ俺を引っ張っていく。

いやいや、待てい。


「何の説明もないんですけど?」

「何が聞きたいんだよ?」

「全部だよ全部!ここは一体どこであのばあさんは何だったのか!」


 ナインスは、はーとため息をつくとようやく語りだした。


「前にアタシの親父もクソだったって言ったよな」

「え、急に父親の話に飛ぶの?」

「関係あるんだよ、この村はな、親父が攫ってきた人が住んでるんだ、ばあさんはその一人でもう30年はここで暮らしてる」


 なにかとんでもねえことを言い出したな。

親父が攫ってきた?


「アタシの親父はちとここがイカれててな」


 そういうナインスは自分の頭をトントンと指さした。


「命に関係する魔法…平たくいやあ不老不死ってもんを研究してたんだよ」

「そんなんあるの!?」

「あるわけないだろ、でも親父にはそうは思えなかった、森の中にこっそり館を作って人を攫ってきては実験台にするくらい狂ってたんだよ」

「言っちゃあなんだけどお前の親父やばすぎない?」

「ああ、だからアタシがぶっ殺してやった」


 え、えぇ…そんなん言われたら引くわ…


「変な研究道具も全部燃やしてやった、残ったのは館と人だけだ」

「なんというか、娘としてどうなの?一応それでもナインスの父親だったんだろ?」

「知るか、娘のアタシにも変な魔法かけようとしてたんだぞ、死んで当然だ」

「そ、そうですか…」


 ナインスさんは複雑な家庭環境だったようで…


「攫われて来たのは身寄りのない女や子供が多くてな、親父が死んだ後も帰る場所がなかった、だからここに村を作って住むようになったってわけだ」

「はぁ、でも街に住んだほうが不便が無いと思うんだけど…」

「アタシと…部下の男らが街には住めないからな、ならここでいいって皆ここを出て行かねえんだよ」


 ナインスたちが街に住めないのは盗賊なんかしてるから自業自得だと思うんだが。


「アイツらの名誉のために言っておくが、アタシらが街に住めないのは親父を殺したのが主な原因だ。親父は元々、名のある貴族で領地持ちだったんだよ」

「裏で悪事を働くような?」

「表でも働いてた気はするがな、金と力はあったから国王からも見逃されてただけさ」


 はぁ、つまりナインスは実の父親を殺すために仲間を集めて、いざ実行したけど国家反逆罪みたいな感じで罪人になっちゃったから逃げたのか。


「寝る前にえらい話聞いちゃったなあ…」

「あの木がこの村に生やせるなら、お前の仕事はそれで終わりでもよかったんだがな」

「なるほど…ここで怪我人や病人をみれる人がいないから俺は執拗に勧誘されてるのか」

「いたらお前はそもそもここに連れてこられてない」

「そりゃそうだ」


 街から神官も連れてこられないんだろうし、難しい話だな。


「今じゃもう村のやつは家族みたいなもんだ、フリスクだってここに住んでるやつを嫁にしてるんだぜ?」

「なんてこった、あいつ結婚してたのか、じゃあ家で飯食えよ」

「お前が来るまでは…いや最近はお前が作ったもんこっそり持って帰ってるみたいだけどな」

「嫁が怒るだろ!」

「美味いって喜んでたらしいぞ、良かったな」


 なんなんだよ!知らぬ間にフリスクの嫁の分まで飯作らされてたのかよ俺は!


「ナインスたちの事情はわかったけど…やっぱ俺は街に帰らせてほしいんですけど…」

「そのうちな」


 そう言ってナインスは洞窟に歩いて行った。

もう館に帰るつもりか、まあいいか…シンタロウとアイラも待ってるだろうし…


 洞窟に入る前、ふとナインスが「そういやお前は光魔法に詳しいよな」とか言って立ち止まった。


「親父も光魔法が使えたんだ、不老不死なんてあるわけねえと思ってたんだが…」

「へぇ父親は光魔法の使い手だったのか」

「ああ、まあそれでさ、アタシにはさっぱりだったんだけど…親父はどうも人の魂ってのを別の体にうつして長生きするとかなんとか、そういうことを研究してたみたいでな、何か知ってるか?」

「魂…?ああ、精神体を別の体に入れるってことかな…それなら…」


 ってそれ俺じゃねえか!


