人生においてよくあること
ここから四章です、三章ながかったなあ。
ピピピピ、ピピピピ。
んー…なんだようるせえなぁ…
ピピピピ、ピピピピ。
あーはいはい、起きる、起きますよ。
不快な電子音を告げる目覚ましを止めると、俺はベッドから体を起こした。
静かになった時計を見ると、時刻はちょうど午後3時になったところだった。
3時…?何でこんな時間にセットしてたんだっけ…ええと…
ぼんやりしながら洗面所にいってうがいをすると、ああそうだ今日は予約があるから早く行って仕込みをするために3時に起きたんだったと思いだす。
身支度をして、マンションの地下1階へエレベーターで降りる。
自分の車に乗り込むと、とりあえずタバコに火をつけてから車を発進させた。
ったくなんで俺が行かなきゃだめなんだ。
今日休みだったのに…まただよ、あの人確か先週も子供が病気だとか言い出して仕事休んだから俺が代わりに出たのに。
「この日は子供の運動会なんだ、な、頼むよ、代わってくれ」
今日俺が休日出勤してる理由は確かそんなんだ。
子供の、とつければなんでも許されるとあのおっさんは思ってるのではなかろうか。
そのうち子供の誕生日だからとか子供の夏休みの宿題がまだ終わってないからとかでも休みそうだ。
大体、毎回俺に頼めばとりあえず代わってくれるみたいに思ってるのが不愉快だ。
「他の子はダメなんだ、葬式があったり、学校のテストがあるとかで…」
葬式じゃなくて合コンだし、テストがあってもカラオケ行ってるようなやつらだよ。
あいつら俺に代理出勤頼むときは正直に遊びに行きたいから休むとか平然というくせに。
おっさんの頼みを断るときはみえみえの嘘をつく。
「お願いだ!どうか助けてくれ!」
普通助かりたい人は誰かに自分を助けることを強要はしないと思うんですけどね。
まあ結局、俺が了承してるから態度を改めるという発想には至らないんだろうけど。
だってそこで俺が断ってもどうせ後で店長経由で同じお願いが回ってくるだけだし。
あーあ、俺もきっぱり断れたらなあ、でもそうするときっと誰も代わらないだろうから当日に俺に電話がかかって来てこうして同じように車を走らせてるんだろうなあ。
なんで毎回、どんな仕事をやってもこうなるのかなあ。
心理学をもってこの謎な現象を解明しようと思って色々な仕事をしてみたが未だ解明できない。
なぜか真面目でまともな人間ほど先に辞めて頭のおかしいのだけが職場に残っていく。
その理論だと俺も頭がおかしいほうかもしれないが、少なくとも代わりに出勤してるうちはまともだと思うんだ。
ここもそろそろ辞め時だな…そう考えつつ運転して、目指していた場所に着いたんだが…
「あれ…俺の職場が無い…」
車を降りて、少し歩きながら辺りを眺めて見た。
そこには勤めていた居酒屋は影も形もなく、完全に更地になっていた。
「あ、そうだ、ここ潰れたんだわ」
俺は何を寝ぼけていたんだろう、あの居酒屋はもうとっくに辞めたじゃないか。
それで俺が辞めて半年後には店はつぶれて無くなっていたはずだ。
なんで潰れたんだっけ、確か噂じゃ店長が体を壊したとかで…
「君が辞めてから忙しくてね…他にもどんどん辞める人が増えて…」
「うおわっ!?」
びっくりしたあ、いつの間にか青い顔をした店長が隣にたって更地を一緒に見ていた。
「あ、そうなんですか…ええと…なんか顔色悪いですけど体は大丈夫ですか?」
「いや、だめだったよ、全然良くならないままでね…」
え、ええー…気まずいな…なんでいるんだよ…
俺が辞めたことと店長の体調が悪化したことは関係は…あるかもしれないがそれって俺の責任か?
「お、お大事に…」
俺はそれだけ言ってその場を離れようとした。
「君も…」
「え?」
「君も…同じじゃないか?」
「何がです?」
「僕と同じように…」
なんだよ、気味が悪いな、こんなボソボソ喋るような人だったかな。
これ以上関わり合いにならないようにしよう、そう思って店長に背を向け、車に戻ろうとした。
「もう死んでるんじゃないのか?」
はっ…?
………
「店長死んでたのかよおおおおおおおおおおおおお!」
「うおおおっ!?」
はっ、俺は何を言ってんだ。
何か恐ろしい夢を見た気がする。
「脅かしやがって!」
え、なんだ、誰かに怒られてる感じがするぞ。
俺は慌てて体を起こして周囲を見…がっ、なにここ、狭い!?
