銭湯の常連
風呂シーンなのにほぼおっさんしか出てこないって許されるのか。
「おにーさん、最近よく来るね」
「ここが一番くつろげるからな」
俺はそう言ってエルフの女性に銅貨を6枚渡した。
そしてつかつかと廊下の奥へと進む。
脱衣所にいる幼女に脱いだ服を預け、俺は裸に腰布一枚の姿になって風呂へ行く。
俺はまた銭湯に来ていた。
またというか最初に来た日から欠かさず毎日来ている。
おかげで店の人に完全に顔を覚えられてしまった。
エルフの幼女は俺を見つけると何も言わなくとも服を受け取りに来る。
だが、股間を隠す前に来るのはやめてほしい、非常に変な汗が出る。
風呂場へ行き、変な汗を流して、広い浴槽に仰向けに寝る勢いでつかる。
底が浅いのでこんな体勢になるのだ、他にこんな体勢で入ってる人はいないけど。
肩までつかるという発想がないのだろうか、皆半身浴で済ませている、勿体ない。
「あはは、なんだこいつ!こんなところで寝てる!」
まだ年端もゆかぬ茶髪の男の子が俺を見て笑っている。
しかしこうして最大限リラックスした状態の俺には微笑ましい子供だなという感情しかない。
「起きろー!てりゃー!」
例えその子供が俺の顔面に蹴りで水しぶきを執拗に浴びせてきたとしても、心は平然だ。
「えいっ!えいっ!あははははは!」
「げっほ、げほっ…ははは元気がいいねえ君、そろそろやめてくんない?」
「起きろー目をさませー!」
「いや起きてんだろずっと!?お前が目を覚ませよ!」
さすがに苦しくなってきたので体を起こして立ち上がった。
「わ、わあっ!」
男の子はびっくりして後ろに倒れるように滑って転んだ。
ガゴン、とやばげな音がした、後頭部をたぶん強打した音だ。
「おいおいおい、大丈夫か!」
「うっ、げほっ、うああああああああ!」
倒れたときちょっと水を飲んだのだろう、むせている、そして大声で泣きだした。
やっべ…脳に影響出てないだろうな…
「<ヒール>」
「あああああああ!」
「おい、もう痛くないだろ?」
「あああ…あ、いたくない…」
よかった、とりあえず大事にはなってないようだ。
「風呂で暴れたら危ないからな、気を付けるんだ」
「う、うん…わかった」
男の子はそう言ってから俺から離れた場所へ行き、そこで大人しく座って湯舟につかった。
あの子は一人で来てるのか?親は一緒に来てないんかまったく。
「おい、アンタ今魔法使わなかったか?」
今度はおっさんに絡まれた、結構筋肉質でがっしりしている、髪は白い、白髪ってわけじゃないよな、若そうだし。
「ん、ああ…頭うってたから一応な、もしかしてあの子のお父さん?」
「いや違う、あいつはほら…あそこでぼんやりしてるじいさんの連れだ」
浴槽のフチに腰かけて、そのまま極楽に行きそうな感じでぼけーっとしてるおじいさんがいた。
なんだおじいちゃんときてたのか、逆に不安要素が増えたわ。
「その髪だとアイシャ教の神官…じゃないよな、じゃあモグリの治療師か」
「変なこと言うなよ、たまたま回復魔法が使えるだけで、それを商売にはしてない」
「へえ?でも無詠唱で<ヒール>を使うあたり腕はよさそうだな」
なんだよこいつ、結構しっかり俺の様子見てたんだな。
「俺になにか用があるのか?」
「おいおい、そう警戒するなよ、ちょっと世間話をしにきただけさ」
俺は一人でゆっくりリラックス状態に入りたいのに。
「世間話?何か面白い話でもあるのか?」
「ああ…実はよ、最近街の近くの鉱山にとんでもねえ魔物が出たらしくてな」
「なんだそれか、それなら知ってるよ」
「本当か!じゃあそれを退治にいった冒険者が全滅したって噂も本当なのか」
全滅はした…と言えるかもしれないが一応生きてはいるんだよな…
「まあ…そうらしいな」
俺は適当に言葉を濁して答えておいた。
「おいおいじゃあ幽霊騒ぎも酔っ払いが見間違えただけじゃないかもしれねえな」
「幽霊騒ぎ?」
