間違った目標
これたぶんそういう話じゃないんだ
「コロッケにハンバーグ、それからえーっと…きのこと干し肉を油に浸したやつ、です」
「油…ああはいアヒージョな、わかったよ」
俺はアイラから注文を受けて早速調理に取りかか…らずに既に出来上がっている別の料理が入った鍋の中身をお玉ですくうと皿に盛る。
「これを先に食わせといて」
「また勝手に違うものを…別にいいですけど、これは何という料理ですか?」
「それはね、らたとぅいゆ、って言うんだって!ぼくも手伝ったんだよ!」
俺の代わりにシンタロウがアイラに料理の説明していた。
補足すると夏野菜の煮込み料理である。
一部異世界ならではの変な野菜も含まれているが。
とにかくほおっておくとここのやつらは高カロリーで食べすぎ注意なものばかり食べるので、こうして無理やり野菜を食わせる必要がある。
アイラはぶつくさ言いながらもラタトゥイユを食堂のほうへ持っていった。
たぶんなんだよこれは、って毎回言われるのが嫌なんだろうが我慢してほしい。
どうせあいつらは食べたらお代わりって言いだす。
「おじさん、じゃあぼくはコロッケを作るよ!」
「ああ、ただ玉ねぎとひき肉は多めに用意しておいてくれ、ハンバーグでも使うから」
「うん!」
シンタロウは慣れた手つきで調理にとりかかった。
いやしかし上達したなあ、一週間前とは見違えるようだ。
一週間、俺たちがこの洋館で盗賊たちに料理を作るようになってそれだけの時間が過ぎた。
初日は獣人が料理をするということに対して嫌悪感を抱いている人も少なからずいた。
俺にはその感情がよくわからなかったんだが…
とにかくもう獣人が触ったというだけで食べる気がしないというレベルの人までいた。
だけどお頭であるナインスが既に食べていることと、あとはフリスクと他二名がコロッケを持ち歩いてあちこちでおやつ気分で食べていたせいで気になる人が続出、最終的に全員食堂にきて食べて行った。
その結果、俺とシンタロウ、アイラが料理番になったことは周知の事実となった。
翌日から、盗賊たちは数人のグループで食堂に順番に来るようになった。
今日もなにか美味いもん出せというので、もっと材料あればさらなる美味いもんを出すと言ったら、あれやこれやいろいろ食材を持ってきてくれるようになった。
小麦粉、オリーブオイル、きのこなどの山菜類、芋と豆以外の野菜など。
驚いたのはナインスがワインとバターを持ってきたことだ、これでかなり調理の幅が広がった。
いろいろ作れるようになってテンションあがったのでそれから毎日違う料理を試している。
だというのに中にはフリスクのように毎日同じものを頼む…あいつの場合はコロッケだが…中毒患者みたいなのもいる。
こいつらはほっとくと成人病の恐れがあるので注文以外のものも勝手に出している。
基本的に料理を作るのは俺とシンタロウだ。
シンタロウは覚えが早く、意外と器用でセンスを感じる。
一方アイラは…残念ながら料理の基本であるレシピ通りに作るということが全くできないのでウェイトレスみたいな感じになってしまった。
頭良さそうなのに火力を二倍にすれば半分の時間で出来上がる、といった発想をするので危険度が高い。
たぶん致命的に料理人に向いてないんだろう。
わずかでも向いてたら少なくとも調理中にナイフが壁に突き刺さることはなかったはずだ。
そんなアイラが三度目のラトゥイユのお代わりを持って行って帰ってきたころ、俺とシンタロウが調理していたコロッケ、ハンバーグ、きのこのアヒージョも出来上がった。
あいつらは本当によく食うな。
「それ持っていったら俺たちも食事にしようか」
シンタロウとアイラにそう言って一息つくことにした。
これでもなかなか忙しくて休憩は大体昼と夕方の間くらいの時間になる。
今食堂で食ってるやつらが昼組の最後だろう。
夜になればまたぞろぞろと順番にやってくるんだが。
