死にたがり
つい長くなっちゃう!
俺の魔法で元気になってご機嫌だったのか、お頭は熱烈なキスをしてくれた。
あれ冗談で言ったのに、まあ得した気分だからいいけど。
ついでに機嫌がいいうちに俺の要望に応えてもらおうと思って、コムラードに帰してくれ、と頼んだら夜中だから無理と言われた、まあ確かに真夜中に移動するのは危険なので仕方ない。
結局、一部屋与えられてそこに泊った。
お頭が一緒の部屋で寝るかとか聞いてきたがお頭の部屋は臭いので断った。
無論、臭いからとは言ってない。
一人にしてくれと言ったんだ。
そして翌朝。
「腹減ったなあ…」
昨日は戦うか寝るかばっかりで食事をする時間がなかったのだ。
馬車の中で保存食をモグモグやってたくらい。
それも手元にはもうない。
部屋から出ようと思ったが外から鍵がかけられていた。
ここは館の3階、窓はあるから普通にそこから飛び降りていける気もする。
なんなら強化魔法かけて体当たりでドアをぶちやぶってもいい。
しかし俺は紳士なのでそんなことはしない。
「うおー腹減ったー家に帰りたいーその前に水持ってきてーいややっぱりトイレが先ー漏れるー」
ドアをどんどんやりながら叫んでやった。
ドアの外に誰かいたらしく、たぶん見張りなんだろうが「うるせえ!」と怒鳴られた。
「うるせえじゃねえよ!お頭の怪我治しただろ!タダで!飯くらい出してもバチは当たらんぞ!」
「あーわかったから黙れ!ドアをどんどんやるな!今開けてやる!」
ドアはあっさり外から開けられた、そこにはまた見知らぬ男が一人。
腰に剣をぶら下げているようだが…昨日も思ったが、どうもこいつら俺が何の武器も持ってないからか割とぬるい対応をしてくる。
俺が素手で襲い掛かってくるとかは思わないんだろうか。
まあしたところで意味ないんだけども。
「便所だろ、ついてこい」
言われるまま男の後をついて館の中を歩く。
外から見てもそうだったが、やっぱりかなり大きい建物のようだ。
今俺がいるのは建物の東側、通路には個室に通じるドアが4つ、4部屋あるということだ。
西側もたぶん同じような構造だろう。
階段を降りて2階の通路を見ると3階と同じような構造だった。
ホテル的な建物かな?
1階まで行くと通路の端にトイレがあった。
そこで用を足して、外にでる。
「食堂に行くぞ」
おっ、なんだちゃんと飯あるんじゃん。
男の案内でさらに歩く、このままいくとお頭の部屋があってさらに先は玄関ホールだな。
食堂は玄関ホール入って正面、大きなドアの先にあった。
そこには長いテーブル、そして席に座って何か食べてるお頭の姿があった。
お頭はなぜか中途半端な位置に座っている。
物語の貴族なら入り口から一番遠いところのテーブルの端っこに座って、入ってきた俺を正面から見据えそうなのにお頭は食堂に入って割とすぐのところの椅子に座っている。
「起きたか、とりあえずアタシの隣に座れ、おい、こいつに食いもんもってきてやれ」
「へい」
やったぜ、ここに座ってれば俺を見張ってた男が何か持ってきてくれるようだ。
俺はお頭の隣にある椅子を引くと、そこに腰を下ろした。
「フフ、どうだ、見たことあるか?貴族はこんなバカみたいなテーブルで飯を食うんだぜ」
何が面白いのかわからんがお頭は笑ってるのでとりあえず機嫌がいいようだ。
「食ってるものは貴族の食事っぽくは見えないぞ?」
「あいにくここにはお抱えの料理人なんてもんはいないんでな」
お頭は干し肉と硬そうな黒いパン、それに野菜スープみたいなものを食っている。
俺もこれと同じかな…と思っていたらさっきの男が同じもんをもってきた。
早いな、この食堂のすぐ奥がキッチンだろうか。
男は俺の前に乱暴に食事を置くと、食堂から出て行った。
「他の人はここで食わないのか?」
「今はアタシがお前と話をするために、他のやつをいれてないだけだ、もっとも普段からこんなとこでわざわざ食うやつはまずいないけどな」
うーんまあそうか…盗賊の一味がここで揃っていただきますとかやってる姿が想像できない。
いやまず食事の時間を合わせるとかいう発想がなさそうだ。
「そうか…ところでこれ、その、せめてもうちょいなんとかならんの?」
硬いパンと肉はともかく、スープもあんま美味しくない。
適当に何か野菜いれて煮ただけ、塩いれすぎなのかしょっぱいし。
「攫われてきたくせに贅沢なやつだな」
「いやいやほら、アンタも病み上がりなんだから体にいいものをとったほうが」
「かはは、こんなもん体に入りゃみんな一緒さ、それよりまだ名前を言ってなかったな、アタシの名はナインス、そう呼んでくれ」
ナインス…犯罪者なのに名乗るのか。
自己主張が激しい犯罪者だな、それとも偽名だろうか。
「はあ、まあ俺の名前はもう知ってるからいいよな」
「ああそうだ、しかしアンタの口から直接聞きたいな」
「なんだよ…俺はヴォルガー、これでいいか?」
「いい、いいねヴォルガー、ははは、これからよろしく」
いや、よろしくとか言われても困るんですけど。
「これからって…朝になったからもう俺は街に帰してくれるんだろ?昨日そう言っただろ!」
「それはやっぱりやめだ、気が変わった」
気が変わったってなんだよおおおおおおおおおお。
「顔も見られたし、簡単には帰せないな」
「誰にも言わないって!ここがどこかもようわからんし!」
「先に飯を食え」
飯どころじゃ…と思ったけどこの調子でまた飯を食い損ねる事態に発展したら困るのでとりあえず急いで不味い飯を胃に押し込んだ。
ナインスも早食いだな、女のくせに。
まあ今のところ女らしさを感じた部分ひとつもないですけど。
あったとして昨日見たおっぱいくらいか。
「食ったぞ!はい、もう帰る!」
「一人じゃ無理だろ、諦めな」
「コムラードがどっちの方角か教えてくれたら一人で帰るから!」
「あっはは、教えるわけないだろ」
ぐぐぐ、この女ぁ…なんて嫌なやつだ。
命を助けてやったのに、改心して急にいいやつになったりしろよ!
