ぐわあああああ!
って台詞が真っ先に思い浮かんだ。
コムラードから少し離れた場所にある草原…いや湿地帯かな、沼とかあるし。
俺は今そのじめじめした場所に来ている。
他にはジグルド、ロイ、モモ、マーくん、ディーナもいる。
「さあここで封印を解き、思う存分、深淵なる力を振るうがいい」
というマーくんの意味ありげのようで実際はたいした意味のない台詞を翻訳すると『ジグルドたちまで加わってタックスさんのところで暴れたらさすがに迷惑なので街の外で訓練しよう』になる。
「ヴォルガーさんて何か封印してたんですか?」
モモが俺に不思議そうに問いかける、いやあ俺は腕に包帯も巻いてないし、片目に眼帯もなければ、一見錆びてぼろいように見えるけど実は秘めたる力を持つ剣ももってないんすよ。
「マーくんの言う事をあまり真剣にとらえないでいいから、要はこれから訓練しますよという意味だ」
なるほどーとか言って納得しているモモ。
それで深淵なる力って何ですかと続けて聞いてくるあたり、さっきのなるほどーは何を理解したのだろうかという疑問が残る。
「ああっ、水たまりにパン落っことしたぁ!うう…ベチャベチャになってる…もう食べられない…」
一人ピクニック気分でパンを食べていたディーナ。
そもそも昼飯は既に食べてきている、マーくんが俺の家に来た時に、人数が多いので皆で外で食べたのだ。
なのにこいつは食べ物を持ってきている、それを最後尾でこっそり食べようとするから罰が下ったのだな。
「あのマーくん、何でこんなとこまで来たの?普通に草原で訓練すればよくない?」
「ここにはグレイトリザードがいる」
グレイトリザード、ほう、いや知らんけど、それで?
続きが気になるけどマーくんはそれだけ言って後はもう沼の方を見ている。
「グレイトリザードというのは大きなトカゲですよ、バジリスクと体格が似ているため、それを倒して訓練しようということですね」
説明不足なマーくんに変わってロイが皆に説明した。
「ちなみに噛みつかれても石化はしませんが、腕を食いちぎるくらいの力はあるので十分気を付けてください、あとは歩くのは遅いですが尾を振り回す速度は早いのでそれも注意ですね」
「ついでに水中に潜む性質がある、向こうに見える沼には近づかないほうがいいぞ」
さらに詳しくジグルドとロイが解説してくれた、これが3級と4級の違いか…
「肉は結構美味しいですよっ!露店で串焼きにして売ってます!」
「えっ、あ、あれってトカゲのお肉だったの…まあでも美味しいからいっか」
食情報で盛り上がる女子二名、ちょいちょい緊張感をブチ壊しにくるな。
「で、まずどうする?」
ジグルドがマーくんに尋ねた、その姿には余裕が感じられる。
この二人だと…単純な戦闘力ならマーくんのほうが強そうだな。
「我が一匹、闇魔法で水中からおびき出して攻撃をしかける、ジグルドたちはヤツが再び水中に逃げないように回りこめ、ヴォルガーとディーナは何もしなくていい、最初は見ていろ」
「何の魔法もかけなくていいのか?」
「そうだ、ジグルドたちの実力も知りたいからな」
4級なのに上から目線のマーくん。
ジグルドたちはそんなことを言われても特に気にしていない様子。
これが3級と4級の…いやこれさっきもやったな。
「ああ、ディーナは慌てて逃げ出すなよ?勝手なことをしてヴォルガーから離れたら、恐らく死ぬぞ」
「ひえぇ…わ、わかったわ…」
早くも俺の後ろに隠れるディーナ、まだ敵は姿も見えないのに。
「もういいな?じゃあ行くぞ!」
マーくんは誰の了承も得る気ないだろという態度で早速沼のほうへ突っ走っていった。
「よし、ならおれたちは側面に回るぞ」
ジグルドもその後を追う、ロイとモモはちゃんとジグルドの後ろについて勝手に前には出ない。
調和の牙のメンバーからはさっきまでのピクニック気分はもうどこにも感じられなかった。
