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行方不明が約一名

ミュセママ、プラム視点です。

 彼の言う作戦は、作戦なんて呼べるようなものではなかったわ。


 予定とは違い、鉱山の外に出てきていたタイラントバジリスクを前に、皆はあれこれ頭を悩ませていた。

私はひとまず作戦会議には参加せず敵をよく観察して、皆の意見が煮詰まってきたころ、口を挟むつもりだった。


 あれは確かに3級以下の冒険者には荷が重い…せめて私と同じ2級の冒険者があと5人はいないと…

かつて私とパーティーを組んでいた仲間がいれば、と思う。

でもいたとしても今ではきっと、すっかりおじいちゃんになってるでしょうね。

…人族は老いるのが早い、エルフ族とはずっと一緒にはいられないわ、それは仕方のないこと。


 ミュセちゃんが私の元へ訪れて、色々話をしたときに、久しぶりに男の人の話が出て来た。

ずっとモモちゃんという人族の女の子に夢中で、会うと彼女の話ばかりで母親としては少々娘の将来が不安だったのだけど。


「ママ、向こうに着いたらヴォルガーって男には絶対注意してよね、野獣のような男で、いやらしくて、変態で、頭がおかしいんだから」


 あらあらまあまあ、そんなに気になる人がいるの?

随分と酷い言い様だけどミュセちゃんがこんなに男の人について話すのは珍しいわね。

パーティーを組んでいるジグルドとロイという二人のことはほとんど話をしないのに。


 だから、ミュセちゃんのヴォルガーという男に対する態度はひょっとしたら他の人にとられたくないという気持ちが心のどこかにあるのかしら…なんて微笑ましく思っていたわ。


 彼の作戦を聞くまでは。


「まず皆にあらゆる強化のための支援魔法をかける、このとき俺の近くに集まってくれ、大体半径5メートル内なら確実だ、そうすれば全員へ一度に魔法をかけられるから」


 支援魔法はかける相手をよく見て一人ずつ集中してかけるもの。

さっそくその常識を打ち破るようなことを言い出した。

未だに信じられないけど三節の魔法使いにはそれが当たり前なのかしら…?


「そうしたら次は俺が敵の目前まで突っ込んで、取り巻きを全部集めるから、そこに皆で魔法とかで遠距離攻撃をして一網打尽にしてくれ」


 まるで私の夫が「買い物に行ってくるからその間に洗濯物を取り込んでおいてくれ」と言う時と同じくらい軽い口調でヴォルガーはそう言った。

内容的には今から自殺すると言ってるのと変わりない。

…なるほど、ミュセちゃんの言う頭がおかしいという意味が少しわかったかもしれないわね。


「お前が死んだら唯一石化を治せる者がいなくなるんだぞ!!」


 ジグルドが怒ってそう言っている、他の皆も反対意見を口にしている、当然私もヴォルガーの作戦には賛成できない。


「バジリスクの群れと、ここにいる皆に一斉に攻撃されたとしても耐える自信あるから」


 事も無げにそう返すヴォルガー、皆呆れている。

人によっては馬鹿にされてると思って怒りかねない言い方にも…ああやっぱりミュセちゃんは頭に来てるみたいね。


「はあああ!?私程度の魔法じゃアンタに傷一つつけられないってこと?前に私の短剣防いだくらいで調子に乗らないでよ!私の風魔法、見たこともないくせに!」


 前に、ということはミュセちゃんはもう既に彼と戦ったことがあるのね…

ママは悲しいわ、どうしてこんなに怒りっぽくて手が早い子に育っちゃったのかしら。


「防ぐよ、絶対に」


 ヴォルガーははっきりそう答えた、絶対の自信を感じさせる強い言葉だった。

彼は本当に心の底からそう思っている…これまで何百、何千とそうしてきたと思わせるような、そんな力がその言葉にはあった。

ミュセちゃんもその勢いにのまれてか、口ごもってしまった。

…そこまで言い切る自信に少し恐怖すら感じる、もしかしたら他の皆もそうだったかもしれないわ。

ここに来るまで馬車の中で軽口をたたいていた人物とはとても同じに見えなかった。


「ていうか時間かけて倒してたら支援魔法切れちゃうから、そうすると離れて戦ってるであろう皆に支援魔法かけなおすのが大変だし、あと俺の魔力が切れるかもしれない、俺しか石化は対処できないんだから魔力切れが一番困る」


 確かに彼の魔力がなくなるのが一番問題だわ、魔力ポーションはあるけど、あれは一度にたくさん飲むと効果がどんどん下がってくる、それにあんなものとてもじゃないけど何本も飲みたくもないわね。