「ヴォルガー、アタシと組もうぜ」
「組もうって…え、俺は盗賊団に勧誘されてんの?」
「そういうことだ、アンタの腕は手離すには惜しい、それにアタシと組んだほうが冒険者なんかやるより楽しいぜ?」
「俺も犯罪者になるじゃねえか!お断りだよ!」
楽しい要素どこだよ!
街にも入れなくなるとかもう銭湯も行けないってことじゃねえか、最悪だよ。
「そうか…そりゃ残念だなあ…」
ナインスはテーブルの下から何かを…剣だ、武器を出しやがった。
「い、言っとくが俺を殺そうったって無駄だぞ…そんなもん弾き飛ばしてやる」
「…普通の冒険者ならただの強がりと思えるんだが…」
剣は俺に向けられることなくナインスの腰にあった鞘に納められた。
「アンタの魔法…それに昨日アタシから冒険者カードをひったくった時の動き…さらにバジリスク討伐に参加していたこと…まあそれらを考えると、腕ずくでどうにかなる相手じゃないんだろうな」
よかった、どうやら短絡的な行動は慎んでくれるようだ。
「が、妙なところもある、ヴォルガーからはまだ一切殺気を感じない、今こうしてアタシが剣を見せても尚だ、よほどの達人ならアタシを人質にして何か要求してくるかとも思ったんだがな」
「俺は紳士だから乱暴なことはしないだけだ」
「紳士!あっはははははは、そうか紳士か!」
ええい、なにわろてんねん。
「ふー、全くいちいち笑わせてくれる」
「笑うところなかったと思うぞ俺は」
「くく…真面目な顔で言うのはやめてくれ…また笑いが…く、これがお前の攻撃か…」
「攻撃でもなんでもねえよ!失礼すぎるだろ!?」
盗賊に失礼もクソもない気もするが、それにしたってそんな笑わなくても。
「ふー、笑わせてもらったな、これは何か礼をしないといけない」
「なんだ…?今度はナインスが笑えるような踊りでも見せてくれるのか?」
「ふむ、それでもいいならやってもいい、だがお前をコムラードに帰らせるのとならばどっちがいい?」
「帰るほう!」
踊りが見たい気もするが、帰れるなら帰る!
「…仕方ないな、着いてこい」
ナインスは席を立った、俺も後に続く。
食堂を出て玄関に行こうとすると
「そっちじゃない」
「外はこっちですけど?」
「まあ待て、最後にもう一度、治療を頼みたい」
他に怪我人がいたのか。
盗賊を元気にする作業って世の中に対してすごくマイナスなことしてる気がしてちょっと嫌なんだが。
でも助けを求める人を見殺しにするのはもっと気が引けるけど…
ナインスと俺は館の西側、廊下を歩いて一番奥の部屋の前まで来た。
また初めて見る男が一人、部屋の外で小さな椅子に座っている。
「まだ生きてるか?」
ナインスの問いかけに男は「一人死にかけてます」と言った。
「一人死にかけ…いや、中には複数いるのか?」
「四人いるな、ヴォルガーにはその四人の治療を頼む、それが終われば街に帰してやる」
「わかった…いいだろう、あ、また気が変わったとか言うのはなしだぞ」
「勿論、今度はそんなことは言わんさ」
俺は部屋のドアを開けた、ナインスと見張りの男はその場から動かない、一緒に来ないようだ。
一人で部屋に入ると…そこには小さな影が四つ。
そのうち二つは部屋の隅で固まるように寄り添っていた。
「え…子供…?」
バタン、と背後でドアが閉められた。
げ、もしかして俺をここに閉じ込めるつもりだった?
