森の洋館美乳事件
ヴォルガーは見た。
白髪のおっさんについてソロソロと森を歩いて行くと、道は段々と上り坂になり、あれここはもしかして山ですか?という疑問を投げかけたものの無視され、聞こえる音は遠くで叫ぶなにかの鳥か獣の鳴き声ばかりだった、もう帰りたい。
突然暗闇から何かが襲ってくるんじゃないかという不安から防御魔法かけておこうかと思ったんだが、どうも前を行くおっさんはこの暗闇でもはっきりと安全な道がわかるようだったので黙って歩いた。
たまに立ち止まって、ハンドサインみたいなものを出すのでこのおっさん以外にも周囲に誰かいるのかも…仲間だと思うんだが、たぶんろくでもない仲間。
「着いたぞ」
そう言ったおっさんの前には森の中にたたずむ大きな洋館があった。
中で悪霊が出てくるか、それとも連続殺人事件でも起こりうるのかといったシチューエションの建物だ。
探偵役がいないからホラーになりそうだな…
玄関のドアをおっさんが叩くと、中から何者かがドアを開けた。
メイドでも出てくるかと思ったが、いかついおっさんが増えただけ、おっさん2号だ。
執事風でもないし、服装はどちらかといえばマタギ…いや、もうこれ山賊なんじゃ…
おっさん同士で何かこそこそとやり取りした後、俺は建物内に連れていかれた。
中はあまり綺麗ではない、かつては豪華なシャンデリアでもあったのかもしれない天井は代わりにクモの巣があるような有様だ。
ランタンのようなものが壁にところどころかけられていて、それが建物内を照らしている。
壁から外してすぐ持っていけそうな感じなので意外と便利そうだな。
「そろそろ俺が誰の元へ連れていかれてるのかくらい教えてほしいんだが?何も知らないと初対面で失礼な態度をとっちゃうかもしれないぞ、お前んとこの迎えはこんなのしかいねえの?とか口に出しちゃうかもしれない」
洋館の廊下を歩かされている途中、おっさんにそう言ってみた。
「…俺たちのお頭に会ってもらう、舐めた口聞くんじゃねえぞ」
「オカシラ…やっぱりおっさんは盗賊団とか山賊団みたいな、そういうやつ?」
「そうだ、用件はお頭の部屋についたら教える」
犯罪者集団のボスかよお、俺を誘拐したって誰も身代金なんて…タックスさん払ってくれるかな…
いやタックスさんにお金要求するならそもそも俺じゃなくてトニーを誘拐する方がよくない?
「ここだ、入れ」
おっさんは一つの部屋の前で、ドアをノックした後俺にそう言った。
え、俺から先にはいんの?
よくわからんがおっさんはドアを開けようとしないので自分であけて部屋に入った。
中は…う…臭いな…酒と汗に、後なんか腐った卵みたいな匂いもする。
ランタンの明かりにぼんやりと照らされた部屋の中には簡素なテーブルと椅子、ベッドが置いてあった。
「お頭、例の神官くずれを見つけたんで連れてきました」
俺の後に部屋に入ってきた白髪のおっさんの言葉に神官くずれってなんだよ、俺そんな呼ばれ方してんの?神官目指したことないのにと心の中で愚痴る。
「そいつが噂の…こうして見ると、随分シケた面してるな」
ベッドに腰かけていた人物が顔を上げてこちらを見た。
長く灰色の髪を携えた頭には包帯が巻かれている。
左目を完全に覆うように顔半分を隠していて、所々赤く血がにじんでいるようにも見えて痛々しい。
しかし見えている右目は赤く、ギラギラとしてその視線には威圧感があった。
おまけに、ほぼ半裸の上半身にも包帯が肩と胸を覆うように巻かれ…あ、おっぱいがあるぞ。
女だよこいつ!なんか声高いなとは思ったけど!
「アンタ名前は?」
お頭とかいう女が俺に尋ねて来た。
「名前は…キッツ。ただの農民で馬車の番をしてただけなのに無理やりここに連れてこられた。よくわからないのでとりあえず帰らせて下さい」
「随分聞いてる話と違うな?」
「おい!嘘ばかり言うんじゃねえ!お頭、こいつがヴォルガーです、これを見てください」
白髪のおっさんが何かをお頭に渡した。
ああっ、あれは…俺の冒険者カードじゃねえか!
「ちょ、見るなって!見るな見るな!」
「なるほど…ヴォルガーはまだ6級か、それでバジリスク討伐に行くとは…ん、なんだこのクラス名は」
「いやそれ間違い、受付のミスだから」
俺は素早くお頭の手から冒険者カードを奪い取った。
「なっ…アタシが見えなかっただと…」
「てめえ!今この場でぶっ殺されてえのか!」
うるせえ馬鹿やろう、これは元々俺のだぞ!