謎の圧迫感を感じて思わず腹筋をする要領で上半身だけ起こした。
薄暗い中に誰かいる…声からして男だろうが…
「だ、誰だ…ここは…どこだ…」
なんだろう、起きたら知らない場所ってパターン人生何度目だ。
「座席から転げ落ちても起きないから死んでるのかと思ったぞ」
そう言われて座席?と思ってよくよく見たら俺は馬車の中にいた。
床に寝転がっていたようだ、なぜ床に。
あ、転げ落ちたのか。
いやそうだわ、馬車ってことはこれあれだ、バジリスク討伐に乗ってきたやつだ。
俺は疲れてここで寝てしまっていたのか。
「あー…アンタ誰?」
「はは、もう忘れたか…これで思い出せるか?」
男はどうやったのかよく見えなかったが、小さな松明らしきものに火をともした。
その明かりで白髪頭のおっさんの顔が映し出された。
「あっ、銭湯であったおっさんだ!」
「気づいたか、まあ俺が誰だろうとどうでもいいんだけどな、それより早く馬車を降りろ」
なんで命令口調なんだよ、若干ムカっときたが状況がよくわからないので言う事に従って馬車を降りた。
辺りは真っ暗、完全に夜だった。
ただ視界が悪いにしてもこれは…鉱山の付近じゃないような…周り森だし…
「これどこだ…?あと他の人、俺の仲間はどこ行ったんだ?」
「着いてこい」
おっさんはそれだけしか言ってくれなかった。
とりあえず皆がいる場所に案内してくれるってことかな…
「馬車はここに置いて行くのか」
「そうだ、さっさと来い」
さっきから口調気になるなーなんで上から目線やねん。
銭湯であったときはもっと気さくだったのに。
なんか俺がノロノロしてるのが悪いみたいな感じで言うので、もしかして熟睡してる間に実は大変なことがあってお前よくあの状況で寝てたなみたいな感じで怒られてるのかと思ったけど、よく考えたらこのおっさんはいつ合流したんだろうか。
「<ライトボール>」
おっさんはなぜか松明を消して歩いて行こうとしたので、何で消すんだよまた真っ暗で足元も見えんわと思い魔法で明かりを出した。
「ばかやろうっ!こんなところでそんな強い明かりを出すなっ!魔物がよってくるだろうが!」
「え、す、すいません…」
めっちゃ怒られた。
さっき自分は松明使ってたくせに…
「いや本当ここどこだよ?鉱山じゃないよな?なんでおっさんはここにいるんだ?」
「黙って歩け、こんなところでごちゃごちゃやってる暇はない」
「せめてもう少し説明してくれよ!でなきゃ着いて行かねえ!」
理不尽な扱いを受けてる気がしたのでそう言ってやった。
するとおっさんは、チッ、と舌うちをした後、さっきよりも低い声でこう言った。
「ここは鉱山でもコムラードの近くでもねえ、お前に用があって、馬車ごとここまで連れて来た」
馬車ごと…このおっさんが寝てる俺をここまで馬車に乗せて連れて来たってこと?
あれー…なんだろう…あまりいい方向の話じゃない気がしてきた…
「あの、一つお尋ねしたいんですが、俺は拉致されてますか?」
「くはは!ようやく気付いたのか」
なるほど…今回は転移とかいうパワープレイじゃなくてオーソドックスな感じで拉致されたのか…
人生においてこんな短いスパンで拉致されることってある?
ゲームのお姫様だってもうちょい間隔あけて攫われるのになあ。
「おい、逃げようとしても無駄だぞ、ここがどこかわからねえだろ、闇雲に動いてもこの魔物だらけの森で迷うだけだ」
魔物だらけ…なぜそんな物騒な場所に拉致してくれたんだ!
女神ならちゃんと俺が住みよい環境に拉致してくれたぞ!
景観は最悪だったが!
「死にたくなきゃ黙ってついてこい、ああ、お前に危害を加えるつもりはねえから安心しろ、大事な客だからな」
「客…?」
どういうことだろう…誰かが俺を待ってるのか…
いろいろ疑問は尽きないが、ひとまずこのおっさんに着いて行くしかなさそうだ。
逃げたとしてもこんなどこかもわからない暗い森で一人になるほうがむしろ恐怖を感じる。
「大人しくついて行くよ」
俺がそう言うとおっさんは音をたてないように歩き始めた。
はあ…皆どうしてるかな…
マーくんたちならきっと無事にバジリスクを倒してると思うけど…
コムラードで待ってるディーナはちゃんと飯食ってるだろうか…