「今日も美味しいね、アイラちゃん」
「そうですね、このラタトゥイユというのは私でもたくさん食べられそうです」
アイラが戻ってきたところで三人で食事をはじめる。
シンタロウはここ数日でアイラと打ち解けたのかちゃんづけで呼ぶようになった。
アイラのほうは特に変化はない、相変わらず淡々としている。
いや受け答えをすぐするようになったから変化はしてるのかな。
なんにせよ仲良くなったようでいいことだ。
シンタロウもすっかり顔色が良くなったし、健康状態も問題なさそうだな。
食事を終えていやー今晩は何メインに作ろうかなあとか考えていたら
「…ところでヴォルさんは一体どうするつもりなんです?」
アイラが俺の傍で食器を洗いながらそう尋ねて来た。
「ん?うーんそうだなあ…今日はパスタ料理にしようかと思っているのだが」
「いえ、そういうことではなくてですね」
「パスタはダメか?前にミートソースで作ったけど今日は違うソースにする予定だぞ、これならたぶん毎日違う料理をよこせとか言う贅沢なナインスも納得させられるはずだ」
「だからそうじゃなくて…」
「俺気づいたんだけどあいつまだ一度も美味しいって言ってないんだぜ?いつもまあまあだなとか悪くないとか、今日こそはなんとか…」
「ヴォルさん!そんな話ではありません!」
ナインスの好みについて頭を悩ませる俺にアイラの大きな声が聞こえてきてビクっとなった。
シンタロウも後片づけをしながらビクッとして尻尾がピン!と立っている。
「あ、はい…なんでしょうか」
勢いにのまれてつい敬語で返してしまう俺。
「いつまでこんな生活を続けるつもりなのですか」
「いつまでって…まずナインスに美味いと言わせることが目標だから…」
「そんな目標立ててどうするんですか!ここから脱出する話はどうなったんです!」
…はっ、そうだった。
俺は何をやっていたんだ、いつの間にか究極のメニューとか至高のメニューというフレーズが頭に浮かんでナインスに俺の腕を認めさせることが俺のやるべきことだとか思い込んでいた。
そんなのはどうでもよくて、俺はコムラードに帰りたいんだった。
たぶん皆心配している、やべえ一週間以上行方不明じゃん俺、死亡扱いになってないかな。
すまん、忘れていたとか言うとたぶんアイラに怒られるので俺は必死に考えた。
「こらこら、そんな大声で言ってはだめだ、あくまでそれは秘密なんだから」
「そ、そうですが…」
「安心しろ、今日までの調査で…盗賊団はおよそ20人くらいだとわかった、常に3、4人が組んで行動していてそのグループが交代で俺たちを見張っていることも気づいている」
「おじさん…いつも楽しそうに料理しているだけじゃなかったんだね…すごいよ、そんなことを調べていたなんて全然気が付かなかった」
シンタロウ…お前は素直ないいやつだ、その気持ちをいつまでも忘れないでほしい。
「それとちょっと前に俺が盗賊たちにココナの実が欲しいっていったら二日後くらいに持ってきてくれただろ?あれは確か結構珍しい品でコムラード以外じゃあんまり作ってないんだ、コムラードで買い物しているときに店のおばちゃんから聞いたので間違いない。つまりここは、ザミールとコムラードの中間地点くらいだと俺は予想している」
「なるほど…ただ無意味に料理番をしていただけではなかったんですね」
ふう…咄嗟に考えたが俺が料理番をエンジョイするだけの生活をしていたのではないとアイラは納得してくれたようだ。
「ただ俺はその二つの街がどういう位置関係にあるかよくわかっていない、大陸の地図を見たことがないんだ、二人はそこらへんの知識はあるか?」
「ごめんなさい、ぼくはマグノリア以外の国のことはあんまり…」
シンタロウは申し訳なさそうに謝った、まあそれは仕方ない。
ていうか俺としては何一つ文句を言える立場ではない、住んでた国のこともよく知らんのだから。
「…こちらが大陸北部だとしたらザミールはこの辺り、コムラードは…この辺でしょうか」
