びっちゃびちゃ
梅雨は嫌なんだ
「ははは見ろよロイ!なんだこの切れ味は!」
「こっちもおかしいですよ、グレイトリザードが丸々一匹氷漬けになりました」
マーくんに支援魔法を体感してもらった後、その様子を見ていたジグルドたちにも魔法をかけた。
ジグルドには力が強くなる<ウェイク・パワー>をロイにはマーくんと同じ魔法攻撃を強くする<ウェイク・マジック>をかけた。
<ダブル・スペル>は強いけどやめた、単純に威力二倍になるけど消費も二倍になるのでよほど強い敵でなければ当分出番はなさそう、タイラントバジリスク相手に使うかもしれないくらいか。
力が強くなったジグルドは最初に倒したグレイトリザードの死体を楽々引っ張って運んできた。
それをナイフで解体しはじめるとその楽さ加減に驚いた。
ナイフの切れ味は別に良くなったわけではない、単に腕力があがったのでそう感じるだけ。
なので剣などの武器を使う場合には武器を壊さないように気を付けてと言っておいた。
ロイは得意の氷魔法をいくつか試しにそこら辺に撃っていたら、3匹目のグレイトリザードを発見したのでついでに戦ってみた。
こっちに向かってくるグレイトリザードをまず氷魔法で動きを止めようとしたんだが、先制の一撃で全身が氷漬けになって死んだのでそれで戦闘は終わった。
「…もう帰りたいです」
モモは一人テンションが低かった。
別にモモだけハブってなにも支援魔法をかけないというイジメをしたわけではない。
もう敵もいないし、何がいいだろうと思って、体感でわかりやすい<ウェイク・スピード>をかけて足を速くしてあげたら、喜んできゃっきゃっと走り回っていた。
そこまではいいがその後、水たまりで滑って転んだ。
勢いがかなりあったので泥水の上をバッシャアアアアアと派手に滑った。
それで泥まみれになってテンションが下がったのだ。
ディーナは、モモが走り回ってるのを見て私にも同じやつをと言ってきたんだが、えーお前はここで調子にのってはしゃいだら危ないだけだろとか言って断ると、しつこく食い下がってきた。
なんだよ面倒くせえなと思ってる時にちょうどモモがこけて、それを見ていたディーナはやっぱりいい、と大人しく諦めた、足が速くなれば自分も同じ道をたどることに気づいたのだろう。
とりあえず俺の役割がどういうものか、皆に理解してもらえた。
あとはミュセが助っ人のエルフを連れて街に帰ってきたらその二人にも体感してもらう必要があるな。
ミュセは<ウェイク・スピード>の効果は既にわかってるはずだけど。
助っ人は…どういうタイプの人だろ、前衛か、後衛かで変わってくるな。
「なあモモ、ミュセが連れてくる助っ人はどういう戦い方をするか知ってる?」
「私も会ったことはないんですけど、弓が得意らしいですよ」
「弓か…後衛だな、火力として期待できそうだな」
「そうですね、ところでまだここでグレイトリザードと戦うんですかー…?」
服が全身茶色でびちゃびちゃのモモの言葉から、早く帰りたいという気持ちが伝わってくる。
一生懸命泥をぬぐっているがあれはもうパンツまでびっちゃびちゃだろう。
変な意味ではなくて。
「おいヴォルガー、獲物の解体を教えるから来い」
これからどうするかマーくんと話をしようと思っていたらちょうどそう言われた。
おお、そうだ、俺はそういうの学びたかったんだ。
「解体が済んだら帰る」
さりげなくモモにそういうマーくん。
やはりあの姿が気になっていたのだろうか。
モモは「わかりました」といってロイの元へ行った。
ロイとモモは俺たちが解体してる間は周囲の警戒にあたるようだ。
「うぐっ…気持ち悪い…おえっ」
「おいおい頼むから吐くなら違うところで吐くようにしてくれよ?」
グレイトリザードの死体はジグルドとマーくん監修のもと解体が始まった。
俺はマーくんに、それからぼさっとしていたディーナもジグルドに教わってやっている。
青い顔をしてゲロ吐きそうになっているが。
まあ俺も初体験なので気持ちはわからなくもない…
グロ系は見慣れたとはいえ、ここまで近づいて血の匂いと肉の感触を手で確かめると生理的な嫌悪感がくる。
だがどうしてもやらねばならない。