 それから何度か話したけれど結局、ヴォルガーの作戦を誰も止められる者はいなかった。


………


 戦闘には参加しないメルーアとモレグをのぞき、私たちはヴォルガーのそばに集まった。


「よーしじゃ魔法かけるぞ」


 ヴォルガーが魔法を使いはじめる、いくつもの魔法を。

詠唱が何もない、彼が魔法の名を口にするだけで様々な魔法が発動していく。


 あ、ありえないわ…詠唱が無い魔法を連続で使うことができないわけではない。

1級冒険者ともなれば、そのくらいはできて当然ともいえる。


 でもそれは一節の魔法…数えるほどの魔法に長けた英雄ですら良くて二節。

でも彼が使っているのは恐らく三節の魔法。

そもそも三節の魔法自体がありえないのに、それを無詠唱で連続して使っている。


 彼は…海の向こうにあるという別大陸から来たらしい。

もし彼と同じような人物が、向こうの大陸に数多くいたら…

そして侵略を目的にこちらの大陸に渡ってきたら…


 この大陸に住む全ての種族は果たして生き残ることができるのかしら…


 私はそんなことを考えて恐ろしくなってしまった。

アイシャ教の司祭が別大陸に住む者のことを魔族と呼んでいたことを思い出す。

魔族なんて、アイシャ教が作り上げた架空の敵だと思っていた。

でも本当は、知っていたのでは…ヴォルガーのようにこちらに渡ってきた者の存在を…


「あ、その体を包んでる青い光が消えたら、石化ブレスは防げないから気を付けて、それじゃ行きまーす」


 言うが早いか、ヴォルガーは皆に魔法をかけ終えると、盾を前に構え猛然と敵に突っ込んで行った。

私は自分の体を確認する、確かにうっすら青い光に包まれている。

他にもたくさんの魔法をかけられているはずだけどそれは見た目にはわからない。


「あいつ本当に行ったぞ!?どうするんだマグナ!」

「我が知るか!ええい、もうこうなったら作戦通りやるしかあるまい!」


 皆で彼の後を追う、いつもとは全く違う速度で私の足は進む。

ただそれでもヴォルガーに追いつける気配はない…わね…


 ヴォルガーはバジリスクの肉壁を盾でこじあけるようにして隙間を作ると、強引にそれを突破していった。

もうバジリスクの体で遮られ彼の姿は見えない。

いくらできると言っても…本当にあんなことをやる?

彼の周りはいまやどこを見ても敵のはずなのよ?

わずかでも歩みを止められたらあっという間にバジリスクの群れに押しつぶされる未来が待ってる。


 でも彼の心配だけをしているわけにはいかない。

私の目には、ひときわ大きく頭をのぞかせているバジリスクがこちらを見て口を開けているのがうつっていたから。


「皆!ブレスが来るわよ!」


 散開して!と言う直前に何か威圧感のようなものを感じた。

でも特にそれがどうしたというわけでもない。


 ただ気のせいではなかったみたいね。

それまでこちらを見ていたタイラントバジリスクは急に顔を下に向け、ブレスを吐いた。

さらに周囲にいたバジリスクが全て、そこに集まるように一斉に動き始めた。


「彼、どうもあそこにいるみたいですね」


 私の傍にいたロイがそう言う。

見えないがヴォルガーは確かにあそこにいて攻撃を耐えている。

そうでなければバジリスクたちの行動が説明できない。


「攻撃開始いいいいい!」


 ヴォルガーの声が聞こえた、攻撃の合図だわ。

でも…本当にいいの?

確実に彼は巻き添えになる位置にいる。

そして私たちは全員…彼の魔法で強化された状態なのよ?


 撃つべきか迷う、もしかしたら私たちが何もしなくても、彼なら一人で全てを終わらせることもできるのでは…


「もう皆なにボサっとしてんの!詠唱行くわよ!アイツ攻撃手段何もないんだから!」


 ミュセちゃんの声で私は我に返ったわ。

そうだったわね、彼はあらかじめ馬車の中で私にこう言ったもの。

「自分一人では何も倒せないのでどうか力を貸してください」と。


 彼は何者であろうと私たちのために命がけであの場にいるのよ。

それを私ったら何をあれこれ余計なことを考えてたのかしら。

娘に教えられるなんて、ママは恥ずかしいわ。


「風よ!我が呼び掛けに応じ、全てを穿つ矢となれ!その力は嵐となって敵を撃ち倒さん!<アロー・ストーム>!!」


 私は誰よりも早く、最も得意とする矢と風魔法を合わせた技を空に向かって放つ。

空に吸い込まれていった矢は、上空で100の矢に分裂し…


 あれ、気のせいかしら、いつもは調子が良くて100、いまいちだと50くらいなんだけど…


 バジリスクの上空から矢が雨の様に降り注いだ。

その数は100どころではない、私の気のせいじゃなければ500くらいはあるわね。

 

 ズドドドドッと矢というよりは槍が降るような音を立てながらそれらはバジリスクに突き刺さる。


 ええええっ、こんなになるなんて聞いてないわよぉ!?


