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ビンタを超える衝撃

忙しい日だな。

 幼女姉妹と別れた俺は、道中ナインスにビンタされるなどというアクシデントはあったものの他は特に何事もなく森の館まで帰り着いた。

目隠しはビンタされた時点でとれたのでもうしていない。

ナインスもたぶんいいや面倒くさいとでも思ったんだろう、だって足を縛ることすら忘れてたし。


 館の前で馬車を降り、縛られた手をセルフサービスでほどいていたらナインスに冷たい目で見られた。


「縄を引きちぎれるなら拘束する意味はないようだな…」

「気を使って縛られてやっていたのだ、ただ今後も無駄に縛られると面倒なのでこれでわかってくれ」


 ナインスは部下たちを呼ぶとあれこれ何やらよくわからん作業の指示をした後、金の詰まった袋を持ってこさせるとその中におもむろに手をつっこんでがさっと金貨のつかみ取りをした。


「後の分配は任せる」


 自分の分だけとったら後は白髪の男にそう言っただけ。

なんて適当な分配だ、これで皆からは文句が出ないんだろうか。

少なくとも俺に分配される様子がないことに俺は不満を感じているぞ。

まあもらえる理由もないんですけど。


「あのさあ、子供の様子を見に行きたいんだけど」

「ならアタシも行く、あれがお前に対する唯一の足かせになりそうだしな」


 その口ぶりだと残り二人の解放が厳しいような気がしてしまう。

実際、あの子供らがここからいなくなれば、俺もここに残る理由は特になくなる。

そうなれば身体能力と魔法に物を言わせて強引に逃げ出してもいい。

館から馬車が通れる道があったのだからそこを全力疾走すればまたあの姉妹と別れた崖まで行ける。

崖下にも道があるから姉妹が帰っていった方角にさらに走れば人里には行けるはずだ。

普通の人は走って行くとか無理すぎるだろうが、俺ならできる。

ナインスはそこんところはきっとわかってないのだ、普通わからないな。


 館に残された獣人とフードの子がいる部屋の前まで来た。

相変わらず番をしている男がいる、暇だろうなこいつ。


「あ、お頭がいるってことは、もう取引は終わったんで?」

「そうだ、ほらよ、見張り番のお前にも分け前だ」


 ナインスは見張りの男に適当に金貨を渡した。

男は「さっすがお頭!うっひょー金貨だ金貨」と大げさに喜んだ後


「金貨がいちまい、金貨がにまい、さんまい、よんまい、ご…っはあ!」


 唐突なナインスの暴力によって悲鳴をあげた、頬をグーで殴られたのだ。


「やめろ、アタシの前で金貨を数えるんじゃねえ」


 男はなんで?え、なんで数えただけで殴られたの?という顔をしている。

かわいそうだな、理不尽きわまりないもんな。

俺のせいかもしれないけど、そこは黙っておこう。


 殴られた男はそっとしておくことにして、俺は目的の部屋に入った。

ナインスも後からついてきている。


「ただいま!戻ったぞ!元気して…いや元気はしてないな、生きてるよな!生きてたら返事してくれ!」

「うるさいですよ、生きてます」


 フードの子だけ返事してくれた。

獣人の子は…相変わらずだな、これはほんとに生きてるか心配になる。


 近づいて様子を見てみると、目は閉じられていて眠っているようだった。


「え、おい、ちょっと、寝てるだけだよな」


 心音を確認すると弱弱しいがまだ鼓動が聞こえた。


「こりゃいよいよダメみたいだな、仕方ねえ捨ててくるか」

「はあ?何言ってんの!生きてるんだぞ!」


 ナインスの血も涙もない発言にカッとなる。


「しかしコイツは飯も食わねえし、ヴォルガーの魔法でも治せねえときた、どうしようもないだろ」

「うぐ…」


 ああーくそ魔法便利とか思ってたけど全然そんなことねえわ!