俺は少し離れた位置からマーくんの様子をディーナと共に見守る。
沼に向けてマーくんが…<ダークボール>かな、魔法を撃ち込むと、水柱が上がった後、ザバァァァっと水中からグレイトリザードが姿をあらわした。
…でかくね?いや、ワニかなとは薄々思っていたけど、腕を食いちぎるとかいうレベルじゃなくて、噛みつかれたら体半分無くなるんじゃないのかというほどでかい口をしている。
あ、ああーでもゲームの中のバジリスクはあれくらいあったか。
実物だと迫力がある分でかく見えるとかかな…
「ひいいいっ!マーくん食べられちゃう!!」
ディーナは盛大にうろたえている、たぶんこれ6級冒険者が初討伐でやるような魔物ではない。
「まあ落ち着け、よく見ろ、マーくんは笑ってるぞ」
「そんなのまで見えないわ!?」
そう言えば俺の視力は2桁くらいあるんじゃないかってくらい目がいいんだった。
その目で見る限り、マーくんにも、ジグルドたちにも焦りは感じられない。
マーくんは落ち着いて<ダークボール>をグレイトリザードの顔面に数発撃ちこんでいる。
グレイトリザードはそれを嫌がって、少し斜め上を見るように顔を背けた。
顔を背けたことで地面から少し上がったグレイトリザードの顎をマーくんは思い切り蹴り上げた、マーくんそういや武器もってなかったけど実戦でも素手なのか。
あの巨体に人の蹴りとかどれほど効果あるのかな、と思えるがグレイトリザードは痛かったのか、怒ってマーくんに向かって突進していった。
だがあの速度では到底当たらない、マーくんは余裕で避けられるんだろうけど、あえて目の前をちょろちょろして水から引き離すようにグレイトリザードを誘導している。
あ、グレイトリザードの尻尾がぐん、としなっている!あれを振り回す気だ!
危ない、と思ったら振り回される前に尻尾は氷漬けになった。
ロイが氷魔法を使って止めたみたいだ。
さらにジグルドが背後から近寄り、大剣を使って尻尾を切り落とした。
モモは…何かジグルドに魔法をかけてるっぽいな…効果まではよくわからない。
グレイトリザードは背後からの強襲に驚き、バタバタと走り出した。
マーくんから顔を逸らし、体をひねって自分の尻尾を切り落とした相手を探す。
ジグルドたちは既に距離をとって離れている、それを見てグレイトリザードは一旦逃げようとしたのか自分が出てきた沼の方角を向いたが、そこには氷の壁ができていて行く手をさえぎっていた。
グレイトリザードはその壁を体当たりで壊せると判断し、突進した。
バキン!と一度の体当たりで氷の壁にはヒビがはいって今にも割れそうだ。
でも氷の壁が破られることはなかった。
動きが止まったグレイトリザードは、体の上に飛び乗ってきたマーくんに、闇の剣で頭を突き刺され、氷の壁に二度目の体当たりをすることなく絶命していた。
………
「あれがグレイトリザードだ」
戦闘を終えてこちらに戻ってきたマーくんがそう言った。
ジグルドたちも一緒に戻ってきた、死体はほったらかしである。
「まあよくわかったけど…死体は放置でいいのか…」
「沼の中にもう一匹いるから、まだ剥ぎ取りはできないな」
「ほう、さすがだな、ジグルドたちも気づいていたか」
おうまだいるのか、アマゾンかなにかかここは。
ピラニアいたらいやだな。
「マグナさんは一人でも討伐できそうでしたね」
「できんことはない、ただ一人だと魔法を撃つ回数が増える、バジリスクは数がいるのだろう、ならばなるべくさっきのように節約してやれるのが理想だな」
そうか、確か普通はそんなに魔法を連発できないんだったな。
「参考までに聞きたいんだけど、今くらいの魔法を使ってなら何戦できるんだ?」
俺の質問に対して、それぞれ少し考えてから
「7か8…闇の剣だけで行くなら10はやれる、それ以上は魔力ポーションの数次第だ」