まあいいわ…ドアはどうとでもなる、先に子供の様子を見るか。
子供たちは皆ボロボロの服とは呼べないような布切れだけを身にまとっている。
部屋の隅で寄り添う二人は突然部屋に入ってきた俺に怯えているのだろう、震えている。
薄汚れているが…二人ともオレンジ色のショートヘアの女の子のようだ。
もう一人は頭をすっぽり覆うフードを被って、部屋の壁にもたれて座っている。
この子は俺に興味を示していないのかこっちを見ている素振りも感じられない。
そして床にごろんと横たわっている子…たぶんこの子が死にかけなんだ…
他の子もそうだが、この子供だけ特に痩せ細って体はガリガリ、天井を見つめたまま微動だにしない。
しかもおまけにどうやら…人じゃない。
「ね、猫耳がついてる…ひょっとして獣人というやつでは…尻尾もあるし…」
まさか初めて見る獣人が死にかけのこんな…男の子か、まあこんな有様とは思わなかった。
俺は魔法をかけるためにその子供に近づこうとした。
「ひっ」
部屋の隅で寄り添う二人が小さく悲鳴を上げた。
「あ、いやごめん、怖がらなくていいよ、俺は回復魔法かけにきただけだから」
そうは言ってみたものの二人は怯えたままだ、もう一人は相変わらず俺のこと無視。
というかこの子らは一体…?俺のように攫われて来たのかな…
もしや人身売買…ナインスたちは思った以上にクズかもしれない。
「か、回復魔法…?おじさん、わたしの病気なおせるの?」
オレンジ色の髪をした子の片方がおずおずと言った感じで寄ってきた。
足が悪いのか、這うように動いている。
「足が痛いのかい?」
「痛い…動かないの…妹も同じ…」
もう一人は妹か、そっちはまだ俺に近づくほどの勇気はないようだ。
しかし姉が離れてしまったので目に涙をためている。
泣くのをこらえているようだが…
「病気でそうなったの?」
「わからない…でもここに来てから足が動かなくなったの…」
原因はなんだろう、まあいいやとりあえず魔法かけてみるか。
「じゃあ一応はい<キュア・オール>ついでに<ヒール>」
まあダブルでかけとけば大抵大丈夫だろ。
魔法の光にびっくりしたのか妹も呆然としていたので、すかさずその隙に同じく魔法をかけてやった。
「はい終わり、どうかな、まだ痛いところは?」
「あ…あ…な、治った、歩けるようになった!」
「お、おねいちゃあああああん!」
おうおう、姉妹抱き合って感動的なシーンだ。
よしこの調子でこの猫耳の男の子も治療しよう。
俺はもういっちょさらに魔法をかけた。
うーん調子はいいな、やっぱ寝たら魔力は回復してるんだな。
ずばぁぁぁんと回復魔法の光がまたあふれかえる。
「じゅ、獣人族の子も治すの…?」
「え?治すよ?この子だってこのままじゃかわいそうだろう」
治療を受けて俺への警戒心は解けたのか、さっきより俺に近づいてオレンジ髪の姉妹はこの様子を見ている。
獣人の子を治すことが不思議なようだが…あ、そういえば人と獣人は仲悪いとか聞いたっけ…
じゃあこの子はやっぱり奴隷として…あれ、人の奴隷もありだったっけ?
いやもうわかんねえな、そこらへん詳しく聞いた覚えがないわ。
<キュア・オール>と<ヒール>の光が収まって、獣人の子の様子を見る。
「どう…ん、あれ、変だな、まだうつろな目で天井を見ている」
まさかまた呪い系の何かか?そう思って<ホーリー・ライト・ブレッシング>も使った。
少々派手なので姉妹の方がびっくりしてまた部屋の隅まで逃げてった。
「くそ、なんでだ!?この子には魔法が効いてる様子がないぞ!」
俺の三節の魔法をもってしても変化した様子は見られなかった。
もしかしてもう死んでるんじゃ…
胸に耳を当ててみると、小さな鼓動が聞こえた。
口元に手をかざすと呼吸もわずかながらしている。
この子は死んではいない、ちゃんと生きてるんだ。
「<サンライト・ヒール>!!」
<ヒール>の上位魔法を使った、しかし結果はだめ。
無反応、ピクリともしない、栄養失調とかだと魔法じゃだめなのか?
「この子はいつからこうなんだ?」
姉妹にむかって尋ねてみる。
「三日くらい前から…全然動かなくなった…」
三日前だと、もうかなりまずいんじゃないかこれ。
ナインスたちはこの子を何だと思ってんだ!
何で今までなにもしてやらなかった!
「何か…他にいい魔法あったかな…」
「…無駄ですよ、その子に回復魔法は効きません」
思い悩む俺に、そんな言葉を言った子がいた、今までこっちを無視していたフードを被った子だ。
「無駄ってどういうことだ」
「回復魔法は、人の精神体に作用して効果を発揮します、生きたいと願う意思を汲む力なんです」
「なに…?」
急に専門知識っぽい事を言い出した。
なんなんだこの子供、回復魔法に詳しいのか?
「ちょっと待て、じゃあこの子は…」
「その獣人の子は、死にたがってるんですよ、だからどんな魔法でも治りません」
死にたがってる…
そんなことがあっていいのか。
その言葉を聞いて、俺はこれまでにない、よくわからない怒りを感じていた。




