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ギルドマスターの憂鬱1

ひさびさに主人公不在

 コムラードに訪れて最初に抱いた印象は『平和ボケした街』でしょうか。

ルフェン大陸の南に位置するリンデン王国、その中でもさらに南のほうにあるこの街は、他国からも遠く戦火に巻き込まれることもほとんどありません。


 街と周辺の農村を統治しているムオル・クリンジー=コムラード伯爵は穏やかな性格で、ここらで暮らす領民に大きな不満もなく、領地を治める手腕にこれといって特に問題点はないように思えます。


 あ、問題点はありましたね、でなければ僕のような人間が派遣されるわけありませんから。

教会に巣くう頭の中に豚の糞が詰まった老人たちは、相変わらず無茶なことを人に押し付けてくれます。

コムラードで冒険者ギルドのマスターになれだなんて、僕そもそも冒険者をやったことないのにですよ?


 まあ何を言ったところであのウジ虫から進化した生物…おっといけない、これからは人のいいギルドマスターをやらなきゃダメなんでした、ウジ虫もとい大司教さまには僕の理屈は通じないので、大人しく命令通りのことをするしかありません。


 というわけで、前ギルドマスターの遺体を無事処分した僕は事前の打ち合わせ通り、コムラード伯爵からの推薦で冒険者ギルドのマスターになったのですが。


 いやあひどいものです、全く整理されていない書類に、いい加減な報酬の取り決め、単なるごろつきにしか見えない存在の冒険者など、なるほど今回は珍しく大ウジ虫…ああまた間違えました、大司教様の判断は良いことだったのかもしれません。

あのギルドマスターは殺して正解でしたね、これからしばらくこの街で過ごさなきゃいけないのでもう少し僕が住みやすい環境にしておきましょう。


 そうしてギルドマスターとしての仕事をしつつ…本来の仕事、冒険者の中に光魔法を使える人物がいればアイシャ教に入信させ、コムラード伯爵からは多額の寄付金を頂きながら…ついでに他の教会の権力を削ぐ、そんなことをして過ごしていると瞬く間に3年が過ぎました。


 こんなに長く一か所にとどまったのは僕の人生で初めてのことです。

帰還命令が出ないということはそれだけ順調にコムラード伯爵からアイシャ教の総本山へ金が送られているということでしょう。

僕のほうも、ギルドにいた前の人員は一掃して、何も知らない新たな人間を雇い、随分過ごしやすくなりました。

たまに精神クリスタルを通じて王都の教会から、もっと金を、もっと信者を、等とお小言が飛んできますが、のらりくらりと適当にあしらってやり過ごしています。

増やしたところで同じことを言い続ける馬鹿な生き物ですから真面目に相手にする必要はありません。


 馬鹿と言えば、僕が来る前から存在したゴミみたいな冒険者は、いちいち処分するのも面倒なのでそのままにしていますが、数は減ってきているのでほおっておけばいずれいなくなるでしょう。

適当に報酬のいい討伐依頼を出しておけば勝手に死んでくれるので処分が楽です。

なんで6級の依頼の中に一つだけ4級がやるような仕事が紛れてることに疑問を持たないんですかねぇ?

疑問を持つようならそもそも死んでないんでしょうけど。


 このままこの街でギルドマスターを続けるのも悪くないかもしれない。

そんなことを思い始めていた頃、王都でおかしなことが起きました。

女神アイシャから神託を授かった女性が現れたと聞いたときは、まだしぶとく生きてるゾンビのようなジジイ共を処分してくれるお告げかと期待したものですが、内容は全く違いました。


 詳細は知らされませんでしたが女神から頼み事をされ、それに応えると神が作りし様々な道具を授けられるとか…女神も存外、僕らと変わらないのかもしれませんね。

豚共を喜ばせる方法をよくご存じだ。

僕としては、王都の連中がそれに夢中になってくれる限り、こっちは気ままに過ごせるので文句はありません…と思っていたのにどうやら人生はままならないようで。


 神託を受けていた聖女が王都から逃げた。

見つけたら、生かしたまま秘密裏に監視せよ。


 この命令を聞いた時は、わざわざこんな遠くの街まで連絡どうも、と思ったくらいでした。

聖女とやらも僕と同じように糞みたいな老人たちの匂いが嫌になったんですかね?