「もしかしてお前の親父、ホムンクルスとか作ってたんでは…」

「チッ、あの胸糞悪いモンやっぱり知ってるのかよ」

「い、いや直接見たことはないが、そういうのがあるとは知ってただけ」

「…お前はホムンクルスってのがアタシらと同じ生き物だと思うか?」

「いやーうーんどーかなー、形は同じでも中身がないとほら」

「そう…だよな、あれは人形と同じだよな…」


 ナインスの様子が少しおかしい、気分が悪そうだ。

こいつ親父の道具とか全部燃やしたっていったよな。

ホムンクルスもじゃあ全部処分したということだろう。


「…まあそのあまり気にするな、ホムンクルスを処分したのを気に病んでるんだろ」

「いやそれは別に何とも思ってない、あれは燃やしてよかったと思っているぞ」


 あれ、人の形をしたものを燃やしたことについて悩んでいたのでは。


「じゃその態度なんなんだよ!?」

「アタシの気のせいだと思うんだが…一つだけ無かったんだよ」

「何が無かったんだよ」

「館のある部屋にホムンクルスが入ったでかいガラス瓶がたくさんあってな…そのうちの一つだけ何も入ってなかったんだ…」


 嫌な予感、もしかして、いやでも、うーんまさか。


「も、元々ずっと何も入ってなかったんだろ」

「そう思うんだが昔アタシがここに来た時は全部のガラス瓶に入ってた気がするんだ」


 頼むっ…アイシャのやらかしが原因ではないと誰か言ってくれ…っ。


「なあ、ホムンクルスって勝手に動いたりしないんだろ?」

「しないんじゃないかな」


 したらそれは恐らく生命の創造という神が禁止している領域に足を踏み入れたことになる。

あれは神様間のルールであって人の世に適用されるかわからないけどそこはかとなくアウトな気はする。

たぶん、できるわけがないから創造神のジジイは人のホムンクルス研究については何も手出ししてないんだろうな、無駄な努力してんなあとか思ってるだけで。


「なら一つはどこ行ったんだ?」

「父親が気に入らなくなって捨てたんだろ」

「そんなわけあるか、親父はあれに異常な執着をしていた、捨てるわけがない」

「じゃあその…あれだよあれ、霊的なものが勝手に入って…」

「おい、おい、それあれだろ、お前が言ってた皿を数える女の話みたいな…」

「そうそう、幽霊が勝手に」

「幽霊なんかいるわけねえ!ふざけんな!やめろ!」


 ナインスがしつこく聞くから心にも無い理由をいったのに。

こいつ、幽霊は怖がるんだよなあ、魔物でゴースト系みたいなのいないのかこの世界は。


「アンデッド系の魔物知らんの?」

「スケルトンとかゾンビだろ!あれは魔物であって幽霊じゃねえ!殴れば壊せる!だから生きてんだよ!」

「アンデッドの定義が崩壊していくな…」

「もういいこの話はやめだ!さっさと帰るぞ!」


 怒りだして先を行くナインス。

洞窟内は暗いから俺と離れて行かないほうがいいのに。


 俺は危ないと思って<ライトボール>をナインスの前に飛ばしてやった。


「きゃあああああああ!」


 えっ、と思った瞬間、可愛い悲鳴を上げたナインスが俺に抱き着いていた。


「何か白いふわっとしたのが飛んできたああああ!」

「あ、いえあの俺の魔法ですけど…」


 ふわふわ浮いてる<ライトボール>を無言でナインスは見つめた後


「てめえブン殴るぞ!!」


 そう言って俺から体を離した。

ちなみに俺はその言葉を聞く前に殴られたけども。

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