相手に拒否されるとか…こういうとき医療技術なら無理やり助けられそうなもんだが生憎そんな知識はない。

あるのはイケメン俳優が医者役をするテレビドラマを見た記憶くらいだ。

抗生物質とかビタミン剤とかこの世界ないですか、ないですよね。


「おい、こら起きろ、死ぬな、死にたくてもまだ死ぬな」


 俺は獣人の子の顔をペチペチはたいて呼び掛けた。

反応がねえ、えーいじゃあこの猫耳はどうだ、おーいおーい。


 猫耳に顔を近づけて叫んでみた、ついでに手触りも確かめてみる、なかなか触り心地はいい。

毛がもさもさしていて思ったより柔らかく…いや今そんな変態的な感想を言ってる場合ではない。


「う…もうぼくのことはほっといて…」


 猫耳をいじられるのは我慢できなかったのかようやく反応らしい反応をした。

目を開けて返事をしたのだ。


「気が付いたか!まあ待て、そう死に急ぐな、お前あれだぞ、えーと…ああこの俺の後ろにいる女見覚えあるか?親の仇だぞ」

「………しってる」

「こいつ死にかけてたのを俺が治しちゃったんだぞ、仇は元気になってお前だけ死ぬとかいいのか」


 これでもしかしたら怒りを感じて少しは気力を取り戻すかと思ったが…


「………いい、ぼくたちは殺されても仕方ないことをしてきた」


 こいつ…親の仕事に疑問を感じていたのか?

人を奴隷として扱うことを受け入れていないような発言ともとれる。


「うじうじしたガキだ、好かんな、コイツの親父は護衛の戦士らと共に最後まで立ち向かってきた。獣人族はみなそうして最後まで戦うことを選ぶと思っていたんだが」


 ナインスが冷たい目でこちらを見下ろしている。

いやよく知らんけどどこの世界にも周りと違う子はいるんだよ!

むしろ獣人全員戦闘民族とかそっちのほうがやだよ!


「いいか、死を受け入れるのと死を選ぶのは全然別だ。今お前がやってることは後者だぞ」

「…それの…それのなにがちがうの…」

「受け入れるのはどうしようもないとき!選ぶのはまだ他にどうにかしようがあるときだよ!お前はまだ道があるのにここで死んでいいのか!?本当にもう何も悔いはないのか!」


 俺がそう言うと獣人の子は目からつーっと涙を流した。


「…もういちど…あの…森に…神樹の森がみたかった…」


 ほらぁやっぱ後悔あるじゃん!

でも困ったな、しんじゅの森って何だ、どこの話だ。

困っていると獣人の子は再び目を閉じてしまった。


「…ナインス知ってる?しんじゅの森とかいうの」

「さあ?こいつの故郷なんじゃないか」


 獣人族の国にあるんだろうか…ならナインスも知らないだろうけど…


「神樹とは神の木、土の女神オフィーリアが住むと言われている森のことですよ」


 思いがけない方向から助け船が来た。

今まで黙っていたフードの子だ、話は聞いていたのか。


「君ちょっと、こっち来て詳しく話を、共にこの獣人の子を元気にする会に参加して」

「いやで…きゃあ、手をひっぱらないでください!」


 今気づいたがこの子は女の子だったのか。

悲鳴がやけにかわいらしかった、声は高いが口調が冷静なのでなんとなく男だと思っていた。


「ああもうわかりましたから、それで私にどうしろというんです」

「いやその物知りっぽいから何か獣人の子を元気づける方法知らない?ナインスは全然役に立たんし」

「おい、アタシはそもそもそんな会には参加していない」


 何か後ろでごちゃごちゃうるさいが、重要なのはフードの子だ。


「神樹の森へ連れて行けばいいじゃないですか」

「それ以外で…場所知らんし俺がそもそもここから出られないし…」

「アタシも勿論そんなことをするつもりはない」

「…じゃあ何か…代わりに女神オフィーリアの加護が感じられるものがあれば…」

「それってどういう?特別な道具とか?」

「魔法のことなんじゃねえのか、女神オフィーリアの加護ってのは土魔法のことだろ」


 さすがナインス、役にたつじゃないか、俺は信じてたぞ。


「土魔法を使えばいいのか?」

「そうかもしれませんが、そんな人はここにいないでしょう?」

「そうだな、女神オフィーリアが人族に加護を与えたって話は聞いたことがねえ」

「でも俺使えるよ?」


 そう言うと二人が黙ってこっちを見た。


「…あなた光魔法を使っていましたよね?」

「それにどうみても人族だしな、大体二つも加護があったら変だろ」

「あれ…なにこの俺がおかしいみたいな流れ…」


 加護二つはおかしいのか?

いや正確には女神の加護なんかもらった覚えないからゼロなんだけど。

ただほわオンで光と土の魔法を習得した覚えがあるだけで。


 そりゃあ光に比べたら土はたいしたことないけどさ。

補助的に覚えただけであってメインじゃないし。

俺のゲーム内での習得特技がレベル249まで光3盾2だったから、土を1とればそれら二つと合わせて特殊なスキルがいくつか覚えられると知って、レベル250のときに土1を選択したのだ。


「もういいだろヴォルガー、生き物は死ぬときは死ぬんだよ、あっさりな」

「なんか俺を嘘つきだと思って見てないか?」

「嘘でもその子のために言ってあげたんでしょう、それくらいわかりますよ」


 ちがあああああう!