「それは知らねえのか?その退治に行って死んだはずの冒険者たちを、最近街で見かけたって噂がある」
「あー…あの、彼らちゃんと生きてるんで、幽霊扱いはやめたげて」
「え、なんだよ生きてんのか!全滅したってのは嘘なのか」
「逃げ帰ってきただけ、まあほぼ死にかけてたけどな」
石化してたからね、ほっといたら死んでた。
「アンタやけに詳しいな」
「これでも冒険者なんで…」
「なるほど、冒険者ギルドに出入りしてるんならそりゃ話は知ってるか」
今日も行ってきたからな…久々にラルフォイに会ったし。
マーくんもジグルドたちも冒険者ギルドに集まった。
明日、タイラントバジリスク討伐に行く予定になってるから今日は打ち合わせにギルドに集まる予定だった。
よって狩りはしていない、ディーナも訓練せずに家でたぶん…今頃はごろごろしてる。
連日ハードで結構疲れてるみたいだからな。
「しかし魔物はどうするんだろなあ…このままじゃ鉱山で働いてたやつらが一気に職を失っちまう」
「鉱山で働いてたのか?」
「オレは違うさ、ただ夜に酒場でそういうやつらを結構見かけるんだよ、皆不安で怒りっぽくなってるから見かけたらあまり近づかないほうがいいぞ」
「そうなのか…」
酒場に行くことは無いから実際見たことはないが、そういう人たちの存在は知っていた。
バジリスクのせいで職を失いそうな人たちは、鉱山から離れて結構時間がたつはずだ。
魔物に対する恐怖が、時間と共にだんだん薄まって、今は仕事が無いことに対しての不満のほうが大きくなっていてもおかしくはない。
労働者が暴動なんかを起こさないためにも、もう討伐に行くしかないだろう。
ラルフォイもその辺のことを気にしていた。
ここんところずっと、領主と会談して討伐の計画があることを説明し、勝手に軍を動かしたり、冒険者に話を持ち掛けたりしないようにあれこれ言ってきたらしい。
他にも、石化病から回復してきた冒険者たちに、一時的にスラムじゃない、もっとマシな宿をとってやったり、冒険者が減って滞ってた依頼を処理できそうな冒険者に頼んでみたりとめちゃ忙しい日々を送っていたようだ。
こうして連日風呂につかりながら、ラルフォイのことを考えるとさすがにちょっとかわいそうだと思った、あいつ思ったよりは嫌なやつじゃないし。
「この街はどうなっちまうのかなあ」
隣のおっさんの不安そうな声になんともいたたまれない気持ちになった。
「なんとかなるから心配するな、明日魔物を倒してくる」
安心させようと思って俺はそう言っておいた。
「え、全然強そうに見えないんだが…まさかアンタが行くのか」
「おう、あと確かに俺は強くはないが、回復魔法に関しちゃ自信がある、俺がいる限り他の仲間は絶対に死なない」
「すごい自信だな、やはり相当腕がいいのか」
「フッ…まあな、あ、でもこれ秘密な?噂とかが広まるとめんどくさいから」
「アイシャ教に目を付けられるからだろ?」
おっさんはそれくらいわかってるよ、と言った感じでがははと笑った。
「じゃ、オレはそろそろ出るわ、いい話が聞けて良かったよ、明日はもっといい話が聞けると期待しておくぜ」
「ははは任せておけ、さっさと倒して風呂に入りに来る予定だ」
俺はおっさんを見送ってまた湯舟に肩までつかった。
フフフ…心配させまいと強気な発言で答えておいたけど…どうしようかな…
明日討伐予定なのは確かだ。
ただ…予定と違うのは助っ人を呼びに行ったというミュセが…まだ街に帰ってきてないんですけど…
ラルフォイはそろそろなんとかしないとまずいと言ってた。
バジリスク討伐のために強い冒険者を集めてはいたが…
この辺、ダンジョンとかが無いんで強い人が近場にいないんだとか。
他の街からすぐ来れそうな冒険者は、結局ミュセが呼びに行った人だけらしいのだ。
あのレズエルフ何してんだよー。
このままじゃ、五人で討伐に行かなきゃいけなくなる。
俺、マーくん、ジグルド、ロイ、モモ…この五人で…なんとかなるかな…