まあ運よくここまで来れたとしても当分先のことでしょう。


 と、考えた翌日には、マリンダから報告がありました。

マリンダは僕の部下としてギルドマスター就任後に教会が送ってきた人物です。

僕の監視も兼ねているのでしょう、まあそれは興味がないのでどうでもいいことなのですが、彼女の報告では奇妙な鉄の馬車に乗って街を訪れた人物の人相が逃げた聖女と、逃亡を手助けした商人の特徴と一致すると言うのです。


 鉄の馬車というのは意味がわかりませんでしたが、ともかく僕も念のために自分の目で確認に行きました。

タックス商会と言う名前まで発覚したところで本物で間違いないことがわかりました。

堂々と王都で使っていたのと同じ名前を名乗るとは、単なる馬鹿か、追手をあぶりだそうとしているのか判断できかねましたが、命令が来ている以上、監視しないわけには行きません。

ちょうど家政婦を探していたようなのでマリンダを送り込んでおきました。

彼女は少々不愛想ですが能力は優秀ですからね。


 僕がこの件を王都の教会に報告するかどうか悩んでいたところ、今度はナクト村出身の冒険者からホーンウルフのボスが村付近にある森に現れたと聞かされました。

ただこれは大した問題ではありません、討伐依頼を出しておけば誰かが倒してくれるでしょう。

僕がギルドマスターになってからも似たようなのが何件もありましたからね。


 まずかったのは、ホーンウルフ討伐のため、とある冒険者のパーティーが街を出て行ってしまった後、コムラード伯爵から厄介な依頼を頼まれてしまったことです。


 近くの鉱山で労働者が行方不明になっている。

兵士を何人か送り込んだが帰ってこないので冒険者に調査を依頼したい。


 これが問題でした、受けた当初はそこまでの厄介ごとだとは思ってませんでしたけど、どうしてこう面倒なことは一度に来るんでしょうかね?嫌になっちゃいますよ。


 嫌々ながらもお仕事なので僕なりに考えたのですが、まず兵士が戻らないということは何らかの魔物がいるのでしょう。

冒険者と違って対人訓練が中心の兵士は鉱山内部のような限定された空間で魔物と戦うのは不慣れです。

無駄死にしたんでしょうね。


 それを踏まえた上で僕は最低条件として4級以上の冒険者を対象に調査依頼を出しました。

コムラード伯爵からの依頼なので報酬は高額です。

すぐに三人組のパーティーが依頼を受けて調査に行きました。


 鉱山は馬車なら一日で行って帰ってくることができる程度の距離にあります。

その日の夕暮れには調査に行ったものが帰ってきました。


 一人でギルドへ報告にきた冒険者は鉱山にバジリスクがいる、と言いました。

後二人の姿が見えなかった理由はどうやらバジリスクに殺されたようです。

全滅しなかっただけ兵士よりは冒険者のほうが役に立ちますね。


 しかしバジリスクと言えば、噛みついた相手を石にするという危険な魔物です。

討伐には最低でも3級以上の冒険者がパーティーで複数必要だと聞いたことがあります。

間が悪いことにナクト村に行ってしまったのがこの街にいる唯一の3級冒険者のパーティーでした。

あとは全て4級以下で…ああ、一人4級の中におかしい強さの人がいましたね。

その人物なら倒せる可能性があったのですが、常に一人で活動していて、人付き合いもあまり無く、居場所も不明なのでギルドに来ない限り連絡がとれませんでした。


 鉱山はコムラード伯爵の資金源の大部分を占めています。

これが使えないとなると、寄付金が減るため最終的に教会からお小言を食らうのは僕でしょう。

さっさと片付けたい問題ですが、今すぐ使えるのは4級以下の冒険者だけ。

僕も戦えないわけではありませんが、こんなことで命をかけたくはありません、最近は例の所在不明な4級冒険者に何かと絡まれたりするのでなるべく表には出たくないですし。


 僕がどうしたものかと頭を抱えていると、まだ依頼として発表していないのに、受付の子がバジリスク討伐依頼について冒険者から聞かれていると報告してきました。

どうやら焦ったコムラード伯爵が自らバジリスクの噂を冒険者に広めたようです。

まったく誇りというものはないのでしょうか、自分の力では解決できないことを言いふらしてどうするんです?

そういうことをすると冒険者が調子にのって大きな顔をしはじめ、腐敗するんですよ。

過去にそうなって解決のために僕がここに寄こされた事を忘れたんでしょうか。


 やれやれ、ここは仕方ありませんが、少々時間をかけて別の街から2級以上の冒険者と…あとはどうせならアイシャ教から神官を何人か貸してもらいましょう、討伐に協力すれば教会の権威も上がるでしょうし。

ただまた僕が下げたくもない頭を教会のやつらに下げることになりそうで、そこだけはまったく本当に許しがたい屈辱ですが、僕の平和な生活の必要経費として割り切りますか。


 そんな予定を立てていたのに、この街の冒険者たちは、僕の考えなど全くわかっていないようで、皆で協力するからバジリスク討伐をやらせてくれなどと言ってきました。


 命より金が大事なのですか?少々まともな冒険者が増えたと思っていたのは僕の間違いでしたかね。

いくら馬鹿は不要と言えども一度に処分するとそれはそれで困りますし…


 僕は受付のニーアとミーナに、バジリスク討伐について聞かれたら勝手に討伐しても報酬はないし素材の買い取りもしないと言って断るように、と命じておきました。


 せめて調和の牙の四人が帰ってきていれば…


 まだやりようもあったかもしれない、そんなこともふと思いました。

ですが翌日もたらされた知らせを聞いて、そんなのは何の意味もないと気づかされました。

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