「おれたちも、そうだな、同じくらいだろう、ポーションがあっても20は無理じゃないか」
となるとやっぱり俺が支援魔法で攻撃役の負担を減らすしかないな。
「わかった、じゃあ次は俺の魔法を使って支援してみたいんだがいいかな」
「フフフ、いいだろう、メンツはどうする」
「俺とマーくんだけで」
「ん、今度はおれたちは見学でいいのか」
たぶん問題ない、ジグルドたちまでいれたら過剰になる恐れがある。
「ちょ、ちょっと!?二人だけであれとまた戦うの!?」
「まあ今から二人で行く理由を説明するから」
ディーナだけ心配してくれてるな、ジグルドたちは平然としている、やや寂しい。
「俺の魔法はほとんどが誰かを支援するための魔法なんだ、モモならわかるよな」
「はい!さっきわたしも<パワーアップ>を使いましたから!」
さっきモモが使ってたのは力強化の魔法か、ジグルドの剣の威力をあげてたんだな。
「ヴォルガーも<パワーアップ>を我に使う気か?」
「いや俺はそれより上位の<ウェイク・パワー>という魔法を覚えている、<パワーアップ>より5倍くらいは効果が上だと思ってくれ」
「ええっ!そんなのあるんですか!」
「あ、うん、まあ、ある」
一瞬、モモがここで<パワーアップ>の存在意義にむなしさを覚えないか不安を感じたが大丈夫だった。
「えーととにかくだな!俺はそういう魔法を使って、力、速度、耐久性などを高めることができる」
「おれの攻撃を全く通さない守りの魔法もあったな」
「あーあれですね!ホーンウルフのときにわたしとロイがかけてもらった魔法!」
「欲を言えばいろいろ見たいところですが、正直あれだけでいいんじゃないですかねぇ?」
「<ディバイン・オーラ>はだめだ、近接攻撃をする人とは相性が悪い、相手の攻撃を勝手にはじくから下手したら相手に近づけない」
マーくんとは相性最悪である、元々守りに専念するための魔法なのだ。
相手の攻撃を紙一重で避けてカウンターを決める、などの戦い方は絶対にできなくなる。
「我には力を強くする魔法だけでも構わん、そうと決まれば早速…」
「ちょっと待って!今回それ使わないから!」
「ええいなんだ!じゃあ何をする!」
早く倒しに行きたいのかマーくんに落ち着きが無くなってきた。
なんて危険な年頃なんだ、キレる十代か。
「<ウェイク・マジック><ダブル・スペル>」
「んん!?我になにか魔法をかけたのか!力が湧いてくるぞ!」
「あ、いや力は湧いてこないから、それ気のせい、今のは魔法の威力があがるのと次に使う魔法が二回分の効果をもつ、そういう魔法をかけた」
「何っ!そんな魔法があるのか!ならば行くぞ!」
「ああ、ちょ、ちょっと!」
マーくんは我慢できなくなったのか走りだしてしまった、ええい協調性を鍛える必要があるな!
「皆はちょっと離れて見てて!」
俺は慌ててマーくんの後を追う、マーくんは早くも水中に向かって魔法を使おうとしている。
「フハハハハッ!これが真の闇の力だ!<ダークボール>!!」
マーくんの放ったそれは、さっきと比べて明らかに大きい黒い球体。
直径1メートルくらいはあるそれが二つ同時に沼へ向かって突っ込んでいく。
ズドォォォォォン!!
派手な音を立てて凄まじい水しぶきが上がった。
そして数秒後…ぷかぁ…とグレイトリザードが腹を向けて水面に浮かんできた。
ちなみに下半身が無い、一発直撃したのだと思われる。
「もうマーくん!ちゃんと説明聞いてから…あれ、どした?聞いてる?」
「…我が思ってたのより…凄いのが出た…」
ノリノリで撃ってたやん、なんでちょっと引き気味なのか。
「まあ俺の支援魔法って大体そういう感じになるから」
「これが光と闇の融合か…!」
マーくんは何かよくわからん結論に至っていた。
そして…
「ヴォルガー!毎日、我のために支援魔法を使ってくれ!!」
そんな毎日お味噌汁作ってくれみたいに言うな。
嫌だよ。