「おいやめろ、名前は確認したからそれはもういらん、それより…ふわふわにくまんとはどんなクラスだ?」
「ぎゃあああ一生誰にも知られたくなかった秘密がああああ!」
絶望した、しっかり見られていたとは…
「お前知ってるか?」
「い、いえ…聞いたこともありません」
お頭はおっさんに尋ねてるが当然知るわけない。
「にくまんというものがふわふわしているのか?」
「おいやめろ、詳しく聞こうとするな、どうでもいいだろ」
「そのにくまんとはなんだ?魔法系の…」
「俺のクラス名はどうでもいいだろ!?それより俺に何の用なんだよ!?」
その話題から離れてほしいので俺はそうお頭にうながした。
「そうだな、クラス名については後で聞こう、お前をわざわざ連れて来た理由は…このアタシの体を治させるためだ」
後でも聞かないでほしいんだが…それよりやはりそういう事か、俺に用があるとしたらそれ以外にないよな。
噂の、と言っていたし俺のことはもう結構知られているのか…4級冒険者の石化病を派手に治したからその辺が原因だとは思うが…
「おい、この男と二人にしろ」
「え、そいつはいくらなんでも」
「頭のアタシが言ってんだ、聞けないのか?」
「い、いえ…わかりました、部屋の外で待機しています」
白髪のおっさんはお頭に言われて部屋を出た。
去り際に俺の耳元で「おかしな真似をしたら殺す」と言って。
おかしな真似とはどういうことか具体例を挙げていってほしいよ。
「コムラードで石化病を治したそうだな」
「ああそうだ、俺が治した」
「随分あっさり認めるんだな」
「それくらい調べればすぐわかる、俺は隠す気もないしな、つーか俺に治療してほしいなら普通に言ってくれよ…なんで拉致なんだよ」
「こっちは街に顔を出せない立場なんでな」
あー相当悪い人なんだな、指名手配済みか。
「それでだ、大人しくアンタがアタシを治すなら無事にここから…」
「わかったわかった、治せばいいんだろ」
「面白いヤツだな、盗賊団の親玉を治すってことだぞ?」
「治したら、俺を街まで送り届けたのち笑顔で兵の詰め所に行ってくれるんだろ?ああ、勿論、俺に感謝のキスも忘れるなよ」
「ハハハハ!そうだな、その時は切り落とした兵士の首から好きなやつを選ばせてやろう、それに存分にキスするといい」
そういうハードなのはお断り、発想がこえーよ、なんで生首とキスなんだよ。
まあとにかくなんにせよ、俺に選択権はないんだ。
この女の怪我を治さなきゃ、悪い未来が、より悪い未来になるだけで。
「冗談はさておき、それ、何で怪我したんだ?」
「…仕事で面倒なやつとやり合っただけさ、その時に変な毒をもらっちまったようでな」
お頭は肩と胸に巻いている包帯を取ると…え、いや胸のもとるの?
丸見えになるよ?
「見ろ」
見ろと言われたので遠慮なく見る、胸を…というわけではない肩から胸にかけての傷をだ。
いや胸も見たけど、なかなかの美乳をしている。
ただその美乳が気にならないほど傷はひどいものだった。
「これは…かなり化膿しているな…」
「かのう?腐ってるということか」
「まあそんなとこだ…お前これよく生きてるな」
何かの魔物に引っかかれたのか?
三本の線が鎖骨から体の中央に向けて斜めに走っている。
傷口は強引に縫ったような後があるが完全に塞がっておらず、膿みが出ている…
「目も同じ有様でな、正直なところ、お前が治せなければアタシはもうすぐ死ぬだろう」
「そうなるとお前の部下が絶対に俺を許さないと思うんだが」
「フフ…まあそうかもしれんな、ぐっ…!!」
傷が痛むのか、お頭は顔をゆがめて呻いた。
チッ…なんなんだよ、女お頭悶絶シーンなんて聞いてないよ!
これがいかにも悪人面の山賊の男とかならまだ見捨てて全力で逃げ出す気にもなれたかもしれないのに!
「まあいいわ…ちょっとじっとしてろ<キュア・オール>」
まず毒があるならそういうのを消したほうがいいと判断して<キュア・オール>をかけた。
化膿も毒と判断されたのか、傷口から綺麗に化膿した部分が消えていく。
おっと…綺麗になったのはいいがおかげで血が出て来たな。
「あああああああああっ!」
やべ、神経も治って痛覚がハッキリしてきたのか?
顔面を抑えて体を曲げ、めちゃくちゃ痛がってる、これは少し上位の魔法をかけておくか。
「<サンライト・ヒール>」
これ使うのキッツにはじめて会ったとき以来だな。
まばゆい光がお頭の肩と顔半分を包んだ。
「お頭!叫び声が聞こえましたが、大丈夫ですか!」
「なんでもない!入ってくるな!」
外で待機していたおっさんがドアを開けて中に入ろうとしてきた。
お頭は胸を手で隠すと、怒鳴るようにそのおっさんを追い出した。
あれ、部下に見られるのは恥ずかしいのかな。
そして、光が収まった後、お頭はしばしぼーっとしていた。
「あー、どう?治った?」
「…治っている…あのクソみたいな痛みがない…胸の傷跡も…」
「顔は?」
俺にそう言われてから気づいたのか、お頭は急いで顔半分を覆う包帯をとった。
「はは…見える!潰れていた目が見えるようになったぞ!ハハハハハ!」
治ったようだな…こうしてちゃんと見ると随分美人じゃねえか…
「じゃあコムラードに…むぐっ!?」
帰らしてくれ、と言おうとしたらお頭に抱き寄せられ…口をふさがれた。
お頭の口で。
「…んー…っはぁ…」
「ちょ、なんなの急に」
戸惑う俺にお頭はこう言った。
「フフ、感謝のキスをしてやったぞ、喜べよ」