俺はマーくんに言われながらナイフをグレイトリザードの体に入れた。
おお…切れる…ということは死体は物と同じ扱いなんだ…
というのも、俺の冒険者カードに記されているクラス名『ふわふわにくまん』のせいで、もし解体できなかったらどうしようとか思ってたが心配なかったようだ。
まあ料理するときは普通に買ってきた肉とか切ってたからな。
死んだ時点でもう効果対象とはみなさない判定っぽい。
「これはあの美味しい肉…美味しい串焼きなのよ…美味しい肉…」
横でブツブツ変なことを言いながらやってるディーナがいるので多少気が散ったがなんとか最後まで一通りやりきった。
肉と皮を中心に持って帰るように切り分けた。
言っても持ち運べる分だけだ、元々でかい生き物なので全部運ぼうと思ったらリヤカーみたいなのがいるな。
この場所が街からそう遠くない場所にあるのが幸いだ。
………
特に何事もなく無事解体を終えて、俺たちは街まで戻ってきた。
グレイトリザードの肉はロイが凍らせてくれたので鮮度は保っている。
なんて便利なやつだ…くそっ、俺もほわオンで水魔法を覚えてさえいれば…
「本当に肉だけでいいのか?」
冒険者ギルドへ素材を売りにいく前に、俺は食べる分の肉をくれればいいとジグルドに伝えた。
「今日は教わることが多かったから、ディーナの面倒もみてもらったし、他の分はマーくんとジグルドたちで分けてくれよ」
「なら今日のところは貰っておくが、今後冒険者としてやってくならパーティーを組んだら報酬はキチンと貰うようにしたほうがいい、舐められるからな」
「ああ、忠告ありがとう、先輩冒険者のいう事はちゃんと聞くさ」
俺がそう言うとジグルドは照れたように頭を掻いた。
「我と組めばそんな心配はいらん、明日は何を狩る?」
「いやいや毎日はやらないよ…」
マーくんのやる気が溢れすぎて困る。
金はいくらあっても困らないが、さすがに毎日はやりたくない。
それにディーナはまだ危険な場所に連れてはいけないし…
「もー相談は後にして早くギルドに行きますよ!荷物が重いんですから!」
道端で話をはじめてしまった俺たちにモモが不満の声を上げた。
グレイトリザードの素材は量があったので全員で分けて持っている、俺が一番肉を持ってたけど。
そういうわけでモモの背負ってる袋にもいくらか素材が入っている。
「その後は、お風呂に入ります!今日は絶対です!」
「え、モモが泊ってるところ風呂ついてるの?」
なにそれ、超羨ましいんですけど。
「いいえ?そんな立派なところに泊まったらすぐお金がなくなっちゃいますよ、銭湯に行くんです」
「せんとう…だと…」
「お金を払って風呂だけ貸してくれるところがあるんですよ、たくさんの人が一度に入りますけど広い風呂なのでとても快適ですよ」
何か説明役になってきてるロイが教えてくれた。
いやそれは知ってるんだよ、銭湯のシステムは。
この世界に普及していることに驚いたのであって。
「俺も行く」
「ヴォルるん…銭湯は、男女で別れてるわ、行ったところでヴォルるんはモモちゃんの裸は見られないの、それに裸が見たいなら私が…」
「そんなことは知っとるわ!!つうかお前、銭湯のこと知ってたなら早く言えよ!」
「ひ、ひいっ、何でそんなに怒るの!?銭湯は王都にもあったから知ってただけなのに」
「ともかくこうしちゃおられん、おいっ、ディーナ!荷物をかせ、家に置いてくる」
俺はディーナの荷物をひったくると家まで全力で走った。
そして肉とかの荷物を置いてくると、また全力で元の場所へ戻った。
「戻ってくるの早いなおい!」
「例の足が速くなる魔法まで使ってましたね」
「そんなに銭湯行きたかったんですか!」
調和の牙の面々につっこまれたが気にしない。
「さあ皆早くギルドに行って用事を済ませるんだ、そして銭湯に案内してくれ」
俺はさあさあ早くと、ギルドに行くことを急かした。
「ヴォルるんはお風呂が好きなのね…」
「あんなもの何がいいんだ?水浴びなら川にでも行ってすればいいだろうに」
何もわかっちゃいないマーくんの台詞を聞き流すと、俺は先頭を歩きだした。
銭湯に向かって…やべ、くだらねえこと思ってしまった。
あとギルドが先だったわ。