アイラは塩を使って、テーブルの上に大陸の形を大まかに描くとザミールの地点にプチトマト、コムラードの地点にニンニクを置いた。
はじめてみるこの…確か…ルフェン大陸だったか、それは地球で言うとオーストラリアみたいな形をしていた。
「おお!すごいじゃないか、もっと早く言ってくれよ!」
「誰かさんはここでずっと料理番をする気でいて、地図なんかどうでもいいのかと思っていたものですから」
うっ、微妙にトゲトゲしい言葉が俺に突き刺さる。
「ハハ、やだな…演技だよあれは…」
「…そう、ですよね?」
とは言いつつもそのジト目には俺への不信感を感じざるを得ない。
アイシャに顔は似てるけど、かつてこんな目で見られたことないからなんか新鮮さを感じるな。
「そんなことより、俺は一応コムラードに帰るという目標があって、当然ながら二人をそこに一緒に連れて行く気だったんだが…よく考えたらシンタロウとアイラは、それぞれどうしたいのかちゃんと聞いてなかった」
「ぼくは…おじさんについて行く気だった、奴隷にしてもらえばたぶん一緒にいられるから」
なんてこった、俺は猫耳ショタ奴隷を得ることになるのか、全然そんな趣味はない。
ご近所の目が気になるのでシンタロウを奴隷にする以外の道を探したい所存である。
「でも今は少し違う、おじさんに料理を習ってるうちに、故郷の皆にも覚えた料理を食べさせてあげたくなって…やっぱりマグノリアに帰りたいと思ってる…」
「そうか、うん、それはいい考えだ、健全だしな、コムラードに戻れば頼りになるやつがいろいろいるからシンタロウが無事にマグノリアに帰る方法もきっとわかるだろう」
「本当に!ぼくは…帰れる…帰っていいの?」
「いいに決まってるだろ?ダメな理由は特にない」
シンタロウはどうやらハッキリ自分の心が決まったみたいだ。
彼が無事故郷に帰れるように協力してやらなければ。
「で、シンタロウはそれでいいとしてアイラは…?」
「私は…」
アイラはそこで口をつぐんでしまった。
「アイラちゃんの故郷はどこなの?」
シンタロウが聞いても何も答えない。
「ご、ごめん、獣人族のぼくになんか言いたくないよね」
「そういうわけではありません、私は単にここから出られればいいだけです」
そう言う口調とは裏腹に故郷について語りたくないというような強い拒絶をアイラからは感じた。
なんかこれ地雷なのかな…すげえ空気重くなってきたんだけど…
「あーまあ、うん、アイラにだって言いたくないことはあるだろう」
適当に取り繕ってみたが、二人の無言による沈黙が心に痛い。
「あっ、そうそう、それとは全然関係ないんだけど」
この状況が辛いので俺は話題を変えることにした。
「ずっと気になってたんだけどさー、アイラたまに俺のことヴォルさんて呼ぶよね?」
「それがどうかしましたか?」
「い、いやあ、何でかなあって思っただけで」
「貴方が自分でそう呼べと言ったではないですか?」
え…言ったっけ…いや、言ってないよな…
「お、おじさんの名前って…ヴォルガー、だよね?」
「ああ…そうだけど…俺って二人にそんなこと言ったっけ…」
「ぼくは聞いてない…あ、おじさんて呼ぶのより名前で呼んだほうがいいかな」
「いやそれはどっちでもシンタロウが好きなほうでいいんだが」
俺とアイラとシンタロウはほぼ常に一緒にいる。
アイラにだけ言ってシンタロウに言ってないってことはまずないと思うんだが。
「なあアイラ、それっていつの話だ?」
「いつって…えっと…あれ、会ったとき…は違う…あれ…」
アイラは頭を抱えて悩みはじめた。
「おかしい、変です、貴方はいつ私にそう言ったのですか!」
逆に聞かれた。
だが知らないものは知らない。
ただ俺としては、このアイラという少女は単にアイシャに顔が似ている、だけの存在ではない。
そういう確信めいたものを感じざるを得なかった。