二人で生暖かい視線をこっちに向けるな!


「はいもうムカっときたので嘘つきじゃない証拠を見せまあす、<ヒーリング・ツリー>!!」


 俺は光2土1を取得条件として必要とする魔法を使った。


「…何も起きないじゃねえか」

「いえ、何かめりめりって変な音がしてますよ…でもどこから…?」


 メリメリというのはこの部屋の板張りの床が発している音だ。

どうしよう、まずったな、思ってたのと違う演出になりそうだこれ。


「おい…床がおかしいぞ!裂けてきてる!」

「下からなにか床を突き破ろうとあがってきてないですか!?」

「あの…なんだろう、ちょっと離れたほうがいいかも」


 俺が唱えた<ヒーリング・ツリー>というのはその場に小さな木を出現させる魔法だ。

この木の周囲にいると<リジェネレイト>というまた別の光魔法が自動的にかかる。

<リジェネレイト>は体力を時間と共にゆっくり回復させる魔法で…基本的にレベル200以上のプレイヤーには見向きもされない魔法だった。

理由は効果量がいまいちだから。

3分くらいかけてようやく俺の<ヒール>一回分くらいの回復量なのだ。

廃人はそんなのんびり回復を待っていられないのである。


 ナインスとフードの子が俺から離れて部屋の隅にいった。

俺は獣人の子をほってはおけないので抱きかかえてその場に残る。


 やがて床板を突き破って地面から木が一本もりもりと俺のすぐそばに生えて来た。

うわぁリアルだなぁ、ゲームだと立体映像なのになぁ。


「おい!なんだよこの木は!?これがお前のいう証拠か!?」


 ナインスが怒り気味に俺に向かって叫ぶ。


「これが俺の土魔法だ!」

 

 いや割合的には光の方が多いけどそんなことはどうでもいいんだ。

土魔法の成分が1パーセントでも含まれていればそれは土魔法なんだ。


「きゃああ!天井つきやぶってますよ!いつ止まるんですか!」

「わからん」


 魔法で床から生えて来た木は成長をやめず天井を突き破って育っていく。

この真上にある二階の部屋がえらいことになってるなこれ。

上誰か住んでたらどうしよう、謝ったら許してくれるかな。


「今すぐこの魔法を止めろ!!」


 ナインスが近づいてきて怒鳴った。

ちょっと怖かったので心の中でうおーうおー止まれー止まれーと念じてみた。


「と、止まりました…?」


 フードの子は頭を押さえてしゃがみ、落ちてくるガレキに怯えながらそう言った。

どうやら俺の意思を汲んで、木は本当に成長をやめてくれたようだ。


「何だこの木は!!」

「こ、これはメタセコイアといってヒノキ、またはスギ科に属する…」

「木の名前なんかどうでもいいんだよ!家ん中でこんなもん生やす魔法を使うんじゃねえよ!」


 ナインスはめちゃめちゃ怒っている。

いや俺としてはゲームみたく立体映像の木が出てくるだけだと思っていたし、あとこんなサイズとも思ってなかった、不可抗力なんだ。

でもそう言うと余計怒られる気がしてならない。


「あ…ああ…暖かい光だ…オフィーリア様の…加護を感じる…」


 俺の腕の中で獣人族の子が涙を流して、木を見つめていた。

顔色がよくなっている、<リジェネレイト>がかかってるみたいだな。

ということは死ぬのを諦めてくれたってことだよな。


「いやあよかった、元気になって、ナインスもほら笑って」

「うるせえクソが!アタシの館を無茶苦茶にしやがって!」


 バシン、とナインスは俺にビンタをくれるとそのままぷりぷり怒りながら部屋を出てった。


「お、おじさん大丈夫…」

「ん、ああ心配ない、それよりどうだ、お前はもう少し生きてみる気になったか」

「…うん、これからどうなるかわからないけど…頑張ってみるよ」


 獣人の子はじっと木を見つめていた。

その目にはもう以前のような無気力さは感じられない。

しっかりと光が宿っているように俺には見えた。


「こんな魔法知らない…でもどうして…私はこの光を知っています…」


 フードの子もこちらに近づいてきて木を見ていた。

そして、木を見上げるように顔を上げた。


 パサ、とフードが後ろに外れた。

はじめて俺の目に映った彼女は、黒く長い髪と、黒い瞳をもっていて…


「え…アイシャ…?」


 髪と瞳の色は違えどもその顔はかつて別れを告げた女神に…とてもよく似ていた。

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