「クク、あんなものを見せられて黙ってるわけにはいかんな!」


 マグナが続いて闇魔法で作り上げた槍をいくつも放つ。

他の皆も巨大な火球、大地を抉りながら進む風の刃、凍てつく氷の嵐、そういった魔法を容赦なくヴォルガーがいる場所…バジリスクが密集しているところへ撃ち込んだ。


「きゃああああ!絶対やりすぎですよおおおお!」


 その叫びを聞いて、確かにその通りだと思う。

でももう遅いわ、皆やってしまった後なのよモモちゃん。


 ズガァァァァァァンと凄まじい音が鳴り響き、辺りはもうもうと土煙に覆われた。


「ハハハハッ!どうだぁ我の<ダークランス>は!」

「いや…やりすぎじゃねえか…おれも<ファイアボール>撃ったけどよ…」

「僕も使える魔法の中で一番強力なものをやってしまいましたが…」

「私もそうだけど…でもあれ、もし万が一があるとしたら最初のママの攻撃じゃない?」


 えっ、それって私の攻撃の巻き添えで彼を殺してるってこと?


「な、何を言ってるのミュセちゃん、ママはちゃんと手加減したんだから」

「あれで手加減なんですか…?」


 やめてモモちゃんっ!そんな目で私を見ないでっ!

だってだって、ヴォルガーが絶対大丈夫だって言うから!


「皆で攻撃したんだから皆にも責任はあるわっ、私だけを責めるのは良くないと…」

「ボスはまだ生きてるっ!」


 この声はヴォルガー!

良かった、彼は生きてる!私が殺したんじゃなくて本当に良かった!

 

 彼は途中で手に持った盾を投げ捨てながら、こちらに走って戻ってきた。

その背後には、傷つきながらもこちらを睨んでいるタイラントバジリスクがいる。


「はぁはぁ…モモ、あ、あとの支援魔法は任せた」


 さすがに疲労が激しいのかヴォルガーはフラつきながら私たちの後ろに下がった。

ある意味よかったわ、あの状況から何事もなかったように平然と歩いて戻ってこられたらそっちのほうが絶対に怖かったもの。


「後は任せなさい」


 皆が見てる中、私はいかにもできる女、という感じでヴォルガーにそう言った。

きっとこれで私の威厳はたもたれたわねっ、そして皆さっきの責任逃れの言い訳を忘れて頂戴!


………………


………


「いやータイラントバジリスクは強敵だったな」


 ジグルドの言葉にはそう思えるほどの重さは感じられなかった。

きっと言ってる本人もそう思ってないわね。


「最初のあれでほとんど死にかけだったじゃないの…」

「闇の剣を使うまでもなかったわ」


 そうね、ミュセちゃんとマグナの意見が正しいわ。


「ふぬううう、ふぬううう、おおい終わったなら誰かアタイを手伝ってくれよお!」

「ジグルド手伝ってあげてはどうです?」


 メルーアは重そうな盾を一生懸命運んでいる、ヴォルガーが使ってた物だわ。

あれやっぱり普通の人が一人で持ち運ぶのは大変だったのね…

ロイに言われて、ジグルドが「仕方ねえなあ」と手伝いに行った。

私はかよわい女なので行っても無駄ね。


「うげえーやっぱり不味いっ!この味なんとかならないのかしら!」


 ミュセちゃん…魔力ポーションが不味いからといって「うげえ」はないわ。


「まだあるんでプラムさんもどうぞ!」

「わ、私はいいわ、そんなに疲れてないから…ミュセちゃんにあげて」


 モレグが私に差し出して来た魔力ポーションの受け取りをやんわり断る。

決してただ飲みたくないわけじゃないのよ、娘を思ってのことなの。


「ところで、ヴォルガーはどうしてるの?」

「兄貴はかなりお疲れのようなんで馬車で休んでます」

「そう…かなり無茶なことをしたものね…」


 普通なら10回以上死んでるようなことを彼はやってのけた。

でも、いくら丈夫だからといってさすがに不死身なわけではないみたい。


「それでさっきモモさんが様子を見に行きましたよ」

「私も行くわ、馬車を置いてるのはあっち?」

「いえ逆です、こっちですよ、案内するんで…あれ、モモさん戻ってきましたね」


 モレグと共に馬車のある方を見ると、モモが急いでこちらに走ってきていた。

随分慌てている様子だわ、どうしたのかしら。


「た、た大変ですーーー!馬車がありません!!!ヴォルガーさんが馬車ごと消えてますー!!」

「どういうこと!?」


 モモの知らせを聞いて、皆慌てて馬車を探した。

一台はすぐに見つかった、置いていたという場所にそのままあったから。


 しかし…


 私たちがどこを探しても、ヴォルガーの乗った馬車は見つからなかった。

日が落ちても彼は戻ってこなかった。

そして…コムラードに戻っても彼は家どころか街のどこにもいなかった。


 ヴォルガーはこの日を境に、私たちの前から忽然と姿を消してしまったのよ…

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